CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 3話3
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 彼らは愕然と立ち尽くしていた。
 顎が抜けたか、魂が抜けたか、見る者がそう勘繰ってしまうほどの茫然自失の態である。
 彼らの目の前には、赤茶けた雄大な地下坑道が、何処までも何処までも広がっていた。高い天井から雫でも落ちたか、何処かでピチャンと水音が鳴る。後に引き摺る小さな余韻が、坑道の無人を殊更に虚しく強調する。静謐を纏ったそこにあるのは、時間の感覚がなくなりそうなほどの深い静寂……
 
 真夏だというのに、お誂え向きの薄ら寒い風が、ピュ〜と何処からか吹いて来る。
 その場に立ち尽くしたままラルッカは、絶句して周囲を見渡した。ワイワイ座り込んでた部下どもを、急きたて立たせて、若干クドクドと説教なんかも食らわせつつ、準備万端、さあ行こう、と正規ルートに戻って来れば──
 
「……どこへ……行った……?」
 
 そう、他所で遊んでたその隙に、追っかけていたダドリー達の気配がものの見事に掻き消えていたのだ。そりゃあもう、綺麗さっぱり忽然と。彼らの前に否応なく突きつけられた厳しくも無情な現実は、ただ一つ。つまり──
 
 モメてたせいで、見失った……!?
 
「この阿呆どもが!」
 キレ気味の叱責が、坑道の天井に虚しく木霊する。だが、今頃怒ったって遅いのだ。後の祭は火を見るより明らかである。
 とりあえず、こんな薄気味の悪い所で迷子だなどとは、シャレにもなんにもならないので、何とか先行者に追いつくべく(そして、助けてもらうべく)、急遽、緊急捜査本部をここに立ち上げ、犯人の行方(並びに帰り道)の捜索を、躍起になって開始する。
 とりあえず、腰に手を当て赤茶けた岩壁の周囲を見渡して、一つ息を吐き出すと、ラルッカはパンパン手を叩いた。
「さあ、何でもいいから、何か手掛かりを探すんだ!」
 オタオタと狼狽し、まごついていた部下達が、その声にふと我に返って顔を上げる。「もーやだ帰りたい」と書いてある彼らの困惑顔を見回して、ラルッカはテキパキと指示を出した。
「ロルフ、周囲の壁を念入りに調べろ。《 遊民 》どもは、ここを日常的に使用しているんだ。痕跡くらいはあるだろう。オットー、何か物音は聞こえて来ないか? それからカルル、お前は──」
 ゴツゴツした岩の地面と、今にも爬虫類が這いずり出そうな赤茶けた岩壁とを、切羽詰ってガムシャラに探索、今にも顔を擦りつけそうな近距離で、広大な地下坑道をしばらく進む。こんな訳の分からん不気味な場所で、こんな面子と心中するなど、絶対に絶対にご免である。
 
 しかし、この坑道、中々どうして入り組んでいるのだ。真っ直ぐな道と侮って、大手を振って鼻歌混じりに進んで行けば、もう取り返しのつかない頃になってから、" あ、実は途中であちこち分岐してまんねん♪" と驚愕の新事実が発覚したり、ポクポクと馬を引きつつ調子良く進んで行ったら、前方を塞ぐ素っ気ない突き当りに「ハイ、おしまい」とぶち当たってみたり──
 結局、この "なんとか助けてでも犯人追跡大作戦(=悪足掻き)" は暗礁に乗り上げ、"ああ、やっぱり完璧に見失っちまったどうしよう……"という重く苦い現実を、彼らに再認識させるに留まったのだった。
 
 ひんやり涼しい地下坑道の中、四人ぽつねんと取り残される。
 何処までも続く赤茶けた坑道を前にして、彼らは成す術もなく固まった。ここぞとばかりにウジャウジャと湧いて出た四方の道に取り囲まれ、途方に暮れて立ち尽くす。最悪、来た道を戻らねば脱出することさえ叶わぬが、しかし如何せん、ろくに注意も払わず先行者の背を闇雲に追いかけ、挙句にルートを外れて勝手気ままにあちこち動いたものだから、もう、どっちから来たのかさえも覚束ない。
 
 もしかして、二度とここから出られないんじゃないか……?
 
 どんよりと、イヤ〜な暗雲が、彼らの頭上に立ち込めた。
「とんでもないことになっちまった……!?」と自覚を始めた四つの頭に " 遭難 " の四文字がやおら鬱々とチラつき始め、暗黒のリアリティを帯び始める。
 ああ、"遭難"──非日常的な響きだ。しかし、あながち戯言とは言えなかった。笑い飛ばすには無理のある実にシビアな現実が、厳然として、ここにある。不吉な焦燥がジワジワと湧き出し、坑道のアチコチを何処ぞの野犬のように両手で忙しなく掘り返す鬼気迫った彼らの心胆を、禍々しくも寒からしめ──
 その時だった。
 
「上席徴税官殿! 何かありますっ!」
 
 素っ頓狂な歓声が、坑道の高い天井に轟いた。
 涙目の彼らが一斉に、視線をそっちに振り向けてみれば、赤茶けた地面を指差して、甲高い声で叫んでいるのは、睫の長い部下の一人だ。
 
 ──やや!?
 
 連れの馬そっちのけでスワッと集合、キッチリ正座で額寄せ合った四人同時にズズイと顔を突き出せば、なるほど彼の報告通り、ゴツゴツした岩の地面に、何か白い物が落ちている。そして、なんと、ずっと奥の方まで転々と続いているようではないか!?
「──よおし! よくやった、カルル!」
 司令官ラルッカは、部下の肩を叩いて快哉を叫ぶ。
 発見者はやはり、( 何故か四頭きっちり雁首揃えて繋いであった ) あの馬達を発見した件の賢い部下であるようだ。どうやら、とことん日頃の行いが良いらしい。加えて、運も良いらしい。しかし、何故にこんな物が──?
 
 同じ方向に頭を倒して、三人の部下達は「うう〜む、これは……」と推測する。
 案外テキの持ち物の隅っこに穴かなんかが空いていて、そこから何かが漏れ出してたんじゃないか?──いや、この際、原因などはどうでも良いのだ。ブツの正体は、いったいなんだ? 
 とりあえず指先で摘み上げ、目線の高さにまで持ち上げて、とくとそれを確認してみる。すると、
 
「「「 む? パン屑? 」」」
 
 正体を特定し、三人は思わず、互いの顔を見合わせた。
 そう、何故だか、地面に転々とパン屑が。
 
 て、
 
『 ヘンデルとグレーテル 』 か!?
 
 このベタなアイテムの登場に、某有名児童文学の名が頭を掠め、思わず互いの顔をまじまじと見る。だって、見渡す限り人っ子一人いない、民家なんか一軒もない、蛇やトカゲや鼠くらいしか生息してなさそうな坑道に、何故にどうしてパン屑なのだ? こんな物がさもワザとらしく落ちているなんて、思いっっきり不自然だろう。しかも、かの者の行く先を、さん然と指し示すかの如くに。
 これを、どう解釈すべきか、大いに迷う。
 やはり、何かの罠だろうか? もしや、悪質なミス・リード? それとも、小鳥を飼ってる鼠でもいるのか? 
 何れにせよ、これにノコノコついて行ったら、酷い目に遭うに違いない。きっと、突如突き当りに現れるのは不気味で巨大な石室で、真っ赤なドラゴンが火を噴いていて、そういうのは大抵人間を見ると追っかけて来るものだから、坑道を破壊するかの如くの勢いでグロテスクな巨体に追いかけられ、あわや追い詰められた急転直下遥か眼下の絶壁で、白波がザっパ〜ンと泡立ってて、それでもってきっと、突如見知らぬ犯人から背中をドンと押されてあっけなく滑落、ああ、哀れ冒険者達は波に呑まれて今何処、そのまま「続く」になってしまったりするのだ。
((( 絶体絶命じゃん…… )))
 なんたる悲惨な顛末だ。
 三人、ピタリと額を寄せ合い、腕組み体勢、「むむう……」と唸る。
 
 しゃがみこんだ輪の中から一人上体を引き起こした彼らの上司ラルッカは、「ふ〜む、これは……」とおもむろに顎を撫で、訝しげに目を細めている。さすがは切れ者と名高いカレリアの上席徴税官。巷に蔓延する名声は伊達という訳ではないらしく、この不可解な状況の解析を、彼の頭脳は逸早く終えたらしいのだ。
 膝上で二つのグーを作って正しく正座し、ゴクリと唾を飲み込んだ三人の部下達。その尊敬と期待に満ち満ちた凝視を一身に受け止め、上席徴税官ラルッカは、軽く拳を握って、やおら、その場に立ち上がる。
 果たして、注目の解析結果は──
 
「ほう。どうやら向こうには、行儀の悪い奴がいるようだな」
 
「「「 …… ( なんでだ!? ) 」」」
 三人は、その場で氷結した。
 だったら連中、馬上でパンでも食っていたのか!? こんな時に、なんでわざわざ!?
 いや、だって、如何にも怪しげに「こっちだよ〜ん♪」と差し招いているではないか!?
 このあからさまな胡散臭ささは、誘導アイテム以外の何者ではないではないか!?
 
 しかし、何故か先程 "司令官" とお名乗りになり、目下密かにウキウキ張り切ってるらしいカレリアの上席徴税官殿は、「さ、行くぞっ♪」と腕まくり。
 互いの顔を、彼らは恐る恐る見合わせた。
 前方をキリリと見据える凛々しい上司殿の感覚を、一瞬、信じられなくなった部下達であった。
 
 続く。

 
 
 
 
 

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