■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 interval 〜 糸 〜1
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interval 〜 糸 〜
三人は密かに目配せした。
冗談ではない。
こんな訳の分からない手合いと一緒になって遊んでしまっては、何をしに来たのか分からないではないか──
そう、確かここには、(この緊急時に、阿呆なことを仕出かしてくれた、おバカな)賓客を連れ戻しに来たのではなかったのか!? 違法な"抜け道"使用の実態を暴き、犯人を懲らしめ、引っ立てに来たのではなかったのか!? それに──
密かに危惧していた懸念事項に思い至って、三人同時にゴクリと唾を飲み込んだ。
そう、先程から、気になって気になって仕方のなかった存在がある。そちらの方向を、肩越しにそっと盗み見て──
((( こんなにたくさん、いったい何処に……!? )))
三人は、我が身を抱いて震え上がった。
商都を出て来たあの時に、不審な地下道へと降りて行った従者の数は、五人にも満たない少人数の筈だった。なのに、ここで待ち受けていた《 遊民 》の数は、半端なものではなかったのだ。そして、上司があのクレスト公に同行するということはつまり、ここにいる彼らとも、必然的に行動を共にするということで……
辺り一面《 遊民 》だらけだ。
あっちの木陰にも《 遊民 》、こっちの木陰にも《 遊民 》、川辺にも、荒れ野に放された馬の所にもいる。その数ざっと七・八十人──いや、もしかして、もっとたくさん、いるんだろうか……?
ふと、三人は気がついた。
──なんだか、さっきから、ジロジロと見られている気がする……?
セッセと足を動かして、三人は、早足で振り切ろうと試みた。だが、やはり、誰かの視線が、背中をしつこく追いかけてくる。意を決して足を止め、素早くそっちを振り向いてみても、しかし、そこには、かったるそうな《
遊民 》達しかいないのだ。
「「「 誰……? 」」」
ここに、知り合いなんかは、いない筈だ。
三人は、怪訝に首を捻った。だが、その犯人を特定しようにも、《 遊民 》の数があまりにも多過ぎて、今の視線が何処からのものだか、全くさっぱり見当もつかない。三人は、改めて周囲を見回した。
《 遊民 》達には色んなのがいる。木陰で雑談してる者、一人で雑誌を見てる者、木の上に乗っかってる者、背を丸め、かったるそうに札遊びに興じてる者、幹に寄りかかって脚を投げ出し、欠伸(あくび)ばかりしてる者、寝転がって肘枕で昼寝をしてる者、──随分のんびりしている。いや、昼日中からダラダラし過ぎだ。まったく、《
遊民 》というヤツは──
何か腑に落ちない思いで、三人は顔を見合わせた。
((( なんか、違う……? )))
そう、これが《 遊民 》の群れであることは、その独特の雰囲気から、はっきりと分かるのだが──。
これを《 遊民 》というには、ここにいる者達は、どうも感じが違うのだ。《 遊民 》とは元々、混血の流民の総称であるから、見た目だけなら、街の者と大して変わらぬ者もいる。けれど、姿・形を比べる以前に、相手が《 遊民 》ならば、肌に感じて分かるのだ。何か、違うと。何かこう、彼らは、全く異なる空気を纏っているから。
けれど、不思議だ。ここにいる者達は、こっちが知っている《 遊民 》とも、はっきりと違う。
これが《 遊民 》であるのは疑いようもなく確かなのだが、街で見かける《 遊民 》達のように、ちっともヘラヘラしてないし、見た目もピラピラしていない。──ていうか、はっきり言って、地味だ。もの凄く地味だ。街で見かける《 遊民 》のように、華やかな衣装だとか、床に引き摺りそうな長いローブだとかを着てはいないし、それどころか、全く身形に構う風でもない。そこには、あの一種独特の気怠さはない。《 遊民 》といわれてイメージする軽やかさや柔らかさの欠片もない。いや、むしろ、硬くてゴツい。
けれど、そうはいっても、街の真っ当な商売人などのような健全な感じは、あまり、しない。何処か荒くれ荒んだ雰囲気は、やくざ者だとか、賞金稼ぎだとか、その手のゴロツキ風情の持つそれに近い。
隣の者と肘を突付き合い、何事か言い交わしながら、ジロジロと向けてくるのは、一様に珍獣でも見るような物珍しげな視線。失礼にも、あからさまに指差す者さえいる。
突然、ピーと口笛を吹かれた。
驚いて振り向けば、頭の後ろで手を組み、木の下で座り込んでる《 遊民 》が、ニヤニヤしながら眺めていた。
街にいる普段ならば、こんな状況は、まず、あり得ないのだが、今は、圧倒的な人数差があるから、不愉快というより、身の置き場がない。観察でもされてるような、自分達が見世物にされてでもいるような、嫌な気分だ。
そこには、数十人から成る荒んだ《 遊民 》の一団が犇いていた。
木陰で賭け事を続けながら、暇そうに幹に寄りかかりながら、何かをクチャクチャ噛みながら、思い思いの体勢で、ニヤニヤ笑って見物している。その何れの顔にも、明らかに面白がってる節がある。見るからに寛ぎダラけきったあの様子は、目下、休憩中であるらしいが──。
恐々眺めている視線に気付いたらしく、ギャラリーの一人がギロリと凄んで、おっ立てた親指を、地面に向けて突き下ろした。
「「「 う゛……!? 」」」
三人は、ジリジリと後退った。皆、既に引き攣った真顔だ。
だって山賊のような粗野な出で立ち。あんまり構わないらしいボサボサの髪。上背のある彼らは何れも、荒んだ鋭い眼差しだ。陽に焼けた褐色の肌、獣のように速そうな足、見るからに俊敏そうな鍛え上げられた逞しい肉体。アレに飛び掛られたらと思うと、見ているだけで、足が竦む。
((( メチャクチャ恐ええっ!)))
三人ヒシと抱(いだ)き合い、真っ青になって震え上がる。出来れば、──いや、絶対に関わりたくない連中だ!
突如、爆笑が湧き起こった。
「「「 え……? 」」」
さっき挑発してきた群れからだ。彼らはさも可笑しそうに腹を抱えて笑っている。三人は互いの顔を見合わせた。
……どうも、からかわれたらしい。
クレスト公の所に行ったまま、上司はいつまで経っても戻って来ない。
上司を残して勝手に帰っちまうなんて不義理を働く訳にもいかないので、仕方なく三人は、大木の木陰で、手持ち無沙汰に突っ立っていた。
《 遊民 》達に冷やかされながらも、しばらく居心地悪く、そうしていると、方々に散らばる群れの向こうから、恐そうなザンバラ頭がノシノシとやって来た。右の手に、年季の入ったズダ袋を下げている。髪の色は、品行="不良"を示す赤毛だ。都会でも、色気づいた若者や、ヤクザな稼業のチンピラなどが、自分を誇示し、他人を威圧する為に、よくああいう目立つ赤に頭髪を染める。あれは確か、極悪非道な獣ども ( =《 遊民 》達 ) から"ハンチョー"とかいう妙ちきりんな名前で呼ばれていた、クレスト公の従者だった筈だ。
こっちの前まで来て足を止め、何故だか突然、右手のズダ袋を突き出して、「ほれ」とぶっきらぼうにアイ・コンタクトを送ってくる。
警戒して後退りつつ、三人は引き攣った顔を見合わせた。この雰囲気からして、どうも、この袋を「やる」と言ってるらしいのだが……。
けれど、この男の意図が分からない。こんな 小汚い 袋を贈答される覚えもないので、ジリジリと引きつつ、さりげなく撤退、逃走準備を密かに整えていたら、赤毛ザンバラはその態度を不服に思ったらしく、更に片手を突き出して、ズダ袋を「ふんっ!」と揺らして催促してくる。
三人は困惑顔を見合わせた。ここで受け取りを許否しようものなら、もう、とって食われかねない勢いだ……。
一番近くにいたロルフが、逃げ腰の上目遣いで、仕方なく恐る恐る手を出した。赤毛ザンバラが又も顎をしゃくって催促するので、袋の中を恐々覗く。すると、そこには掌に乗るくらいの俵型した菓子袋が、袋の底が埋まるほど、幾つもゴロゴロ入っていた。……ん? 菓子袋? もしかして、これって──。
「「「 クラッカー……? 」」」
相手の顔をシゲシゲ見る。赤毛ザンバラは、ウムと偉そうに頷き返してきた。
「「「 …… 」」」
大正解のようだ。
商都じゃ、あんまり見たことのない素っ気なさ過ぎる白一色のデザインで、そう、"業務用"とか、そういった実用的な風情がそこはかとなく漂っているような──。
誰かのお腹がク〜……といじましく音を立てた。
──そうだ。久々の食料なのだ。
大変ひもじい現実に、ハタと俄かに立ち戻り、三人同時にガバッと袋を覗き込む。ガサガサそれらを掻き分けてみるも、そこには、バリエーションとかは、ない。一切、ない。全部、同じ物であるようだ。
あまりに見事な単一さ加減に「これだけか? (=これっぽっちか?) 」と幾分不満混じりに尋ねてみたら、赤毛ザンバラはかったるそうに頭を掻いて「贅沢言うな。こっちにチョウタツハンは、いねえんだからよ」と何か訳の分からない呪文をぼやく。
三人は目を瞬いた。
((( "チョウタツハン"ってなんだ? )))
ガバっと集合、コソコソやるが、もう、そこからして分からない。
直接訊いて怒り出されても恐いので、顔を見上げて「"チョウタツハン"って何?」と視線で問い掛けてみるが、赤毛ザンバラは、何故だか面倒臭そうに溜息をついて、ブラリと肩を揺すって踵を返した。問い合わせについては完全無視で、今来た道を、来た時と同じように、又、ブラブラとした足取りで戻って行く。
やはり、お喋りをしに来た訳ではないらしい。なら、単に、これを渡しに来ただけだということになる。しかし、こんな休憩時間に、わざわざ菓子を配りに来るなんて、彼はもしや、この集団の
"おやつ係"か何かなんだろうか?
((( 不良のくせに )))
怪訝にそっちを眺めれば、ノシノシ歩く赤毛ザンバラの周囲で、他の《 遊民 》達が何故だかペコペコ媚びている。──ああ、そうか。
三人は、ふと合点した。さっき聞いたあれは "ハンチョー"じゃなくて"番長"か。
なるほど。それなら分かる。そういや、結構恐そうな顔だし。あれは、やっぱり、乱暴者なのに違いない。でも、そうすると、あれの位置付けは、──
((( おやつ係で、番長? )))
ちょっと、無言になる。あんまり上手く想像出来ない。
おやつ係の番長は、ザンバラの赤い頭をボリボリ掻いて、大欠伸(あくび)しながら歩いて行く。三人は、その背を、ちょっぴり複雑な心境で見送ったのだった。
周囲の《 遊民 》達にビクつきながらも、涼しい木陰で円陣を組み、もらったクラッカーを早速開ける。
「──それにしても何アレ。カンケリって」
歓談の話題を提供し、ロルフが呆れて首を傾げる。そう、先程の話である。
モグモグとそれぞれ頬張りながら、三人は不満げな顔で首を傾げた。皆でズダ袋の食料を漁り、クラッカーをポリポリ噛み砕きつつ、指先の塩分をペロペロ舐めつつ、次の袋へと手を伸ばしつつ、三人組はウームと唸った。あの奇妙な暗号を解読しようと思ったら、謎が更に深まってしまったのだ。
オットーが、クラッカーの欠片をポイと口に放り込んだ。
「──わっかんね。あの "くるくるパー( 「-マ」は省略 )"も、ウチのアレと同類なんじゃね?」
素っ気なく匙を投げる。どうでも良さげな言い方だ。
カルルが、クルリと振り向いた。
「"ウチのアレ" なんて言い方したら、指令官殿が可哀相だよ」
ムキになって、オットーを諌める。素直なカルルは早くも感化されたか、すっかり乗り気。そして "くるくるパー(マ)" については、特にコメントはないらしい。
その時──
「──で、お前、どうして、そんなに泥だらけなんだ?」
「「「 わ──っ!? 」」」
三人は、ギョッと飛び上がった。
たった今、暴言を吐いたばかりのオットーの肩をムンズと掴んで、事もあろうに当のクレスト領主が、ひょっこり顔を突き出したからだ。
絶妙のタイミングで湧いて出たクレスト領主ダドリーは、愕然と口を開けた三人を尻目に、ごくごく自然に手を伸ばし、皆の真ん中に置かれたズダ袋を、ガサガサ漁る。皆が呆然と氷結しているその中で、ロルフが逸早く我に返った。
「──ああ!? 摘み食いはやめて下さいよ! これだけしかないんですから!」
貴重な食料を死守すべく、慌ててズダ袋を取り上げる。しかし、時、既に遅かった。
(実は金持ちのくせに、いやに手癖の悪い)クレスト領主ダドリーは、略奪したクラッカーの袋をパッパと開けて、既にモグモグやっている。
((( コイツ、ホントに領主かよ? )))
勝手に仲間に入られて、三人は 「「「 もぉ〜!」」」 と口を尖らせ不服顔。まったく、迷惑千万な客である。
しかし、そうした冷たい視線なんかは物ともせずに、ダドリーは咀嚼の口を動かしなから、何故だか、向かいのカルルに目を向け、話の先を促した。
「んで、なんでラル?」
……は? らる?
そこにいるのは、言わずもがなのカルルである。コイツが幾らおバカでも、このカルルと、あの上司とを、見間違える筈はない。
──と、いうことは?
三人は、恐る恐る振り向いた。すると、そこには、案の定──
「ああ、コイツが大穴に落ちそうになってしまってな」
「「「 ──ぎゃっ!? 」」」
今度こそ三人は、腰も抜かさんばかりに仰け反り返った。
カルルの背後から、突如ヌッと身を乗り出して来たその影は、誰あろう、彼らの上司、ラルッカ=ロワイエ、その人である。
泡を食う三人を尻目に、ダドリー同様、ごく当然に円陣に割って入って来たラルッカは、(ギュウギュウ押されて、ちょっぴり迷惑そうな)隣のカルルを親指で示して、手癖の悪い厄介者から避難させておいたズダ袋の中から、自分の菓子を、ごくごく自然な仕草で取り上げる。
バリバリとクラッカーを頬張りつつ、ダドリーは、ラルッカの答えに「へえ?」と感心したように目を丸くした。
「それを身を挺して助けてやったの? 結構、良い上司やってんだな〜、お前」
「当然だろう。"人"というのは財産だからな」
しかし、ロルフは、賞賛するダドリーに目を向け、実情に即して、正しい補足をキッチリ入れる。
「ええ。でも、上席徴税官殿までカルルと一緒に岩場の窪みに落ちてしまって」
オットーも、すかさず援護に入る。
「もー大変でしたよ。カルルは軽いから、その場で引き上げられたけど、上席徴税官殿は体がデカくて重いから、一旦道を引き返して、下の道から入り直して、わざわざ迎えに──」
「余計なことは言うな、ロルフ、オットー」
割って入ったラルッカの額には、ピキリと怒りの青筋が。
チラと、カルルが隣を見上げた。
「あの、すみませんでした。僕のせいで」
「……余計なことは言うな、カルル」
頬を引き攣らせたラルッカは、白皙の額に長い指を押し当てる。俯き加減のその顔には、ドツボに嵌るじゃないか……と書いてある。
「ふ〜ん……?」
何とも格好のつかない裏事情を悟り、ダドリーは、彼らをニヤニヤと見物している。格好よく颯爽と助けるつもりが、一緒に転げ落ちてしまったらしい。
ゆるゆると首を振ってラルッカは、「お前らなあ……」とうんざりしたように溜息をついた。
「まったく、何度も言わせるなよ。俺は "司令官"だと言っているだろう?」
「「「 だからっ! その "司令官"っていうのは何処でどうなるとそういう話に──(以下、略)──!? 」」」
ともかく。
晴れ渡った青空の下、ようやく再会を果たした彼らの宴は、そうして、しばらく続いたのだった。
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