■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 4話2
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しばらく走ると、陽射しにきらめく水流が見えてきた。
サラサラ流れる涼しげな音。商都〜トラビア間を結ぶ街道に平行して、チョロチョロ流れる細くて浅い川だ。川原には雑草が勢いよく生い茂り、川の右手にこんもりと木々が茂っていて、ちょっとした林を作っている。少し先に、又、川の流れが見えて、その先にも林が幾つかある。この川を越してしまえば、商都の西にあるノアニールの町まで、もう、それほど遠くはない距離だ。
川の手前で馬を降り、小枝を数本、近くの林で切り取った。小高い場所にある岩場を探す。
無人の川原は、ひっそりしていた。──それも、そうか。軍兵がウロウロしているこんな時に、散歩や釣りでもないだろう。視察に適当な大岩を見繕い、束ねた枝先で、砂や枯葉を適当に払って、そこに腰を落ち着けた。
南より高台にあり見晴らしの良いここからは、遠くノアニールの町まで見渡せる。遠目は、十分利く方だ。コチャコチャと密集した民家の群れと、商店の居並ぶ未舗装の通り、居酒屋の路地裏に積まれた二つの木樽さえ見分けられる。
野草と木立の先に広がるノアニールの街並み。人影は、さすがに疎らだ。街を歩くゴマ粒大の民間人。忙しなく通りを走り、四角い建物に駆け込む青軍服──
遠く見える町の様子をツラツラと眺めながら、把握した状況を、一服しながら、頭の中で整理する。
ここまで、巡視と思しき軍服姿は見かけなかった。やはり、ディールの関心は、陥落寸前の商都と補給路のみに集中していて、潜伏している街道北の荒地の方は、まるっきりのノーマークだ。軍兵の定期的な見回りはない、とみていい。
トラビアへと伸びる街道には、商都へと向かう馬車が数台連なり、青軍服が数人いるが、それとは別に、用心棒らしき風体の男もチラホラと見受けられる。何れも雑談しながらのブラブラとした足取りで、随分と警戒が緩いようだが、あれでも一応、トラビアからの補給物資を搬送中ってことなんだろう。
思わず、苦い笑いが漏れる。
まったく、カレリアってのは平和な国だ。戦時下でさえ、ああものんびりした光景、か。
岩の上から立ち上がる。
体中何処もかしこも汗と潮風でざらついていた。この川の水で洗い流してしまえば、嫌な気分も少しは晴れて、さっぱり清々するだろう。
緩く流れゆく浅い水面に足を向け、川の水を両手で掬って、バシャバシャと顔を洗う。ついでに肘の辺りまで腕を洗って、ベタつく汗を落としていく。この辺りの川は浅い。精々ふくらはぎ程度の水嵩(かさ)しかないだろう。水源が近くにあるせいか、野草は高く青々している。内海沿いと同じように暑いことは暑いが、海から距離が離れている為、空気はさほど湿っぽくない。
それにしても、まったく、とんだ貧乏くじだ。確かに、こんな"お守り役"など首長自らが直々に出向くような話でもないから、こっちにお鉢が回ってくるのも、仕方がないといえば、仕方のない話ではあるが……。
本来こちとらは、主力首長の配下であって、いわゆる"斬り込み隊長"ってな役どころだ。曲がりなりにも一隊を任された隊長だと言えば聞こえは良いが、何のことはない、要するに、偉くもなければヒラでもない、「お前、行って来い」と押し付けるには丁度いいポジションにいたという、それだけの話だ。
自他共に認める不精な自分が、今、こんな所で顔を洗う羽目になっちまってるのは、他でもないあの隊長から、領主の"お守り役"などという、あまり有り難くもないお役目を仰せつかっちまったせいなのだが、どうせ又、あの吊り目の副長あたりが、横から余計なことでも進言したに違いない。
ふと、それを思う。
──謀(たばか)っているのは、こっちも同じか。
こっちに出向いて来ている面子は、しがない斬り込み隊長風情と一兵卒の寄せ集め、実は、主力はノースカレリアに温存していると知ったなら、あのご領主様は、どんな顔をするだろう……
バシャン! と大きな水音がした。
川上、右手の方向だ。
突然、物思いを遮られ、何事だと見てみれば、
「……ガキ?」
年の頃は五・六歳、短いスカートをはいた女のガキだ。上流の浅瀬に尻餅をついて、びっくりしたように目を真ん丸く見開いている。その向こうには、如何にも「ヤバイ!」といった顔つきの腕白坊主二人組。やはり似たような年格好の、いや、どっちも少し年上か。──と、尻餅を付いた女のガキが、案の定、両手を顔に押し当てて、わんわん盛大に泣き出した。これは思わぬハプニングだったらしく、男のガキどもの方は、川の流れの中に突っ立ったまま、オロオロとまごついた顔つきだ。どうしていいのか分からない、といった態。
そいつらが硬直したまま動く様子がないので、行きがかり上、仕方なく、サブサブ川の中へと踏み込んだ。座り込んで泣いている女のガキへと足を運ぶ。
「あーあーしょうがねえな。──ほら、立ちな」
細い上腕を掴んで引っ張り上げるようにして立たせてやれば、すぐさま腰の辺りにヒシッとしがみ付いてくる。──って、張り付くな!? 俺のズボンまで濡れるだろ!?
だが、泣いてるガキはお構いなしだ。グリグリと顔を押し付けて、涙と涎を拭っている。そっちはそっちで忙しいらしい。
まさか、こういうトバッチリを食うとは夢にも思わなかったが、結構真剣に泣いているらしいので、とりあえずは腕に抱き上げ、軽く揺すってあやしてやる。実は、とある事情で、こういうのは結構上手い。嬉しくもないが。
こっちの首にヒシッとくっ付き、ガキはビービー泣いている。ヨシヨシと覗き込んだこっちの頬に、ガキのほっぺたの柔らかい感触……
──て、鼻水くっつけるなよ!? こら!?
しかし、まさか、そこらに投げ捨てるって訳にもいかず、遠慮会釈なくしがみ付く後ろ頭を、泣きたい気持ちで撫でてやる。ほっぺたを散々擦り付けた挙句に、ガキは案の定、たった今気付いた、というように、涙に潤んだ大きな瞳を瞠って、キョトンとこっちの顔を見た。そして、
「……あかい……あたま……?」
ヒトの髪の毛握ったまま、ピタリと停止、泣きやんだ。
「赤毛は珍しいか? おじょーさん?」
顕著な反応に苦笑いしつつも、さっさと、こいつを引き渡しちまおうと、連れの二人を振り返る。だが、
「「逃げろ!」」
ガキども、すっ飛んでズラかりやがった!?
「な!?──こら待てガキども!」
コレ、押し付けて何処行く気だよ!?
本当に、行きがかり上、仕方なく。
泣きやんだガキを川岸に下ろし、悪ガキどもの後を追う。
どういうつもりかガキどもは、足場の悪い川の中をわざわざ逃走路に選定し、バシャバシャと水飛沫を高く上げて駆けて行く。逃げ切るつもりでいるらしく、一心不乱の全力疾走だ。
疲れを知らないガキどもに付き合い、いつまでも走るのはホネが折れる。
なので、とっとと追いつき、捕まえちまうことにする。細っこい腕をそれぞれ掴んで引っ立ててやれば、二人がギョッと振り向いた。
「……すげえ」
「うん。すっげえ速ええ」
互いに頷き、ポカンと口を開けている。余程意外だったのか、どっちの目もまん丸だ。
捕まらない自信があったらしいな、坊主ども。だが、生憎と、こちとらだって、足腰にはちょっとばかり自信があるのだ。
「なんで逃げた?」
改めて二つの頭を掌で掴んで、一応、悪ガキどもの申し開きを訊く。
「……だって、……なあ?」
「うん……」
チラと上目遣いで、悪ガキどもは目配せする。"大人に叱られる"とでも思ったらしい。こいつらの顔を見て、一瞬マジでフケちまおうかと思ったのは、実は、こっちの方なんだがな……。というのも、何故か日頃から、ガキに関わると、大抵碌な目に遭わないからだ。突然、土砂降りに遭っちまったり、ヒゲクマ親父から大目玉食らったり、なんでかイカサマがばれちまったり、と。そのそれぞれに何の因果関係もないことは、頭の中じゃ重々承知しているが、寄って来るガキの姿を見ると、やはり、それなりに警戒する。──ああ、ジンクスって奴だ。
「ほら、謝ってきな、ダチだろう」
拾ってやった女のガキの方へと、華奢な背を押し、促してやれば、
「ううん。妹」
ぽかんと見上げて、右のガキが訂正。
「……どっちでもいいから」
思わず深く嘆息した。ガキって奴は、妙に律儀だ。頭の中の世界は果てしなく広いが、持ってる情報は大してないから、その隅々にまで目が行き届いちまうらしい。
あまりの律儀さに脱力してると、二人は、このやり取りを突っ立って見ていた"妹"の方へザブザブと歩いて行った。陸に上がって、俯いて頭(かぶり)を振る"妹"の顔を下から見上げて何やら宥め、ペコリと小さく頭を下げる。小さな手をパーに開いて、"妹"の頭をこねくり回して撫でてやる。そういう仕草はいっちょ前だ。「いい子いい子……」と呪文が聞こえてきそうな一連の儀式。だが、それを一通り済ましてしまうと、唐突に、こっちを振り向いた。
今度は三人一斉だ。何故だか、こっちの顔をマジマジと見ている。なんだ? それは。尊敬の眼差しか?……ああ、そうか。今、駆けっこで負かされたからか。ガキって動物は、強い奴に服従する。本能的に嗅ぎ分けでもするのか、相手の格を一発で見抜く。それこそ舌を巻くような鋭さで。そして、一旦、自分より上だと認めると、世界の果てまでついて行く。こうなると、煙草の煙でぽっかり輪っかを作ってやるだけで、拍手喝采の素晴らしいヒーローになっちまう。そして、そのヒーローの方も、勝ち得た人気を維持する為に、人知れずこっそり練習して、技に磨きをかけてたりなんかする。
しかし、相手は無垢なガキだ。そんな直向(ひたむき)な純真さと、気遣いを知らない無邪気さ故に、手痛い事故が起こることがある。そう、この時も、黒目勝ちの瞳をキラキラさせて力一杯発した言葉がこれだった。
「おじちゃん、すっげえ足速ええ!」
「……お、
無残な名称を愕然と復唱しつつ、不覚にも頬が引き攣った。これでも一応、まだ二十代なんだが……
さりげなくサクッと傷ついた。無垢な天使は、時として残酷だ。だが、まあ確かに、こんなガキどもからしてみれば、大抵の奴は
"おじちゃん"だろう……と、なんとか自分を宥め、励まし、凹んだ気分を立て直す。
しかし、ガキってヤツは手厳しい。全く気にした風もなく、受け入れるには難のあるその燻し銀の名称で、こっちのキャラを訂正の余地なく確定し、デカイ目をキラキラさせて嬉しそうに見上げてくる。
「おじちゃんってさー、シャンバール人―?」
「……まあ、な」
本当は違うが、シャンバール人になっておく。好奇心旺盛そうなこいつらに、それを説明するのは面倒だから。
さりげなく逸らした目を戻し、ふと、それに気が付いた。靴もズボンもびしょ濡れだ。そりゃあ、そうか。バシャバシャと水飛沫上げて二人のガキを追いかけて、挙句に、川の中にこうして突っ立っている訳だから。そして、そっちの"妹"からも、腰と首の辺りに、涙と涎と鼻水をベッタリとつけられて……やっぱり、ガキは鬼門だな。
その認識を新たにし、げんなりと肩を落として溜息をつきつつ、ザフザブと水音を立てて川から上がる。
「──おう、坊主ども。自分の家にさっさと帰れや。こんな所にいっと危ねーぞ」
「えー!? やだよ。やっと来たのにぃ」
「嫌だったってお前、商都は今、開戦中だぞ。軍服の兄ちゃんがいっぱいいたろう」
だが、後ろをゾロゾロくっついて来たガキどもは、即刻、不平を鳴らしてブーイング。三人揃って不満そうだ。どうやら、小さなコイツらも、このところの商都不穏の煽りを食った犠牲者らしい。危ないから外に出るなと家の中にカンヅメにされ続け、だが、何日経ってもそれが解除されることはなく……。ほとほと退屈しきってしまい、親に見つからない遊び場を求めて、こんな所まで、こっそり抜け出してきたのだろう。
とりあえず、さっきの岩場へ引き上げることにした。ずぶ濡れの靴の中が、歩く度にグチャグチャと嫌な音を立てる。闊歩する脚にキャイキャイ元気に纏わりつき、欲求不満のガキどもがここぞとばかりに騒ぎ立てる。
「おじちゃん! バク転やってバク転!」
「おじちゃんは、そういうのはやんないの」
「出来ないのー!?」
「──出来るけど、やんないのっ!」
「「「 なら、やってー! やってみせてー! 」」」
「なんで」
そうだ。なんで俺が。
しかし、"面白いもん"を見つけちまったガキどもは、もうここぞとばかりに大騒ぎ。靴とか服とか濡れちまってるが、そんなもの屁でもないらしい。にしても、ガキってヤツは、束になって攻めかかって来やがるから質が悪い。ああもう、何処触ってきたか分かんねえ泥んこの手で、ベタベタとヒトの服に触んじゃねえ……
「「「 ねーおじちゃん! バク転! バク転! バク転! 」」」
「だから、おじちゃんはやんないのっ!!!」
だが、何度言っても、ガキどもは元気いっぱい大合唱。どうやら、大道芸を披露して回る《 バード 》連中と勘違いされているらしいのだ。いや、さっきの様子じゃ、シャンバール人とも区別がついていねえらしいな、ガキどもは。確かに、明らかにカレリア人とは異なるこの風体じゃ、そう思われちまっても無理はねえかも知れねえが。
ガキどもと言い合いしながら、ズンズン歩く。逃亡防止のつもりでいるのか、ガキどもは、ちっこいお手々でグルリと三方を取り囲み、キラキラした六つの瞳で見上げてくる。踏み出す脚に取り付いて、脱げちまいそうなほどズボンを引っ張る。これじゃあ、ちょっとやそっとじゃ引き下がりそうにもない。
纏わりつくガキどもの体重を力づくで引き摺って、なんとか、さっきの岩場まで移動する。不機嫌を表明して、ドカリと、その上に座り込んだ。それでも解散する様子はなく、いや、怯むどころか、今にも飛び掛ってきそうな勢いだ。一服しようと煙草を口に銜えるが、急にニョキっと手足が出てくる予測不能のガキどもの動きに、危なっかしくて火が点けられない。強面作って凄んでやれば、その時ばかりはキャッキャとはしゃいで離れるが、すぐにワラワラと舞い戻って来やがる。まるっきり堪えちゃいない満面の笑みで。
「ナメられてんな……」
ガキどもは相も変わらず、やんややんやと囃し立てている。空を仰いで、溜息をついた。
決して気安い見た目でもないのに、どういう訳だか、小煩いガキどもに、いつも、こうして、やたらと集られ、懐かれる羽目になる。
「──おいそこ。見てねえと思って、さりげなくケリとか入れてんじゃねえ」
まったく、なんて災難だ。顔見た途端に、取り囲まれるとは。
こんな特技を持つ奴なんて、世の中広しと言えども、二人とはいるまい──
「……いや、いたっけな、もっと凄げえのが」
煙草を銜えたまま、ふと、ごちた。
自分に輪をかけた、ご同類を思い出す。
ウチの隊長だ。"戦神ケネル"。大の男なら、とても迂闊に近寄ったりは出来ない相手だが、逆に、ガキどもには圧倒的な人気がある。その凄まじさは熱狂的と言ってもいい。
まあ、隊長は、ウチの頭(かしら)みたいにゴツくはないし、ああいう顔だし、副長みたいに威嚇してガキを苛めたり泣かせたりしないし、ガキには決して手を上げないから、結局、いいように弄ばれてしまうのだ。そして挙句に、図に乗って全力で駆け回るガキどもに、背中から突進されて踏ん付けられたりもする。ここら辺りがどうにも腑に落ちないところだが、世の中、案外、そんな風に出来ているのかも知れない。
こっちの反応を待ち侘びて、ガキどもがワクワクと見上げてくる。どこか物欲しそうな、何かを期待する眼差しで。
しかし、いくら手慰みでも、まさか、こいつらに一服勧めるって訳にはいかないので、何かネタはないかとポケットに手を突っ込んで、ゴソゴソと適当に漁ってみる。
すると、何でもやってみるもので、底の方の丸まった糸くずと一緒に、古い飴玉が幾つか出てきた。既に埃を被った遠い記憶を辿ってみれば、確かこれは、やはりこんな風に寄って来た、いつぞやのガキから貰った物だと思い出す。しかし、それが、まだここにあるということは、つまり、それ以来ずっと入れっぱなしになっていた、ということで──
「……」
まだ食えるかどうか、甚だ怪しい。
しばし思考が停止するが、まあ、これで腹を壊すなんてことはないだろう。古けりゃヤバイ生ものなんかじゃないんだし。
「──さ、こいつをやるから、さっさと帰んな」
細い手首を取って、男のガキに一つずつ、掌の上に乗せてやる。泣かされた"妹"には二つやってポケットの在庫を綺麗に払い、少し身を屈めて、ガキ特有の柔らかな頭に手を置いた。
「お前な、大きくなったら、チャラチャラしたバク転野郎なんかには、間違っても付いてったりすんじゃねーぞ」
「なんでえ?」
すっぽりと収まった掌の下、小さな口をポカンと開けて、"妹"が不思議そうにこっちを見上げる。
「遠くに攫われちまうから」
「……ふーん?」
可愛らしい顔で、じっと、こっちの目を見つめ、肩に着くまで首を傾げる。分かっているんだか、いないんだか。このお姫様は。
苦笑しつつも腰を伸ばして、低い目線から背を戻した。
「──さ、そろそろウチに帰りな。こんな所で遊んでるのが知れたら、お前ら、親に大目玉食らうぞ」
頼りない肩を掴んで強制的に回れ右させ、小さな背中をまとめて軽く押し出してやる。よろけるようにして二三歩歩き、ガキどもが顔を見合わせた。
何やら合意に達したか、クルリと同時に背を向ける。「おじちゃん、じゃーね!」と肩越しに手を振り、バシャバシャと盛大に水飛沫を上げて水流を渡り、町への道をバタバタと駆けて行く。現金なもので、もう何も出ないと悟ったらしい。
因果な生業と身形のせいで、シャンバールのガキは、俺達を見ると怯えるが、カレリアのガキは恐がりもせずに、むしろ興味津々で寄って来る。そもそも、シャンバールのガキは、《
バード 》と《 ロム 》を見間違えたりはしない。こういうのを見ていると、この国は平和なのだと、つくづく思う。
知らぬ間に、頬が緩んでいた。銜えっぱなしの嗜好品に気付いて、ようやく一服、紫煙を吐き出す。その後ろ姿を、しばし眺める。
「──さてと。こっちもボチボチ戻るか」
悪ガキがそのままデカくなっちまったような腕白盛りのご領主様を、お望みの場所へと送り届けてやらにゃならんから。
溜息をつき、のんびりと草を食んでる自分の馬を振り返る。
「にしても、酷でえ目に遭っちまったな……」
気持ち悪く生地の張り付く片脚を上げれば、乾いた地面が、そこだけ黒く濡れていた。
まったく、あいつらのお陰で、靴もズボンもびしょ濡れだ。敵情視察にかこつけて、息抜きに来ただけなのに。
やっぱり、ガキとは相性が悪い。なのに、ああも懐かれちまうのは何故だろう。こっちは遠慮したいのに。まあ、あの連中も、もう少しデカクなって
"世の中"ってヤツが分かってくれば、《 遊民 》なんぞには寄りつきもしなくなるんだろうが──
膝に置いた利き手の先から、紫煙が緩く立ち昇る。丈高い野草を両手で掻き分け、頼りなく華奢なガキの背が、拳を握って駆けて行く。うっかり折っちまいそうな細っこい首と、柔らかくまあるい頬の線。このままデカくならなきゃいいのに──
見上げた青空に、ふと、それを思った。
坑道に残してきた連中が、こんなにも気にかかっちまうのは、よく似た顔の三人が、まだ随分と若かったせいかも知れない、と。
ガキどもの背中が遠ざかる。
キャイキャイ互いにじゃれ合いながら。
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