■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 5話4
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真夏の攻防戦が始まった。
懐に飛び込んで来た軍服達は、東と南を塞いだ手勢に押される形で、とりあえず北へと逃れたが、北は断崖絶壁、逃げ場はない。
西の雑木林に押し付けるようにして、ジリジリと包囲網を狭めていく。逃亡の足を取り上げ、馬上から引き摺り下ろした軍服を、それに倍する人数で取り囲む。得物を叩き折って攻撃手段を奪ったら、後は、殴る蹴るの袋叩きだ。なにせ生かして捕まえなけりゃならないもんだから、余計な手間がかかるのだ。今回は「あんまり斬るな」との注文だから、どうしたって蹴りや殴打が多くなる。一思いにバッサリ撫で斬りでいいってんなら話は早いが、こんな"縛り"があるもんだから、この大人数を片っ端から須らく捕まえ、相手が気絶するか、降参するかするまで、根気良く相手をしなけりゃならない。つまりは、こっちも体力勝負だ。
全体が見渡せる南西の端に立ち、戦況を眺める。
"獣使い"が仕掛けた姑息なペテンは、絶大な効果を発揮した。
それは恐慌と動揺の波となって、何も知らない軍服どもに襲い掛かった。すっかり動転しきってしまい、そこかしこでぶつかり合っては転倒し、挙句に、用意周到に待ち構えていた手勢から、袋叩きの憂き目に遭う始末。結局、まんまと罠に嵌った青軍服は、到着と同時に、ほぼ半数が戦線から脱落していた。
こっちの手勢は約四十。不安を持て余して所在なげに徘徊していた軍服どもの馬をかっぱらい、包囲の外側、東と南の荒れ野に二人ずつ、逃げ道を塞ぐ形で見張りが立つ。
ボコボコにされて気絶した奴や、早々戦闘不能になった青軍服を、戦場の喧騒から流れ作業で運び出し、目立たぬ林の中で縛り上げる。捕縛して転がした二十人の青軍服につき一人当ての担当を置き、計二人の見張り番を立てる。これら一連の作業は、全部で六人の捕縛チームが受け持っている。
そして、肝心要の実質戦闘要員の方は、囮をしていた十人が加わり、約三十といったところ。対する、残る軍服の数は二十と少しと手勢の数を下回る。まずまずの首尾だ。これなら、あの癖っ毛を隅っこの方で遊ばせておいても、取り立てて問題はないだろう。
「──き、貴様ら! 馬に何をしたっ!」
荒立った喧騒の何処かから、引き攣り慌てた詰り声が聞こえてくる。顔色を失った軍服どもだ。落ち着きなくあちこち見回し、たじろいで後退る軍服どもはもう、無我夢中の必死の形相。泡を食って無様に狼狽え、見るからに怯みながらも、それでも軍人としての矜持があるから、ただで降参することはなく、上擦った金切り声を張り上げる。
「騙まし討ちなんて卑怯だぞ!」
「そ、そうだ! 名乗りを上げて、真っ向から勝負しろ!」
部下達の口端に、憐れみと蔑みの苦笑いが漏れた。無意味な非難だ。連中、これから、高尚な刀剣試合でも始めようってのか?
殺し合いに、反則はない。卑怯もクソも、ありはしない。相手を殺るか、自分が殺られるか、二つに一つだ。まったく空虚な言い分だった。牽制にもならない。こうなっちまった今となっちゃ、切羽詰った悲鳴にしか聞こえない。
「そんなにガチガチに柄握ってちゃ、斬れるもんも斬れやしねえよ」
何処かから、嘲り笑いが聞こえた。戦場に、泣き言は通用しない。
敵味方入り乱れ、ドヤドヤと野草が蹴散らされる。
殺伐とした戦場の音。荒れた喧騒と、踏み荒された土埃とが立ち込める。
内海の潮風が吹き付けた。夏の日差しが照り付ける。手綱と鐙(あぶみ)をブラブラさせて、持ち主不在の馬達が、その巨体を持て余し、喧騒の至る所でウロウロしている。
さっきから、ビクビクと体を強張らせ、こっちの様子を窺っている青軍服がいる。それが、ようやく踏ん切りをつけたか、滅茶苦茶なタイミングで打ちかかってきた。にしたって、これで不意を衝いたつもりかよ。
上体を軽く逸らして、鞘で軍刀を受け流す。無駄な勢いのついた青軍服は、たたらを踏んで目の前を通過、近くにいた部下の一人が、すかさず無防備な腹を蹴り上げた。脂汗かいて、腹を抱える青軍服。その蹲った襟首を、無造作な手付きで引っ掴み、西の林へと引っ立てて行く。
軍服どもの相手は、今回は全て部下任せだ。こちとらは一応隊長役なので、開戦した戦場を見渡し、全体を把握する役目に徹しなけりゃならない。
これなら大したことはないだろう──最初に持った感触は、それだった。青軍服はどれも、動きが鈍い。
戦況は、概ね順調だ。東と南に配した馬に跨った四人の見張りは、受け持ちの配置についてからというもの、微動だにせずに待機している。つまり、そこまで辿り着ける軍服が、誰一人としていないということだ。
それを確認して、目の前の戦場に目を戻す。背を向けて無様に逃げ惑う青軍服、それを追うこっちの部下ども。荒々しい怒声の中、乗り手不在の茶色い馬体が徘徊し、真面目に打ち合いをしてる意気盛んな輩がいるかと思えば、へっぴり腰で軍刀を構え、突然、気が触れたような奇声を発して、猛然と斬りかかっていく浮ついた軍服もいる。そして、林へと引っ立てられる捕虜の数は、ほぼ順調に増えていく──
ふわあ、と、ついつい欠伸(あくび)が出た。まったくタルい戦線だ。一時はどうなることかと思ったが、蓋を開けてみりゃ、何のことはない。馬さえ取り上げちまえば、埒もない。あっちこっちでワーワーギャーギャー騒いじゃいるが、結局のところ、こっちは軍服を斬れねえし、軍服の方にしたって、あんなへっぴり腰じゃあ、なんにも斬れない。つまるところ、これじゃ、人数ばかりがごまんといる大掛かりな喧嘩みたいなもんだ。よって、なんにも起こらないし、だあれも死なない。
お日様ぽかぽか、潮風そよそよ、臨時の隊長役で、コチトラは基本的に不参加だから、これといって、することもない──とくれば、このところの寝不足とも相俟って、ちょっぴり眠たくなってくる。つい、「俺、もう帰っていい?」とそこらの奴に訊きたくもなるが、さすがにそういう不真面目な態度は許されないので、のんびりやってる戦況を、強面作ってただただ見守り、これが終わるまで、じっと、ひたすら我慢するしかない。
正直、退屈だ。
見回りがてら、西の雑木林に沿って、ブラブラと歩く。
実に長閑な光景だ。それを欠伸(あくび)を噛み殺しながら眺めていたら、戦場の北西に差し掛かった辺りで、何やらボソボソと侮る声が聞こえてきた。
「……あの辺りが楽(らく)そうだ」
小馬鹿にしたような含み笑い。軍服の声か。
なんだ? と思い、見てみれば、北から二人の軍服がやって来る。そいつらの視線を追ってみると、その先にいたのは、件の黒髪の色男……? あいつ、まだ隠れてなかったのか。
まあ、連中が目を付けちまうのも無理はない。如何にも品の良い白服が、薄汚れた周囲の雰囲気から、一人、めっきり浮いちまってる。無論、軍服どもは、見るからに戦慣れしたこっちの部下どもを相手にするより、数段手軽だと踏んだのだろう。
だが、そんな侮蔑を聞き逃すような色男ではなかったらしい。
「……なにィ?」
皆に無視され意気消沈していた色男が、俯いた頬をピクリと引き攣らせた。不穏の表情で、ユラリと振り向く。
次の瞬間、
「──きっさま〜っ!」
ギロリと、二人の無礼者を睨めつけた。
憤然と顔を上げた色男は、ツカツカ歩いて軍服どもとの間合いを勝手に縮め、スラリと剣を引き抜いて──て、なんでアイツが白龍刀なんか持ってんだ!?
しかし、コチトラの疑問と焦燥などには委細構わず、色男は勇ましげに気炎を吐く。
「表へ出ろ! ぶっ殺してやるっ!」
「……ん?」
オイ待て。さっきと話が違いやしねえか?
思わず口をアングリと開ける。いったい、誰のお陰で、こんな七面倒なことになっちまってると思ってんだ。
そもそも、ここは既に外。
色男は片手を腰に押し当てて、切っ先をブンブン唸らせ、軍服どもを挑発している。どういう根拠があるんだか、そっくり返って高笑いまで決める始末だ。
どうも今の一言で、俄然、息を吹き返しちまったようだ。一見、端整な見てくれだが、案外、単純な構造らしい。
色男は何を思ったか、スッと姿勢を正して胸を張り、「そもそも、我がロワイエ家に連なる者は──」と、お家の格式に始まる長ったらしい口上を淀みない口調で滔々と述べ、切っ先を天に高々と突き上げて──て変なスイッチが入っちまったらしいな、"指令官"殿。
そして案の定、ピクリと顔を引き攣らせた軍服どもは、こめかみに作った怒りの青筋をヒクヒク不穏に蠢めかせ、軍刀の柄を握って固まっている。軍服どもは今、勢力を殺がれている真っ最中だから、こういう無謀な格下の阿呆は、憂さ晴らしには格好だろう。
それにしても、この色男、一見切れそうな面をしちゃいるが、利口なんだか阿呆なんだか分からない。それとも、そいつは突発性の病気か何かか? 一人悦に入っているようだが、てめえが今、誰に吹っかけてるのか、本当に分かってて、やってんだろうな。
相手は、本物の軍人だぞ?
不利なもんだから、殺気立ってイライラしてるぞ?
殺傷公認の免罪符を持つ、危険極まりない輩だぞ?
剣の腕前だって、まさかコイツよりは上だろう。本職だし。
最高潮に達しつつある軍服の苛々には構うことなく、色男の口上は、依然として続いている。というより、なんか説教じみてきたような……? ただでさえ変な奴なのに、その上、剣なんか持ったもんだから、気がデカくなっちまってるらしい。
思わず、口から罵倒が漏れた。
「──バカヤロウ」
誰だ。あんな危ねえ野郎に、剣なんかやったド阿呆は。さっきまでは、そんなもん、何処にも持ってなかったぞ? なのに、どうして──
ふと、ザイのニヤけた面が、ポンと脳裏に思い浮かんだ。
健気な頭脳が無意識に、下手人を検索してきたらしい。イヤ、別に、根拠なんかはねえんだが。そうだ。理由なく他人を疑うのは、良くないことだ。
だが、取り急ぎ打ち消そうとする主の意向は全面無視して、勝手に始まった脳内再生は何気に淡々と続いていく。そう、呼びもしねえのにヒョーイと出て来て「ダンナ、コレ、斬れるっスよ〜?」とかなんとか言いつつ、手に手を取ってヘラヘラ笑いながら勧めていそうだ。あたかも、軽薄・無責任を地でいく悪気(わるぎ)の塊・武器商人よろしく──。
確かに、日頃のザイは、決してマメな方じゃねえんだが、なんたって上が上、胡散臭さ満点のあの"レッド・ピアス"の下にいる奴だ。事コチトラを困らせることなら、ホイホイ積極的に参加しそうだ。──あ、イヤ別に、全く根拠なんかはねえんだが──!
とにかく。
すぐに掩護 を急行させた。まったく、困った"司令官"殿だ。
雑木林前の北側には、件の(奇妙な)色男が、そして、それを若干南に下った所には、あの癖っ毛領主が陣取って、張り切って白龍刀を振り回している。戦闘に関しては、どちらも全くの素人なので、それぞれに一人ずつ、腕の立つ護衛を付けてある。
「──ああ、そういや、」
ふと、それに気が付いて、西の雑木林を振り向いた。なにも連中だけを、無為に遊ばせておく義理はない。まあ、敵に足元通過されて、黙って見逃す連中じゃないが、念の為、釘でもさして来るとするか。
暇だし。
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