CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 5話2
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 "抜け道"に閉じ込められてた丸一日、どうせ、なんにも食っちゃいねえんだろうから──。
 軽食入りの雑嚢 を、色男の取り巻きどもの所へ届けてやったら、あの連中、こっちの顔を見た途端、ビビって腰の高さまで飛び上がり、三人一斉に後退りやがった。
 まったく。ヒトを化け物か何かみたいに。マジで軽く傷つい ──あの色男は色男で、せっかく持って行ってやった干し飯(ほしいい)を、怪訝な顔で一口食うなり、「マズイ」とか不届きなこと抜かしやがるし。
「……妙な荷物が、増えちまったな」
 あの癖っ毛の野郎が、変な我がまま言いやがるから。
 お陰で、とっておきの摘みが、ごっそり丸ごとなくなっちまったじゃねえかよ……。
 余程腹ペコだったのか、連中は、あの後すぐに、三つの頭をピタリと寄せ合い、ガツガツ雑嚢を漁っていた。まるで、撒き餌に殺到する野良猫みたいな凄まじさで。まあ、丸一昼夜、飲まず食わずで彷徨(さまよ)い歩いた訳だから、あの無様な醜態も無理ねえか。
「……他の連中には、黙っといてやる」
 せめてもの情けだ。しかし、お偉い官吏もカタナシだな。食わなきゃ、生きてはいられない──人間の哀しい性(さが)ってヤツだ。
 ようやく平穏を取り戻した周囲を眺め、涼しい木陰に腰を下ろして、(やれやれ、やっと落着したか……)と懐を探る。
 
 統領代理の護衛の任で、今回、ここカレリア国には、三人の首長と、それぞれが率いる三隊が出向いている。レグルス大陸の最北端ノースカレリアで豊穣祭がある為だ。
 こんな祭の護衛如きに駆り出されるのは通常は下っ端風情と決まっているが、とある事情で今回の面子は精鋭ばかりとなっている。にも拘らず、こっちの事情なんかは何にも知らない癖っ毛の野郎が無茶な要請を横から捻じ込んできたりしたもんだから、用意していた戦力の大半をこんな下らねえお遊び如きに用立ててやらなけりゃならねえ羽目になっちまったってのが現状だ。
 開戦中の商都に赴くに当たっては、癖っ毛に随行する頭数が三隊から公平に割り振られ、人員が急遽組み入れられた。これにより本来の護衛対象である統領代理が滞在する北カレリアには僅か三十名が残留するばかりという、何とも心許ない有様になっちまったが、しかし、向こうには主だった面子が居残っているし、あの辺りはいたって平穏な田園地帯だ。情勢不穏な商都カレリアからも遠く距離が離れている。まあ、これといって支障もなかろう、ということで、こういう運びと相成った訳だ。頭数だけを見て満足したあの癖っ毛は、そんな内部事情など預かり知らぬことではあろうが。
 急ごしらえで編成された当隊の人員構成は以下の通り。
 主力二隊と残る一隊から、それぞれ三十八の都合一一四名。素人が扱うにしてはやや大所帯だろうが、しかしまさか適当に二、三人を貸し出して、それで済ませるという訳にはいかないし、赴く先は開戦地であるし、そして、何といっても相手はお偉いご領主様であるし──という訳で、地位に見合うものを誂えるとなれば、やはり、そこそこの規模は必要だろう、ということになり、予定外の要請わがままに応える為に貴重な戦力の大半を割き、僅かばかりの手勢を残してこっちへ回すことになったのだ。もっとも半数を商都の内外で待機させているから、ここにいるのは総勢四十八騎から成る混成部隊だ。内訳はコチトラの隊"砕王 "配下の部下どもが丸ごと三十八、ザイを初めとする"レッド・ピアス "の配下が十。もっとも、本隊は今ノースカレリアにあるから、この行程には調達班さえ付かない。よって、道中の食い物については、全行程、各自で用意、経費については全て後日の精算となる。そして更には、移動ルートが当初の予定通り諍いと無関係な北方だけなら飯の買い出しにも出られるが、渦中の商都〜トラビア間の移動ともなれば、街道沿いの街々にはトラビアの軍兵が大勢出張ってうろついているから、近寄ることさえままならない。つまり、商都を出て来ちまったが最後、味気ない携行食で食いつなぎ、それでも腹が満たされなけりゃあ、各自、現地調達でしのぐしかないって話だ。とはいえ、近隣の商店や農家を襲って略奪しろって話じゃない。そんな狼藉を働こうものなら、たちまち"お尋ね者"として手配され、国中追い掛け回された挙句に問答無用でぶっ殺される羽目になる。そんな卑劣な真似をする奴は、十中八九、国家の権威を嵩に着た権柄尽くの国軍だと、そもそも相場は決まっている。……まてよ? そういや、客の食料はどうなってんだ。テントなんかの大型物資は過不足なく揃えた筈だが、食料は各自持参が原則だから、連中の食う分なんか誰の勘定にも入ってない──
「おいバサラ。あの連中の食いもんは──」
 いつもの調子で気楽に呼びかけ、途中で気付いて無言になった。
「……ああ、そういや、いなかったっけな、あいつらは」
 気まずい思いで辺りを見回し、頭を掻く。たく、これだから、生き物、、、を預かるってのは面倒だ。だが、まあ、奴らだってガキじゃない。川の中には魚がいるし、木立があれば鳥獣がいる。腹が減ったら、そこらの山林で、適当に狩りでもするだろう。しかし、それにしたって、こんなことは普段なら、頭(かしら)が然るべき指示を出し、他の下っ端が動くようなことなんだがな……。こんな急ごしらえの混成部隊の引率役なんぞを押し付けられて、まったく心底面倒臭い。なのに、なんで、その上、トラビアなんぞに出向く羽目になっちまってるんだか──。
 ヒゲクマ親父──元(もと)い、戦場で"砕王"との異名を取るウチの豪快な頭(かしら)からは、適当にお守りをしてやって、大将の気が済んだら、さっさと戻って来い、と言われている。昨日、ザイにも言われた通りだ。なのに、実は、商都から更に足を伸ばして、こんな所で遊んでました、なんてことが知れでもしたら──
「……うーん」
 頭が痛い。
 確かに、この行程追加は、癖っ毛からの要請なんだが、本来の任務は、北カレリアでの護衛がメインだ。「そんなものは丸め込め!」と、さぞや説教食らうに違いない。
 髭面・銅鑼声のカミナリを思い出して、ゲンナリと溜息をついた。あの吊り目の副長辺りも嫌味の一つくらいは言うだろう。なんたって底意地悪いから。隊長にだって、呆れた顔をされるに違いない。もっとも、どうせ又いつものように、涼しい顔で「そうか」と一言言うだけで、クドクド説教したりはしねえだろうが。
「トラビア、ねえ……」
 まだ、行程を半分来ただけだ。
 目的地到着まで一日チョイ、いや、あのお荷物どもがいるから、一日半から二日ってところか。
 この行程の目的地、国境の街トラビアは風の強い内海沿いに位置しているから、強風で舞い上がった細かな砂塵が、容赦なく顔に吹き付けてくることになる──
「何か、来ます!」
 頭上からの声に、跳ね起きた。
 ごく短い注進は、硬い緊張を孕んでいる。木の上から降って来たのは、急変を知らせる不吉な飛報──。
 すぐさま、得物を掴んで立ち上がる。哨戒が寄越した双眼鏡を受け取り、そいつが指差す方向を見れば、なるほど、まだまだ遠いが、見晴らしの利く草高い荒れ野の向こうから、何かが土埃を上げて近付いて来る。──誰だ。気紛れな付近の住民か何かか? いや、あれは──
 馬を駆った一団だ。
 先頭にいるのは、優美な白馬。青と白の鮮やかな軍服、カレリアの国境軍──つまり、トラビアの軍隊だ。
 
 異変に気付いて、逸早くやって来たのは、意外にも、あの癖っ毛だった。又、木の上で昼寝でもしていたんだろうか、両手を振って、慌しくこっちに駆けて来る。南を指差し、「なんだなんだ?」とせっつくように訊いてくる。素人にくせに、妙に鼻の利く奴だ。それに僅かに遅れて、主だった面子がバタバタと方々から集合した。
「来ましたね」
「──ふん、勘付かれたらしいな」
 主だった面子の渋い顔をグルリと端から一巡し、早速、事態を乗り切る対策を──いや、ザイ達がいない。
 ざわつき始めた荒れ野の面子を、改めてくまなく見回すが、やはり、あっちの連中は、もう誰一人として、ここに残っちゃいなかった。
「……フケやがったか、あんの野郎」
 溜息をついて、額を掴んだ。こっちに、アレの相手を押し付ける気だ。
 まったくチャッカリしてやがる。てめえの頭(かしら)が見てねえと思って、サボタージュ決め込むつもりかよ……。後は宜しくと言わんばかりの、小馬鹿にしたこの態度。やはり、ああいう連中の取り纏め役は、海千山千のあっちの頭(かしら)でなけりゃ、絶対務まらないと痛感する。この絶妙のタイミングで、風を食らって姿を眩ませたところをみると、こっちの様子が見える場所にはいるんだろうが──。そうだな、この辺りで身を隠せる場所っていうと、さしずめ、あの雑木林辺りの──
「──で、どうします。班長。アレ」
 ぶっきらぼうに呼びかけられて、ああ、とそっちを振り向けば、部下の一人が胡散臭そうに南を眺め、得物で肩を手持ち無沙汰に叩いていた。こっちに視線だけをくれながら、面倒臭そうに、お伺いを立ててくる。こうなりゃ、ザイ達を捜しに行ってる暇は、ない。
 舌打ちして指示を出した。
「始末するっきゃねえだろが。──おい、軍服が何人いるか、数えておけや」
 こうとなったら、一兵たりとも仕損じる訳にはいかないのだ。一人でも逃して本隊に通報され、付近に詰めてる大軍に、本格的に攻め上られた日には、こんな少人数じゃ、お話にならない。ましてや、ここは、渦中の商都〜トラビア間の開戦地域。こっちが潜む北の荒れ野を取り囲み大陸を横断する街道には、暇を持て余した数万もの軍兵が、常時、満遍なく張り付いているのだ。そいつらにそのまま北上されでもしたら、それこそ万事休す、袋のネズミになっちまう。
 荒れ野の南へ再び目を向け、溜息混じりに吐き捨てる。
「たく、運のねえ連中だぜ。わざわざ、こんな所を見つけちまうとはな。街道筋で大人しくしていりゃ、ちったあ長生き出来たものをよ!」
 まったく、忌々しい青軍服だ。
 こっちとしても、この開戦は本意ではない。むしろ、要人を預かっている都合上、リスクの高いこうした騒ぎは、出来ることなら避けたいところだ。そもそも、請負内容は単なる随行・護衛であって、戦闘行為ではない。急遽追加になったトラビア行きにしたって、向こうの領主をこっそり連れ出すのが目的だから、潜行する人数を、わざわざ半分以下に減らしてきたのだ。不用意に大軍で出向いて、こんな不都合を呼び込まぬ為に。
 それに、ここでトラビア軍と敵対したりすれば、将来的に、こっちの方こそが、、、、、、、、、この国と事を構えることにもなりかねない。今後、覇権を握るのがディールであれば、当然そういう話になる。
 つまり、あの哨戒部隊には、丸ごと一隊、ここで消滅してもらわねばならないのだ。そう、開戦は本意ではないが、こっちとしても後がない。
 向こうは、あれだけの大人数だ。トラビア街道を拠点とし、東西南北に展開する数ある哨戒部隊の一隊の、戻りが多少遅れたところで、すぐさま行動を起こすようなことはないだろう。無駄話をしながらのんびり街道を歩いていた、あの緊張の欠片もない補給部隊の暢気さから推せば、官吏特有の怠慢さでダラダラと気長に情報を集め、向こうの連中がこの異変に気付く頃には──消え失せた部隊の行方を躍起になって捜索し始める頃には、こっちはとっくに場所を移動している。この事態に気付いた頃には、遠く離れたトラビアだ。上手くすれば、向こうの領主を手中にし、別ルートを通って、商都に向かっているかも知れない。
 荒れ野は、俄かに騒がしくなってきた。木陰で休憩していた連中も、それぞれの得物を引っ掴み、険しい顔で立ち上がっている。
「で、後始末の方は、どうします? これでアシがついてもヤバイっすよね」
 腕を組んだ隣の部下が、背後に向けて、等閑(なおざり)に顎をしゃくった。
「そこの内海の中にでも投げ込んどきますかね」
 内海に落とせば、躯は、十中八九、上がらない。すぐに獰猛な鮫どもが群がり、そいつらの餌食になっちまうからだ。死人に口なし。残した屍(しかばね)から、こっちの密行が割れる気遣いもない。気分は少々重たいが、素性がバレれば一巻の終わりだ。こっちも命がかかっている。足元を掬われる可能性のある危険な萌芽は、今の内に断っておかねばならない。
「ここで見つかっちまう訳にはいかねえからな。可哀相だが、一人残らず叩き込んで鮫どもの餌に──」
「よせっ!」
 激しい制止が、割り込んだ。
 部下の声ではない。無論、ザイ達でもない。そもそも、連中が反対などする筈がない。聞き慣れない若い声だ。
 怪訝に、そっちを振り向けば、
「……ラル?」
 逸早く相手を確認した癖っ毛が、腕組みを解いて首を傾げた。そこにいたのは、あの長身の黒い髪。端整な顔立ちの、商都の上席徴税官。
 あの色男が、強張った顔で立っていた。白皙の顔で真っ直ぐこっちを睨みつけ、ツカツカと大股でやって来る。
「殺すな! あいつらを絶対に殺すな!」
「──なんだとォ!?」
 部外者からの威圧的な命令に、周りの連中が色めき立った。だが、色男は一瞥しただけで動じない。
「お前ら、手に掛けたりしたら、許さんぞ!」
「──ラル」
 しかし、口を挟もうとした癖っ毛を制して、色男は、癖っ毛に鋭く振り向く。
「殺すな! あれは貴重な兵なんだ!」
 両腕を掴んで訴えかけられ、癖っ毛は困った顔で頭を掻いた。
「ラル……いや、だがな、今は──」
「あれは国軍! 俺達を捕らえに来るんだ。殺しに来る訳じゃない!」
「今はそんなこと、悠長に言ってられる場合じゃ──」
「ダド! 軍人の育成には、時間がかかる! 命を奪えば、取り返しがつかない! あれは俺達の、――カレリアの、、、、、貴重な戦力だ!」
 食い入るように見つめる色男の真顔を、癖っ毛は無言で見ていたが、ゆっくりと息を吐き出し、目を閉じた。腕を組み、じっと考え込んでいる。構わず言い募る色男の目に、真摯で切実な色が宿る。
 だが、こっちに言わせりゃ、幼く頑迷な我がままだ。兵が足りなきゃ、幾らだって雇えばいい。隣国に行けば、すぐに使える兵どもが、幾らだって手に入る。ましてや今は停戦で、連中は揃って失職中だし、何より、ここは平和で安全なカレリアだ。報酬次第で、喜んで流れて来る奴なんか、ごまんといる。──ああ、そうか。国防は、同国人で、、、、固めておきたいってことか。
 思わず、苦笑いが頬に浮く。そういうことなら、そりゃ無理だ。
 カレリア人のみでの兵の補充は、難題だ。容易に作り出せる物とは違い、人は当然、"軍人"として完成された状態で生まれてはこないし、商売主流のカレリアでは、誰も、リスクの高い軍人なんかには、なりたがらない。
 
「──てめえら、なに連れてきやがった!」
 苛立たしげな罵倒が飛び込んできた。
 非難の注視を集めているのは、件の官吏三人組か? 青くなって、縮こまっている。近くの数人に詰め寄られ、吊るし上げを食っているらしいが……?
 腹立たしげに腕を組み、こっちの部下が色男を振り向いた。
「あんたら、尾行つけられてたんじゃねえだろうな」
「──あんなものは、いなかった筈だが」
 当てこすられた色男は、ムッとした顔で言い返す。
 確かに、ここまでの道中、あんなものは影も形もなかったから、こっちに向かう連中を、向こうの哨戒が目敏く見咎め、仲間を連れて、ここまで追いかけて来たのかも知れないが──。
 詰め寄られた三人は、オドオドと周りを見回し、訳が分からない、といった顔。あの様子だと、大方ろくに注意も払わず、無邪気に飛ばして来たのだろう。既に敵陣の真っ只中だということは、説明されるまでもあるまいに。何とも自覚のないことだが、しかし、今更言っても、後の祭だ。
 
 やがて、癖っ毛は腕組みを解いた。
 小さく溜息をつき、足を踏み代え、ブラリとこっちに向き直る。
「悪い、カーシュ。ラルの言う通りにしてくれ」
 慮外の指示に、耳を疑った。思わず、癖っ毛の顔を見る。
「いいのかよ、そんな手緩い対処で」
「ああ」
 決然とした声。
「しかしなあ。これでアシがついちまうと、厄介なことになるんだが──」
 驚いた部下どもからも、当然、抗議が殺到した。
「マジかよ!? 何考えてんだ、 あのしれーかん、、、、、殿はよ!」
「分かってんのかよ! 生かしとく方が、よっぽど、こっちは面倒だぜ!」
「まったく、これだから、カレリア人の考えることってのは──!」
 非難轟々、場は一気に殺気立った。そりゃあ、当然の反応だ。
 だが、癖っ毛は、
「頼む」
 じっと見つめて、捻じ込んでくる。態度は微塵も揺るがない。
 もう、決めちまっているようだ。こうなると、梃子でも動かねえんだよなコイツ……
「── 一つ訊くが、」
 やれやれと息を吐き出して、改めて癖っ毛に向き直った。
「勝ち目は、あるんだろうな」
「ある!」
 力強くきっぱり頷き、癖っ毛は即答。
「……本当か?」
 真偽を見定めるべく、じぃっと顔を見てやれば、
「お、おうよっ! 決まってんだろ」
 ──こら!? なに動揺してんだよ!?
 コイツ、ホントに大丈夫かよ……? と疑い混じりに癖っ毛を見れば、若干慌てた様子の癖っ毛は、口を尖らせ、不貞腐ったようにブチブチほざいた。
「俺は、まだ新婚なんだぞ。なのに、こんな所でくたばって堪るかよ。それじゃあ死んでも死にきれね―よ。俺は、絶対、かーちゃんの所に帰るんだ!」
 て、愚痴混じりかよ!? 随分個人的な宣言だな!
 シラッと冷ややかに、その顔を眺めて、ズイと顔を突き出した。
「本っ当―に、やる気かよ」
「俺は端から、そのつもりだが?」
 ムッと振り向いた癖っ毛も、対抗して顎を突き上げ、踏ん反り返って、真っ向から突っ掛かってきた。不敵な態度だ。ちょっと、破れかぶれっぽいが。
 面突き合わせた近距離で、しばし、そのまま睨み合う。
「あんたがしくじりゃ、こっちの立場まで危うくなんだよ。そこんとこ、本当に分かって言ってんだろうな」
「俺だって、絶対にしくじれねーよ。だって、下手すりゃ──」
 一瞬、先を言いよどみ、プイと目を逸らした癖っ毛は、不意に厳しい顔をした。
「あいつにまで累が及ぶ、、、、
 吐き捨てたのは、苦々しい呟きだった。確かに、このままディールの側が勝利して、クレスト領家のラトキエ後押しの実態が明らかになれば、一族郎党、無事では済まない。つまり、娶ったばかりの何にも知らない奥方であろうが、無論、この血腥い制裁の例外ではない。
 ピタリと焦点が合った。
 漠然としていた未来の姿が、不意に鮮明に暴かれる。
 この癖っ毛が密かに見つめ続けてきた核心が、突如、明確な輪郭で像を結び、リアルな映像を伴って脳裏を過ぎった。屋敷に雪崩れ込む青軍服。驚愕と抗議の声を張り上げるクレスト領家の血縁者。軍服から逃げ惑い、しかし、抵抗も空しく、やがて、次々と引っ立てられていく。白いドレスに縄打たれ、項垂れて歩くやつれた女は、顔も知らないこの癖っ毛の連れ合いか? その先にあるのは、断頭台への道。後の災いになる命は、須らく絶たれる。そうした事情は、ここカレリアでも同じだろう。──恐らくこれが、この癖っ毛が、一人、両の掌で重さを測り、絶えず見つめ続けてきた、この諍いの向かう先。一連の実相。終決の有り様。
 居合わせた者達は、認識を新たにする。それは数ある予測の一つに過ぎないが、現時点では、最も蓋然性の高い幕引きの形だろう。
 癖っ毛は眉をひそめて、足元の地面の一点を睨みつけている。上着の胸ポケットに"お守り"をそそくさとしまい込んだコイツのぎこちない地の顔が、ふと、脳裏に蘇る。あの時感じた不安と祈りが、更なる切実さを伴って、今、そこにあった。あの時は、小心者だと嘲笑ったが、そりゃあ、恐くもなるだろう。てめえが賭けてるもののデカさを知れば。
 周囲の誰もが口を挟めず、気まずく癖っ毛から目を背けた。癖っ毛は、しばらくそのまま沈黙していたが、やがて、息を大きく吸い込んだ。
「……俺は、領主だからな」
 盛大な溜息と共に、強張った頬に、無理やり乾いた苦笑いを貼り付ける。
「これがディールに知れたりすれば、──俺がここに居るってだけで、他家同士の諍いにクレスト領家が、、、、、、、介入し、ラトキエ側に加担したことになる」
「そうだろ? 全くもって、その通りじゃねえかよ」
 敢えて呆れた口調を作って、割り込んだ。
「なに他人事みたいに言ってんだ。こっちをコレに巻き込んだのは、他でもねえ、あんただろ」
 敵は目前。
 これから一戦交えようってこんな時に、葬式みてえなムードはいただけねえ。
 胸に打ち込まれた重たい杭はさっさと引き抜き、意気消沈した辛気臭い空気を払拭し、急降下しちまった気勢と気概を、なんとか元の位置まで引き上げなけりゃならない。
 辛気臭く眉をひそめていた癖っ毛は、ふと瞬いて、チラとこっちに目を向けた。そして、肩を落として、息をつき、
「仲間割れはやめよーよ」
 
「「「 ──誰のせいだと思ってる!? 」」」
 
 図らずも、全員の心が一致した。
 一転、殺伐と険悪ムード。一気に、空気が殺気立つ。
 これだ。
 今の今までシンミリしてたかと思えば、すぐ、これだ。
 これだから、信用ならないのだ。この癖っ毛は。ヒトを騙くらかして、散々梯子を上らせといて、屋根の上に辿り着いた途端、足場の梯子を取っちまう。そうだ。コイツは、そういう奴だ。そういう質の悪りぃインチキ野郎だ。しかし、まったく、こうやって、すぐに他人をおちょくるのは、コイツの悪い癖だな。毎度毎度、性懲りもねえ。
 だが、何度か被害を受けて達観しているこっちとは違い、"コイツの被害者"という共通項を持ち、急遽"アンチ・癖っ毛"で緊急タッグを組んだ"道連れ"達は、拳をプルプルさせて癖っ毛に詰め寄り、不穏な包囲網をズイと狭める。頭をぶん殴ってやりたい衝動にでも駆られたか、目を三角に怒らし、口端をヒクつかせ、今にも突撃しそうな勢いだ。
 うん、分かるぞ。その気持ち。お前らの反応は、正常だ。コイツは根っからの悪党だ。それにしても、案外単純なんだな、こいつらも。こっちは免疫あるから、いいけどよ。
 うっかり真に受けると、てめえの方が馬鹿をみる。──それは、この癖っ毛に関わったここ数日で、否応なしに体得させられた、ありがたくもねえ教訓なのだ。
 諸悪の根源、全ての元凶・癖っ毛は、二ィ……と笑って顔を突き出し、見るからに小馬鹿にした態度。
 シレッとした顔だ。してやったりの満足げな顔つき。首尾は上々といったところか。他人を手玉に取る手腕にかけては天下一品、たいしたものだ。
「まったく、呆れちまうぜ……」
 他人に弱みを見せない強(したた)かさ。相変わらずの不敵な横顔。苦笑いが頬に零れた。
 まあ、確かに、呆れた野郎ではあるんだが、この機転は悪くねえ。お陰で、重たく沈んだナーバスな気分が、いっぺんで、雲の彼方に吹っ飛んじまった。
 おもむろに、腕を組む。飄然とした得体の知れない横顔を、改めてシゲシゲと眺めやる。
 確かにコイツは、人を人とも思わねえ卑怯で姑息で油断のならねえ甘ったれた詐欺師野郎だが、コイツの言うかーちゃん云々だけは嘘じゃねえ。何処まで本気か分かりゃしねえし、いつも、のらりくらりとかわしやがるから、うっかり煙に巻かれそうにもなっちまうが、つまり、コイツもコチトラ同様、半端な覚悟じゃねえってことだ。そう、引くに引けねえ世知辛い事情は、コッチもこいつも同じこと。
「──生かして、どうする」
 癖っ毛が、ふと見返した。問い返すように、小首を傾げる。
「だから、捕虜だよ、ディールの捕虜。そこらの山林にでも隠しておくのか? だが、そうなると、こっちのケツに火がついちまうぞ」
 気分を切り替え、実務的な説明に移行する。
「いいか。そうなると、時間に猶予はない。使える上限が、自然とキッチリ決まってくる。リミットは、隠した捕虜が向こうの部隊に発見されて、こっちの身元が割れるまでだ。この先、順調に行程をこなし、トラビア潜入から向こうの領主の抱き込みまで一日かかると見積もって、そこまでやるのに、あと三日。それで、ギリギリ切り抜けられるかどうかって線だろう。──要するに、トラビアの軍隊が追いかけて来た時点で、ディールをこっちに取り込めてなけりゃあ、一蓮托生、みんな一緒にオダブツだ」
 癖っ毛が緩んだ頬を引き締めた。その顔に向けて、顎をしゃくった。
「やれるかよ。あんた、責任重大だぜ」
「──やれる」
 端的に答え、茶色の瞳が射抜くように見返した。
 癖っ毛の眼に、強い光が宿る。気概溢れる真摯な鋭気だ。
「いや、やる! どうあっても、俺がなんとかする! だから、力を貸してくれ! お前らに迷惑は、絶対にかけない!」
「本当だろうな!」
「──ああ!」
 声を荒げて脅しをかけても、癖っ毛は全く揺るがない。挑みかかるようにして顎を上げ、真っ向から見返してくる。これは紛れもなく指示事項、、、、だ。そして、他ならぬ雇い主からの要請だとなりゃ、こっちにも無下には出来ない事情がある。
「負けん気だけは、強えぇんだよな……」
 実を言えば、さっきは一瞬、ダチの肩を持ったかと勘繰りもしたが、しかし、そもそも、この癖っ毛野郎は、あんな危ねえ"抜け道"に当のダチを置き去りにしようとしやがった不実で薄情で冷酷非道な、腹黒くあくどい人非人だし、そんな殊勝な神経は持ち合わせてねえだろうし、ダチの顔を立ててやる為に自分がリスクを引っ被ってやるような善人という名の阿呆ではないし、そうした計算が出来ないような薄ら馬鹿の間抜けでもない。
 何よりコイツの"人質"は、大事な大事な"かーちゃん"だ。
「──よおし! 分かった!」
 こうなりゃヤケだ。肚を括った。
「生け捕りだ! 軍服みんな、生け捕りにしろっ!」
 周りの部下どもを振り向けば、顔を見合わせ、ざわめいた。一人が堪りかねたように食ってかかる。
官吏コイツの言いなりになるのかよ!」
 それを皮切りに口々に不満を漏らすどの面にも、色濃い憤懣が張り付いている。心情的には重々分かるし、もっともな言い分ではあるのだが、しかし、ここは強引に押し切って、続け様に指示を出す。
「馬から引き摺り下ろして、利き手を潰せ。武器を取り上げて身柄を確保。それ以上はナシだ。一切ナシだ。以上を周知徹底させろ。──いいな! 分かったな!」
 だが、こっちの念押しを、事もあろうに、当の色男が聞き咎めた。話に聞き入っていたその顔を、ハッと大きく振り上げる。
「駄目だ! 無傷だ! 無傷で捕らえろ!」
 驚いた顔で、あの色男が、又も、小煩く喚き立てやがる。これには、さすがに、堪忍袋の尾が切れた。
「──あのなあっ!」
 我がままも、たいがいにしろや!?
 しかし、喉元まで出かった罵倒を、慌てて飲み込み自粛した。うっかり怒鳴り付けちまいそうになっちまったが、コイツは、こっちの部下じゃない。
 ──ああ、まったく!
 現場を知らねえ"司令官"殿は、どこまで我がまま言いやがる。無傷で捕らえろ? 出来る訳ねえだろ。相手はそこらのガキじゃない。戦闘訓練を受けた大の男だ。体力もあれば、知恵も働く。腕の立つ奴だって、いるかも知れない。見くびって気を抜きゃ、それなり必死で斬りつけてくる。それを──!
 余所者が混じると、本当にやり難い。ゲンナリと嘆息しつつも、ギロリとそっちに目を向けた。
 
「そいつは、無理な、相談だっ!」
 
「──う゛!?」
 顎を突き出し、歯軋りしつつも、一語一語丁寧に区切って、端的に説いて聞かせてやれば、強気一点張りだった色男が、たじろいで、ジリ……と後退った。だが、達者な口の方こそ噤んだものの、依然として不服ではあるようで、口を尖らせ、まだガンくれてきやがる。速攻で盾にした隣の奴の向こうから。
「……おい。足が逃げてるぜ? しれーかん殿?」
「う、うるさいっ! 俺は、逃げてなんかいないぞっ! ぶ、ぶ、無礼なことを言うなっ!」
「……」
 なんなんだコイツは。
 ちょっと睨んでやった程度で、オタついちまってるくせに。──つーか、他人に隠れてまで、文句を言うなよ……
 変な奴。
 頑固っつーか、なんつーか。逃げ腰でビクビクしちまってるくせに、それでも性懲りもなく、突っ掛かってきやがる。まったく、何がそんなに不満なんだか知らないが、こっちにしてみりゃ、大幅な譲歩だ。
 ──そうだ。
 お陰様で夜逃げ覚悟だ。生き残り確率、急降下だ。只今めっきり崖っぷちだよっ!
「ラル……」
 この非常識な暴走ぶりには、さすがに癖っ毛も、困った顔で止めに入った。
「無茶言うなよ。いくらなんでも、そこまでは無理だろ」
「──しかし!」
「やり方は、こっちに任せろや」
 コチトラも、すかさず加勢する。
「兵は殺さない。山中に置いていく。二、三日もすれば、迎えが来る。これでいいだろ。──な、"指令官"殿?」
「冗談じゃない!」
 憤然と、色男が振り向いた。
「お前らの指示などに従えるか! ここはカレリアだぞ! 俺達の国だ! この国の国土を踏んでいる以上、こっちの指示に従ってもらう!」
 両手を振り回し、もどかしげに息巻く。
 だが、言い分が幼稚過ぎて、言い返す気さえ起きやしねえ。つまりは縄張り争いかよ、下らねえ……
 まったく、官吏ってぇのは、すぐ、これだ。中身も腕力ちからもねえくせに、居丈高に他人の頭を押さえ付けたがる。差し詰め今は、《 遊民 》風情に指図されるのが気に食わねえってところか。
 正直、胸がムカムカする。
 だが、コイツは一応、癖っ毛のダチ。まったくもって面倒だが、この場は宥めて、辛抱強く言い聞かせる。
「いいか、ここは戦場だぞ。あんたが知ってる平和な街中なんかとは違うんだ。──分かるだろう。相手は真剣持って向かって来んだよ。あんただって、こんな所で、くたばりたくはねえだろう」
 強面作って睨み付けてやったら、色男は怯んだように文句を呑んだ。だが、それも束の間で、すぐさま顔を振り上げ、突っ掛かってくる。
「だが! ここは俺達の──!」
「すっこんでなよ、兄ちゃん。寝言は寝てからほざくんだな。何にも分かりゃしねえくせに、素人が横から口出してくんじゃねえ」
「──なにぃ!?」
 気位の高いカレリアの官吏が、血相変えて食って掛かる。だが、無視して言い捨てた。
「誰も、あんたの我がままなんかで、、、、、、、、、、、、、死にたかねえって言ってんだよ!」
 色男は虚を突かれたように息を飲んだ。
 さすがにこれは堪えたか、とっさに何が起こったか分からない様子で、眉をひそめて沈黙している。
 嫌な幕切れだが、話はついた。
 胸糞悪い思いで唾を吐き、輪から外れて踵を返した。それを機に、周りの連中も円陣を解き、色男の顔を忌々しげに睨んで、次々こっちに付き従う。人の動きで我に返ったか、色男の肩がビクリと跳ねた。
「──ま、待て、行くな──お前ら、行くなっ!」
 顔を振り上げ、解散して立ち去る周囲を、瞠目して、慌てて見回す。
「お、おい待て! 勝手な真似をするんじゃない! 勝手に仕掛けたりしたら許さんぞ! ここはお前らの国じゃない! 俺達がここの──!」
 手近な服を力任せに引っ張り、足をなんとか引き止めるべく、焦った声を張り上げる。この期に及んで、まだ、主導権を握るつもりでいるらしい。
 しかし、そんなものは、虚しい抗議だ。
 足を止める者など、誰もいない。お偉い官吏の寝言など、もう、誰も聞いちゃいない。部下どもは、それぞれの持ち場へと散って行く。一人で喚いている色男のことなど、もう誰も見向きもしない。
 荒れ野の方々に散った幾十の視線が、こっちの合図を待って、集中している。
 件の三人組を吊るし上げていた連中を一瞥、視線を端から巡らして、荒れ野の南へ顎をしゃくった。
「──行くぞ!」
 張り上げた気勢に呼応して、聞き慣れた鬨の声が湧き起こる。
 一斉に地を蹴り、各自、持ち場に散らばった。丈高い野草に潜み、それぞれ前傾姿勢で敵襲に備える。
 手勢は五十。──いや、ザイ達がフケやがったから、こっちは実質四十か。馬を駆り、こっちに向かってくる敵兵の数は、だいたい互角から、それ以上ってところ。こっちよりも、やや多い。
 
 夏草揺れる炎天下、ひょんなことから、トラビア兵と対峙する。
 内海から吹き上げる潮風が、南を睨む頬を打ち、真夏の太陽が肌を焼く。遠く見える色鮮やかな軍服の青が、馬を駆り立て、乾土を蹴立てて、徐々に、こっちに近付いて来る。
 色男の様子を気遣わしげに見ていた癖っ毛を、荷物を置いた木陰へと、目線で「ちょっと来い」と促した。首を傾げながらも癖っ毛は、素直に頷き、踵を返す。自分も続いて足を踏み出し、──と、ふと気付いて、さりげなく背後を窺った。
 騒然とし始めた荒れ野の中、色男は、まだ微動だにせずに、一人呆然と突っ立っていた。肩を落としたその様が、如何にも哀れで、あまりに無様で、思わず、こっちが目を逸らす。こりゃあ、やっぱ、ちょっとキツかったか……
 一瞬、躊躇はしたものの、こっちが凹ましちまった都合上、少々気まずい思いで、声をかけた。
「──命が惜しけりゃ、早くどっかに逃げとけよ」
 色男が、ふと、顔を上げて振り向いた。
 この近距離で、聞こえなかったのか、眉をひそめ、問い返すように、ぼんやり首を傾げている。日頃は威張り散らしているだけに、誰にも相手にされなかったことがショックだったらしい。
 だが、今は緊急時。こんな野郎の戯言なんかに、いつまでも付き合っちゃいられない。
 それぞれ、しなけりゃならないことがある。時間が無限にあるでもない。
 そう、忙しいのだ。
 そろそろ開戦、野戦の準備だ。
 
 
 
 
 

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