■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 4話6
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遠くから様子を眺めていれば、弓の使い方を伝授させているようだった。
果たして、そんな物に触ったことがあるのかどうか、その時点からして怪しいし、いささか心許ない様子だが、元来器用な質なのか、手付きは中々良いようだ。弦をかけようとして力任せに引き伸ばし、案の定、弾かれて、強かに顔を打ちやがった。──へ、ざまあみろ。そんなに無闇に引っ張るからだ。てめえの下手くそさ加減を道具のせいにして、涙目で弓をぶちのめしている。ああ、ありゃ、真面目に痛かったらしいな。
川の流れに顔を突っ込み、何秒息を止めていられるか競ったり、世間話に興じたり、小突いたり、じゃれついたり、煙草の煙で輪っかの作りっこをしたり──。隣にチョッカイをかけていた癖っ毛が、突如隣からの逆襲に遭い、頭を上から抑えつけられ草地の地面に沈没する。その内、技の掛け合いが始まった。犬っころみたいにゴロゴロ地面を転げ回り、周りの奴らと一緒になってゲラゲラ楽しそうに笑っている。まったく、いい年をして、あの癖っ毛には落ち着きってもんがねえ。ただ時折、──
そう、ほんの時折、溜息をつく。
誰も気付かないくらいに小さく。何かを諦めるように、そっと。
「ふん……」
一夜明ければ、癖っ毛は普段通りの涼しい面だ。何事もなく、連中とはしゃいでいる。
相変わらずの様を眺めやり、道端に唾を吐き捨てた。ああ、そうかい。そっちが、その気でいるんなら──
「──ああ、お前ら、ちょっと来いや」
木陰で寛いでいた例の三人を、片手で招いて呼び寄せる。
ふと雑談をやめた連中が、互いの面を見合わせながら、服を払って立ち上がった。すぐに怪訝な顔で駆けて来る。「なんです班長?」と一番に顔を寄せてきたバサラの首を、片手で素早く引っ抱えた。
ヒソヒソと声を落として、ある指示を耳打ちする。こっちの話を聞きつつも、バサラはチラと右手の様子を盗み見た。
「──でも、いいんですか、班長。そんな勝手な真似をして」
予想通りの困惑顔だ。
「なに構うこたねえよ。存分にやってきな。責任は俺がとるからよ」
「……はあ」
強気で太鼓判を押してやるが、上目遣いでこっちの顔色を窺っていたバサラは、まだ、どこか冴えない、気乗りのしない顔だ。どうせ又、あの吊り眼のことでも気にしているんだろう。それでも、「ほれ」と肩を押して促してやれば、他の二人を「──おい、お前ら!」と呼び寄せて、今の指示を、頭を掻きつつ、かくかくしかじかと言い送る。「え……?」と見返した二人とも、バサラ同様、戸惑ったような反応だ。
けれど、結局、三人揃ってペコリとこっちに頭を下げると、互いに肘で小突き合いながら、自分らの馬へと転げるようにして駆けて行った。駆け急ぐ足取りは、軽い。
東から降り注ぐ太陽が、寝不足気味の目に眩しい。今日も暑くなりそうだ。三人の背を見届けて、未だ木陰で連中と騒いでいる癖っ毛の方へと、肩をすくめて振り返る。そう、面倒な話は、さっさと片付けちまうに限る。いつまでもウジウジクヨクヨしてるってのは、どうにも性分に合わないのだ。
西に向けて馬を駆り、半日進んで、昼食の為の休憩に入る。
国境の街トラビアは、レグルス大陸・最南部に位置し、熱砂吹き荒れるシャンバールに程近い。夏の暑さは、これまで通過して来たどの都市とも比較にならない厳しさだ。つまり、ここから先の行程は、砂風と暑さとの戦いになる。
木陰と水場のある適当な場所で隊を止め、馬の鞍から飛び下りる。引き連れてきた部下どもは、やれやれといった表情で、それぞれの体を休める為に、手近な木陰へワイワイ騒ぎながら散って行く。近くの奴を捕まえて、二、三必要な指示を出し、そっと様子を窺えば、癖っ毛は、脱力したように身を投げ出して、木陰に腰を下ろしたところだった。何を見ているのか、両脚を投げ出し、幹に寄りかかって俯いている。あー、あー、すっかり無口になっちまいやがってよ。
ご領主様が、大人しい。配ってやった携行食にも、まるで手をつけようとする気配がない。項垂れて座り込んだその格好が、ついに、へばっちまったようにでも見えたのか、周りの奴らも特別チョッカイをかけるでもなく、一人放ったらかしのままだ。
俯いているから、どんな表情なのかは定かじゃないが、顔に降りかかる前髪の下には、ほんの一晩で、少しやつれたような影。他の連中は、まるで気づきもしねえようだが、大分へこんじまってる様子だ。
昨夜のいじましい様子を思い出し、苦笑いが込み上げた。どうせ、あれから一睡もしてやしねえんだろう。ったく。泣きそうな面で、ガキみたいな癇癪、起こしてんじゃねえよ。
──やっぱり、まだまだ格が違うな。
ここにいるのが、ウチの幹部連中なら、こんな時でも、顔色一つ変えやしねえだろうに。
小賢しく理屈を捏ねても、中身はひよっこ、まだまだ青い。大勢の上に立つ領主だとはいっても、人は、与えられた役柄を、一朝一夕にこなせるようになるものじゃない。昨日は不覚にも、意外にも目敏い一面に気押されもしたが、しかし、所詮は、頭の中だけで組み上げた計算づくのシミュレーション。実際そいつを現実世界で動かしてみれば、生身のてめえとの狭間で軋みを上げて、何より、てめえ自身がついていけない。──ああ、いや、そうでもねえか。
コイツは、一度は、ラトキエを完全に見捨てた男だ。
商都の放置が何を意味し、てめえの決定がどう影響を及ぼすのか、それを十分に認知した上で。だとすりゃ、ああも情けない有様になっちまってるのは、今、危機に晒されている対象が──
あのダチだから、か。
……なるほど。
領主も人の子だということらしい。
青空の下に広がる石砂利の草原。風に揺られて野草の先がサワサワ歌い、小鳥が何処かで鳴いている。長閑なものだ。
そして、追って来る筈の追跡者の姿など、影も形もありはしない。
「──さてと、」
最後の一服を吐き出して、寄りかかっていた幹から背を起こす。そろそろ、ここいらが潮時だ。あの頑固な癖っ毛も、さすがに身に沁みて懲りたろう。
短くなった煙草を投げ捨て、編み上げの靴裏で踏み潰す。手荷物を引っ下げ、ブラブラとそっちに足を向ける。件の木陰に到着し、座り込んだ癖っ毛の旋毛(つむじ)を、横に立って見下ろした。
「迎えに行くか、連中を」
俯いた頭上から声を掛けてやれば、肩先がピクリと反応した。
しかし、癖っ毛は、うつ伏せたままの首をゆるゆると振る。
「……行かねえ」
呆れた。
力のない掠れ声。それでもまだ、頑迷な拒絶を貫きやがる。
この期に及んでのしぶとい態度に、盛大な溜息が思わず漏れた。
「ま〜だ、そんなこと言ってやがるのか。意地を張るのも、たいがいにしやがれ。このまんまじゃ、連中マジでくたばるぜ? 分かってんだろ。あんたの一存で、そんなことになりでもすりゃあ、一生後悔することになるんだぞ。──ああ、軍兵の方は、どうにでもするから心配するな。コチトラ慣れてる。アレに見つかるようなヘマはしねえ。だから、もう──」
ユラリと、癖っ毛が立ち上がった。
「カーシュ」
目を合わせずに、こっちの名を呼ぶ。
「出発する。そろそろ皆を集めてくれ」
それ以上の諫言を制すかのように硬い声音でそれだけを伝え、フイと踵を返して歩き出そうとする。ふらつく足取りのその肩を、片手で掴んで引き戻した。
「戻るぞ」
「……カーシュ?」
足を止めた癖っ毛が、ようやく、こっちを振り向いた。
目が赤い。頬のこけた青白い顔。
癖っ毛は予想以上に憔悴していた。怪訝な面持ちで見上げてくる。
思わず、その顔から目を逸らした。
「もういい大将。そこまでだ。──こうとなっちまっちゃ、どうしようもねえよ。こいつはあんたが悪いんじゃねえ。質の悪いアクシデントだ。道筋を示す目印があるのに、それでも連中が出て来れねえってことはだ。中で何かとんでもねえことにでも巻き込まれちまっているんだろうさ」
何故だろう。
コイツの態度はいつもと変わらぬ筈なのに、──目の前にあるのは、いつもと変わらぬ小生意気な面の筈なのに、心中で渦巻くコイツの不安が、焦燥が、手に取るように分かっちまうのは。
唇を固く引き結んだ癖っ毛は、眉をひそめて聞いている。真っ直ぐに下ろした腕の先で、拳を強く握っている。今、コイツの腹ん中じゃ、ゴタ混ぜになって渦巻いた逡巡と焦燥と葛藤が、度し難く鬩(せめ)ぎ合っているんだろう。けれど、
──もう一押しで落ちるな、コイツ。
密かに、そう確信した。
意気消沈した癖っ毛の様子を間近に見れば、何やら甚振っているようで気分が悪いが、この先数十年にも亘るコイツの一生を考えれば、それがコイツの為だろう。ラトキエにディールを退ける力がないなら、早かれ遅かれ、消えてなくなるのが自然の流れ。所詮、力のない者は、いつかは淘汰される運命だ。
「ディールに掛け合いに行くから、トラビアへ向かえ」なんて寝惚けたことを癖っ毛は抜かすが、そんなものは所詮、甘っちょろい理想論だ。既にこの状況で、向こうの領主が翻意するとは思えない。
そもそも、コチトラにしたって、商都までの"お守り"を仰せつかった延長で、コイツの我がままに付き合ってやってるってだけで、コイツに説得されてディールの領主が動くなんて、そんな夢みたいな話を、誰も本気で信じちゃいない。首尾良くトラビアに辿り着いたところで、ほんの気休め、やれるだけやらせてやれば、コイツの気も済む、単にそれだけの話だ。結局、何が覆るでもなく、引き返してくるのがオチだろう。確かに、身分は領主だろうが、駆け出しのひよっこ風情に、何が出来るとも思えない。
それなら、今、無理をしてまで──連中の命と引き換えにしてまで、コイツの我を通す価値など、何処にもない。
気運はディールに追い風だ。ここまで来れば、もう何があろうが、大勢に影響はない。ディールが起こした濁流は淀むことなく流れ往き、押し流されたラトキエを呑み込み、歪な形で終結するだろう。
だが、葬り去られるラトキエに、同情の余地はない。この国の奴らは皆、ディールの挙兵に驚いたようだが、何のことはない。ラトキエとディールは、同国内の自治領同士とはいえ、別人を頂点に戴く、まるで異なる政体なのだ。
人が栄華を欲する生き物である以上、平穏な均衡は続かない。諍いを続ける隣国の例を見るまでもなく明らかだ。それは数多の歴史が証明している。にも拘らず、"いつかは、ディールが牙を剥く"その日の事態に少しも備えて来なかった、ラトキエが甘い。現に、ぬるま湯に浸かって我が世の春を謳歌してきたラトキエは、事ここに至っても右往左往するばかりで打つ手がない。
奢れる者は、久しからず。何も珍しい話じゃない。怠慢な者に多くを与えるほど、世界は甘く出来てはいない。安泰の上に胡座(あぐら)をかいたそうした者が、華やかな表舞台から姿を消すのは歴史の必然。ああも隙だらけのラトキエを見れば、近年力をつけてきたディールが叩こうとするのは当然だ。
世界は常に、時軸の先へと動いている。ちっぽけな人間なんぞには抗う術もない大きく強い奔流だ。荒波に揉まれて同じ立ち位置を維持し続けるより、背を押されるがままに前進するのは、遥かに容易い。何より、まともで真っ当だ。
希望は、前進の先にある。その中身が何であれ、望むものは、そこにある。──人は皆そのことを、肌身に感じて知っている。行く手を阻むものあらば、これを排除し頂点に立とうとするのが自然の成り行きでもあるだろう。兎角、目の上の瘤は邪魔なものだ。
ふと、奇妙なことに思い至った。二足歩行の人間が、常に前進しようと足掻くのは、奇しくも自然の理に適う。あたかも、不安定な二輪車で、一つ所に留まり続けるのが難しいように──。
ツラツラそんなことを考えながら、苦々しい思いで紫煙を吐き出す。今まで散々突っ張って、引くに引けなくなっちまってる癖っ毛の為に、出来るだけ、なんでもない風を装って、宥める言葉を続けていた。
「そういつまでも、つまんねえ意地を張るもんじゃねえよ。お前はよくやったさ。てめえの危険も顧みず、商都の危機に駆けつけてやった。ラトキエの領主に直談判を持ちかけてもやった。──十分じゃねえかよ。それを跳ね除けたのは奴らの方だぜ。これ以上何かをしてやる義理はねえ。放っとけってんなら、向こうの好きにさせときゃいい。──さ、"抜け道"の連中を助けに行こうや。連中助けて、あんたの領土に戻ろうや。大事な奥方も、あんたの帰りを首を長くして待ってんだろ? さあ、意地なんか張ってたって、いいこたねえぞ。今度のことで、あんたも十分懲りたろう」
しょぼくれた背中を景気付けに叩いてやるが、勢いに押されて前によろけた癖っ毛は、何を考えているのか、地面の一点をじっと見つめて動かない。──いや、ボソリと何か呟いた。
「……言い訳は、通用しない」
「あ──?」
乾いて掠れた、疲れたような声だった。一瞬、意味が掴めない。
予期せぬ答えの意味するところを、頭がようやく理解して、思わず癖っ毛の顔を見た。
「俺は、トラビアに行く」
「──てめえ! まだ、そんなことを!」
胸倉を掴み上げていた。
力任せの勢いに小柄な体が引っ立てられて、癖っ毛の爪先が宙に浮く。だが、構うことなく締め上げた。
「なんで分からない! ここで連中を見捨てたら、てめえ一生後悔するぞ!」
「──分かっている!」
「だったら戻れや!」
至近距離まで顔を近づけ、脅しつけるように凄んでやる。あんまり威張れることじゃないんだが、仕事柄、こういうことには自信がある。
あっさり気道を圧迫されて、癖っ毛が息苦しさに首を振る。だが、歯を食いしばったその顔を、癖っ毛は決然と振り上げた。
「嫌だ! 俺は、前に進む!」
「──戻れっつったら戻るんだよ! 意地を張るのも、たいがいにしとけや! トラビア行きがナンボのもんだよ!」
「俺はトラビアに行く! これは俺にしか出来ないことなんだっ!」
爆発した葛藤の、あまりの気迫に虚を衝かれ、とっさに言葉を飲み込んだ。
あくまで曲げない癖っ毛が、猛然と目を据え、突っ掛かってくる。胸倉締め上げるこっちの腕力に対抗すべく、睨み付ける視線を一時たりとも逸らさない。青白い顔、両目ばかりがギラついた、憔悴しきったコイツの何処に、そんな力が残っていたのか。
鬼気迫る表情だった。癖っ毛は一歩も動いていないのに、ふと、体ごと踏み出してきたような奇妙な錯覚にさえ囚われる。腕力では、遥かに劣る小柄な相手だ。一発ぶん殴りゃ沈められる、その程度でしかないケチな相手。なのに、不覚にも気を呑まれてしまって言葉が出ない。
内心怯んで、たじろいだ。
コイツはいったい、なんなんだ? 柔な見かけとは大違いだ。頑として引かない強情さ。愚かなまでの剛直な意志。そこにあるのは、初志貫徹する硬骨の執念。憔悴した様を見るまでもなく、追い詰められているのは明らかなのに、何がそうまでさせるのか──
明らかに気迫で押されていた。嫌な動揺を悟られぬよう、敢えて平静を取り繕う。
「……何もあんたがトラビアくんだりまで出張ってやるような話でもねえだろ。そんなもの、終いにゃ、どうにでもなるだろうがよ」
そうまでして成し遂げたいものが──そいつがトラビアにはあるというのか。
「ラトキエだって馬鹿揃いじゃねえよ。いよいよとなりゃあ、連中が何がしかの手を打つんだろうさ。あの腑抜けた領主だって、心変わりするかも知れねえし」
だが、癖っ毛に気休めは通じなかった。
「神はサイコロを振らない。全ての物事は必然だ。偶然は、ない──何かの本で、そう読んだ」
──この筋金入りの強情っぱりが!
「ガタガタ屁理屈こいてんじゃねえよ!」
一瞬、地面に思い切り叩きつけてやりたい不穏な衝動に駆られる。
誰もいない炎天下の荒れ野で、
深夜寝静まった木の上で、
切り立った断層に目を凝らし、関節が白くなるまで拳を握っていたくせに──!
もどかしさと遣り切れなさとがゴタ混ぜになって、苛立ちが一気に沸点を越えた。
「痩せ我慢もたいがいにしやがれ! てめえ一人がトラビアに行って、それで何がどうなるってんだ! 領主だからって、のぼせ上がってんじゃねえぞ! ケツに殻くっ付けた半人前のくせしてよ!」
「──行くんだ! 前に進むんだ!」
憤然と顔を振り上げた癖っ毛が、カッと両目を見開いた。
「俺はトラビアに行く! 何が何でもトラビアに行くんだ!」
カチンときた。
不意に込み上げたムカつきが、もう、どうにも押さえ切れない。
確かに口と気迫じゃ到底コイツにゃ敵わねえ。それは、ここ数日で、よっく分かった。だが、こっちにだって、コイツに勝るものがある。
腕力だ。
「降りた」
「──え?」
「俺は、この話から降りる! そんな非常識な片棒は、とてもじゃねえが担げねえ!」
驚いた癖っ毛が目を見開く。
一転、青筋立てて食って掛かった。
「あァ!? なんだよそれは!? 今更取って返してみろよ! そんなことしたらラトキエが──!」
「知るかよ! そんなもん、どうなろうが、俺の知ったことか!」
苛立ちに任せて怒鳴りつけ、更に強く吊るし上げる。
「目障りなんだよ! 女々しいってんだよ! シケたそのツラ見ているだけで苛々すんだよ!」
「──俺のツラは関係ねーだろっ!?」
「俺は引き摺ったって、連れて戻るからな!」
「ここまで来といて、そりゃねーだろ!? それじゃあ聞いてた話と違うじゃねーかよ! 腕尽くなんて卑怯だぞ!」
「なんとでもほざけや軟弱者のお姫様。精々体は、常日頃から鍛えておくこったな」
「きったねーぞ! あっちに戻るまで、俺が主じゃなかったのかよ! 言うこと聞くんじゃなかったのかよ! 俺に従うんじゃなかったのかよ!」
「俺は、俺の"良心に"従う」
「──冗談じゃねーぞオイ!? こっちの意向を全面無視して強制送還する気かよ!」
「おう! 俺は否が応でも引っ張ってくぞ! ここでダチを見捨てて、いい訳がねえ!」
ニカッと笑って、きっぱりと宣言してやる。
癖っ毛が、あからさまに焦った顔をした。
「俺は、そっちの統領と話をつけたんだぞ! 勝手に反故にする気かよ!?」
「生憎だったな。あんたが会ったのは統領じゃない。あれは統領の弟、代理の方だ。更に言えば、俺達が聞いてる仕事は商都までの護衛でな。"トラビア行き"なんてのは端から契約に入っちゃいねえよ。ま、そっちはいわばオマケってヤツだな。よって、こっちの都合で取り消したところで、別段、取り立てて支障はねえ!」
ホントはあるが。
しかし、余裕のない癖っ毛は、こんな無茶苦茶な話でも間に受けたらしく、心底驚いた顔で目を見開いている。
「そんなのアリかよ!? 今になって、それはねーだろ!?」
「現実ってヤツは厳しいんだよ。いい勉強になったろ、ご領主様?」
「──なら追加する! 今から"トラビア行き"を追加する! その分の報酬もキッチリ上乗せで払ってやる。それなら、そっちも文句はねーだろ!」
「やなこった」
プイと、そっぽを向いてやる。
悪いな、ご領主様。俺の勝ちだ。
癖っ毛がワナワナ震え出した。
「ふざけんなっ! そんな横暴が許されていいのか!──いいや、俺は絶対に認めねーぞ!」
「わっかんねえ野郎だな! 俺は "引き受ねえ"って言ってんだ! だから、話はお終いだ!」
「俺は絶対行くからな! 断じて俺は行くからな! 誰がなんと言おうが、俺は絶対トラビアに──!」
「トラビアなんぞ、クソっくらえだ!」
「……あのぉ〜、班長? お取り込み中すいませんが、」
別の声が割り込んだ。
様子を窺う声の調子が、ピリピリと殺気立った神経に、実に、敏感に過反応。
沸騰した苛立ちが頂点に達して、二人同時に、ギロリとそっちを振り向いた。
「「 ──あァ!? うっせーよっ! ゴチャゴチャ話に割り込んで来んじゃねえっ! 」」
こんな時だからなのか、癖っ毛野郎とバッチリ気が合う。
タイミング悪く口を挟んだ不運な愚か者は、割を食ったと言わんばかりに肩を竦めて、東の荒れ野へと、等閑(なおざり)に顎をしゃくった。
「妙なもんが向かって来ますが、どうします? 始末っちまいますか?」
「「 んん? 」」
そう言われて、癖っ毛と二人、揃って雁首振り向けた。
その時だった。
草高い荒れ野の果てから、複数のけたたましい蹄音と共に、素っ頓狂な怒鳴り声が聞こえて来たのは。
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