■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 6話3
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やがて、辺りには夕刻の薄青が立ち込め始め、それぞれ焚き火を囲って陣取った。
ふと、それを見つける。
例の色男はラルッカ隊と輪になって、戦利品の晩飯にありついていた。だが、膝を交えて和やかに歓談している足先が「アッチに行け……」と周囲の焚き火を牽制している。よく見りゃ、無理がバレバレな引き攣り笑いだ。思わず溜息が出た。
「……別に取って食いやしねーよ兄ちゃん」
こっちの部下どもとは食事は別々。さすがに《 遊民 》風情と混じるのは嫌らしいな。他の三人は恐々ながらも、こっちの連中に慣れてきたようだが、ツンケンした色男の態度だけは相も変わらずギスギスしている。未だ「こっちに来るなっ!?」と無意識の内にも牽制している。意外なことに、癖っ毛の姿はなかった。色男が来たなら、当然そっちの方に混じるだろうと思っていたのに。
いささか当てが外れてしまい、踵を返して歩き出す。だったら、どうせ、どっかの輪の中にでも、チャッカリ混じっているんだろう。にしたって、何処のグループに埋もれちまっているんだか──。カレリア人は小柄だから、一旦座っちまうと、たちまち見えなくなっちまう。
「──ああ、あそこか」
さっきの眼帯のグループだ。焚き火を囲ってゲラゲラ笑う数人に、あの癖っ毛の声が混じってる。近づいてみりゃ、他の連中に負けず劣らず大口開けて、そっくり返ってバカ笑いしていた。なんて楽しそうな顔だ。しかも、お前、
──ど真ん中かよ?
なんとなく溜息をついた。
この差は、いったい、なんなんだ? あの色男の態度には、こっちを避ける刺々しさが隠しようもなく感じられるが、、癖っ毛の奴には、どういう訳だか、拘りってもんが、まるでない。どっちも似たような"街の者"だってのに。
足早に、そっちに向かう。にしても、まったくガキみたいに落ち着きのない。そう、なんだか、あいつ──
「猿みたいな奴だな……」
正直な感想が思わず零れる。クルリ、と当人が振り向いた。
「何か言ったー? カーシュ?」
「……別に」
勘も、すこぶる良いらしい。
「なあなあ! コレ食う? 俺が獲った兎―♪」
こんがり焼けた串焼きを屈託なく振り回し、癖っ毛は「ほら見ろほら見ろ」と得意満面。コイツだけを連れ出すべく、輪の外へと顎をしゃくった。「──ちょっと来いや、癖っ毛」
「なに?」
胡座(あぐら)を掻いた癖っ毛は、口をモグモグやっている。
「訊いておきたいことがある」
「……ふーん?」
パチクリと目を瞬いて、癖っ毛は引き続きモグモグやりつつ、小首を傾げてキョトンと見た。だが、すぐに「ちょっと行って来るねー」と周囲に愛想良く声をかけ、飲みかけのグラスを置いて腰を上げた。
さっきの輪から少し離れた大木の下まで、癖っ毛と二人ブラブラ歩く。
「癖っ毛、お前。他人から恨みを買うような心当たりは?」
「さあ〜?」
「──"さあ"ってこたァねえだろう。他ならぬテメエのことじゃねえかよ」
だが、癖っ毛は、噛み付いた串焼きから首を捻って肉を引き抜きつつ、どうでも良さげに返事を寄越す。
「あり過ぎてな。──ほら、俺の場合、この世に生れ落ちた瞬間から、抜き差しならない利害関係ってヤツが腐るほど成立してっから。ここに俺が"居る"ってだけで、邪魔に思う輩は掃いて捨てるほどいるだろ」
「……愚問だったな」
なるほど。それでコイツは、そこそこ剣が使えるのか。
自分の身を守る為、それこそ死ぬ気で修練を積んできたに違いない。そんなことなどおくびにも出さず、いつも平然と構えちゃいるが、剣術の習得にかける切実さたるや、ただ仕事だから、と何となく打ち込みをしてきた兵士なんかの比ではなかろう。
口の肉をモグモグと咀嚼しながら、癖っ毛は、事もなげな口振りで続けた。
「こっちは何とも思ってなくても、川下がうるせーんだよな、何かとさ。もっとも、俺だって、ちょっと前まで、親父と兄貴、殺っちまおうと思ってたんだから、文句を言えた義理でもねーけど」
「──マジかよ」
「ああマジもマジ、大マジ」
癖っ毛は何事もない口振りだ。
「そいつは物騒な話だな」
ふと食うのを取り止めて、癖っ毛が不思議そうに首を傾げた。「驚かないんだな」
「お前はクレスト領家の人間だからな」
暗に含みを仄めかせば、癖っ毛はバツ悪そうに視線を逸らした。
「……領主に、なりたかったんだよ俺は。──なあ、分かるかな、あんたに。領家の三男坊に生まれた奴が、どれほど惨めなものなのか」
いつものコイツにそぐわない、暗く重たい口調だ。だが、それも束の間のことで、ガリガリと頭を掻いたと思ったら、いつものサバサバした物言いに戻っていた。
「今にして思えば俺、あの頃は、かなり焦ってたんだよな〜。何せ、領主になれるか、一生穀潰しで終わっちまうか、一か八かの瀬戸際だ。親父が死んで、家督が兄貴にいっちまえば、全てが終りになっちまう。一旦そっちに流れちまえば、俺が家督を相続する機会は、未来永劫、巡って来ない」
「──つまり、お前の親父が生きてる内に、親父共々兄貴二人を葬り去らなきゃならねえって話かよ」
「そ。カーシュって意外と理解が早いな。──どっちの兄貴にも跡取り息子がいるからな。だが、親父がまだ存命中なら、チビ達までは巻き込まなくて済むだろう」
「……なるほど、な」
つまり、コイツにとっての検討課題は、計画を実行に移す時期だけだったってことだ。
手段については尋ねなかった。訊かなくたって、薄々分かる。この手の金持ちの家には、往々にして、後ろ暗い"伝(つて)"があるものだ。そして、そうした"結果"の大抵は、"不慮の事故"として記録に残る。
多少の嫌味を交えて、言ってやった。「で、予てよりの念願を叶えて、めでたくご領主様にご就任あそばされたって訳だ」
癖っ毛は苦笑いした。
「だったら、なんで、二番目の兄貴だけが半端に残っているんだよ。やるなら全部がセオリーだろ。下手に残せば、災いの種だ」
怪訝に癖っ毛の顔を見た。
だが、現にコイツは、今、領主の座にいるが──?
「止めてくれた人がいた」
こっちの腑に落ちなさが伝わったんだろう、癖っ毛は的確にそう答えた。
ふと、そこで気が付いた。「ああ、それが、例のカミさんってワケか」
だが、癖っ毛は、意外にも、
「──いや、別の娘」
苦笑いして腕を組み、軽く幹に寄りかかった。
「アディーっていうんだ、その子。色々あって、俺、その子の腕を折っちまってね。それで謝りに行ったのがきっかけで、俺もラルもラトキエの離れに出入するようになって、日がな一日入り浸るようになってさ。でも、あそこにはアルベールの奴がいるからさ」
アルベール? 何処かで聞いたような名だが……?
ラトキエの屋敷にいる"アルベール"──ああ、あの腑抜けの次期当主のことか。
「しょっちゅう顔をつき合わせていりゃ、どうしたって自分の境遇と比べちまうだろ。同じように領家の息子に生まれついたのに、片や将来を嘱望された次期ご当主様、そして、片や俺の方は、しがない領家の穀潰しだもんな。──それが結構キツくてさ」
癖っ毛はゆるゆる首を振る。
「比較の対象がなけりゃ、まだ良いんだがな。ああまで具体的に見せ付けられると、さすがにこっちもしんどくてね。それで勝手に追い詰められて、切羽詰って、どうにもならなくなっちまって──真剣に、考えたよ。親父と兄貴を潰すことを」
癖っ毛は淡々と昔を語る。物騒な話をしているとは思えぬほどに、表情は静かで穏やかだ。脳裏にふと、あの忌まわしい蔑称が思い浮かんだ。「──"クレストの血"、か」
慌てて口を噤むが、遅かった。
癖っ毛は不躾な言葉に気を悪くした様子もなく、ただ、静かに頷いた。
「正直、俺もそう思ったね。あの一件で実感した。──確かに俺の中には、あの "クレストの血"が流れているよ。それはもう、疑いようもなく、ね」
自嘲の溜息を吐き出して、癖っ毛は薄蒼い空を仰ぎ見る。
「でも、あの子が俺を止めてくれた。あの時、アディーが来なければ、俺は多分、実行していた。──妙に勘のいい子でさ。俺の事情なんか何も知らないくせに、不自由な足で、ぬかるんだ池の縁まで降りてきてくれて」
「つまり、女に泣きつかれて、あっさり改心しちまったって話か。随分簡単なもんなんだな」
「……簡単じゃ、ないさ」
苦笑した気配に、怪訝に思って見返せば、癖っ毛は頬を綻ばせて柔らかく笑っていた。
「あの頃は本当に楽しかったな。遊ぶのも笑うのも、いつも、あいつらと一緒だった。アディーとラルとエレーンとエルノアと──そうそう、それとレノの奴も」
……あれ?
どうでもいいんだが、カミさんは三番目か? 三番目でいいのか?
真っ先に出て来たのは "アディー" とかって女の名? いや、別にカミさんに義理立てする訳じゃないんだが、その態度に拭い難いギャップを感じて、何やら微妙な気分になる。だって、そうだろ。あれだけ、かーちゃんかーちゃん騒いでたくせに。
癖っ毛の顔をマジマジ見た。「そんなにイイ女なのかよ、そのアディーってのは」
癖っ毛が、「ん……?」と、こっちに目を向けた。そして、
「そっりゃあ、もおっ!」
「……」
──て、お前、満面の笑みで、即答かよ!? しかも何? そのもの凄い入れ込みよう。
ふと、悟る。
……お前、そんなんだから、女房に部屋から追い出されんだよ。
しかし、今もって全く自覚のないらしい鬼の居ぬ間の癖っ毛は、一人ウキウキらんらんと、
「毎日、顔見に通ったね! 他の奴らはちょっと邪魔っけだったけど、見てるだけでも幸せだった。俺、アディーを手に入れる為なら、何をくれてやってもいいって、すっげえ真剣に思ったもん。あれ程マジになったことなんて、今まで一度もないかも知んない。──ああ、そうだな。あの頃は俺、あいつらさえ居れば何も要らないって、心の底から思ったよ。それこそ一生穀潰しだって構わなかった」
「ふーん……」
どうでもいいが、カミさんが中々出て来ねえな。
たく。なんて幸せそうな顔してんだよ。
なんとなく面白くない。こっちの方から水を向けてやることにした。
「そんなに、その女のことばっか褒めちまったら、女房が焼きもち妬かねえか」
「死んだよ」
間髪容れずに癖っ毛は応えた。素っ気ないくらいにスンナリと。穏やかな口調があまりにも普通で、普通過ぎて、すぐには内容が掴めなかったほどだ。
「《 黒障病 》だった。最期は本当に悲惨でさ。高熱出して、苦しんで苦しんで、それでも俺達には何もしてやれなくて」
……コク……ショウビョウ……?
胸が鋭く抉られる。
そんな話は聞きたくない。無理に声を押し出した。
「──ああ、知ってる。原因不明の不治の病だろ」
話を分断された癖っ毛が、キョトンとこっちを振り向いた。「へえ? よく知ってたな。結構珍しい病気なのに」
「頭(かしら)の娘もそうだったからな」
苦々しい思いで舌打ちした。
実に胸糞悪い。この病名を、こんな所で聞く羽目になろうとは──。
それは完全な不意打ちで、気分がいっそう落ち込んだ。ああ、まったく最悪の気分だ。
癖っ毛は「へえ、奇遇だな」と少し首を傾げただけで、病状に関する説明は省いて、思い出話を再開した。
「結局、アディーと一緒にいられたのは、一年にも満たない、短い間のことだったが、あの子が死んで、それで何もかもが変わっちまった。ラルは酒に溺れて勘当寸前になっちまうわ、エルノアはどっかに失踪しちまうわ、でも正直俺は、それどころじゃなくて、あいつが──エレーンの奴が寮の部屋に引き篭もっちまってさ」
──おお!? やっと、カミさん出て来たか!
あ、いや、別に、どうでもいいんだが……。
モヤモヤした嫌な気分を払拭したくて、思わず、この話題に飛びついた。
「なんだ、色男の方は放ったらかしかよ」
視線の先で、件の官吏達が焚き火を囲って寛いでいた。その輪に向けて顎をしゃくる。
「冷てえじゃねえかよ、ダチのくせに」
何を思い出したのか、癖っ毛は困ったように苦笑いした。「あんたも、あいつと同じことを言うんだな……」
ふっと、顔を振り上げる。
「必死だった。──守りたかった、あいつだけは」
打って変わった真摯な口振りだ。思い詰めたような硬い声。
少々たじろいで窺えば、癖っ毛はやはり、酷く頑なな顔をしている。
一方、こっちは、そうまで真面目に反応されちまうと、なんとはなしにバツが悪い。
「──しかしお前、仕事放ったらかしで引き篭もりって……どうなんだ、それ」
さりげなく話を元に戻す。
「そんな勝手な真似して、よく追い出されなかったもんだな。寮ってのは使用人の寮のことなんだろう」
確かコイツのカミさんは、ラトキエの屋敷に勤めるメイドだった筈だ。
癖っ毛は肩をすくめた。
「いや、あれはアルベールの奴が言い出したんだよ、何もしなくていいってさ。──あ、言ったのは、あそこの執事の方だったかな? とにかく、最期の世話をしにエレーンが離れの中に入ろうとしたら、いきなり感じ悪くドアの前に立ち塞がってさ。"仕事はいいから、しばらく休養してろ"って。それで俺達、アディーの離れから追い立てられちまって、結局、最期のお別れも出来なくてさ」
今でも恨みに思っているのか、ふっと険しい顔になる。そして、しばらく黙り込んだ。
言葉を挟まず見ていると、やがて、癖っ毛は小さな溜息をついた。
「……一日中、泣いていた。床に座り込んで、一人で膝を抱えてさ」
カミさんの話に戻ったらしい。
「でも、あいつの部屋ん中、他に誰もいなくてさ。そんな弱ったとこ見せられてみろよ。俺、もう我慢出来なくて」
急展開か!?
ギョッと癖っ毛を振り向いた。「襲い掛かったのか!?」
この不埒悪辣不良外道が!
邪念の塊不良癖っ毛が「ん……?」と、こっちを振り向いた。
「飯、作ってやった」
癖っ毛がキョトンと瞬く。
「……。ああ、そう」
ガックリと脱力。女んトコ行って、何してんだ、コイツは。ああ、期待して損した。
沈没したこっちの顔を、癖っ毛がヒョイと覗き込む。
「あ、その顔、信用してねえな? 俺上手いんだぜえ、飯作んの。商都じゃ、爺やと婆やと三人暮らしで、ほら、どっちも年だろ? だから、俺が時々婆やの代わりに炊事場に立ってさ──(略)──」
癖っ毛のどうでも良い自慢話は「あ、そんでね?そんでね?」と一人勝手にペラペラ続く。やがて、一頻り喋って満足したのか、やっと「だってさ〜」と区切りらしきものが現れた。
だが、その声の先が急に途切れた。
ポッカリと穴の空いたような唐突な静寂が訪れる。怪訝に思い窺えば、癖っ毛は眉をひそめて薄闇の一点を見つめていた。
「……あいつさ、全然泣きやまないんだよ」
肩に篭った力を抜くように、ふっと微笑って頭を掻く。
「何も食わないし、眠りもしない。一人で塞ぎ込んで泣いてばかりいる。みるみる痩せて衰弱してって……。育ててもらった爺さんが死んで、あいつ、身よりってもんがなくなっちまったからさ。きっと、世話をしていたアディーのことを自分を慕う妹みたいに──たった一人の身内みたいに思ってたんじゃないのかな。でも、そのアディーも、あいつを残して逝っちまったからさ──。あのまま後を追うかと思った。だから俺、見てられなくて、あいつんトコに毎日通って──」
……ん?
ちょっと待てやコラ?
この話に含まれた重大なる欠陥に、突然、気付く。
「女子寮に、かよ」
サラッと流しやがったが、シミジミ語ってる場合じゃねえんじゃねえか?
聞き捨てならねえ暴言をかましやがった癖っ毛は、一転「あ、気付いちゃったぁ〜?」と開き直った誤魔化し笑い。
「ま、まあね! 成せば成るもんだよな〜? 何事も!」
「……」
この野郎……
下手すりゃ、犯罪じゃねえのかよ。
シリアスな話が台無しだ。いったい、何処から潜り込みやがった。だが、まあ、今更言っても仕方があるまい。過ぎた話は置くとして、少々呆れつつも馴れ初め話の先を訊く。
「それで、勢いでうっかり懇(ねんご)ろになって、ついでに、そのままカミさんに、って寸法か」
よし。何となく流れが見えてきた。
当の癖っ毛は何故だかムッとした顔だ。「──そんなんじゃないさ」
「でも、下心はあったろう?」
「……そりゃあ、ね」
バツ悪そうにボソボソ認め、そそくさと目を逸らして後ろ頭を掻く。
そ〜らみろ。
「でも、卑怯だろ」
癖っ毛がいきなり振り向いた。いやに改まった顔だ。
「俺、そういうのは嫌なんだ。なんか弱味に付け込むみたいでさ」
……は? 今更なに言ってくれちゃってんだ? 禁断の女子寮に忍び込んだ奴が。てか、忍び込んだ時点でアウトだろ。
しかし、全く自覚のないらしいクルクルパーマの犯罪者は、更に堂々と胸を張り、
「だから俺、一緒になるまで、そっちは待とうと決めたんだっ!」
硬く拳を握り締め、「うん! 俺ってエライ!」と、力強く自画自賛。
己に酔っているようだ。もう、そっくり返りそうな勢い。誰かコイツを止めてくれ。
なに一人で勝手に盛り上がってんだよ。そもそも、コイツが奥手なようには、とても見えない。
シラッとしつつも一応は、投げ遣りに相槌を打ってやる。
「だったら良かったじゃねえかよ。無事カミさんと夫婦(めおと)になれてよ」
「それはそうなんだけどさあ……」
ボソボソと続けたかと思ったら、癖っ毛が突如ガバッと縋りついた。
ギョッとはしたが逃げる間もなく「ねー、聞いてくれる〜? カーシュぅー……」とさめざめ泣きつかれる。突如ヒートアップし「俺、何にもしてないのに〜!」とメソメソし出した癖っ毛が、カクカクシカジカ身振り手振りを交えて訴え出たところによれば、ずっとずっと心待ちにしていたというのに、新婚三日目にして大喧嘩が勃発。それまで色々あってお預けで、さあ、いざ出陣──! って時に、事もあろうに閨から締め出し食らっちまったって顛末らしい。そして、話している内にも無念さがぶり返してきたのか、癖っ毛は「くっそお〜……!」と、プルプル拳を握っている。
(不憫な奴……)
口に出しては言えないが。
要は我慢に我慢を重ねた挙句に、想いは果たせず、お預け状態継続中ってことなのか? つまり──
……なんだ。
ただの間抜けじゃねえか。
そこに気付いて、ガックリと脱力した。
散々尽くしてやって何やってんだコイツ。もう、呆れて物も言えない。それにしたって、いくら惚れた女にアピールする為とはいえ、命懸けで、こんな真似までするなんて、コイツもたいがい馬鹿だな馬鹿。──いや、待てよ。つまりは、コイツの"ええかっこしい"のお陰で、こっちは遥々こんな所まで付き合わされてるってことなのか……?
なんだか無性にぶん殴りたくなってきた。許されるかな? 許されるよな……?
ふと、癖っ毛が瞬いた。
「──あのさ、ちょっとカーシュに頼みがあるんだけど」
上目遣いで言い難そうに、こっちの顔をチラと見る。
おう。下らねえ話なら、ぶん殴るが、それでもいいか?
「もしも、この先、俺が旅程の何処かでさ──」
「了解」
「……ちょっとお。俺、まだ、なんにも言ってないんだけど?」
キョトンと瞬いた癖っ毛が、口を尖らせ、小首を傾げた。
だが、そんなもの訊かなくても分かる。
「もしも、この先、お前が旅程の何処かで、くたばるようなことでもあれば──」
北へ向けて顎をしゃくった。
「そん時ゃ、そこの内海の中にでも、ぶち込んどいてやるよ」
身元が割れたりせぬように。
お前の大事な"かーちゃん"を、恐い目に遭わせたりせぬように。
癖っ毛はポカンと見ていたが、フイと目を逸らして照れたように苦笑いした。
「……うん。頼む」
「そっちは、ちゃんと引き受けてやるから、心配しないで心置きなくやれや。──ま、そっちの分の料金は、特別にサービスってことにしといてやるよ」
ギョッと癖っ毛がこっちを見た。「──金取るつもりでいたのかよ!?」
ふふん、と笑って腕を組む。
「当然だろう。無料(ただ)で好意を振り撒く奴なんてのは、たいてい詐欺師か借金目当てだ」
「……違いない」
癖っ毛は苦笑い。
「さてと、希望を聞いといてやろうかな」
「希望?」
「魚に食われるのと、鳥に食われるの、どっちがいい?」
「……どっちもエグイな」
うっかり想像したんだろう。癖っ毛は歪な笑顔で氷結する。そして、ふむ、と首を傾げた。
「水葬か、鳥葬、ってことか。──ああ、でもさ、鳥葬って、鉈(ナタ)で手足ぶった切んだろ? 鳥が食い易いように。──なら、海にして海。俺は、大いなる海に還りたいなあ〜」
「了解。鮫に食い千切られる方がいい、ってことだな?」
「……あのさ、頼むから、そういう痛そうな言い方やめてくんない?」
癖っ毛はヒクヒク引き攣り笑い。思わず、苦笑が漏れた。
「後腐れがある奴ってのは大変だな」
「まあね」
癖っ毛は軽く肩をすくめてみせた。
「──でも、それが俺が望んだ道だから」
残りを食っちまった焼き串をポイとそこらに投げ捨てて、用済みの手をパンパン叩(はた)く。ひょい、とこっちの背中を覗き込んだ。
「お? お前も貰ってきたの? カーシュ」
さりげなく隠しておいた酒瓶を目敏く見つけやがったらしい。そして、あたかも自分の手柄のように言うことにゃ、「な? あいつら連れて来て良かったろ?」
「……うん……いや、まあ……」
しかし、そういう用途なのか?
すっげえ疑問。
話題に上ったラルッカ隊が、どうしているか、と眺めれば、三人は奪取してきた戦利品のハムに、一心不乱に齧り付いていた。どいつも至福の表情だ。余程腹が減っていたのか、上品な官吏とは思えぬガッツキよう。
近くの円陣でそれを見ていた角刈りが、ふと苦笑いして腰を上げ、官吏のグループへと足を向けた。
「ほら、兎だ」
「「「 え? 」」」
「やるよ、お前らに。──まだ食えるだろ? こっちも食えや」
三人は顔を見合わせた。串焼きを「ほい」と差し出され、一番近い"赤いの"が、角刈りを見上げて首を傾げる。
「これ、くれるの? 僕達に? でも、本当にいいの? もらっちゃって。せっかく獲ってきたんでしょう? なのに僕達がもらっちゃったら──」
「いっやあ、悪いな〜! ありがたく頂くよっ!」
「え──?」と驚いた"赤いの"を、"青"が圧し掛かるように押し退けた。角刈りの手にある串焼きを、横から素早く掻っ攫う。
「どれどれ──ん──うまあ〜いぃっ! 生きてて良かったあっ! やっぱバーベキューは肉に限るよな〜♪」
「……うん。いや、さすがに新鮮な肉までは、あいつら持ってなくってさ〜」
腹黒"緑"も、どさくさに紛れて、いつの間にやら、ご相伴。
「あ、でも、ホント旨(うま)いわ、これ──」
"青"が寄越した自分の分を隣の色男に手渡して、気の弱そうな"赤いの"が「もう一本ちょうだい」と、角刈りに向けて手を出している。にっこり笑顔だ。て、え──?
……意外とアイツ、神経図太いのか?
色男は渡された串焼きを胡散臭そうに眺めている。クンクン匂いなんか嗅いでるが、でも、結局は食うんだろうなアレ……。
"ラルッカ隊" の三人は、それぞれ手放しで喜んでいる。態度の悪い上司一名を除き、素直に頬を綻ばせる子供のような笑顔だ。ねだられた分を取りに行くのだろう。踵を返した角刈りは、頭を掻いて苦笑いしている。
気が付けば、呟いていた。「──ふん。連中、中々度胸があるじゃねえかよ」
連中が仕掛けた補給部隊は、兵達の命を繋ぐ生命線だ。豪腕の用心棒達に固く守られているものを。そう、あれから強奪してくるとは、大した度胸だ。だから、ちょっと見直してやろうか。そう、ほんのちょっとだけ──。
隣で眺める癖っ毛は、幹に肘をもたせてニヤニヤしている。横顔が、ふっと目を細めた。
「……他人を非難するのは容易いが、どんな奴にも価値がある。どれほどちっぽけに見えたとしても、人には、それぞれ矜持がある。──俺には分かる。これでも散々苦杯を舐めてきたからな」
和気藹々と和む光景を見据えて、癖っ毛が長い独り言を言う。
唐突に呟いた。「──"クレストの血"、か」
乾いた声で淡々と続ける。
「もしも又、あの時と同じような状況に置かれたら、俺は又、全く同じ結論を出すだろう。それでもカーシュ──」
不意に、こっちを振り向いた。
「俺と一緒に来てくれるか」
じっと見つめる茶色の瞳。揺るぎない、強い眼だ。
「……精々お前にゃ逆らわないことにするよ」
真面目に訊いているようなので、茶化さないで答えてやった。
「だが、なんで、そんなに領主の座に拘るんだよ。権勢欲ってヤツか、ありきたりの」
「もちろん、それもある。当然だろ。だが、それだけじゃない」
「だったら、なんだよ」
癖っ毛は、きっぱりと答えた。
「──やりたいことが、あるんだ」
日の暮れかけた林の中、左右の木立は薄闇に沈み、寛いだざわめきの中、幾つもの焚き火がチラチラ揺れる。
輪に戻った癖っ毛と別れ、考え事をしながら、ブラブラ歩く。
ネズミどもの狙いは、やはり、あの癖っ毛だろう。だが、それでも、やはり分からない。この状態、明らかに何処かが妙なのだ。そもそも、ネズミどもは何故知っているんだ? クレストの領主が、ここにいるということを。
あれがダドリー=クレスト本人であるということを──。
何かが不意に蠢いた。薄暗くなりかけた道の先だ。
物思いで、反応がやや遅れた。動きにつられて顔を上げれば、さっきの荷車のある場所だ。慎重に、何かが動いた薄闇の先に目を凝らす。
(……あいつら?)
"ラルッカ隊" だ。戦利品を積んできた例の荷車に集っている。荷が少し残ったそれを、"青"が前、他の二人が後ろに取り付き、うんしょ、と三人して押し動かそうとしているのだ。やがて、荷車を馬に繋ぎ、それを先導して歩き出す。
(こんな時分に、何処へ行く気だ──)
何やら不審な行動だった。
なんとなく後を尾行けてみる。道なき道をガタガタと戻り、野草生い茂る林に分け入り、そして、藪の向こうで、声がした。
「──おい、こいつらにも、やるのかよ」
野太い男の声だ。
「「「 当たり前だろ。人間、食わなきゃ死んじゃうじゃないか 」」」
揃って応酬したのは、あの三人の声。
こっそり様子を窺えば、あの三人は、数人の部下と対峙していた。そして、呆れ顔の部下の足元には、縄打たれた軍服どもが、何れも憔悴した様子で、ぐったり項垂れて座り込んでいる。
三人が向かっていたのは、山腹に移動した捕虜どもの所だった。あの平然とした顔から察するに、余った食料を分けてやる気でいるようなのだ。互いに顔を見合わせて、見張りどもは連中をマジマジと眺める。
「──勿体ねえな。お前らが苦労してと(盗)って来たんだろうが」
「トラビアまでは距離がある。残った分は、次の食料にしときゃ、いいじゃねえかよ」
「そんな訳にはいかないよ」
"緑"があっさり遮った。
「僕ら、トラビアには仕事でよく行ったんだ」
「……それが?」
怪訝な相手に、"青"が口を尖らせて、ぶっきらぼうに言う。
「軍の人達には良くしてもらった。色んな話もしたし、盗賊なんかから警護してももらった」
「──あのねえ、分からない?」
"赤"が、焦れたように両手を広げた。
「この人達も僕らの仲間なんだよ。ただ、たまたまディールに組しただけのことなんだ。上の命令だから仕方なく、だから商都を包囲したんだ。この人達だって僕らと何も変わらない。家に帰れば、心配している家族がいるんだ」
「なあに、食べ物くらいは、又、補給部隊から貰えばいいさ」
そつなく割り込んだ"緑の奴"が、連中の理由の最後を締めた。
そして、見張り達は、
「……お前ら、又、強奪する気なのか」
その何事もない言い草に、コチトラ同様、唖然と口を開けて絶句した。
あの三人、又、やる気でいるらしい。腕前には、そうとう自信があるらしいな。まんまと強奪される方もどうかとは思うが、連中の図太さも、並み大抵ではなさそうだ。
引き続き、こっそり様子を見ていたら、"ラルッカ隊" は「はい、どいてどいて」と見張りを押し退け、縛られた捕虜達に歩み寄った。せっせと食事を与えて歩く。負傷した奴を助け起こし、痛み止めと思しき薬を飲ませ、傷の手当てを順次施していく。中々器用だ。──って、
「……あいつら、……いつの間に薬まで?」
これには開いた口が塞がらなかった。入用な物はリストアップした上で、きっちり頂戴してきたらしいのだ。
さすが役人。首尾は万全、抜かりはない。
見張りどもは困った顔で突っ立っている。
だが、やがて、互いに顔を見合わせて、一人、又一人と連中の手伝いに加わった。
事情が概ね分かったところで、藪にもたれて一服する。
ずっと握っていた酒瓶に気付いて、ようやく栓を引き抜いた。ラッパ飲みで一気に煽る。
「 "どんな奴にも価値がある"、か」
さっきの偉そうな講釈が、ふと頭に思い浮かんだ。
仰いだ蒼空には、銀光瞬く多くの星々。
吐き出した紫煙が薄く広がり、宵空に溶けて消えていった。
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