CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 5話7
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「……何処へ行きやがった」
 唾を吐き捨て、殺伐とした周囲の喧騒に目を凝らす。──と、突然、打ち合いの背の向こうから、刃が素早く斬りかかって来た。
 ──待ち伏せか!?
 とっさに横に飛び退いて、切っ先を避ける。
 寸でのところで、刃が空を切った。いい太刀筋してやがる。仕損じたソイツが、舌打ちして背を向けた。
「──待ちやがれ!」
 喧騒を掻い潜り、そいつはチョロチョロ逃げて行く。足にはわりあい自信があるが、寸でのところで捕まえられない。逃げるのが、やたらと上手いのだ。そして、ここには障害物があり過ぎる。
 青軍服の背は、馬や揉み合いを上手く使って逃げていく。だが、こいつとの鬼ごっこも、これで終いだ。
 前方に大木。左右は組み討ち 。大きく踏み込み、横薙ぎに振り抜いた。
 転げるように素早く振り向いた胸スレスレを抉って、こっちの刃は辛くも空振り。上体を上手く逸らして、かわしやがった。中々素早い。
 だが、次が最後だろう。コイツにはもう、後がない。
 満を持して、刃を高く振り上げた。とっさに突き上げた得物を目がけて、横薙ぎに全力で打ちかかる。だが──
 ──折れねえ!?
 意外だった。
 軍刀は、こっちの白龍刀を食い止めていた。しかし、軍刀如きが、何故、折れない? 
 ──つまり、コイツの得物は、別誂品だということか。
 剣を引き上げ、忌々しい思いで舌打ちする。
 刀剣マニアらしい。そもそも、数ある職業の中から、わざわざ軍人を選んで志願する奴なんてのには好戦家が多いものだが、たまに、碌に使えもしねえくせに、そうした道具の収集に傾倒しちまう奴がいる。まったく、こんなもの、いったい何処から手に入れた──
 得物を圧(へ)折って攻撃手段を奪っちまおうかと思ったが、こうとなっては仕方がない。無論、しないで済むなら、それに越したことはないが、コイツの行動は目に余る。目障りな動きを確実に封じ込めるには、実質的な、、、、手段を講じるより他なさそうだ。
 そいつの動きから目を離さずに、手に唾付けて白龍刀の柄を握り直し、ジリジリと間合いを詰めていく。
 再度、白龍刀を振り上げた。なに、命までは殺(と)りゃしねえ。
 ──その腕、ぶった斬ってやる!
 
 激しい金属音が轟いた。
 甲高く尾を引くそれと同時に、こっちの白龍刀が弾き返される。
 不意を衝かれて振り向けば、いつの間にか、別の軍服が割り込んでいた。
 二対一 ──いや、そいつに気を取られた僅かな隙に、最初の奴は脱兎の如くに離脱して、一瞬後れて目で追った時には、隣の背中を突き飛ばし、喧騒の只中へと紛れていく。思わず、そっちを追おうと足を踏み出し──しかし、横槍を入れた今の軍服が邪魔して、果たせない。
 忌々しい思いで舌打ちする。──と、不意に、攻撃が飛んで来た。反射的に引き抜いた鍔(つば)で、辛くも凌ぐ。それを力任せに弾き飛ばして、目の前の軍服から間合いを取る。だが、身軽に飛び退ったそいつは、すぐさま剣を振り上げ、打ち込んでくる。
 なんて手練(てだ)れだ──
 密かに、冷や汗を掻いた。
 のんびりやってる他の軍服どもとは全く違う。妙な話だが、コイツは相当慣れている、、、、、
 幾度か剣を交えて、間合いを取った。ふと、さっきの奴の行方が気にかかる。今逃したガラの悪い軍服は、あの癖っ毛を狙ってる。又、あそこに舞い戻ったら──?
 一瞬、気が逸れ、目の前の相手から僅かに目を放したその途端、右肩に突然、衝撃が走った。とっさのことで避けられず、まともにぶち当たって、たたらを踏む。──今度はなんだ!? 何事だ!? 
 即座に、そっちを振り向けば、
「──あ?──ああっ!? すいません班長っ!」
 ……素っ頓狂な声?
 そこにいたバンダナ野郎が、ギョッと慌てて飛び退いた。
 部下の一人だった。目を白黒させながら、辺りをキョロキョロ見回して、盛んに首を傾げている。見るからに「なんで、自分がこんな所にいるんだ……?」と言わんばかりの不思議そうな顔。そして、横槍を入れた軍服の姿は、跡形もない。
 ──あのガラの悪い奴の仕業か。
 すぐに、それと悟る。尻尾を巻いて逃げたと見せかけ、隙を狙って、そこらに潜んでいたんだろう。してやられたと舌打ちするが、連携されては、どうしたって分が悪い。それはそうと──
 連中の姿を、慌てて捜す。
 だが、ようやく見つけた、それらしき後ろ姿は、既に遠く、東にあった。
 やがて、その背も、喧騒の向こうに紛れて消えた。
 
「……逃げられちまったか」
 額に湧き出た汗を腕で拭い、忌々しい思いで、舌打ちする。
 まったく小賢しい。なんて逃げ足の速い野郎どもだ。
 あの軍服二人は、消えていた。結局、両方にまんまと逃げられちまった格好だ。まあ、癖っ毛がいる雑木林とは逆の方向へ行ったから、すぐに又、襲われることはないのが救いだが。
「グルかよ」
 なるほど。それなら、護衛がいなかったのにも頷ける。
 一人が護衛にチョッカイを出して誘(おび)き出し、癖っ毛から引き離したその隙に、邪魔立てされることなく、もう一方が襲う。やれやれだ。
 しかし、今ので、連中はこっちを警戒しているだろう。こうして標的との間にいれば、早々仕掛けては来られない。ひとまず安泰だが、念の為、癖っ毛の元へ戻っておいた方がいいだろう。
 戦場の北から、踵を返す。
 喧騒の人だかりを避け、ウロウロしている馬を避け、ブラブラとそっちに引き返しながら、今の二人が消えた方向を、肩越しに振り返った。
「──ありゃあ、相当慣れてるな」
 腕がいい。率直に認める。いったい、何だって、あんなのが下っ端の兵隊なんか、やってんだ?
 もっとも、ここにいる奴らだとて歴とした軍人だから、日々、戦闘訓練は積んでいる。ああいう手練(てだ)れの一人や二人、混じってたところで、さして不思議な話でもねえんだが──
 しかし、何故だ。何故そうまでして、あの癖っ毛を狙う。果たして、これは偶然か? もしや、あれがクレストの領主だから、そういう理由で狙われているのか?
 いや、見た目で領主だと判断出来る訳がない。それほど特徴的な顔ではないし、道中、強行軍になることは予め分かっていたから、服装もこっちと大して変わらない。
 なら、癖っ毛の顔立ちが、他とは違うからか? いや、それならいっそ、剣の腕前でやや劣る、あの色男の方をこそ狙いそうなものだ。では、やはり、単なる偶然か? 気紛れに目を付けただけ、それだけの話なのか……?
 視線を戻して、気掛かりな癖っ毛の姿を、再び捜す。その途端、
 ──やりやがったな!?
 案の定な光景に、額に手を当て、溜息をついた。
 まあ、何かやるだろうとは思っていた。なんたって素人だから。
 だが、それにしたって、あれはない。
「──あんの馬鹿! どこ斬り付けてやがる!」
 思わず、声に出して罵倒した。
 騒然とした辺りを見回し、苛々しながら舌打ちする。
 癖っ毛の白龍刀が、木の幹にめり込んじまってる。しかも、どういう訳だか、癖っ毛に付けておいた二人目の護衛が、又、いない。
 食い込んだ刃が抜けないのか、向こうを向いた癖っ毛は、幹にかけた足を踏ん張り、両手で剣に取り付いて、躍起になって引っ張っている。
 ──の馬鹿が! 調子に乗りやがって!
 すぐさま、強く地を蹴った。
 なに無邪気に、刀になんか構ってるんだ! 得物は使えねえ。手足は使えねえ。戦場(いくさば)には背を向けている! あんなところを襲われたら、一溜まりもねえじゃねえかよ!? ここは、歴とした戦場だぞ。休憩なんかない戦いの場だ。何故、あんな無防備な真似が、平気で出来る。これだから、危機感のねえ野郎ってのは──!
 まったく救いようのないアホたれだ。どうせ、さっきみたいに張り切り過ぎて、いい気になってぶん回した挙句に、剣の重さに振り回されて、思い切り幹にぶち込んじまったんだろう。
「何も起こってくれるなよ……?」
 嫌な予感が、胸を掠める。
 忌々しい思いで舌打ちした。ああ、そんなもん放っといて、とっとと、そこらに隠れろよ──!
 焦燥に駆り立てられて、自然と足が速くなる。だが、さっきのすばしこい敵を追いかけている間に、いつの間にか、大分離れていたらしい。
 ここは、戦場の北側だ。そして、癖っ毛がいる雑木林南は、中心から見て南西の方角──
 神経がピリピリ苛立った。いや、その苛立ちは、自分自身に向いていた。
 まったく迂闊だった。たかが小物一匹仕留める為に、何故、ああもムキになって追っかけちまっていたんだか──!
 場は、混乱を極めている。
 軍服が、出し抜けに飛び出して来る。
 前を突っ切るデカい馬が、邪魔だ!
 容易に、癖っ毛に近付けない。
 斬り合い最中(さなか)の別の肩が雪崩れ込み、戻りを急ぐ前を塞ぐ。
 邪魔なそいつを突き飛ばし、斬りかかって来る別の軍服を蹴り飛ばし、しかし、又、別の背が、前方の道を、不意に塞ぐ。
 もどかしい。
 苛立たしい。腹立たしい。近付けない!
 すぐ、ほんのすぐそこに見えているのに──!
 いやに息苦しかった。
 僅かそこまでの短い距離が、こんなにも遠い。
 足が、体が、いやに重い。まるで、水中で無理やり駆けてでもいるように。
 募る焦燥に駆り立てられて、短く苛立たしく舌打ちした。その刹那──
「なっ!?」
 奇妙な動きを、視界の端に捉える。
 猥雑な喧騒の波を縫い、横から一直線に滑り込む素早い影。
 ──動きが速い!?
 心臓が、鷲掴まれた。
 そいつは、群を抜いて速かった。今の小物どころの騒ぎではない。行く手に障害物などないように、滑るように滑らかに移動する。
 そいつがチラとこっちを見た。何処かで見覚えのある面だ。そいつの口元に、冷笑が浮かぶ。何故か見下したような冷ややかな笑い。あたかも、こっちの不手際を嘲るかのような──
 ──"あいつ"だ!?
 愕然とした。
 そう、あいつだ。真新しい軍服に身を包み、戦場の北へと向かっていたあの時の軍服。一人、静寂を身に纏い、周囲の喧騒から一人だけ浮いて、のんびりと歩いていた、あの──!
 ──あの時の、不気味な青軍服!?
 そして、今、そいつが向かう先にあるのは、幹に足を踏ん張り、夢中で剣を引き抜こうとしている、あの癖っ毛の無防備な後ろ姿──。
 ギクリ、と総毛立った。
 ……そうだ。付けておいた護衛が、何故、いない。
 どうして、俺は、こんな所にいる、、、、、、、──?
 
 ──やられた!
 
 "二人"じゃなくて、"三人組"か! 
「ど、退けっ!」
 慌てて、邪魔な肩を突き飛ばす。いやが上にも、動悸が早まる。押っ取り刀で地面を蹴った。だが──
「──間に合わねえっ!」
 距離が、あり過ぎる。
 走って追いつける距離ではなかった。
 癖っ毛は、全くそいつに気付かない。
 絶望が、目の前を支配した。こんな時、一つ一つの動きがはっきりと、いやにゆっくりと見えるのは何故だろう。
 視界から、周りの有象無象が掻き消えた。
 辺りに充満していた音が消え、視野が極端に狭くなる。未だ気付かない癖っ毛の後ろ姿、格闘の狭間を縫い、喧騒を掻き分け進む青軍服。標的に真っ直ぐ向けられた目は、癖っ毛の背中しか捉えていない──。
 目を見開いた視界の先で、それら全ての光景は、嫌味なほど馬鹿丁寧に、いやにゆっくりと展開された。これから起こるであろうことが十分分かっているにも拘らず、尚且つ何も出来ない無力さを、あたかも殊更に嘲笑うかのように。
 逸る心が、更なる焦燥に煽られる。
 あの風渡る荒れ野で、硬い声で紡ぎ出した癖っ毛の決意が、返してやった"お守り"を大切そうにしまい込んだ、あのぎこちない横顔が、不意に鮮やかに蘇る。
「──畜生っ!」
 だが、悪態をついたところで、後の祭だ。
 今回は順風満帆な滑り出しで開戦した。狩り込みに来たのは、予想通りの雑魚ばかり。大したことはない。──そう思った。だから、ついつい、普段よりは気を抜いて、いや、大分油断していたのかも知れない。
 静寂を纏った軍服が、癖っ毛の背に差し迫る。
 駆け寄る勢いを殺すことなく、凶刃を一瞬にして振り上げた。
 
『 ──ま、なんにせよ、』
 
 ザイの無関心な横顔が、あの時放られた乾いた言葉が、耳元で不意に蘇る。
 
『 パッパと済ませて帰りましょうや。あの坊やの生きてる内に、、、、、、
 
 まったく皮肉だ。小物を追いかけた時には判断を留保した優秀な、、、頭脳は、今になって、この場に最もふさわしい記憶を引っ張り出してきたらしい。
 しっかりと力の乗った狂猛な切っ先が、カレリアの太陽をギラリと弾く。
 確信が、耳元で囁いた。
 
 ──られる!
 
 一閃、銀の煌めきが、視界を走った。
 
 
 
 
 

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