CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 6話2
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 結局、兵士の数の足りない分は、逃げた "ネズミ" だろう、と判断した。
 ここカレリア国で "ネズミ"に出くわすことなど想定外で、少々腑に落ちないものを感じたが、しかし、それならば、放っておいても問題なかろう。
 そうと決まれば、現場でモタモタしたくはない。五十の捕虜どもを移動して、麓(ふもと)に近い山腹に隠し、開放するまでの世話係として、件の捕縛チームをそのまま付ける。
 出立の用意を整えるべく、近くの部下を呼び付けた。そう、発つのは一刻も早い方が良い。こんな所は、さっさとオサラバして、一路、目的の地トラビアへ──!
「……あ、あの〜ぉ、班長?」
「ん?」
 窺うような部下の声?
 下から掬い上げるような上目遣いの視線? 小首を傾げた揉み手?──て、なんで、こんなにオドオドしてんだ?
 エヘラヘラと引き攣り笑う部下の奇妙な有様を、首を傾げてマジマジと見る。
 そして、かくかくしかじか身振り手振りで慌てて説明いいわけを始めたソイツの口から、その由々しき事態が発覚したのだった。
 
 
「なにィ? あの三人がいないィ!?」
 
 愕然。
 "ラルッカ隊" 失踪。
 不吉で厄介な報告を受け、気付いた時には復唱していた。そういや雑事にかまけてて、アレのことは、今の今まで、すっかり忘れ果てていた。イラッときたコッチに恐れをなしたのか、部下がギクっと後退った。急に慌しく辺りを見回し、オロオロと言い訳を追加。
「い、一応、そこらは捜してみたんですけどねえ。まったく連中、何処に行っちまったんだか──!」
 ……頭が、痛い。
 やっと、発てると思ったのに──!
 
 仕方がないので、苛々しつつも、待つこと、しばし。
 やがて、それから小一時間も経った頃、
 
「「「 たっだいまあ〜っ ♪ 」」」
 
 ──あの三人の声か!?
 
 すわっ、と当然駆けつける。しかし、なんちゅう明るい声だ。
 各方面に散々心配かけやがったくせに、当の"ラルッカ隊" は、全くもって平気な面で意気揚々と帰還しやがったのだった。
「くぉら! てめーら! 何処へ行ってた! 危うく置いてくところだぞっ!」
 ついつい頭ごなしに怒鳴りつける。当然だ。
 だが、キョトンとこっちを見た"ラルッカ隊" は、
「「「 おい! 喜べ、お前ら! 食料だぞ! 」」」
 飛び跳ねんばかりのはしゃぎっぷり。テキに悪びれた様子は全くない。
「──あァ? 食料だァ?」
 これは思わぬ肩透かしだった。
 確かに、得意満面そっくり返った"ラルッカ隊" の背後には、荷車に満載された食料と思しき山がある。──て、なんでだ!? なんで、そんな物がここにある!?
 騒ぎを聞きつけた部下どもが、ワラワラと四方から集まってきた。そいつら共々思わずアングリ口を開け、連中を呆然と見返した。
「 どーやってっ!?」
 是非とも知りたい。その方法。
 連中は互いの顔を見合わせて、右端にいた緑服が口を開いた。
「街道で、補給部隊が通りかかるのを待ってたんだよ。それで僕達、向こうの搬送責任者と、ちょっとばかり話し合って──」
「つまり、因縁付けて取り上げたのか!?」
 ついつい、"緑"の話を意訳する。
「"取り上げた"だなんて人聞きの悪いこと言わないで欲しいな」
 "緑"が小首を傾げて平然と言い返した。
「荷を検める、と言ったら、素直に退いて見せてくれたぞ?」
「……」
 唖然と口を開けて絶句した。──いや、それってつまり、"脅し取った"ってことだろが? 現に、ここに"ある"ってことが動かぬ証拠じゃねえのかよ。
 周りを取り巻いた部下どもも、目をまん丸くしてマジマジと見ている。感心したような、胡散臭そうな、なんとも複雑な表情だ。ガヤガヤザワザワ……何処からともなく呆然とした呟きが聞こえてくる。「さすがカレリアの役人、やることが姑息だな……」
 荷車の上は山積みだ。首尾は上々だったらしい。さすが"本職"と言うべきか。だが、これはご法度。今のこいつらに何の権限もないってことは確認するまでもなく明らかだ。つまり、連中のしてきた事は強奪以外の何者でもない訳で──
「だ、大丈夫なのかよ、そんなことして」
 そこに気づいて、部下どもの顔が青くなる。
 補給部隊は軍の生命線だ。その荷を守る用心棒は、言わずと知れた豪腕揃い。腕っ節の強さで言ったら、さっきの哨戒如きの比ではない。だが、荷車に踏ん反り返った"ラルッカ隊" は、揃って片手を軽く振る。
「「「 大丈夫大丈夫慣れてるから。そんなヘマはしない 」」」
「……。(慣れてるって、オイ……)」
 どういう連中なんだ、こいつらは。
 今の"緑"が後ろを向いて、ゴソゴソやったと思ったら、何かを抱えて振り向いた。
「ほら、取って」
「──ん?」
 腕に抱えているのは、数本の酒瓶?
「何してるんだ。さっさと取ってよ! ほらあ! 重たいじゃないか!」
 確かに、見るからに非力そうではあるな。近くの角刈りが慌てて受け取り、ポカンと"緑"の顔を見る。「──でもよ、俺達は」
「あれっぱかしじゃ足りないだろ?」
 今度は、真ん中にいた青服が、何処かぶっきらぼうに口を開いた。
「あんなに暴れ回ったんだからさ。お前ら、ガタイがいいもんな。ほら、そこにパンもあるし、チーズもあるよ。──ああ、それとも、もっと酒がいい?」
 角刈りは隣の奴と顔を見合わせた。そして、呆然と"青"に目を返す。
「……お前ら、なんで、こっちの分まで」
「なんでって──」
 隅っこにいた赤服が、不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあ、みんなの分もとって来るよ。だって僕らは仲間でしょう? さっき、たくさん助けてもらったしね」
 それぞれ顔を見合わせて、部下どもは唖然と突っ立っている。こいつらは"助けてもらった"と言うけれど、そんなものは、ほんの成り行き、言ってみれば片手間だ。足手纏いのこいつらのことなど、本気で気にかけてやった奴が、この中に一人としていただろうか。
 何処か居心地悪そうに、部下どもは互いの顔を見合わせている。
 "ラルッカ隊" の三人組は、突っ立ったままの部下どもの手に戦利品を次々に押し付けていく。それはそれは得意げな顔で。
「──はい、おやつ係ィ!」
 チョロチョロと駆け寄ってきた気配に目を落とせば、こっちの肩下辺りで、"赤い奴"が得意満面笑いかけていた。何かを押し付けられて反射的に出した手には、こっちに分配されたと思しき一本の酒瓶。
「──あ、ああ。ありがとな」
 とっさに礼を言う。
 "赤いの"がパチクリと瞬いた。そして、破顔一笑、
「どういたしましてっ!」
 ……む。
 ニコニコと邪気ない笑顔、ときたか……
 "赤"の無邪気な顔から、目を逸らした。
 嫌な、気分だ。
 
「おお、戻ってきたか、お前ら」
 人の輪の外側で、何処かで聞いたような声がした。
 集合している部下どもを、掻き分け掻き分け、やって来る。それにつられて振り向けば、
「色男?」
 "ラルッカ隊" の親分、登場。
 ──て、なに、ひょっこり出て来てんだコイツ。
 ツカツカ前まで出て来た色男は、荷車をシゲシゲと振り仰ぎ、片手でポンポン荷を叩く。
「これは凄いな。どうしたんだ?」 
 "ラルッカ隊" の三人は、ふと顔を見合わせた。
 "緑"が一歩進み出て、キリッと凛々しい顔を作って事の次第を報告する。
「ええ。補給部隊からパク──貰って来たんですぅ〜」
 ──おいなんだ? 今の"パク──"って!
 だが、ウンウンそうかと聞いていた色男は、
「でかした! さすが俺の部下達だ!」
 不問かよ!?
 イヤ待て待て! 腹黒いって! あの "緑"!
 だが、色男は "緑"の背中をバンバン叩いて手放しの賞賛。今の凡ミスについては、全くどうでも良いらしい。
 部下ども共々沈黙した。なんなんだ、この三文芝居は……。
 白々しいこと、この上ない。にしても、この登場、いやに絶妙のタイミングだな。そういや、あの"司令官"木陰で一人黄昏てたっけな。それが今頃ノコノコ出てきたところをみると、さては、"これ"を待っていたのか……?
 自ら動くつもりはないらしい。まったく、なんて他人(ひと)任せな野郎なんだ。しかし、自分は何もしてないくせに、食料の方から勝手に転がり込んできたところをみると、運だけは、妙に良いらしい。
「やる」とは誰も言ってない筈だが、色男は「早く、くれ」とイソイソ手を出し、当然のように催促する。
 さあさあさあ──! と目の前まで詰め寄られ、青服がぶっきらぼうな手付きで戦利品を進呈した。
「お前ら、中々見所があるな!」
 首尾良く食料を入手して、色男は、そっくり返って、ご満悦だ。
「「「 ……お褒めに預かり光栄です、上席徴税官殿 」」」
 "ラルッカ隊" の三人は、台詞棒読み。どうにも割り切れなさそうな顔。連中の密やかな舌打ちが聞こえてくるようだ。だが、クルリと向き直った色男は、
「"徴税官"殿ォ? 貴様ら、何度言ったら──」
「「「 お褒めに預かり光栄ですっ! 
司令官 殿っ! 」」」
「ヨシ♪」
 一同、再び、唖然と沈黙。
 端から見てると、実にアホらしく滑稽な猿芝居だが、あれで少しは、連中の査定が良くなるんだろうか? 
 
「──なんでえ、あの偉そうな態度はよ」
 思わず、こっちが、、、、、つい愚痴る。"赤いの"の旋毛(つむじ)を見下ろした。
「あんなこと言わせといて、悔しくねえのかよ。お前らが苦労して、と( =盗 )ってきたんだろ」
 色男を見ていた"赤いの"が、ふと、こっちを振り仰いだ。
「いいんだ、僕らは。あの人が喜んでくれれば」
「……へえ」
 意外にも"赤いの"はニコニコしている。無理した様子は全くない。
「それよりもさ、おやつ係」
 そして、クルリと振り向いた。
「何か他に欲しいものはない? 僕、持って来てあげるよ」
「……」
 何故なのだろう。この"赤いの"が、満面の笑みで引っ付いているのは。
 曇りない笑顔に気圧されて「うん。今は、いいや……」と断ったら、「そう?」とクルリと背を向けた。混雑する部下どもの間を、小柄な体でスルスルすり抜け、仲間の元へと戻っていく。
 しばらく周りで突っ立っていた部下どもだったが、初めの一人が動き出すと、他の奴もぼちぼち荷車に集り始めた。今では「あれくれ、それくれ」と皆で手を出し、ちょっとした騒ぎになっている。遠巻きに見ていた連中も、次々ワラワラ駆け寄った。
 俄かに活気付いた荷車周辺。"ラルッカ隊" の三人の手で、戦利品の分配作業が続いていく。ガヤガヤうきうき……まるで"行列の出来るお店屋さん"の店先にでもいるようだ。それにしても、こいつらの話には、たまに奇妙な単語が入り混じるんだが……
 ふと、首を捻る。
 ──"おやつ係"ってのは、なんの話だ?
 
 貰った酒瓶、手持ち無沙汰に弄び、ツラツラと首を傾げて考える。
 人だかりからは「ぃやっほーっ!」と嬉々とした歓声が聞こえてくる。我が部下ながら、まったく節操のねえ連中だ。お前らだって、食うもんくらいは持って来てる筈だろうがよ……。
 はっ、と我に返った。この突発性狂喜乱舞に潜む重大にして甘美なる落とし穴に、唐突に気づく。
「──こ、こらっ!? お前ら、手を出すな!」
 荷車に集る人込みを、慌てて両手で掻き分けた。
「仕事中は
飲酒厳禁規則はなしになってんだろう!──こら集るな! 戻しやがれ!──そこの小汚ねえ無精髭! 言ってる傍から持ってくな!」
 そう、唐突に気が付いた。連中がこんなにも熱狂している理由に。こっちとしても立場上、ここは断固阻止せねばならないのだ。
 無精髭その他大勢は、一瞬、ピク──っと、一様に肩を硬直させるも、しかし、聞こえない振りで無視してスルー。そして、依然として熱狂している人垣に、こっちは軽〜く弾き返されてみたり……。まったく、何処にこんな馬鹿力を隠し持っていやがったのか。さては、隊長や頭(かしら)がいねえと思って、いい気になっていやがるな? ああ、酒を前にして、人は無力だ……
「──あ、こら! その眼帯っ! そいつを戻せ! てめえら酒は駄目だと何度言ったら──!」
「いいじゃないスか班長サン。硬いコトは言いっこなしってことで」
 気楽な調子で、ポンと肩を叩く奴がいる。
 苛立ち任せにギロリと背中を振り向けば、そこには、やっぱり──
「……ザイ」
 アレがいた。
 止める間もなく、ひょいと出てきたザイの手が、コチトラの肩を飛び越して、ケースの黒瓶をヒョイヒョイ抜き取る。
「せっかくの酒なんスから、ご相伴に預かりましょうよ」
「お、おいっ!?」
 ──待てや! コラ!
「息抜きも必要ですって。隊長も副長もそっちの頭(かしら)も、だあれもこっちにいねえんだし。──あ、ウチの頭(かしら)もね」
 ──て!? 
 テメーは止める立場じゃねーのかよ!?
 なに先頭きってヒョイヒョイいじましく一生懸命ガメてんだ!?
 つか、一人で何本持ってく気だよ!?
 だが、何故だか自分の所の頭(かしら)をまるっきりオマケのように後回しで付け足した (
お目付け役の )ザイの野郎は、コチトラの制止なんかは微塵も聞かずに、軽く戦利品を持ち上げる。
「上には報告しねえで、、、、、、おきますし」
 軽薄な薄ら笑いで、思わせ振りに「ねっ?」と目配せ。共犯をねじ込む。
「む──!?」
 この野郎。
 いいトコ、衝いてきやがる……
 なけなしの使命感をグラグラと揺さ振られ、むう……と唸って考える。裏協定持ちかけようってのかよ。なんて姑息な……
 コイツと共犯ってえのは釈然としねえが、しかし、そうまで言われちゃあ、さすがに、こっちだって別段酒は嫌いじゃねえ。──ってか、むしろ好きだ。大好きだ!
 しかし、苦悶・葛藤していたこの間に、ザイはさっさと踵を返していた。
「──おいザイ、」
 ザイが肩越しにチラと振り向く。なんだ? 目が三日月形に笑ってるが?
「誰にも言いませんて。黙っときます」
 本当かよ〜?
 ザイは、ぽそっと付け足した。
「ホントっス」
「……」
 聞こえたのか!? 今の心の声が!?
 しかし、コイツの口約束……?
 これ以上疑わしいものが、この世に又と在るだろうか。今の台詞、棒読みっぽいし。
 戦利品を一本肩に担ぎ、残り数本は指に挟んで片手でぶら下げ、ザイは向こうで待ってる仲間の元へと、鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りで歩いて行く。さてはコイツも目がねえな?──と下草を鳴らして、足を止めた。
「──しかし、あんな顔して、あの坊や、、、、、」
 こっちに背けた肩越しに独り言を投げてくる。
「他人様(ひとさま)の恨みでも買ってるんスかねえ……?」
 "賞金首"って訳でもねえんでしょうに、と、ザイのぼやきが小さく聞こえた。
 
 
 
 
 

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