CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 3話5
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 三人組は、再び口をアングリと開けて立ち尽くしていた。
 だって、(藁にも縋る思いで)追跡して来たなんか怪しいパン屑が、あろうことか道の上から完全に消え失せてしまったのだ。
((( もー! だから、よそうって言ったのにぃ〜! )))
 思い切りぶつけた右の額を三人同様に擦りつつ、そっぽを向いてる横顔を、キッと涙目で睨みつける。
 事ここに至った凡その経緯は、こうである。
 転々と落ちてるパン屑辿って歩いていたら、上司殿が突然「わっ!」と叫んでびっくり仰天、大仰な悲鳴を上げたのが悲劇の始まり。
 そして、天井に幾重にも木霊した緊急異常事態発生を知らせる不吉な悲鳴は、実は結構ビクビクへっぴり腰で進んでいた彼らに対して、十分過ぎる効果を上げたのだった。途端に「「「 ぎゃっ!? 」」」と三人同時発声で飛び上がり、キャーキャー諸手を上げて逃げ回り、張本人の上司殿をも巻き込んで、人や壁にアチコチぶつかり、馬を引き摺り全力疾走、ようやく「あれ……?」と立ち止まった頃には、辺りはシン……とやけに不気味に静まり返り、全く見知らぬ場所に突っ立っていた、という次第。
 で、このお粗末な顛末。結局、原因が何だったのかといえば、問い詰められた上司殿が渋々語ったところによれば、これが実に、顔横の岩壁をチョロッと這った黒い虫一匹だとかで……
「「「 わざとやったんじゃないでしょうね〜 」」」
 いい迷惑な部下達は、ブチブチと口を尖らせる。ジットリ疑いの眼差しである。
「そんなことするか!? こんな時に!」
 
「「「 絶対ぃぃっ!? 」」」
 
「ぜ、絶対だ……」
 三人同時にズイと詰め寄られ、原因を作った上司殿はタジタジと後退った。単純に、頭数の分だけ不利である。
「し、仕方がないだろう。当家の害虫駆除対策は万全なんだ」
 恨みがましい三つの視線が突き刺さったか、若干場所を移動しつつもソロソロと後退、プイっとあらぬ方向へそっぽを向く。
 妙にスッキリ清々している靴先を、穴の空く程じい……っと見つめて、三人組は「うう〜む……」と唸った。それが告げてくる不動の事実は、ただの一つだ。そう、
 
 怪しいパン屑さえ見失っちまった……
 
 呆然と足元を見ていた顔を上げ、三人組は無言で顔を見合わせた。
 涙目の顔が、苦渋に歪む。
 
 
遭難なんか、ご免であ〜る!!!
 
 しばし三人ビクビクと、手に手を取り合い、辺りをキョロキョロ見回しながら、何か飛び出てきそうな得体の知れぬ地下坑道を、おっかなびっくり、へっぴり腰で進む。無論、(人騒がせな)上司殿は、高貴な生まれ故、仲間外れである。
 馬を引きつつポクポク歩き、やがて、一行はガランとした広場に出た。なんとなく空気が澄んでいるような気がするし、天井も高くて、開放感も抜群だ。しかし、
「どっち、だ……?」
 唖然と目を瞠り、ラルッカは行く手に現れたそれを交互に見つめた。
「どうなさいますか、上席調査官殿」
 緑の服の、一番前を歩いていた部下が、背後を振り向き、キリッと上司にお伺いを立てた。前方にあるのは、「さあ、どっちにする〜?」と言わんばかりに選択を迫る、ぽっかりと穿たれた左右の道。そう、悪いことは重なるもので、あろうことか、道がきっかりと二つに分岐しているではないか
 ふと、そちらに振り返り、問われたラルッカは眉をひそめた。
「俺は "司令官"だと言ったろう、ロルフ。同じことを何度も言わせるな」
「なんなんですー? その"司令官"っていうのは」
 二番目を歩いていた青い服の部下が、やはり振り向き、ラルッカに訊く。少し呆れた口調だ。しかし、
「"司令官"は"司令官"だ」
「「「 …… 」」」
 ツンと横を向かれて質問を却下され、三人一斉に押し黙る。しかし当人には、気にした様子はサラサラないようで、
「さて、連中がどっちに行ったか、だが──」
 二手に分かれた坑道を眺めて、顎に手を置き、ふ〜むとそちらに身を乗り出す。そして、それら二つを、しばしじっくりと見比べて、入念に検討した後、ラルッカ司令官は、待機する部下達へと次なる指示を出したのだった。
「右だな。右へ行こう」
 厳かに宣言。
「……あの、本当に、こっちで大丈夫なんでしょうか」
 彼の隣を歩いていた前から三番目の──つまり一番後ろにいた睫の長い赤服の部下が、長身の司令官殿を見上げて、恐る恐る訊く。小首を傾げ、ちょっと可愛い仕草だ。
 今にも袖を引っぱらんばかりの不安げな部下の様子に、鷹揚に頷く司令官殿。
「うむ、カルル。こっちの方が、何処となく大きいような気がする」
 大変良好な部下の態度に、もう今にも「いい子いい子」と頭でも撫で回しそうなご満悦ぶりだ。
「本当に、こっちでいいんですね?」
 途端に、ぶっきらぼうな口調で、別の部下が結構シビアに駄目を押す。二番目の青い奴だ。
 疑いをかける無礼な部下に、ムッと、司令官殿は振り向いた。
「何を言うのだ、オットー。俺の言うことに、今迄間違いはあったか」
「……いえ」
 実のところ、彼らは、この上司を心の底から尊敬している。崇拝している、といっても過言ではない。だからこそ、難関と言われるラトキエ家実施の選考試験に名乗りを上げ、昼夜を継いでガムシャラに勉学に勤しみ、ついにはこれを突破したのだ。
 それもこれも、ひとえに憧れの彼の元で働きたかったからに他ならない。まあ、実をいえば、実力的に少々無理があるかと思われたのだが、結局、無事に念願叶い、こうしてめでたく彼の側仕えに配属が決まった。
 そして実際、この上司殿は、仕事面でも大変優秀なのだ。不正を許さず、不当な圧力に屈したりしない、高邁な精神の持ち主だ。この人物は尊敬に値する。寝食なげうってでも付いて行く価値がある!……そう思っていた筈だった。彼が"司令官"などと名乗る前までは。
 今や、この司令官殿には疑問と前科が色々あるので、諌められたオットーは、何処となく腑に落ちない顔である。しかし、司令官殿はそれに構わず片手を振る。
「仮に、これが違っていても、ここに戻って来ればいい、というだけの話だ」
 もう、とっても事もなげ。
「──まあ、そうですね。では、行ってみましょう」
 そつなく話を引き継いで、先程ロルフと呼ばれた先頭の緑服が、キリッと肩越しに頷いた。
 そして、彼らは、右側の坑道を選択したのだった。
 
 一列に並んで、馬の手綱を引きつつポクポクと歩く。司令官殿は、後ろから二番目である。
 そうして歩くこと十分後、
「「「「 う、うう〜む…… 」」」」
 又も、彼らは立ち止まっていた。
「どうなさいます、上席調査官殿」
 一番前を歩いていた緑服が、やはり背後にお伺いを立てた。
「枝道です」
 キリッと振り向き、ニョキっと三本、指を立てる。
 そう、今度は、道が三つに分かれていたのだ。そして、犯人らの背は、そこにもなく──
 報告を受け、ラルッカは嘆かわしげに首を振る。しかし、その顔を彼に向け、
「俺は "司令官"だと言ったろう、ロルフ。まったく、同じことを何度も──」
 そこかい。
「で、どうするんです? "司令官"殿」
「……」
 二番手のつっけんどんな物言いに、さすがのラルッカもムッとして口を噤む。
「戻りますか?」
 不安げに三番目が見上げる。
「──いや、カルル。もう少し先に進んでみよう」
 自分を頼る赤服の様子に、ラルッカは、やはり眦下げて、ニッコリにこやかに相好を崩す。なんかコイツには甘いようだ。
「で、どうなさいます?」
「……そうだな」
 先頭の緑にさりげなくせっつかれ、ふ〜む、とラルッカは三つの道を見比べた。横幅、高さ共、何れ劣らず遜色なし。
 ふむ、と頷き、おもむろに指示を出す。
「真ん中だな」
「いいんですね、こっちで」
 すかさず、二番目の青が駄目を押す。ムッとしつつも、ラルッカは大きく頷いた。
「うむ。こっちの方が、どことなく風格があるような気がする」
「「「 ……(どういう選考基準だ……) 」」」
 
 
 更に更に、坑道を進む。
 そして更に十分後、彼らは再び立ち止まっていた。
 又も、道が分かれていたのだ。今度は四つ。そして、相変わらず人の気配さえ、ありはしない。
 一番手の緑服が、キリッと背後を振り向いた。
「どれになさいます? 上席調査官殿」
「だから、ロルフ。俺は "司令官"だと何度言っ──」
「で、どーするんです? "司令官"殿」
 ぶっきらぼうに遮ったのは、二番手オットー。なんかコイツ、どうでも良さげだ。
 三番手カルルがつぶらな瞳で上司を見上げる。
「もう、引き返した方が、よくありませんか?」
「……う〜……む……」
 部下達の視線に非難の色を感じ取ったか、四つの坑道を見比べ、ラルッカは唸る。ここまで指示を出してきた彼としては、もう引くに引けないトコなのだ。
「──よし。左から二番目だな」
 上体を引き起こし、うむ、と大きく頷いた。
「いいんですかあ? 本当に?」
 二番手オットーが、小首を傾げて冷ややかに訊く。あからさまな疑いの眼差しだ。
「うむ。こっちの方が、どことなく落ち着きが──」
「「「 もういいです 」」」
 声を揃えてきっぱりと遮り、三人はさっさと歩き出した。
 
 右、真ん中、左から二番目、一番端っこ、真ん中、一番右……
 こんな調子で、彼らは進んで行ったのだった。
 
 やがて、
「……困りましたね」
 一番手ロルフが、小首を傾げて振り向いた。どこか途方に暮れたような声音だ。
 二番手オットーが、非難の腕組みで振り向いた。
「突き当たりですよ? どーするんです?」
「……」
 ラルッカはさりげなく、壁を調べる振りをする。
 それぞれ馬の手綱を持ち、ジトリと動きを止めた部下達の視線が、背けた背中にヒシヒシと痛い。つまりは、迷った──そういうことだ。
 ああ、ここはいったい何処なのだ? 明るい日の目が見られるのは、いつの日か。異常事態を感じ取ったか、彼らの馬達もヒヒンと嘶(いなな)く。
「……あの〜、僕、一応、」
 上着の内ポケットをゴソゴソ探って何かを取り出し、赤服カルルが恐る恐る申し出た。
「メモ取ってたんですけど」
 壁に張り付いていたラルッカの耳が、ピクリと動いた。
 速攻で振り向き、彼の手帳を引っ手繰り、ギョッと後退ったカルルの肩を、片腕でムンズと引き寄せる。
「でかした、カルル!」
 快挙である。
 辛くも窮地を救われたラルッカは、もう彼の頭をガシガシ撫で回さんばかりの勢いだ。もっとも、背中をバンバン叩かれた殊勲者カルルは、ちょっぴり迷惑そうな顔ではあるが。
「よくやった! お前はなんて使える奴なんだ!」
 とりあえずは、メモしとく。これ、仕事の基本である。
 ブンブン力任せに揺す振られ、カルルの素直な直毛頭が、右に左に揺れ動く。
「……はあ、ありがとうございます(=さっさと済ませよう……)。これまでの分岐で採った進路は、右、真ん中、左から二番目、一番端っこ、真ん中、最後が一番右です」
 上司の熱烈歓迎を誤魔化すかのように自筆のメモに目を落とし、長い睫を伏せて俯いたカルルは、指で綴りを辿りつつ、選択したコースを読み上げる。
「ああ、つまり、──」
 片脚に重心を預け、小首を傾げて「ふーん……」と聞いていた青服が、ふと、目を返して口を開いた。
「右から順繰りに選んでいった訳ですか」
 話の要点と規則性をあっさりとまとめて、二人の向こう側に見える今来た赤茶色の道を眺めやる。彼と同様それを見やって、緑服ロルフも、ああ、なるほど、と頷いた。そして、率直に感想をのたまう。
「案外
単純なんですね」
 テキパキしてるが、何気に失礼な奴である。
 ピタと動きを止めたラルッカは、「ん?」と小首を傾げて目を瞬き、
「……おい、ロルフ。それは、どういう意──」
「さ、行きましょう、上席調査官殿」
 しかし、彼の矜持と疑問は置き去りに、先頭緑服は馬を返して、事も投げに歩き出す。
「戻る分には分岐はありませんからね、今来た通りに道を戻ればいいだけです。楽なものですよ」
「……ロルフ」
 ラルッカは嘆かわしげに額に手を置き、キッと顔を振り上げる。しかし、
「俺は"司令官"だと何度言ったら──」
「ほらー、行きますよ。"司令官"殿」
 再度抗議しようと口を開いたその横を、馬を引いた青服が、さっさとツレなく通り過ぎる。歩きながら「でもまあ──」と続けた。
「一本道なら、メモ取る必要もなかったですね」
「……え?」
「さあ、行きましょう?」
 口を開けたままポカンと固まった上司を、小首を傾げた励ましの視線でチラと見上げて、馬を引いた赤服カルルが、ポクポク傍らを通り過ぎた。逆境に叩き込まれて、それぞれ肚が据わってきたようだ。
 そして、もう誰も、上司の話を聞いていないようだ。
 とにもかくにも、メモを頼りに道を戻って、彼らは再スタートを切ることとなったのだった。
 そう、さっさと戻って、怪しいパン屑を探さなければならないのだ。
 
 地下坑道内は、意外にも明るい。
 太陽光は完全に遮断されている筈なのに、どういう訳だか足元が見分けられるくらいの光度はあるのだ。そういえば、四方八方を取り囲む壁が、薄ぼんやりと発光しているように見えなくもない。光苔でも大量発生しているんだろうか……?
 ポクポクいう馬達の蹄の音が、赤茶けた坑道に空しく響く。湧き水でもあるのか、何処かで時折、ピチャン……と水の滴る音がする。確かに涼しげな音色だが、四方の岩壁に反響して、結構不気味だ。
 しかし、聞き耳を立てた耳が拾ってくる音といえば、それくらいのものだった。行けども行けども、肝心の人の気配は、何処にもない。まあ、前方が分かるくらいには薄明るいのが救いだが。 
「……まったく、薄気味の悪い」
 チラと上司に目を動かし、一番手ロルフはボソリとごちる。つまりは「早く出たい」というのが本音である。
 しかし、部下の気鬱なんかはなんのその、司令官殿は溌剌と励ます。
「まあ、そう、ぼやくな、ロルフ。この坑道も、もう少しで終りだから。さあさあ! みんな、気合を入れて──!」
「でも、確証はないんでしょ?」
「──むっ!?」
 盛り上げようとしていた出端を挫かれ、司令官殿はムッと犯人に振り返る。
「それにしても、ここって、なんか、お化けでも出そうで嫌っすね」
 つい突っ込んじまったが、相手は上司。ご不興を買ってもコトなので、青服オットー、一応、保身。
 しかし、本日散々なラルッカは、そこに含まれていた格好の反撃材料を見逃したりはしなかった。
「……ふっ、"お化け" だあ〜? オットー、お前、そんなものが恐いのか?──ま、安心しろ。そんなものは、この世の何処にもおらんから」
 余裕で「ふっ♪」と嘲笑った上司、ここぞとばかりに勝ち誇る。しかし、
「ええっ? いますよぉ、お化けは」
 思わぬ伏兵現る。ずっと味方だと思ってた赤服だ。
「──だから、いないって、カルル。──まさか、お前ら、そんな非科学的なものを信じているとか言うんじゃないだろうな」
「「「 えー? いますよお、絶対ぃぃ! 」」」
「……」
 三倍音量で速攻反論されてしまい、ラルッカ司令官、とっさに反撃ならず。
 話の中身はどうでもいいよな手慰みな暇潰しだが、しかし、こんなものでも三人揃って反発されれば、平静を装いつつも内心では恐かったらしい上司殿も、ついついムッとし、ムキになる。だから、ついついクルリと振り向き、
「いませんんーっ!」 
 応戦。
 まるで子供の言い草だ。
 が、しかーし!
 
「「「 いるんですぅーっ!!! 」」」
 
「……う゛」
 しかし、三対一では分が悪い。
 予期せず一斉逆襲を食らってしまい、ラルッカが思わず仰け反りかえった、その時だった。
 
「──うわっ!?」
 
 地下坑道を揺るがす切羽詰った叫び声が、大きく岩天井に響き渡った。
 
 
 
 
 

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