CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 6話1
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 レグルス、アルバス、ファングラー──内海を取り巻く三大陸の名だ。
 常時渦巻く激流の内海を中心に、それを懐に囲うようにして、この世界の大陸は存在している。
 大陸は広い。世界は広い。この大地、元より枷などないのだから、どこに住みつこうが同じこと。この身一つで生まれ出たからには、この身一つで去るまでだ。生来、細かいことにはこだわらない質なのだ。そして、面倒事は極力遠慮したい方でもある。一度寝転がったら、縦の物を横にもしない――これ、生活の基本である。それで部下どもから、邪魔だと嫌味を言われることもある。
 なのに、あの連中ときたら──
 何やら、妙にマメマメしい。今も頭をくっ付けあって、コソコソヒソヒソ相談している。よく見りゃ、みんな似た面だ。というより、似過ぎてる。
「……三つ子、か?」
 その事実に、ようやく気づいた。色男が連れてきた、あの例の三人の部下ども。こざっぱりと整えた癖のない栗色の髪、クリクリ動く大きな目。女どもが「可愛い!」と奇声を上げて絶賛しそうな、まだ少年の繊細さが抜け切らない素直な顔立ち──
 まったく、実にそっくりだ。元々役人なんてものは、役目上、個性を殺しているせいなのか、よっぽど変わった奴でもなけりゃ、似たりよったりに見えるもんだが、連中の場合もその例に漏れず、まずは"官吏"というカテゴリーで大雑把に一括しちまったせいなのか、まるで気づきもしなかった (=つまり、雑魚には全く興味がなかった)
 連中の一人を特定する必要があれば、それぞれの異なる服色で──そう、青い奴、赤い奴、緑の奴とでも呼んでおけば、事足りる。それにしても、見れば見るほど、良く似てる。
 精々やっと、十六、七 ってところか。
 長い足を交互に出して、さっさと歩く上官の後ろで、その顔色を窺いながら、コチャコチャ三人がくっ付いて歩く。あれでも連中なりに懸命なんだろうが、豆粒か何かが転げてるようで、妙に滑稽で忙しない。
 漏れ聞いた会話から察するに、連中の名前は、前から順に、ロルフ、オットー、カルル。──だが、連中が同行した三日というもの、あの三人組を名前や役職名で呼んでやる者は、とうとう只の一人も現れなかった。皆、十派一絡げにして、こう呼んだからだ。(みそっかすの)"ラルッカ隊"と。
 冠に戴いた"ラルッカ"ってぇのは、あの"司令官"殿のファースト・ネーム。もっとも、あれは由緒正しきロワイエ家の野郎だから、本当ならば、ここは "ロワイエ隊"とでも命名して然るべきところなんだろうが、しかし如何せん、あだ名なんてものは、ゴロが良いのが身上だ。──と、それはそうと、"あれ"は気のせいなんだろうか。どこへ行っても、どこで止まっても、いつでも必ず同じ服が、同じ位置にあるように思うのは。
 譲れぬ掟か何かのように、キッチリ決まっているらしい。三人のそれぞれの立ち位置が。
「──は。あれが "司令塔"ってわけか」
 そういや、いつも、決まって"緑"からアクションが始まる。どれもこれも似たような面だが、よおく見てると微妙に違う。
 緑の服の、あのキリッとした面構えがロルフ──多分、あれがリーダー格だ。
 そして、その隣にいる、利(き)かなそうな面構えの青服がオットー。
 いつもビリッケツにくっついている気の弱そうな赤服がカルル。
 
 
 
「──そういや、どこへ行ったかな」
 あいつ、、、は。
 後始末でざわめく人込みの中、ふと、それを思い出し、何とはなしに捜して歩く。
 だが、どこにいるものか、見栄えのするアレの姿が見当たらない。
 部下から見事に総スカンを食って、そろそろ実感している頃合いだろう。てめえの器の大きさを。つまりは、いわゆる無力さって奴を。今まで味わったことのない──。
 開戦前のやり取りが、嫌な感じに引っかかっていた。
 戦の方も一区切りつき、ようやく一息ついたことで、虚をつかれて凍りついた顔が、投げつけちまった辛辣な言葉が蘇る。あの尊大な態度が気に食わなかったのは事実だが、貶めてやろうとの意図あってのことじゃない。ただ、あの時は、あの男の矜持まで構う暇がなかったのだ。
 奴は、予定でも見ているのか、木陰にひとり座り込み、分厚い黒革の手帳を開いていた。まったくもって熱心な野郎だ。こんな所でまで仕事とは。
 少し離れ、しばらく木陰で様子を見る。見ているはずの手帳の頁は、だが、一頁たりともめくらない。しかめっ面の目頭を、疲れたように指で揉み、溜息なんかついている。案の定だ。
「みじめだな、"指令官"殿?」
 本人の耳には入らぬよう、木の陰で密かにつぶやく。
 とはいえ、隊を束ねて率いる者には、それなりに器量が要る。生まれも金も関係ねえ。努力で埋まるもんでもねえ。要るのはそいつの気迫と胆力──いわば覇気だ。そもそも、ここは、腕っ節にのっとる上下社会だ。ポッと出の場違い野郎が権威や理屈を振り回し、声を嗄らして命じたところで、誰も言うことなんざ聞きやしねえ。てめえの立ち位置を確保できない野郎になんか、見向きもしねえし、従いもしねえ。それで本来、当たり前って話だ。
 仕事場は戦場、賭けるものは、ぶっちゃけ"命"だ。それぞれに一つずつ、たった一つしかない大切なものを、その程度でしかないチンケな野郎に無償で預けてやれるほど、人は寛容にはできちゃいない。
 が、それはそれとして、さすがに気落ちしちまったらしい。まあ、萎れても無理はねえか。ああした恵まれた生まれの奴には、この手の挫折は滅多にない体験だろうから。
 木根でうつむいた色男へ、木の裏から歩み出る。
「そう、へこむなよ、しれーかん殿」
 ふと、色男が顔をあげた。柳眉をひそめ、不審そうな顔。だが、意図を図りかねてか、口を開こうとはしない。つか、そんなに嫌そうな顔しなくたって、いいじゃねえかよ……。
「《 遊民 》風情、動かせなくても、あんたなら屁でもねえだろう」
 軽い皮肉で、懐を探る。とはいえ、さじ加減は心得ている。
 煙草に点火し、紫煙を吐いた。コイツにも勧めてやろうという気は起こらない。
 不快そうに目を逸らしたきり、色男は動かない。一服吐いて、どことなくやつれたその横顔を見おろす。(まったく、女にモテそうな面だよなコイツ……)なんてやっかみ混じりに思いながら。
 傷一つない、端整な顔立ち。仕立ての良い服、品の良さを窺わせる"いかにも"な外見。今まで、大勢の他人に傅(かしず)かれ、チヤホヤされてきたんだろう。そりゃ、さぞ気分が悪いだろう。自他ともに高く積み上げてきた気位を 《 遊民 》風情にへし折られたってんだから。
 だが、こいつはこの際、知るべきだ。思い通りにならないものも、世の中にはあるってことを。
 ぱたん、と色男が手帳を閉じた。膝に手をおき、大儀そうに立ちあがる。
「ああ、悪りぃな。いや、別に、邪魔するつもりで来たわけじゃ──」
「感謝する」
「──あ?」
 落ち着いた口調で、色男は続けた。
「君達の助力に感謝する。お陰で部下も無事だった。厄介をかけたな。礼を言う」
「……。えーと……なんだ、その……」
  "君達" ときたか。このすかした野郎の口から、よもや、そんな殊勝な言葉が出ようとは。
 とっさに言葉が見つからない。今の "君達" に見合う高級な、、、単語が。
「あ、ああ。別にいいってことよ。気にすんなよ。あんたらの方はツイデだからよ」
 そんな真面目な顔をするから、あわてて煙草を踏んづけちまったじゃねえかよ。せっかく火ィ点けたのに。
「いや、だからな、俺はただ、あんまり気にするなと、こう言いにきたわけでだな。礼なんか強要するつもりは、これっぱかしも……」
 気の利いた台詞を返してやろうと言葉を連ねる。
 だが、言えば言うほどドツボにはまる。しどろもどろで目をそらし、懐の煙草を、時間稼ぎに探る。
「お、お前も、やるかっ?──て、あ、おい」
 気配に気づいて顔をあげれば、色男が踵を返したところだった。
 分厚い手帳を小脇にかかえ、素っ気なく去っていく。
 立ち去るその背を、しばし、あぜんと見送って、はたと気付いて見回した。
 密かに胸をドキドキさせつつ、一人うなずく。 
 ……よし。
 幸い、誰にも見られてねえ──!
 木立の先に目を戻し、先の謝辞を、しげしげ反芻。
「"礼を言う" ねえ……」
 ありきたりな言葉だった。だが、単なる決り文句ではない。大仰な飾りもない、真しやかな抑揚もない、いっそ、ぶっきらぼうなまでの最小限の言葉──だが、巧言でも社交辞令でもなく、真っ向から言い伝える"真の"ものだからこそ、嘲笑って聞き流すことができずにいる。言葉に込められた真摯さを、受け止めざるを得ないから。
 すらりと品の良い後ろ姿は、もう、こちらを振り向きもしない。
 懐を探って煙草をくわえ、苦笑いで点火した。スカシやがって、あの野郎。愛想の欠片もありゃしねえ。
「たく。ツレねえな。人がせっかく慰めてやろうと……」
 鼻持ちならねえ高慢ちきで、生まれながらの資産家で、女にモテそうな色男。つまるところ、こっちが持ってねえもん全部、ことごとく持ってる金持ち野郎だ。だが、その辺りのこと、、、、、、、についちゃ、意外にも弁えているらしい。物事には、通さにゃならねえ筋目がある、ということを。
 気位の高い官吏様には、あれでも精一杯の譲歩だろう。あれはあれなりに、筋を通してみせたのだ。肚ん中じゃ見下しているんだろう 《 遊民 》 風情を相手にして。
「"君達" ねえ……」
 青空に散る紫煙を眺めて、自然と頬がほころんだ。
 礼を言うなら、頭くらいは下げるもんじゃないのか普通。
 
 
 
【 萌 芽 】
 
 
 
「やっぱり、か」
 あちらこちらに立っている部下も、怪訝な顔で首を捻る。
「何度数えても合いませんね」
 確認作業に手間取って、予定外の足止めを食らっていた。
 人目につかない薄暗い雑木林。口を塞ぎ、手足を縛り上げた軍服どもが、足元にゴロゴロ五十ばかり転がっている。
 現場に留まるのは、得策じゃない。さっさとズラカリたいのは山々だが、何度数えても足りないのだ。予め把握した兵士の数に、捕らえた数が三人ばかり。
「どうなってる。まだ、どこかに残ってるんじゃねえのか」
「──いえ、そんなことは。向こうは片付けに入っていますし」
「なら、やっぱり、これで、全部ってことだよな……」
「ネズミでしょ」
 よお〜く知ってる声がした。
 溜息混じりに振り向けば、そこにいたのは案の定──
「……ザイ」
 やっぱ、コイツか。
 額をつかんで、うなだれた。なんか苦手だ、この男……
 が、向こうはそうでもないらしい。平気で話に割り込んでくるし。
 地面に転がる捕虜の間を、ザイがぶらぶら検分していた。げんなりザイの言葉に応じる。
「ここはカレリアだぜ。ネズミなんか出るもんかよ。本隊だって、ここにはいねえし」
「いえ、ネズミですって」
「軍服着てたぜ。全部が全部だ。あれに紛い物が混じっていたとは、俺には、とうてい思えねえな」
 ザイが軽く肩をすくめた。
「その気になりゃ、いくらでも用意できるでしょ、服なんかは」
「軍服の管理は厳しいぜ。いくら平和なカレリアだって、そこんところは一緒だろ。そんな物が簡単に手に入っちまうようじゃ、このカレリアも終いだぜ」
 "軍服"は権威の象徴。悪用するに当っての、利用価値と威力は計り知れない。
「なら、手引きした奴、、、、、、が内部にいた、とか」
「……ザイ、お前なあ」
 いささか呆れて見返した。
「いい加減なこと言ってんじゃねえ。根拠あっての話かよ。逃げた奴そいつに本隊に垂れ込まれりゃ、こっちは一巻の終わりじゃねえかよ」 
「通してませんよ、雑木林から先は」
「……あ?」
 ザイが目を上げ、こっちを見た。
「西はこっちで見てました。だが、抜けた奴は一人もいない。そっちも抜かりはねえんでしょ」
「たりめえだろ。東と南に配した見張りは、ピクリとも動きやしなかったぜ」
「なのに、いない。なら、北ですかね」
「──北?」
 だが、北は断崖絶壁だ。 切り立った崖は荒波で洗われ、濡れてぬめった足場は最悪、その上、たちまち体が持っていかれちまいそうな弄るような強風が、常時絶え間なく吹き付ける。そんな絶壁の岩場にへばり付き、長距離にわたって移動する? 足を滑らせれば一巻の終り、落ちた奴はことごとく鮫の餌食になる運命。
「そこしかねえでしょ、逃げるなら」
 素っ気なく、ザイは断じる。
「断崖降下に踏み切るとなりゃ、下準備が必要でしょう。命綱だとか杭だとか。あんな危ねえ断崖を素手で降りようとする馬鹿はいねえ。だが、そんな特殊な道具を、哨戒風情が持ち歩いているとは、俺にはどうしても思えないんスよねえ。それに、さっきから見てるんスけど──」
 下草に転がった五十の捕虜を、ぶっきらぼうにザイは見渡す。
「俺が斬った軍服がいねえ。ここんトコ斬っておいたんスよねえ、目印に、、、
 人差し指で、自分の肘をスッと引く。
「手っ取り早く、指揮官吊るしあげて、訊いてみちゃどうです」
 そう言われて目を向けた途端、髭も頭もクルクルパーマのチェザーレとかいう武官の野郎が、情けない裏声で叫び返した。
「こ、ここに居るので全員だっ!」
 ザイが「ね?」と背を向ける。「それに見たでしょ、班長サンも」
 立ち去りかけた肩越しに、たるそうに追加した。
「ありゃあ、堅気の動きじゃねえっスよ」
 
 
 
 
 

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