CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 1話3
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「ここへの立ち入りは、普段禁じているんだが──」
 目的地に到着したラルッカは、さりげなく、そう前置きし、この場所で見たもの全てについての口外無用を、それとなく遠回しに念押しした。メインストリートから程遠く余程立地が悪いのか、付近一帯、随分と寂れた感じを受ける。
 細い枝道を幾つか入り、中央の大通りから大分離れた場所にある古びた建物の前だった。まるで死に絶えてしまったかのような何処か殺伐とした印象を受ける。このうらぶれようは、最早廃墟と言ってもいいかも知れない。よく見れば、看板を並べる店舗は全て、幾重にも巻かれた鎖の上に、頑丈な錠がしっかりと取り付けてある。人の気配は全くない。しかし、張り紙の類い等はないところをみると、売りに出ているという訳ではなさそうだが。
「……小さな店だな」
 目的地らしき石造りの寂れた二階建てをつくづく見上げて、ダドリーはブラリと周りを見回した。
「別に構わない。入口さえあればいいんだ」
 率直な感想に苦笑いするラルッカに、ダドリーは肩をすくめて応えた。鍵を差し込み中に入れば、軋んで開いた扉の向こうは、いやに閑散として薄暗い。無人のようだ。天井に蜘蛛の巣こそ張られていないが、四方の壁に張り付けられた陳列棚や、帳場に使用していたと思しき卓の天板には、うっすらと白い埃が積もっている。他にここにあるものといえば、卓の上に放り出されたペンが一本、そして、床に転がる二・三の紙ごみくらいのものだろうか。
 どうやら閉店した店舗のようだった。街外れの目立たぬ立地が災いしたのか、無機質な枠組みだけが取り残された室内は、空気さえもが動きを止めて、ひっそりと静まり返っている。かつての商品は撤去したのか、中には何一つ残されていない。
 蛻の殻だった。ただ、西窓から差し込む遮光が、陰気臭く静まり返った人けない店舗の残骸を、妙に白々と照らしているばかりだ。
 友に続いて足を踏み込み、ダドリーは入口に突っ立ったまま、閑散とした店内に視線をゆっくり一巡させた。どう見ても、ここには何もない。見せたいものがあると言うなら、二階だろう。
 何の気なしに右手の階段へと足を向ける。人の体重が乗った重みで、古い木板がギシリと軋んだ。手摺りの上にも、埃がうっすらと積もっている。うっかり手でも付こうものなら、その通りの形に元の飴色が現れるだろう。
「──そっちじゃない。こっちだ」
 背後で、ラルッカの引き止める声がした。
 少し上って三段目に片足をかけたまま、目配せされた先へと目をやれば、なるほど、逆側の壁際の床板に、四角くくり抜かれた空間が、ぽっかりと暗い口を開けている。下へと続くひっそりと暗い石の階段。
「へえ、地下室があるのかよ。掘り出し物だな」
 街の北に建つ大商館だというのならばともかく、街中の個人店舗で、地下室まで併せ持つこうした造作は珍しい。
 ささやかな徒労に、ダドリーはタルそうに小首を傾げて、伸びた首筋をポリポリと掻いた。ズボンのループに指を引っ掛け、木造の古い階段を、体の力を抜いてトントンとダルそうに下りて行く。ラルッカは足を止めて待っている。連れを先導せずに何をしているのかと思いきや、地下で必要となる灯りの用意をしていたらしい。その手には、炎の灯った手燭が抜かりなく用意されていた。
 
「滑るぞ。足元に注意しろよ」
 片手に灯を持ち先行するラルッカが、後続の連れへと注意を促す。
 冷え切った石の階段を、慎重に地下へと下りていく。石段を叩く複数の硬い靴音が、薄暗く静まり返った地下の天井に、いやに不気味に反響する。聞いていた通り、日常的な人の出入りはないらしく、空気が重く淀んでいて、少し埃っぽい。
 石の階段は、地下深くへと続いていた。何処から光が入ってくるのか、足元の地下は完全な闇という訳でもないらしい。ひんやりと静まり返った重厚な石壁を物珍しげに眺めながらも、あまり視界の利かないダドリーは、一歩一歩と下りていく。終点が近付くにつれ、薄ぼんやりと暗い、動く物なく冷ややかに静まり返った地下室の、その全貌が徐々に露わになっていく。
 中は意外にも広かった。建物の上辺からは、到底想像出来ない広さだ。明らかに近隣の地下を侵害している。しかも、この地下は上物ほどには古くない。──と、薄闇に慣れ始めた目でそれらを見分けて、ダドリーは目を見開いた。  
「て!? ラル、お前これ──!?」
 驚愕に言葉を呑み、既に地下に降り立ち更に足を進めている白皙の横顔を、チラと素早く窺い見る。灯りを手にして先行していたラルッカが、カツンと靴底を鳴らして立ち止まった。
「どのくらい、もつと思う」
 答えの代わりに、それらを見回し、ダドリーはそっと眉をひそめた。
「……まさか、お前んとこが、こんな物を独自に確保していたとはな。──しかし、すげえ量だな。備蓄の食い物って訳かよ」
 広い地下の隅々にまで、整然と積み上げられた麻袋の山があった。半端な量ではない。今にもはちきれそうな幾種類もの麻袋が、所狭しと積まれている。積荷の狭間に出来た細い通路を、ゆっくり歩いて見て回る。中身は保存の利く穀物の類いであるらしい。時折それらに手を触れながら、ダドリーは眉をひそめて仰ぎ見た。
「物騒だな」
「何がだ」
 付いて歩くラルッカは、事もなげな涼しい顔だ。
「いいのかよ、こんなもん内緒で溜め込んじまって。上に知れたら、マズイんじゃねーの」
「疚しいところは何もない」
「お前はそうでも、向こうはそうは思わないだろ」
「これは "緊急物資" だ。用途は限定されている」
 マジマジと眺め上げるダドリー同様、うず高く積み上がった荷をおもむろに見上げながら、ラルッカは備蓄の目的を事もなげに答える。
「つまり、今回の奇襲に備えての蓄蔵ってことか。──随分と手回しがいいようだな。お前、いつから、こんなことを」
「ああ、少し前からな。目立たぬように少しずつ」
「──なるほど。これを密かに溜め込む為に、近隣店舗を全て買い上げ、このボロ屋の地面を掘り返して、わざわざ、こんな倉庫をこしらえた、って話か」
「それは仕方がない。北区画の当家の倉庫に、さすがに、こんな物を持ち込む訳にはいかないからな」
 不意に見物の足を止め、ダドリーは友の顔に目を戻した。
「どうして気付いた。ラル、お前、ディールの奇襲を知っていたのか」
 問い質すダドリーの視線は鋭い。こんな物が、現にこうしてここに在る、ということはつまり、この若き徴税官は、宣戦布告がなされる前から、この戦に備えていた──この事態を予め想定していた、ということになる。
 しかし、相手から不審を突きつけられても、ラルッカの表情には、これといった変化はない。積荷に軽く寄りかかり、スーツの腕をゆっくりと組んで、落ち着き払った目を向けた。
「このところ、商都への入荷が以前よりも少なくてな」
「それが?」
 顎をしゃくって、ダドリーは目線で先を問い質す。ラルッカは傍らの積荷を仰ぎ見た。
「トラビアに問い合わせてみても、減少理由がはっきりしない。それで、記録を遡って数値を調べてみたんだが、随分前から、そんな状態が続いていた」
 一旦そこで言葉を切って、ラルッカは静かに目を返した。「妙だと思わないか」
「──どうして。そういうこともあるだろう? 特に、農作物の出来・不出来は天候に大きく左右される。豊作の年もあれば、凶作の年もある」
「果たして、そうかな? 昨年も一昨年も畑を荒らすような酷い天候不順はなかった筈だが」
「……そうだったか?」
「そうだ。加えて、隣国は今、停戦中だ」
 素っ気なく言い切り、ラルッカはおもむろに言葉を紡ぐ。
「考えてもみろ。シャンバールの農耕地帯は前線から遠く離れてはいるが、多少なりとも停戦の恩恵を受ける筈だろう。出稼ぎの働き手が帰郷する農家もあろうし、軍への供出も少なくなる。ここは増産あって然るべきところだ。それが、トラビアからの報告では入荷量の減少──おかしいだろう、こんな状態で入荷が減るのは。一件一件は僅かでも積もり積もれば山となる。つまり、このカレリアで流通すべき食糧が、何処かで理由もなく滞っていたんだ。更には、近頃、至る所で米や穀物類を買い漁る奇妙な商人の一団が跋扈していてな。どうにも胡散臭いから注意を払っていた」
「それで危機感を持った、という訳か。なるほどな」
 ラルッカは平然と目を向けている。ダドリーはやれやれと頭を掻いた。
「確かに、街中に豊富な食糧を蓄えられていては、街を落とすのにも時間がかかるからな。──それにしても、お前もよくもまあ、そんな細かいとこまで見ていたもんだな」
「見くびるなよ。俺はこう見えてもカレリアの徴税官だぞ」
 静かに見返すその言葉に、自信のほどが窺われる。商都カレリアは言わずと知れた商人の街。徴税額の多寡を巡って、商人と官吏との抗争は熾烈を極める。ダドリーは小さく苦笑いした。
「そうだったな。ラル、お前は紛れもなく、公平なる天秤にして偉大なる総括徴税官ドロッギス=ロワイエの末裔だよ」
「ああ、祖父は──ドロッギス=ロワイエは、今も変わらぬ俺の誇りだ」
 大きく頷き、ラルッカはそっと微笑んだ。組んだ腕をゆっくりと解き、ダドリーは真摯な目を向ける。
「つまり、ディールは、商都の食糧の枯渇を意図的に早めていた、という訳だな」
「ああ、敵は食糧が尽きる頃合を見計らって、街の明け渡し交渉に移る気だ。ディールは領土が欲しいんじゃない。この潤沢な商都の街が、、、、、欲しいんだ。不用意に攻め込んで焼け野原にしてしまっては、街の機能が麻痺してしまっては、手に入れる意味がない。そうだ。街は無傷だからこそ価値がある」
 ダドリーは顎に手を当てた。薄暗い床の一点を見つめ、眉をひそめて考え込む。
「……なるほど。それで奴らは手を出して来ないのか。ラトキエ討伐の名目ならば、後から如何ようにでも捏造出来るが、しかし、接収される領民からの支持は、そう簡単には取り付けられない。ここで実力行使に及んで領民を僅かにでも傷つければ、街は首尾良く入手出来ても、その後の支持が得られなくなる。──それにしても何故なんだ」
「何が」
 ラルッカから怪訝な目を向けられて、ダドリーは訝しげな顔で腕を組む。
「ディールの襲撃だよ。何故、よりにもよって今なんだ。こんなクソ暑い最中(さなか)にわざわざよ。確かに、このところ上り調子のディールにとっては、商都を握るラトキエは邪魔なことこの上ない存在ではあるだろうが……。だが、あそこのジジイはタヌキだが、こんな下策は打たない奴だ」
「ディール公か。面識があるのか」
「先だっての婚礼には来なかったが、俺がほんのガキの頃に、懇意にしていたことがある」
 肩をすくめて、ダドリーは続けた。
「ディールの意図は明白だ。ラトキエに取って代わって商都の実権を握ろうって肚だろう。商都カレリアは国の中心、国境で番をするより何かと旨みがあるからな。だが、長期に亘って入荷を抑え事前に計画を立てていたなら、ディールの方に主導権があるなら、時期は幾らでも選べた筈だ。そうだ、仕掛けるのは今でなくてもいい。この時期、外は真夏の炎天下だ。包囲・待機させるだけでも、配備兵の消耗は激しい。なのに、わざわざ、こんな真夏に──。この侵攻、どこかおかしい。今迄はどれほど小競り合いを続けていようが、こんな暴挙は只の一度もなかったのに」
 ああ、と合点し、ラルッカは事もなげに言った。
「それは領主が倒れたからだろう」
「──倒れた? ラトキエ公がか!?」
 ダドリーは驚いて目を瞠る。三大公家の当主が交代するとなれば、上を下への一大事。それが公家筆頭ラトキエ家で起こるとなれば、尚のことだ。しかも、現当主クレイグ=ラトキエは、まだ若い。とても世代交代が起こるような高齢ではない。
 寝耳に水の驚いた顔色をチラと見やって、ラルッカは淡々と事の経緯を説明する。
「領主の健康状態は機密事項だ。外部漏洩には重々注意を払っていたが、──しかし、ディールはどうやら、ここへ来ての容態急変を知ったようだな」
「……なるほど。当主が新米では求心力が利かないからな。倒れた当主の穴埋めは、不慣れな跡取りの役目になる。結果、一時的に弱体化し、悪くすれば、家流間で争いが起き、新たな利権獲得を巡って分裂する。領家の基盤が最も脆弱になるのは、世代交代のこの時だ。この機を狙い澄ましていた、ということか」
 軽く頷いて同意を示し、ラルッカは膨大な積荷を振り仰ぐ。
「念の為、備えておいて正解だったな。まさか、本当にこれを使う日が来るとは思わなかったが」
「なら、あの跡取りが?」
「ああ。アルベール様が代理として、半年程前から政務全般をみておられる。クレイグ様は会議の席でお倒れになって以来、すっかり寝ついてしまわれてな」
 聞き知ったその名に、ダドリーは軽く肩をすくめる。二人とも、彼アルベールについては知っている。一時期、ラトキエの屋敷に入り浸っていたことがあり、たまに、彼とも顔を合わせていたからだ。好悪の情を抜きにして言うなら、個人的によく知っている、と言ってもいい。もっとも、とある出来事をきっかけに、それきり彼らは求心力を失い、屋敷の方には全く寄り付かなくなってしまったが。
 それにしても……と、ダドリーは、代行を任された彼の背に圧し掛かる多大なる重責を慮って舌を巻いた。確かに自分も彼と同様、一門を従える当主の身ではある筈だが、まだ若い身空で、しかも、あの大ラトキエで一族を束ねる領主代行に就任した、だなんて、とんでもない絵空事のように思えてしまう。
「で、どうなんだ。当主の容態は」
「あまり思わしくはないな」
「なら、あいつの手並みは」
 矢継ぎ早に問い、ダドリーは端的に畳み掛ける。彼の関心がどちらにあるかは明白だ。
 ラルッカはゆっくりと首を振った。
「上からの指示は、何もない」
「なに!?」
 慮外の答えに、ダドリーの目の色が変わった。愕然と訊く。
「どういうことだ!」
「何度進言しても、返って来るのは静観・待機の指示ばかりだ。"何もしなくていい。普段通りで構わない" の一点張りでな」
「……お、おいおい、マジかよ。冗談だろう」
 軽く溜息をつき、ラルッカは緩く首を振る。
「現にこうして、大軍が門の周りに張り付いているんだぞ。あの野郎は本当に分かっているのか」
 呆然と無意識に、厚い石壁で遮られた南の正門方向へと目を向ける。確かに、当主の位を引き継いだばかりで、右も左も分からぬ状態ではあるのだろう。それは理解出来る。彼とて、そうした事情は似たようなものだ。しかし、それではあまりにも上に立つ者としての自覚がなさ過ぎる。如何にも杜撰、いや、無責任ではないのか。
 思わず握ったダドリーの拳に、力と憤りが強く篭る。
「何を呑気なことを言っている! 今は市中に潤沢な食い物があるだろうが、このままでは遠からず暴動が起こるぞ。食糧危機に直面したら──!」
「分かっているさ。だがな、ダド、」
「分かっていない! それでも領主か!」
 一喝、鋭く顔を振り上げた。ラルッカの胸倉を掴み上げ、高く積まれた麻袋の壁へと叩きつける。取り繕おうと口を開きかけた相手を制して、ダドリーは気色ばんだ口調で声を落とした。
「おい、ラル。お前ら、この先どうやって必要な物品を確保するつもりだ。領民達の生活に、どう責任を取る気でいるんだ! そうだ。これだけ多くの領民がいるんだ。食い物が不足するのは遠い未来の話じゃない。このまま飢えて死ぬのを待つか、領主の首を差し出すか、お前が奴らなら、どちらを選ぶ!──そんなもの訊くまでもない。答えは明白だ! この際恐れるのはディールの軍隊なんかじゃない。暴徒化した街の市民達だ!」
「……分かって、いる……!」
 瞳を怒らせ息巻くダドリーから、ラルッカは苦しげに目を逸らす。
「お前ら官吏も官吏だ! 傍にいて何故あいつの怠慢を諌めない。何故引きずり出して進言しない! 静観・待機だと?──笑わせるな! 日和見を決め込んで、やり過ごせる事態じゃないだろう! 無理にでもどうにかしなけりゃ取り返しのつかないことになるぞ!──分かっているのか。ディールは潰し合いをさせる気なんだぞ! 食い詰めて門前に殺到した連中を、警邏にことごとく狩らせるつもりか! 相手は保護すべき領民だろう!」
「──ああ、分かっている。だが、動けないんだ」
 ラルッカは歯を食いしばる。「主君の命がない限り、俺達は一歩たりとも動けない」
「それじゃあ、ディールの思う壺だろ! お前、このままむざむざと!」
「仕方がないだろう! 兵がないんだ!」
 ダドリーはとっさに怯んで諫言を呑む。掴みかかられたまま身を起こし、ラルッカは忌々しげに睨み返した。
「そうだ。ディールを退けようにも兵がない。まともに遣り合うつもりなら、あの大軍に匹敵する数万の兵が必要だ。いや、国境軍とやり合おうというなら、それに倍する兵が要る。そうでなければ、戦は勝てない」
 憤怒に駆られて、というよりは、何処か言い聞かせるような口調だ。
「だが──!」
「手を離せ、ダドリー。俺達が揉めても仕方がないだろう」
 掴み上げた拳に激昂を握り締め、しかしダドリーは、忌々しげに突き放した。不穏に目を向け、声を落とす。
「だったら、ディールに使者を立てろよ。人をやって向こうの要求を聞いてこい。降伏するなら早い方がいい。疲弊した領民の手で吊るし上げられるその前に。長引けば長引くほど領家に対する信頼が揺らぐぞ。まだ少しでも傷の浅い内に──」
「進言はしている。俺も何度出向いてそう言ったか。だが、──今も言ったろう。アルベール様の指示は "静観せよ" との一点張りで──」
「何を悠長なことを言っている! いつまで寝言をほざくつもりだ!」
「出来る努力は俺もしている! 手をこまねいて見ていた訳じゃない。取り敢えず、ここにある備蓄は全て、近日、市民に配給する。一門にも食料庫を開放させて不足分に充てるつもりだ」
「それでも、すぐに足りなくなる! どれだけの口を養わなけりゃならないと思っているんだ。そんな付け焼刃がいつまで通用すると──!」
「ダドリー、お前、自分の立場を忘れているな」
「な!?──だしぬけに何だ。俺がいったい何をしたと──!」
 話の流れがいきなり変わり、ダドリーが勢いを殺しきれずに、面食らったまま怒鳴りつける。ラルッカは冷ややかな目を向けた。「援助要請をはねたのは誰だ」
「え?」
 ギクリ、とダドリーは口を噤んだ。ラルッカはおもむろに腕を組む。
「何の助力をするでもなく、当家を切り捨てた クレスト領主に、とやかく言われる筋合いはないと思うが」
 急に我が身に降りかかり、ダドリーはソワソワあらぬ方へとそっぽを向く。
「……わ、悪かったな〜、ラル。それについては俺、全く一切預かり知らないもんだからさ〜……」
ほお?
 形勢逆転。ラルッカは憮然と応え、力任せに締め上げられた首元を、殊更に見せ付けるようにして片手で擦り、冷ややかに相手を睨めつける。
 苛立ちに任せた攻勢から一転、一気に旗色が悪くなったダドリーは、
「ほ、ほらあ! 残念なことに、お前がくれた手紙ってヤツ? 俺、まるっきり読んでないからさ〜……こ、こりゃあ、行き違いになっちゃったかな?……あは、……あはははは……」
「……。("なっちゃった" じゃねーよ! この天パー野郎が!)」
 途端に言い訳を始める引き攣り笑いの姑息さに、ラルッカは反射的にムッと口を尖らせる。
「だ、だってさ〜、やっぱ俺の立場じゃああするしか……でも、昨日はお前、"なんで来たんだ" って、あんなに俺のこと怒鳴ったくせに……なのに、そんな今更……」
 話が違う、と言いたげだ。困惑顔で顔色を窺い、詮ない文句をブチブチ捻じ込む。
 迸る怒りの矛先を、弱味を持ち出し逸らしてしまうと、ラルッカは腕組みを解いて嘆息した。
「俺はそんなことは気にしちゃいない。
どうせ来ない と思っていたしな」
 更なる皮肉に固まるダドリー。ラルッカは「出るぞ」と一言言い置いて、石段へ顎をしゃくると、それ以上は拘るでもなく、ポンと肩に手を置いた。
「……え?」
 心の防御体勢を整えていたダドリーは、肩透かしを食らって手持ち無沙汰に頬を掻いた。拍子抜けだ。あんなに散々悪態をついた割には、随分とあっさり引いたもの──そう、意外なことに、嫌味の追加はないらしい。
 さっさと矛先を収めた了見を、小首を傾げて訝りながらも、しかし当然、ここで蒸し返すような愚は冒さずに、その背に続いて踵を返す。薄暗い闇に聳える備蓄の山を見納めのように振り仰ぐと、肩をすくめて従った。
 地上へ続く石の階段へと足を向ける。薄暗い庫内を歩く脳裏を、たった今見てきた商都の不穏な光景がふと過ぎる。そう、肩先を行き過ぎた何れの顔にも、何処となく荒んだ険しい影──。
( こいつは、なんとかしなけりゃな…… )
 頭で反芻する見慣れた商都の街並みが、急に色褪せ逼迫して見える。
 陰気臭く広い倉庫で、天井付近まで山と積まれた麻袋の備蓄が、来たる出番を待って剣呑に静まり返っていた。これで果たして、幾日無事にやり過ごせるのか。
 薄暗い天井に靴音を響かせ、冷たい石段を再び地上へと上って行く。不意に底知れぬ焦燥に駆られて、ダドリーは利き手の拳を強く握った。
 
 
 
 
 

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