CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 interval 〜 糸 〜2
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 用意してもらったテントに潜って、疲れ果てた体を休め、ラルッカ一行は、この旅初の夜を迎えた。この日は全員、文句を言ってる暇もなく、それぞれ大の字で、ぐっすり熟睡。
 明けて翌日、行程を再開。
 西に向けて半日ばかり馬を駆り、今ようやく午後の休憩に入ったところである。
 
 へばってヒーヒー言いながら、転げ落ちるようにして馬を下り、彼らは早速、大木の緑陰に陣取った。
 なんたって、《 遊民 》達の馬は、速い。乗馬は、官吏にとって業務上の必修であるので、皆、決して不得意な訳ではないのだが、それでも、一人置いてけぼりを食わないよう、ついていくだけで精一杯である。
「──しかし、流石ですよねー」
 額に吹き出た汗を拭いつつ、ロルフが、つくづくといった感じで、上司の整った顔を見上げた。
司令官、、、殿の後をくっ付いて行ったら、ちゃあんとこうして出て来られたんですから」
 ロルフ、良い子の態度である。一晩かけて呪文でもかけたか、司令官殿にすっかり手懐けられた模様。
 昨日配給されたタオルでゴシゴシと汗を拭いてる三人から、紛れもない尊敬の眼差しで惚れ惚れと見上げられ、上司の面目を保ったラルッカは、長い前髪を (用もないのに) 「ふっ」と片手で払い除ける。
「見くびるなよ。俺を誰だと思っている」
 そして、余裕の態度で、鷹揚に笑う。確か、この御仁、坑道からの脱出時には、今にも泣きそうな勢いで、ゴールの出口を一目散に駆け抜けた筈だが、もう「軽い軽い」とでも言わんばかりの仰け反りよう。
 不思議そうな顔で、オットーが問う。
「でも、なんで、いきなり走り出したんですかあ? しれーかん、、、、殿?」
 声音が少々おちょくり気味だが、音は一応合っているので、ラルッカは不問に処すことにしたらしい。その問いに、ふと、当時に引き戻されたか、顎に手を置き、小首を傾げた。
「……誰かに何か言われたような気がするんだよな? あの坑道の突き当たりで──」
「誰かって誰です?」
「それが分かれば、"誰か"なんて曖昧な言い方はしないだろう、オットー」
 ぶっきらぼうに突っ込まれ、いささかムッと反論しつつも、ラルッカは、それについて考える。
「そう、その相手が誰だったのか、、、、、、、、、、、、どうしても思い出せないでいるんだが」
「──ああ、分かった!」
 ふと顔を上げ、カルルがポンと手を打った。
「あの偉大な ドロッギス=ロワイエ 様が、子孫の窮地を知って出口に導いて下さったんですよ、きっと。神様みたいな方でしたから」
 笑顔のカルル、邪気なく発言。
 しかし、
「──オイ。俺の祖父は、まだ 存命 なんだがな」
 普段コイツには甘いラルッカも、この致命的な過失は、見過ごせなかったか、さすがに突っ込む。
「じゃあ誰だって言うんです?」
「あ、それって、もしや坑道の──」
 三人、クルリと振り向いた。
「「「 幽霊とか? 」」」
 声もピッタリ、綺麗にハモる。
 背に冷たいものでも走ったか、ラルッカはギクリと肩を強張らせ、ジリっと引く。
 ふと、カルルが小首を傾げた。
「あれ?──それ、なんです?」
「……ん?」
 腿の辺りを指差され、ラルッカは、その先にあった自分の左手を持ち上げた。
「糸?──絹糸かな。誰かの服がほつれでもしたんでしょうか。でも、青い絹糸なんて……」
 ロルフの怪訝な言葉に、各自なんとなく一同の服に視線をやる。ラルッカの上着は白っぽく、ロルフは緑、カルルは赤だ。そして、ふと自分の青い上着を見下ろしたオットーは、
「──しれーかん殿ぉ〜?」
 ジロリと、疑いの視線を振り向けた。
「じゃあ、あの時、僕の服引っ張ったのって、しれーかん殿だったんですかあ?──んもう! やめて下さいよー、そういう変な悪戯は。お陰で僕、転びそうになっちゃったじゃないですかあ。僕の運動神経がいいから良かったようなものの──」
「待て!? 俺は誓っておかしな真似はしてないぞ!?」
 しかし、ブチブチ文句をねじ込むオットーは、「まったく、いつの間に……」と、つくづく溜息をついて腕を組む。
「程々にしてくれないと、エルノアさんに言いつけますよー? 意外と手癖が悪いんですね。まあったく、あんな暗い所で油断も隙もありゃしない」
 因みに、オットーが言いつける予定の"エルノアさん"は、商都で何かと有名な、このラルッカ司令官の婚約者である。オットーの抗議は、決め台詞に入る。
「ああ、言っときますが、僕、ノーマルですから。そういう趣味は
全っ然 ありませんから」
 
「──俺にだって、そんな趣味は、どこにもないぞっ!?」
 
「あ、ちょっと待ってオットー」
 妙な方向にヒートアップし始めた刺々しい諍いに、甲高いカルルの声が、普通にすんなり割り込んだ。
「ね、これ、なんか違わない?──ほら、糸が細いから分かり難いけど、こうやって集めてみるとさ……」
 そう言いつつカルルは、片手に青糸を置いたまま、両の掌をグリグリと擦り合わせた。しばらくそうして捏ね上げて、その手をそっと開いてみれば、長い青糸は、カルルの手の中央で"こより"のように一本に寄せ集まっていた。
 ひょい、とロルフが覗き込む。
「……ああ、そういえば、少し色合いが違うようですね。オットーの服はこんなに鮮やかな青じゃないし」
「ほらね?」と差し出したカルルの手と、只今冷戦中のオットーの服とを、ロルフはフムと見比べる。内心ドキドキしつつも、ちょっと前屈みになって成り行きを窺っていたラルッカは、
「ほ〜れみろっ!」
 それを聞くなり、ふんっと鼻息荒く強力アピール。不名誉なストーカー疑惑の嫌疑が晴れて、勝ち誇って胸を張る。
「だから、俺がそう言ったろう! そもそもオットー、お前は日頃から生意気(だぞ)──!」
「あれ?」
 又も、カルルの声が邪気なく遮った。
「なんかこれ、髪の毛みたいじゃない? 細さといいツルッとした手触りといい──」
「カルル、おまえなあ……」
 腰に手を当て、ロルフが「ばっかだなあ……」と哀れみ蔑んだ目を向ける。
「青だぞ青。そんな変な色した髪の毛なんて、この世にある訳ないだろう」
 そう、どの国の者であっても、髪の色は大抵黒か茶で、それに濃淡の幅がある程度だ。それについては《 遊民 》であっても変わらない。染めるにしたって、青だなんて奇抜な色は聞いたことがない。やれやれと、オットーも肩をすくめる。
「それじゃあ、いったい誰のだろう? でも、こんな派手な青を着てる奴なんて、この中にはいないし、そもそも、こんな真っ青な服なんて──」
 不貞腐ったようなオットーの言葉に、ハッと三人同時に目を上げる。
 バッと、上司を振り向いた。
「「「 ま、まさか! 」」」
「……な、なんだよ、お前達。その目は」
 面食らったラルッカの顔を、じいぃっと下から掬い上げるようにして見つめる。
 三方向からの冷ややかな視線が突き刺さり、ラルッカは気圧されたように、ジリッ、ジリッ……と後退る。
 正義感溢れる面持ちで、三人同時に口を開いた。
「「「 いったい、どこのお嬢さんです! エルノアさんに言いつけますよ! 」」」
「え?」
 新たなるストーカー疑惑、浮上。
 そう、こんな色鮮やかな青い服など、若い女・子供しか着ないのだ。
 非難の意図を了解し、ラルッカはギョッと目を見開いた。ブンブン首を横に振る。
「──し、知らんっ! 俺は知らんぞっ! 俺は知らんが、どういう訳だか、いつの間にか指に絡みついていたんだっ!」
 
 その時だった。
 空気がザワリとざわめいた。
 《 遊民 》達が、荒れ野の南を見て、ザワザワしている。賭け事の手を止め、ふざけ合っていた者は雑談をやめ、木陰で休んでいた者もムックリと身を起こして、野草生い茂る荒れ野の先に、それぞれ目を凝らしている。
「……なんだ。何事だ?」
 ラルッカが、怪訝な顔で立ち上がった。
「様子を見てくる」と言い残し、ザンバラ赤毛と話しているクレスト公の元へと、すぐさまツカツカと歩いて行く。
 取り残された三人は、唖然と周囲を見回した。誰一人として笑っていない。なんだか、妙な雰囲気だ。いったい、何が起こっているんだろう──?
 南を見据える何れの顔も、のんびりと寛いでいた今しがたとは打って変わって、何処か厳(いかめ)しい顔つきだ。
 何を話しているものか、上司が到着した赤ザンバラの円陣では、ずっと話し合いが続いている。そうこうする内にも、周囲の剣呑な空気は、いや増しに緊迫感を増していく──
 隣から、苦々しげな舌打ちが聞こえた。体格の良い男が、鋭く振り向く。
「──てめえら、なに連れて来やがった!」
 大股でズカズカと近付いてきた《 遊民 》達が、グルリと三人を取り囲んだ。皆、責めるような、咎め立てるような、──つまり、とても怖い顔だ。
「「「 えっ? えっ?……はあ……? 」」」
 だが、そんなこと言われて凄まれたって、三人には、とんと身に覚えがないのだ。《 遊民 》達は何故だか、とても怒っている様子だが、何のことだか見当もつかない。恐い顔で詰め寄られても、ただただオロオロと小さくなるばかりだ。
 向こうの円陣からは、時折、荒げた声が聞こえて来る。内容は分からないが、揉めているらしい。やはり、何事か話し込んでいる様子だが──。
 三人は顔を見合わせた。やっぱり、何かが起こってる。
 向こうの円陣で、動きがあった。件のザンバラ赤毛が、輪から外れて一人大股で踏み出してくる。クラッカーをくれた昨日とは、まるで違う険しい顔だ。荒れ野を占拠する《 遊民 》達の射抜くような注視が、悉(ことごと)く彼に集まった。ピンと張り詰めた切迫感が、彼らの全身を包み込む。睥睨するようにグルリと見回し、ザンバラ赤毛が一際荒っぽい声で気勢を上げた。
「──行くぞ!」
 鬨(とき)の声が上がった。
 大人数による方々からの同時発声が、大気を揺るがし、荒れ野全体が大きくうねる。
 気怠い空気が一変した。
 その場にいる全員が一瞬にして奮い立ち、荒れ野の空気が、熱く、重く、塗り替えられていく。あたかも、一陣の熱風が吹き込んだかのように。
「「「 ──なっ、──なっ、──なになになにーっ!? 」」」
 勢いに押されてギョッと飛び上がった三人は、互いの身を寄せ合って、たじろいで周りを見回した。
 士気が高まっている。それが痛い程に伝わってくる。
 そこここに散っていた大勢の《 遊民 》達が、速やかに、一斉に動き出した。ザンバラ赤毛の一瞥で、吊るし上げの包囲が解かれた。もう、こっちには、誰も見向きもしない。普段は怠け者と言っていいほどゴロゴロだらだらしているくせに、誰も彼も、人が変わったように迅速だ。
 意外にも、彼らの動きは機敏だった。
 草が鳴る。足が速い。俊敏な足が大地を蹴る。さながら飢えた野獣のように。
 長刀らしき鞘の中央を片手で鷲掴み、《 遊民 》達は、荒れ野一面に広がった。一様に眉をひそめ、険しい顔で南を睨みつけている。
「……何か、あったみたいだね」
 やっとのことで押し出したロルフの今更な囁きに、オットーとカルルも唾を飲み込み、青い顔でコクリと頷く。
 さっき取り囲んでいた男達とは又別の、背の高い《 遊民 》二人がやって来て、三人を隅っこにある雑木林へと、有無を言わさず引っ立てて行く。手荒い手付きで三人は、無理やり大木の裏に押し込まれた。
「ここで大人しくしてな、終わるまで」
「「「 ……はあ? 」」」
 三人は大いに困惑した。慌しく変化していく木立の先の光景を、成す術もなくオロオロと見回す。
「「「 あ、あのぉ〜──? 」」」
 説明を乞うて彼らの顔を見上げるも、しかし、冷たく無視される。《 遊民 》二人は構うことなく踵を返し、さっさと荒れ野へ戻って行った。
 うら寂しい林の中に、三人ポツネンと置き去りにされる。状況説明が一切ないので、何が何やら分からない。けれど、空に広がる黒雲がみるみる立ち込めていくように、明らかに不穏な空気が増していた。慌しく駆け回る《 遊民 》達の表情からは、だらけて寛いでいた無為徒食の暢気さが、今や完全に払拭され、一転、強暴で険悪なものへと様変わっている。体勢を低くし、荒れ野に潜んだ前傾姿勢の彼らから、荒々しく剣呑に放たれているもの──恐らく、ああいう気配のことを"闘気"だとか"殺気"だとか言うのだろう。
 それは明らかに、事態の急変を告げていた。
 ヒシヒシと立ち込め始めた不穏な空気を全身で感じてドキドキと胸を高鳴らせ、徒(ただ)ならぬ張り詰めた空気に、切迫した緊張に、体を硬くして身構える。こんな体験をしたことは、生まれてから只の一度もないのだが、何か不穏なものが近付いて来ることだけは、肌に感じて、はっきりと分かる。
 風雲急を告げる。
 そう、確かに、何か良からぬことが、始まろうとしていた。
 三人は息を止めて、成り行きをじっと見守っていた。未曾有の事態に混乱をきたして、もう余裕などは何処にもなかった。神経が極限にまで張り詰めて──。だから、彼らは "それ"を見過ごしてしまったのだ。一昼夜、自分の指に絡み付いていたにも拘らず、青い糸の存在に全く気付かなかった、、、、、、、、、という不可解な齟齬を。
 だから、彼らは "それ"を忘れてしまったのだ。その青い糸が、本人も知らぬ間に、指に絡みついていたのだという、動かし難い奇妙な事実を。あの時、当人が弁明した、その通りに。
 
 
 
 
 

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