CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 5話5
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 「──班長!」
 一通り用を済ませて戻って来ると、短く声を掛けられた。
 本当は、今は"隊長"なんだが、まあ、名称なんかは、なんだっていいか。
 何事だ、と振り向けば、刈り上げの部下が、自分の肩越しに後ろを向き向き、忙しげな様子で近付いて来る。見たとこ、戦況には取り立てて変わったところはないようだが──。
「あの連中、もうへばってますぜ」
 目線で促す先を見れば、なるほど、例の官吏三人組が、俯いた膝に両手を置いて、揃ってゼエハアやっている。
 柔でひ弱な見かけの通りに、全く体力はないらしい。既に顎が上がっちまって、見るからにグロッキーな情けない有様だ。それでも、軍兵に目を向けられた途端に「「「 いぃーやぁー! 助けてー!」」」と盛大に叫んで飛び上がり、アタフタと脱兎の如くに逃走する。もっとも、あれだけ毎度毎度、休む間もなく全力疾走し続けてれば、早々バテちまうのも無理ねえが。
 注進に来た刈り上げは、ほとほと困った顔で腕を組み、片脚に重心を預けて、三人一塊になって逃げ惑う例の三人組を、つくづく眺めやった。
「どうしますー? あれ」
 手に負えない──そう呆れたニュアンスを滲ませて、刈り上げがかったるそうに顎をしゃくる。
「そう言われても、な」
 ふむ、と考えた。
 ゼエゼエやってるあの中で、何とか使えそうなのは "オットー"って奴くらいのものか。アレが他の二人を上手く誘導してるから、未だに全員、ああして無傷でいられるのだ。そうでもなけりゃあ、とっくに餌食になっている。もっとも、それも"あの中では"という"ドングリの背比べ"さながらの厳しい上限あっての話だが。
「……しかし、なんだって連中、こんな所に出て来やがったんだ?」
 まったく不思議だ。
 首を巡らし、たった今出て来たばかりの雑木林を眺めやる。
「あのまんま中で大人しくしときゃいいものをよ。こっちだって早々、付きっ切りで面倒みてやるって訳にはいかねえんだがな……」
 隣の刈り上げも、「まったく、やってられませんよ」と面倒臭そうに溜息をついた。
「保護してやろうと近寄れば、こっちの顔を見た途端、諸手を上げて逃げちまいやがるし──。適当に捕まえて、そこらに突っ込んどくんですが、出て来ちまうんですよねえ、どういう訳だか」
「──仕方がねえな」
 ああ、面倒臭せえ。
 これだから、"生き物"を預かるのは嫌なんだ。放っといて、くたばっちまっても、何かと文句を言われるし。
「もう一回とっ捕まえて、どっか隅っこの方にでも押し込んでおけや」
 うんざりしつつも、適当に指示を出す。だって、そう言うしかないだろう? そう、あれは曲がりなりにも大将の連れ。放ったらかしで見捨る訳にもいかねえし。
「軍兵が目ぇつけたら、保護してやれ。後は終わるまで自力で保(も)たせろ」
 しかし、現実は想像以上に厳しかったらしい。
 指示を出したその傍から、苛立った部下どもの罵り声が聞こえてくる。
「──ちぃ! 鬱陶しい! 邪魔なんだよっ!」
「なんでえ、こいつら。日頃、偉そうな事をほざいている割には、腕っ節の方はからきしじゃねーかよ!」
「あーあー! 足手纏いな連中だぜ!」
 非難続出。ボロクソだ。あの三人がチョロチョロ逃げ回るルートに沿って、連中に対する苛立った罵倒が上がっていく。それだけ聞いてりゃ、連中が、今、何処にいるのか、すぐに分かるって寸法だ。別に、ありがたくもねえが。
 諸手を上げて逃げ惑う三人組に、それを庇って端っこに押し退けるこっちの部下ども。両者譲らず、押し合いへし合い……。頭が痛いったら、ありゃしない。恐いんなら、大人しく隠れていりゃあいいものを、退けても退けても、何故だか連中、ノコノコと義理堅く出て来るのだ。まったく、役人の行動ってのは理解不能だ。
「──それに引き換え、ウチの癖っ毛は、」
 すっかり、お荷物になっちまった三人組から目を戻し、西の雑木林前を眺めれば、北カレリアの癖っ毛領主は、嬉々として応戦していた。活き活きとし(過ぎ)たその顔は、仕方なく応戦している、というよりはむしろ、ちょっぴり嬉しそうな感さえある。──て、嫌なことでもあったのか領主。
「──お、おいおい。確かアレ、堅気だった筈だよな」
「へえ、やるじゃねーかよ、ご領主様」
 何やら存分に発散しているらしい癖っ毛に、他の連中も、ちょっぴり引き気味。
 内心感心しながら、顎先を撫でた。なるほど、いっぱしの口をきいてたようだが、口先だけではなかったようだ。
 剣の腕前は、並み以上だろう。本職の軍兵相手に、良くやっている。護衛の命が下っているから、本来アレは、守るべき主の筈ではあるんだが、相手がカレリアの兵隊ならば、戦力としても、まあ使える。さすがに人など斬り慣れてはいないから、浅く傷つける程度が精々だが、しかし、今は、それでいい。──というより、手加減てものを知らない奴に、ここで、あんまり張り切られても困る。
 斬りかかって来た軍服を二、三片付け、一段落ついたところで、癖っ毛の背に近付いた。
「やるな、ご領主様。大したもんだ」
「──まーね」
 健闘を讃えて褒めてやれば、癖っ毛が、得意満面、振り向いた。
「こういうの、俺、結構得意なんだよな〜。ガキの頃、森ん中駆け回って育ったからさ〜」
「……そうかい」
 野生児だったらしい。──って、何やってたんだ? コイツ? 領主のくせに。
 申告通りに、身軽で、存外に足が速い。体力はそれほどなさそうだが、動きはいいし、勘もいい。太刀筋もいい。
 風を切って荒れ野を走る横顔は、──まっすぐに前だけを見つめるその顔は、軍勢に詰め掛けられたこの状況を前にして、いささかも怯んじゃいないし、臆してもいない。中々どうして大した器だ。真剣で斬り合った経験なんか、ないんだろうに。しかし、それにしたって──
「……なんか、浮浪児みたいだな」
 嘘偽りのない、ついでにオベッカもない率直な感想を述べる。嘆かわしいことだが、あれじゃあ、誰も、アレが領主だとは思うまい……。
 小汚い成りだ。袖口に金の刺繍さえ付いた、あの"司令官殿"の白服なんかとは、まるっきり違う。まったく、雲泥の差だ。同じような金持ちだってのに、ああも差があるものか。つーか、一介の官吏より、癖っ毛の方が偉いんじゃないのか? ああは見えても、一応は領主の端くれなんだし。
 そもそも、癖っ毛が着ている服は、コチトラ同様の実用仕様だ。ま、言い方を替えれば、"安っぽい"とも言うが──。もっとも、ゴロ寝の野宿でヨレヨレになるのが分かっているのに、一張羅を着て来るような阿呆はいない。しかも、その上、北から馬を飛ばして来たもんだから、強く擦られた土の跡が、アチコチ乾いてこびりついている。まったく、到底、領主とは思えぬ無残な有様だ。取り澄ましたお偉いさんも、野に放てば、こうまで薄汚れる、という良い見本だな、こりゃ。
 ピクリと顔を上げた癖っ毛が、素早く肩越しに振り向いた。
「ぅおォりゃぁぁぁあっっ!」
 気合の入った掛け声一発。背に忍び寄っていたらしい軍服が、突如、真横に吹っ飛んだ。
 丈高い草中に、青軍服はあえなく沈没。ソロソロ寄って、唖然と見下ろす。
「……野郎。横っ面、蹴り飛ばしやがった」
 なんてぇ手合いだ。これでも領主か。
 脳震盪でも起こしたか、仰向いたそいつは白目を剥いて、真っ赤になった左顔面をヒクヒクさせている。今にも泡吹く寸前で。
 ……む。野郎。反射神経もいいらしいな。
 密かにチェックを入れつつも、そっと肩越しに癖っ毛を見る。──と、何処で見てたか捕縛チームが、「はい、ご免なさいよ」と喧騒を掻き分けやって来た。気絶した軍服の足をムンズと掴んでズルズル引き摺り、西の雑木林へと回収していく。任務に精出す連中の背を、バンザイの形で引き摺られていく哀れな青軍服を、口を開けて、しばし見送る。
 呆然としたまま視線を返して、癖っ毛を見た。「どうだ!」と言わんばかりの得意げな顔。
 さすが野生児。する事にそつがない。中々堂に入っている。得意技は飛び蹴りらしいな、この癖っ毛。こいつは、何かと注意しといた方が良さそうだ。それにしても──
 密かに確信した。
 ──絶対、楽しんでるよな? コイツ。
 調子に乗った癖っ毛は、天を仰いでカカと笑い、更に調子に乗って「どーだ! 参ったか!」と引っ繰り返りそうなほど踏ん反り返っている。
 
「きぃっさま〜〜っ!!!」
 
 それに対抗するかの如くに、突如轟く嬉々とした奇声──?
 この素っ頓狂な怒声は、まさか、あの……?
 何となく正体が分かってしまい、声のした北西を、うんざりしつつも眺めやる。案の定、そこにいたのは、あの白服だった。
 だが、
「……ほう? 中々やるじゃねえかよ、あの" 司令官 "殿」
 その光景を眺めた途端、思わず「へえ?」と瞬いた。あの上品な商都の上席徴税官殿が、張り切って白龍刀を振り回しているではないか。
 意外にも、腕前は中々のものだった。癖っ毛同様、口先だけではなかったらしい。もっとも、コイツのすることは壊滅的に奇妙だが。
 色男に「手出しは無用」と退(しりぞ)けられたか、付けておいた護衛の奴は、抜き身を持ったまま腕を組み、一対一の真剣勝負を、手持ち無沙汰に眺めている。
 一方、高々と剣を突き上げ、高笑いを決める当人は、至極満足、ご満悦の様子。アレはアレなりに楽しそうだ。お高く留まった、しかつめらしい 見かけによらず、チャンバラごっこが好きなのか?──ああ、そういや、あいつは、自称" 司令官 "だったもんな。もっとも、傍で見ているこっちの方は、そのなりきり具合が、ちょっと恐いが。
 まあ、あっちは、精々"ごっこ"のレベルだな。腕前にそれほど大差はないが、癖っ毛にはやや劣るってところか。
 二人とも、剣はみっちり仕込まれたらしく、基本に忠実な、綺麗に整った剣を使う。全くの型通りだが、それでも、同じ型を習得したカレリアの軍兵相手になら、十分通用するようだ。
 どうにも微笑ましくて、知らぬ間に苦笑いしていた。まあ、あの程度の腕があれば、怪我はしなくて済むだろう。
 傍にいた癖っ毛の護衛に、一応、援護の念を押し、見回りに出るべく、雑木林南を後にする。
 まだ高い、カレリアの太陽を見上げた。
 まったく暑い。さすがに海岸沿いは、ジメジメする。
 額の汗を腕で拭い、白龍刀の背で右肩を叩きながら、敵味方入り乱れた戦場を、ゆっくりと歩く。土埃と喧騒に沈む周囲の様子を、ザッと一通り見回した。
 この分なら、大して時間はかからない。青軍服は、何度か殴っただけで伸びちまうし、刃先で手足を撫でつけてやれば、あっさり怯んで後退する。平和な国の軍兵は痛みに慣れていないから、ちょっと斬られただけで大騒ぎだ。そりゃあ、いつもの木刀試合では、こんな切り傷作ることなんか、まず、なかろうが。
 
 ふと、何かが気になって、何気なく後ろを振り向いた。
 途端、"そいつ"の姿 が目に止まった。
 まるで無傷の、下ろしたてと言っていい程の真新しい軍服を着ている。激しい取っ組み合いを西から北東へと突っ切って、"そいつ"は戦場の北へと向かっていた。
 ふと、不審に思った。何かしっくり来ないのだ。だが、何度見直しても、取り立てて変わったところのない、ごくごく普通の青軍服だ。特別目を引く容姿でもない。そう、他の軍服どもと、何も、何処も、変わりはしない筈だ。
 苦笑いして、首を振る。単なる気のせいだろう。光の加減か何かでそう見えただけ、それだけのことだろう。だが、──
 目を返せば、やっぱり、"そいつ"だけが、やけに目を引く。その原因を考え考え、
「……そうか」
 ふと、そこに気が付いた。
 "そいつ"一人だけが、妙にのんびりと歩いているのだ。戦場の殺伐とした喧騒なんかは物ともしない、"そいつ"が纏う異質な空気は、──そう、"静寂"とでも言ったらいいんだろうか。震撼して後足(しりあし)を踏み 、破れかぶれで斬りかかってくる他の自暴自棄な青軍服どもとは明らかに一線を画し、そうした雰囲気から一人だけ浮いている。突進の際も上手く落馬を免れたのか、青の軍服にも全くと言っていいほど乱れがない。汚れてもいないし、破れてもいない。いや、それ以前に、"そいつ"の周りだけが妙に静かで、落ち着き払った感じなのだ。あたかも、一人だけ、別の世界を歩いてでもいるような──
 
 "そいつ"に目がいったのは、ある種の予感だったかも知れない。
 血が、騒いだ。
 土埃立ち込める戦場の淀んだ空気の中にも、ひっそりと引き立つその姿が、こっちの脳味噌を刺激して、やたらと意識に引っ掛かる。
 矢庭(やにわ)に張り詰めた神経が、戦場で鍛えた理屈抜きの直感が、大音量で警報を発して、しきりに注意を喚起してくる。奇妙に圧縮された空気が、息苦しい。
 軍服達の様子には、注意を払ってきたつもりだった。取るに足りぬ相手でも、恐慌をきたせば、どんなに突拍子もない暴挙に出るか分からない。そう、勝敗なんてものは、終わってみなければ分からない。だから、手負いの軍服達の様子は、初めから入念に観察していた筈だった。
 だが、あんなものは見なかったように思う。混じっていれば、気づいた筈だ。そう、視界に突然、現れ出たような感じだ。
 大至急、記憶を検める。あんなもの、いったい、何処にいただろう? 荒れ野に突っ込んで来た青の騎馬隊、"獣使い"のフェイク、落馬、混乱──。だが、いくら考えても、やはり一向に覚えがない。
 何か嫌な予感がする。
 
 胸騒ぎに急かされて、すぐに足を向けた。
 こっちが向かっていることに気付いたか、"そいつ"の足が速くなる。西から東へ──いや、戦場の北へと向かっている。
 ──逃(のが)すか!
 追跡の足を速めた。
 慌てて逃げてきた奴を脇に押し退け、或いは、今正に打ち合ってる奴の肩を掻き分け、真っ直ぐ進む。
 だが、"そいつ"とは、初めから距離があり過ぎた。
 突然、横からぶつかられ、ちょっと目を放したその隙に、ふと目を戻せば、"そいつ"の姿は、綺麗さっぱり掻き消えていた。すぐさま捜すが、もう何処にも見当たらない。
 取り逃がしたらしい。
「──逃げ足の速い野郎だぜ」
 辺りを見回し、舌打ちし、この失態に一人ごちた。
 
 
 
 
 

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