CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 4話3
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 湿った熱風が、吹きつけた。
 ゆっくり走る視界の遠く、繁茂した荒れ野の果てで、風車がくるくるまわっている。大陸の端を縁どって、一列に並んだ白い風車群──カレリアの電力供給の源だ。内海沿いの風の強い絶壁に、それらは設置されている。
 カレリア国の電力は、トラビア、商都、ノースカレリア──つまり、領主お膝元の三都に限り、街壁の内側だけで供給されている。もっとも、電気は高価だから、湯水の如くに使えるのは一部の店舗や金持ちに限るって話だが。ご多分に漏れず、カレリアの電力事情も金持ち優遇となっているのだ。
 これのみならず、カレリア国での生活は、街壁の内と外とで、その待遇が大きく異なる。店舗や商業施設が集中する壁の内側は利便性が良く、街角に軽武装した警邏が立ち、やくざ者の暗躍に目を光らせている。定期的に巡視する等、安全面での保護も手厚い。だから、この国の人々は、壁の内側の"居住権" を買うべく、あくせく金を稼ぐのだ。昨日より今日、今日より明日と、より良い暮らしを手に入れるために。
 
 馬を止めると、途端に蒸し暑さが押しよせた。向かい風がなくなって、全身にまとわりついてくる。
 沿岸の風は、じめじめしていて湿っぽい。街道の視察から戻り、北の人だかりに目をやれば、西方を偵察させた連中は、まだ戻っていない様子だ。
 それなら、さぼりを決め込むかと、群れに背を向け、荒れ野を歩く。大木の裏へと足を向け、日ざしをさえぎる涼しい木陰に寝ころんだ。
 手足を思いきり突き伸ばし、組んだ手を枕にし、晴れ渡った青空を見あげた。底知れぬ薄青の空と、輪郭のくっきり浮いた立体的な白い雲。それは見れば見るほど目に迫り、空に向けて腕を伸ばせば、本当につかめてしまいそうだ。瞼を閉じるその刹那、視界に広がる青と白のコントラストに、じゃれ合って笑う子供の残影が滑りこんだ。
 明るく染まった瞼の裏で、再生される真新しい記憶。
 驚きと感嘆の声もあらわに、大きくみはった尊敬のまなざし。相手から危害を加えられるかも知れないなどとは、これっぽっちも思いはしない、必死でしがみつく小さな拳。そこにあるのは手放しの信頼。
 心が凪いで和らいだ。湿っぽい潮風も心地よく感じる。今が戦時でなかったら、移動の途中じゃなかったら、こんな生業じゃなかったら、あいつらのヒーローになれたかも知れねえな……
 くつろいだ頬に、苦笑が漏れた。それには、バク転の一つも、して見せてやらなけりゃならないが。
 一服するか、と目を開けて、上着の懐に嗜好品を探った。右肩を上にして寝返えれば、丈高い野草がまばらに茂る石砂利の荒れ野の果てに、白茶けた断崖が写りこむ。
 冷や水浴びせられたように肝が冷えた。
 自分は戦闘を生業とする 《 ロム 》であり、今は一隊を預かる隊長だった。そして、"抜け道"の暗い坑道に、罪のない堅気を置き去りにしてきた卑劣漢だ。
 かけ離れた現実に、溜息が出た。雁字がらめで身動きが取れない。本音を言えば、さっさと"抜け道"に引き返し、あの陰気臭い穴倉から、連中を引っ張り出してしまいたかった。だが、領主は、先を急げと言う。
 その意向は無下にはできない。奴がお偉い領主様だからって話じゃない。金を払う雇い主だから、なんてシケた理由からでもない。上がこの話を受けたということは、癖っ毛の意向、即ち、隊長からの命令だからだ。そうでもなけりゃあ今頃は、小生意気な首根っこ引っつかみ、とうに"抜け道"に向かっている。
 だが、隊長の命令となれば、話は別だ。むしろ、逆う奴の気が知れねえ。
「……"戦神ケネル"、か」
 淡々とした、涼しげな風貌を思い浮かべた。一見、好青年然とはしているが、その実とぼけた曲者だ。あの若さで荒くれ者を取りまとめ、戦場のごろつき風情を統率のとれた武力集団にまで仕立てあげ、編成した集団の長にまで成り上がった男──当時の騒動を思い起こして、苦い溜息がもれた。
 昔、無謀な馬鹿者がいた。
 勇名高き"戦神ケネル"に、事もあろうに真っ向勝負を挑んだのだ。
 確かに、あの男を軽く見て、実力に疑問を持ったとしても、なんら不思議な話でもない。稼ぎ場の戦場は広い。そうした風評は聞いたにせよ、一旦方々に散ってしまえば、他人の働き振りを見物している暇などない。だが、生死を賭けた戦場に一日でも身を置いたことのある者なら、一目見ただけで分かりそうなものだ。迂闊に仕掛けて良い相手かどうか。
 戦場で生き残るには、敵を捻じ伏せられるだけの腕力が必要とされることは言うまでもないが、まずは、自分の置かれた状況を冷静に把握する眼が必要だ。だが、運だけで急場を切り抜けてた輩は──取り巻きにおだてられ、あげく勘違いした野犬には、そうした当たり前のことが分からない。
 当時、仲間内には、まとまりのない小集団が規則性なく乱立し、それぞれ強さと格をめぐって事あるごとに対立し、いがみ合いを続けていた。そうした諍いは次第に加熱し、やがて、潰し合いにまで発展した。
  《 西の統領 》 は事態の泥沼化に頭を痛め、《 ロム 》の組織化に着手した。その取りまとめ役として白羽の矢が立ったのが、戦場で目覚しい功績を上げていた、あの男だった。
 今も昔も、統領からの指示は絶対だから、多くは従順に従った。だが、こうした荒くれた集団の常で、異を唱える者も当然あった。
 不満を燻らせていた頭目に、あの男は"ヴォルガ"を持ちかけた。
 "ヴォルガ"というのは、男児が木刀を使って興じる遊び──いわゆる"チャンバラごっこ"のことなのだが、こうした不穏な空気の中での申し入れは、各々の矜持を賭けた打ち合い・格闘の意味合いを持ち、過酷な実戦と大差ない場合がある。
 好カードによる"ヴォルガ"開催、噂は噂を呼び、対峙した両者の周囲には、またたく間に人だかりができた。そして、物見高い見物人が興味津々見守る中、あの男は"無制限"を宣言した。
 "無制限"とは、"ヴォルガ"の付加可能なルールだが、これを宣言することにより、何人たりとも試合に介入できなくなる。その際、対戦相手の生死は問わない。つまり、試合の途中で死にかけても、止めに入ることも許されない。"ヴォルガ"の結果が罰されることはなく、それで果てた敗者の方も、死を前に一歩も退かなかった"果敢なる烈士"として讃えられる。つまり、"ヴォルガ"は、実施に至る経緯と事情いかんでは"死のゲーム"ともなりうる物騒な遊びだということだ。無論、この"無制限"は参加者双方の合意により成り立つ。続けるも降りるも当人の自由だ。だが、宣言にびびって逃げ出すような、そんな思慮深い輩であれば、初めから、その場に立ってはいない。
 はるかに年下の青二才から"無制限"を突きつけられて、頭目は面食らった。だが、あの男は、返事を濁す相手を見やって、更なる追い討ちをかけたのだ。屈辱的な言葉を投げつけ、薄笑いで挑発し、曰く──
 
『 どうした、やめるか。
 なんなら、不服ある者、全員束になってかかって来ても、俺は一向に構わんが 』
 
 別の集団の頭目が二人、気炎万丈名乗りをあげた。
 興味本位の野次馬は、度肝を抜かれ、愕然と顔を見合わせた。三対一など例がない。しかも、"無制限"の条件付きだ。
 これは、誰の目にも無謀な試みといえた。因果応報とは言うものの、場当たりな勇み足に対する報いにしては、支払うべき代償があまりにも大きい。
 だが、宣言を既に終えた以上、大言したあの男には撤回する手立てがない。みすみす衆人環視の只中で、なぶり殺しにされたとしてもだ。
 予期せぬ事態に、野次馬は沸いた。
 ある者は勝敗の行方に金を張り、ある者はあわてて触れ回り、それを聞いた者たちは押っ取り刀で駆けつけた。にわかに色めき立った群集が、四人を分厚くとり囲み、場を余すところなく埋めつくした。《 ロム 》を名乗る全ての者が、この時集合していたろう。この不吉な急報には、注進を受けた別の頭目たちも驚き、あわてて、一人として欠けることなく、開催場所に駆けつけた。
 対戦相手の顔触れは、いずれも勇を以て鳴らした強者(つわもの)だった。これで三対一では、さすがに分が悪いと危惧されたが、駆けつけた頭目らは一人として止めに入らず、事の成り行きを見守った。いや、"無制限"が宣言された以上、もう、誰にも止められないのだ。
 あの男は怯むでもなく、息を呑む大観衆の只中に立ち、木刀を手に、三人の頭目の前に立った。
 結論から言えば、三人はあの男の敵ではなかった。
 ものの五分で、三人の頭目はみじめに地を這い、試合の勝敗は決まっていた。無論、途中で試合をやめることはできる。打ちすえた相手に背を向ける、それだけでいい。どこで試合を切りあげるか、勝者にはその選択権がある。
 誰も口には出さずとも、程々のところで手を打つだろうと思っていた。つまるところ、この"ヴォルガ"、ケチをつけられたあの男の面子さえ保てれば、それで事足りる話なのだ。圧倒的な力の差は十分に知らしめたのだから、目的は既に達している。そもそも、これは、仲間内での小競り合いにすぎない。
 そうした観客の楽観を、あの男は裏切った。
 開始から数分が経過した時点で勝敗が決したにもかかわらず、必死で逃げ惑い、命乞いをする頭目たちを、ほぼ一方的に、完膚なきまでに打ちすえたのだ。
 その気がない、、、、、、と知れるにつれ、困惑が観衆に広がった。
 それは凄惨の一語に尽きた。
 木刀が風を切る淡々とした音。血を吐くような呻き声。折れた手足で這いまわり、懇願しながら後ずさる顔。恐怖に引きつった血まみれの顔。
 生殺しだった。意識もうつろな相手へと向かう、あの男の淀みない足取り。その顔からは、慈悲も躊躇も感じとれない。血みどろで這いつくばった頭目の胸倉をつかみあげ、その顔面を張り飛ばし、うずくまった腹を蹴りあげて、容赦なく打ちすえた。顔色一つ変えることなく。
 場は緊迫し、時間が重苦しく流れていた。
 なるほど得物は狂猛な真剣などではなく、子供でも扱える木刀だった。だが、その殺傷性の低さこそが、皮肉にも仇となった。いや、あの男の腕ならば、その得物が何であれ、命など容易く奪えたはずなのだ。たとえ素手であろうとも。
 だが、あの男はそうしなかった。殺伐とした独壇場を、あえて長引かせている、それは誰の目にも明らかだった。
 徹底を極めたむごたらしさには、正視しがたいものがあった。因果な傭兵稼業が生業なのだ。この手の血なまぐさい光景は誰もが見慣れていたはずだった。だが、この甚振りようは、あまりにも男の一方的に過ぎた。
 目を覆いたくなる惨状だった。
 あの男は明らかに、じわじわと頭目を甚振っていた。あたかも観衆に見せつけるように。
 それは見る者の心胆を寒からしめた。頭目の身に振りかかった出来事を、誰もが我が身に置きかえ、戦慄した。全身におののきを染みこませ、無自覚な観衆は、ようやく悟る。男の真意を。
 これは表向き、頭目らの誹謗に対する報復試合の形をとってはいるが、その実、実力誇示の場に他ならない。つまり、あの男は、その場にいる全員に対し、あからさまな脅しをかけているのだ。
 逆らう者はこうなる、、、、、と。
 三人の頭目は、ていの良い生贄だった。晒しものの三人こそ災難だが、あの男にしてみれば、この"ヴォルガ"自体が、己が実力とその格を、とりまく観衆に見せつける、絶好のデモンストレーションなのだ。
 血まみれの頭目たちが何の反応も示さなくなるまで、あの男は眉一つ動かさなかった。撲殺された無残な遺体は、まさに公開の場での見せしめだった。現にそれ以降、彼に不平を鳴らす者は、ただの一人としていなくなった。
 結局、あの男は、ただの"ヴォルガ"の一回で、底に渦巻く不満分子を根こそぎ一掃してしまった。気が荒いだけの浅慮な頭目を腕づくで潰し、雑多な小集団を排除した結果、状況を見るに聡い実力者のみが残った。そうした生え抜きの集団を率いて、熾烈な戦場に馬を駆り、男が"戦神"の名で呼ばれるまで、さほど時間はかからなかった。そして、周囲から警戒され遠巻きにされていた長髪の男を副長に据え、あの男は総隊を率いた。
 
 今にして思えば、あの"ヴォルガ"には、他の頭目たちを黙らせ、納得させる意味合いもあったろう。あの男を取り纏め役として押し立てんとする 《 西の統領 》 の思惑に、聡い頭目は恭順の意を示したが、それでも、自分より年若い青二才が全体を仕切るとなれば、やはり、面白くなかったに違いない。
 全体が混乱と混沌に陥る前に、主力を無傷で手に入れるべく、切り捨て可能な駒を選び、敢えて"ヴォルガ"を吹っかけたのだとすれば──
「案外、先に挑発したのは、隊長の方だったりしてな……」
 突拍子もない考えに、背筋がうすら寒くなった。あの淡々とした顔の裏で、密かに煽っていたのだとしたら──?
 身震いした。得体の知れない空恐ろしさを感じる。
 確かに、年輩の首長を傘下に置くことになるあの男にとって、あの"ヴォルガ"は必要な措置であったかも知れない。だが、思いつく者ならいくらでもいようが、実行に移せるかどうかは別物だ。
 
 "戦神ケネル"──不思議な男だ。物静かな容貌と吸い込まれるような黒瞳を持つ総体を率いる総隊長。
 あの眼に見つめられると、何故か、てきめん居竦んでしまう。あたかも蛇に睨まれた蛙の如くに。あの眼に見つめられて落ちぬ女はないという。 相手が男なら、足が竦んで動けなくなる。一言で言うなら"畏怖"だろう。自然と首(こうべ)を垂れて傅(かしず)いてしまうような圧倒的な存在感。"気迫"というのも、あながち違っちゃいないだろうが、戦場以外の平穏な場所でも、しばしば、そうした力が発揮される不可解さを思えば、それだけが原因という単純な話でもないだろう。そして、そうした特異な眼を持つ者が、自分の知る限り、あと二人。──いつも眠たげな長身の優男と、副長の役職にある吊り眼の長髪"ウェルギリウス"。
 もっとも、それを上回る化け物というのも、いるにはいる。西の聖山を統べる統領と、その実弟。彼らの眼に魅入られたが最後、動けなくなるどころか、その場で卒倒して意識を失うことになる。こうなると、彼らの前には、どんな名刀も役には立たない。
 手際良く《 ロム 》を取り纏めたあの男は、要人の護衛に当る護り手──《 ガーディアン 》を組織した。今回ノースカレリアに残留した二人の首長を含むこの組織は、全ての《 ロム 》の指揮命令系統であり、この組織の中枢だ。
 
 
 大陸の端の断崖絶壁に一定間隔で設置された白い風車が、内海の強風を受けてクルクル回る。坑道で見たあの癖を思い出して、不愉快になった。
 領主の指先で回っていた曰く付きの万年筆。一定のリズムを刻んで、黒いペンに施された金の装飾が軽やかに回る。クルクル、クルクル……
 ぼんやり眺めた視界の端で、急に何かが動いた気がして、ふと顔を向けてみる。
「……ん?」
 あのご領主様だった。一人で草原を歩いている。
「何してんだ、あいつ。小便か?」
 別に興味はなかったが、他に見るものもないので、視界を動くその姿を知らず知らずの内に目が追ってしまう。ズボンのループに親指を引っ掛け、ブラブラ歩く飄々とした足取り、癖っ毛の下の、口先を尖らせた小生意気な横顔。
 それまで収まっていた忌々しさが、唐突にぶり返した。まったく、なんて因果な商売だ。なんだって、あんな奴を護衛しなけりゃならねえんだか──。あんな薄情野郎、上からの命令でもなけりゃ、とうの昔に見限ってる。こんな所まで遥々付き合ってやったりしない。まったく、アレが北カレリアのご領主様でもなけりゃあ、こっちだってよぉ……
 さすがに外は暑いのか、腕で額を拭った癖っ毛が、脱いだ上着を肩に担いだ。──と、何気なく見ていた視界の中で、何かがキラっと日差しを弾いた。
 金色の光だ。
 それが、足元の草むらへと落ちていく。
 金貨か何かだろうか。だが、落としたことに気が付かないのか、前を見据える癖っ毛は、どんどんそのまま歩いて行く。
 起き上がるのもかったるいから、放っておこうと思ったが、もしも、あれが金貨なら、そのまま捨てちまっても勿体ないか、と考え直した。
 まあ、アレは金持ちだから、金貨の一枚や二枚ガメちまったところで、どうせ気付きもしないだろう。そもそも、そんなもの、落とす方が悪い。
 背を向けた癖っ毛が十分遠ざかったのを確認してから、木陰でおもむろに身を起こす。見咎められぬよう、そろそろと近付き、野草の足元を靴先で選り分けた。目当ての物をさりげなく探す。だが──
「あ──?」
 しゃがみ込んだ足元を眺め下ろして、落胆の溜息が落ちた。
「──なんだ、こんなもの。腹の足しにもなりゃしねえ」
 思わず、愚痴が口をついて出る。せっかく昼寝を中断して出向いてきたってのに、徒労かよ……
 そこにあったのは、金貨ではなかった。夏の陽を弾いてキラっと光ったそれの正体は、思い入れのたっぷり詰まった例のバースデイ・プレゼント。新婚の女房から貰ったとかいうタダ=サイテスの万年筆だ。そりゃあ、あの領主にとっちゃ、大事な記念の品に違いはあるまいが、生憎とコチトラにとっちゃ、まるで無価値の代物だ。しかし、そんな物をわざわざ、又、捨て直しちまうほど、こっちも底意地は悪くない。
 一つ溜息をついて、立ち上がる。面倒だが、返してやるか。
 何で、わざわざこんなことを、と思えば腹立たしいが、妙な色気を出しちまったのが、いけなかったらしい。
 さて、ご領主様は何処行った?──とグルリと周囲を見回せば、少し行った先で立ち止っていた。この炎天下、正直、そこまで歩くのもかったるいが、アレの代わりにこんな物をいつまでも持っていてやる義理もないので、さっさと渡して身軽になろうと、癖っ毛の背中にブラブラ近寄る。
 それにしても、あんな何もない原っぱの真ん中で、いったい、何をしているんだか。何か珍しいものでも見えるのか?
 しかし、こんな野っぱら、何があるったって、何の変哲もない切り立った断層が、愛想も何もなく聳え立ってるだけなんだがな。軍兵がいるでもなけりゃあ、変わった物があるでもない。興味を引きそうなものなど、何もない。そう、さっき出てきたカノ山が、前方を塞いでいるだけだ。
「……何してんだ、あいつ」
 片脚に重心を掛け、ズボンのループに両の指を引っ掛け、少し首を傾げている。背後からの西風が、癖っ毛を煽って頬を叩くが、じっと前を見つめたままの仮の主は、鬱陶しげなそれを払おうともしない。とりあえず声をかけるべく、更に近付く。
 その時だった。
 ほとんど聞き取れぬような、押し殺した声に出くわしたのは。
 
 
 
 
 

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