CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 6話4
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 肩先に、視線を感じる。
 ジットリと熱い、粘っこい視線だ。
 これは、部下どものものではない。敵なんかでもないだろう。
 さりとて、他人をおちょくる癖っ毛の気配とも、他人(ひと)を見下した"司令官殿"の横柄な気配とも、何処か違う。
 だが、振り向いてみても、誰もいない。そこにはただ、ラルッカ隊の三人が、ひ弱に日向ぼっこしているだけだ。
 
 釈然としないながらも、踵を返して歩き出す。
 やはり、視線をヒシヒシと感じる。
 こんな視線を、かつて知っていたような気がする。
 そう、とても、よく知っている筈だ。とても馴染み深い、そして、つい最近にも、こんな体験をした筈だ。
 しかしながら、それが何であったのか、依然として思い出せない。
 
 しばらく行って、振り返る。そこには、やはり、誰もいない。
 あのラルッカ隊の三人が、何処か不自然なポーズで、ジィッと見つめているだけだ。
 
 もう少し行って、振り返る。やっぱり、そこには、誰もいない。
 ラルッカ隊の 赤 ・ 青 ・ 緑 が──
 
 
 待て。
 
 なんで、いっつも、あの三人がいるんだ?
 踵を返して、そそくさ歩く。
 フェイントかけて、バッと後ろを振り向けば、三人同時に、ピタ──ッと凝り固まった。
 あたかも精巧なセルロイド人形でも見るかのような見事な硬直振りだ。目に見えない蝶々でも追っかけてるのか、芸術的な角度で片手を天高く差し伸ばし、それぞれ明後日の方角に目を逸らし──あ、いや、今、"赤いの"が、ちょっとだけ動いてブレた。不自然極まりないポーズの"青"が、さりげなく腕を掴んで、すっ転ばないようフォローしてるが。
「……」
 スタスタ歩きで、その場から退避。
 だが、そうすると、何故だか例の三人も、ダッシュをかけて、ついて来る。
「──な、なんで、くっついて来んだ!?」
 あんなにビビッていたくせに。
 胡散臭い連れを振り切るべく、ちょっと頑張って加速する。
 だが、そうすると、やっぱりテキも猛然とダッシュをかけてきて──。
 
 
 しばらくやって、くたびれ果てた。こっちが。
 そして、後ろには、やっぱり、例の奇妙な前衛芸術が──。
 連中、若いから、体力が無駄に有り余っているらしい。そして、意外と持久力もあるらしい。
 まあ、確かに、何の害があるでもない。何を仕掛けてくるでもない。しかし、そうまで、じぃ……っと見られていては、どうにも照れ臭いし、やり難い。
 観念して、後ろの三人に声をかけた。「何の用だよ」
 三人は顔を見合わせた。パッと三つの頭を寄せ集め……緊急作戦会議、開催か? 
(なんだってんだよ、ったく。この忙しいのに──!)と内心でブツクサ毒づきつつも、ゴニョゴニョやってる連中の返答を待っていると、背を起こした"赤いの"が、クルリとこっちを振り向いた。何故だかパタパタ駆けて来る。いや、突進して来る?
 ──て、なんでだ!?
「おやつ係ィ!」
 "赤いの"が、パッと両手を広げた。零れるような満面の笑み。
 とっさに、ゲッ──!? と固まったお陰で反応がやや遅れちまい、たじろいで後退った時には、勢い良く地を蹴った"赤いの"が、こっちの肩下に、すっぽりと収まった後だった。
 この事態、訳が分からず、硬直する。
 唖然と見下ろしたコチトラに構わず、"赤いの"は、どっかの猫みたいに頬をスリスリなすり付けてくる。そして、パッと顔を振り上げ、輝くような笑みで、のたまった。
「バク転やって! バク転!」
「……」
 
 ──お前らもかよ!?

 額を掴んで、沈没した。
「はあ〜……」と無駄に長く空虚な溜息。何故に、どうして、みんなして俺にバク転をさせたがるのだろう。ああ、謎だ……。
 こっちの服の腹の辺りをしっかり掴んだ"赤いの"は、期待に満ち満ちた眼差しで、囃し立てるようにキャイキャイ騒いで催促してくる。「ねえ! バク転! バク転!」
 無視して、クルリと踵を返した。
「俺は、そういうのは、やんないの」
 きーっぱりと即断で断り、手を離そうとしない"赤"をズルズル引き摺り、力尽くで歩き出す。しかし、引き摺られつつも尚"赤いの"は、こっちの顔を覗き込み、邪気なく目を瞬かせ、更には可愛らしく小首を傾げて──
「出来ないのー!?」
「──。出来るけど、やんないのっ!」
「なら、やってよ! やって見せてよ!」
「なんで」
 そうだ。なんで俺が。
 
 ……ん?
 このやり取り、なんか、前にもしたような……?
 
 しかし、なんでだ? なんで、こんな鬱陶しいことになっちまってる?
 原因を探して、うーむ……と唸るが、分からない。もしや、腹ペコでへばってるところへ、ツマミを恵んでやったからか……?
 しっかりと服を掴んだ"赤いの"は、期待に満ちた屈託のない笑顔。"青"と"緑"は、少し下がった後ろに控えて、じぃ……っと事の成り行きを見守っている。こっちも興味津々の顔だ。"赤"を止めようとはしないところをみると、さっきの作戦会議の結果、この"赤"が交渉役に選ばれたんだろう。
 ……ヤバイ。
 ふと、それに気がついた。
 "餌付け"に成功しちまったらしい。
 
 しかし、まあ、
 動物でも人でも、こうまで懐かれれば、悪い気はしない。"赤いの"は、男というには余りにもひ弱で軟弱で、どっちかっていやガキの部類だ。こうニコニコと擦り寄って来られると、頭の一つも撫でてやりたくなる。
 その純粋な人懐こさに、なんとなく、つられて片手を持ち上げる。だが、素直な髪に着地させようとした正にその時、
 
「ぅおーい! お前ら! 又獲ったぞお! 兎食うかあー?」
 
 木立の向こうから、三人を呼ぶ、嬉々とした声……?
 この声は部下どもか?
「──あ! 行く行くぅっ!」
 "赤いの"が、パッと離れた。
 すぐさまクルっと踵を返し、両手を振って駆けて行く。案外さっぱりしてんだなお前……。
 "赤いの"の頭上に到着していた手が、降下地点を突然失い、なんともいえず手持ち無沙汰だ。仕方なく、用済みの手をモソモソと下ろす。なんか、俺、すっげえ間抜け……。
 他の二人も、チラとこっちを盗み見て、クルリと"赤"を追って踵を返した。どっかのストーカーの如くに、タタタ……っと、その背を追いかけて行く。
「……こっちは、お役放免、か?」
 いささか呆然と呟いた。
 照れ隠しに、ポリポリ頬っぺたなんかも掻いてみる。あんなに賑わっていたのに、みんなアッサリいなくなっちまい、一人ポツネンと取り残されて、どうにも格好がつかない。「さてと、行くか……」と不要な掛け声をモソモソとかけ、当初の進行方向へと踵を返した。
 
 今の三人とは逆方向へと歩き出す。
 アレの習得場所を探していたのだ。人目がなく、尚且つ少しでも広い場所──。
 サクサク野草を踏みつけて、木立の奥へと歩いていく。だが、まだ幾らも行かぬ内に、「おやつ係ィ!」と、あの妙な呼称で呼び止められた。
「又かよ……」
 ガックリと項垂れる。そう、こんな訳の分からんあだ名で呼ぶのは、世の中広しと言えども、あのラルッカ隊の三人しかいない。
 今の"赤いの"が引き返して来たんだろうか。「今更なんだよ」と舌打ち混じりに振り向けば、果たして、そこにいたのは、両の拳を握り込み、肩幅に開いた足をふんっと踏ん張り、睨みつけている──。
「頼みが、あるんだ」
 "青"だった。
「俺に、かよ」
 利かなそうなその顔を、シゲシゲ眺める。頼みって何だ? 又、「バク転やって!」とか、ふざけたことを抜かすんじゃねえだろうな。
 だが、"青いの"は、意外にも真面目な面持ちだ。ガバっと体を折り曲げた。
「お、俺を弟子にして下さいっ!」
「弟子?」
 何を言い出す? この"青いの"。
 違った意味で唖然とした。
 目の前には、膝と額がくっ付きそうなほどペコリと下げられた"青いの"の旋毛(つむじ)。それをマジマジと眺めて、や〜れやれと肩をすくめる。
「……悪いが、他を当ってくれや。そういうのは、やってねえんだ」
 軽く手を振って追い払い、踵を返して歩き出す。だが、
「頼む! 強くなりたいんだ! 誰にも負けないくらいに!」
 ああ、まったく困った坊やだ。腕を組んで、振り向いた。「剣の腕なんざ、お前には必要ねえだろ」
「そんなことない!」
「お前と俺らとじゃ、そもそも住む世界ってもんが違うんだよ。昨日の戦にしたって、俺達だけなら、あそこにいた軍兵全員、一人残らず内海に叩き込んでたところだぜ。お前んトコの色男が、あんな我がまま言い出さなけりゃ、今頃は──」
「あの人が?」
「おう、止めに来たぜ。あの"しれーかん"の野郎が"絶対に駄目だ!"って言い張りやがってよ。もう、しつこいったら、ありゃしねえ」
 "青いの"が眉をひそめて呟いた。「……お人好しだからな、あの人は」
「ともかく、こっちとそっちじゃ世界が違う。ま、そんなに強くなりたきゃ、精々真面目に、剣術の稽古にでも励むんだな。それで十分だよ、お前には」
「駄目だ!」
 "青いの"が、キッと真摯な目で振り仰いだ。
「今までだって、稽古は真面目に積んできた! でも、実戦じゃ役に立たなかった! 全然だ!」
「……知るかよ、そんなの」
 つくづく溜息をついた。そんなもの、俺のせいじゃねえって。
 しつこい"青"を追い払うべく片手を振る。
「つまんねえこと言ってねえで、仲間んトコへ、さっさと帰んな。そもそも 《 遊民 》風情に弟子入りするなんざ、あの気位の高い上司殿が許さねえよ」
「俺が何とかする!」
「無理だって。昨日だって、折角の手柄、横取りされたってのに、文句の一つも言えなかったじゃねえかよ」
 せせら笑って指摘してやれば、"青いの"は、ふと、眉をひそめた。
「──いいんだ、俺らは。あの人が喜んでくれれば、それで」
「へえ、そいつぁ殊勝なこったな」
 どうとでも勝手にやってくれ。官吏の考えることは理解不能だ。
 波長の合わない話に見切りをつけて、歩き出す。だが、それでも、"青いの"は、
「逃げ回るだけなんて嫌なんだ!」
 背けた背に声を張り上げ、食い下がってくる。
「昨日みたいに、襲われた時に何も出来ないなんて嫌なんだ! 俺は、──俺は、強くなりたいんだ!」
「なら、人を斬れ」
「──え?」
 "青いの"が、ピタリと喚き止んだ。敢えて、ゆっくり振り返る。
「そんなに強くなりたきゃ、人を斬れよ。おう、そいつが一番手っ取り早いぜ」
 "青いの"の顔色が、みるみる蒼白に変わった。強張った顔で、恐る恐る訊き返す。
「……本気で言ってんの?」
「おうよ。俺は本気だぜ。冗談なんかで言うもんかよ」
 "青"は無言で俯いた。
「そうだな。そうまで言うなら、手始めに、そこらの奴の首級をあげてこい。それが出来たら、弟子にしてやるぜ」
 "青"は硬く拳を握り締めている。茶色の素直な髪の下から、小さく「卑怯だ……」と呟きが聞こえた。ギリギリと歯を食いしばる気配がする。"青"は項垂れて硬直したまま身動き一つしない。
「どうした?」
 意地悪く促してやれば、肩を震わせた"青いの"が、キッと顔を振り上げた。
「そんなこと、──そんなこと、俺に出来る訳がないだろ!──卑怯者! 見損なったよっ!」
 憤怒も露わに思い切り罵倒を叩き付け、"青"は荒っぽく身を翻した。木立の先へと駆けて行く。
「嫌われちまったな……」
 憤然と駆け去る後ろ姿を苦笑いで見送って、や〜れやれと頭を掻いた。
 
 踵を返してブラブラ歩く。
 しばらく行くと、又も後ろで、「おやつ係!」と、こっちを呼び止める声がした。今度は凛とした声だ。ああ、面倒臭せえ。今度はあいつ、、、、か。
 三つ子なら三つ子らしく三人まとめて出て来やがれ。
 なんだよ、とかったるいながらも振り向けば、そこにいたのは案の定の腹黒"緑"。
「──なんなんだよ、その"おやつ係"ってえのはよ」
 いい加減うんざりしながら訊いてみる。
 "緑"は如何にも不思議そうに小首を傾げた。「なら、"赤毛"とでも呼べばいいのか?」
「……。なんだよ、お前の方の用件は」
 もう、めんど臭いから、呼び名なんかは、なんだっていいや。
 おもむろに腕を組み、小生意気な"緑"は、ジロリとこっちを睨めつけた。 
「オットーに何を言った」
「……お前にゃ関係ねえよ、"しれーとー(司令塔)"」
 "緑"は怪訝な顔で眉をひそめた。だが、すぐに、それが自分の"あだ名"だと気付いたらしい。さも心外そうな顔を作って「僕はロルフだ」と訂正した。……ああ、そうかよ。ヒトのことは、ぞんざいに"赤毛"とかって呼ぶくせに。
 相も変わらずキリッとした顔で、"緑"はキッと睨み上げる。
「オットーを変な道に引き摺り込まないでくれ」
「……心得てるさ。心配すんなよ、"司令塔"」
 さっさと帰れと片手を振る。まったく、なんなんだコイツらは。
 "緑"は、睨みつけたまま、動こうとしない。
「なんだよ、用はもう済んだだろ?」
 躊躇いがちに目を泳がせて、"緑"はチラと盗み見た。
「一つ、訊かせてくれ。君達は本当にその、……日常的に、そんなことをしているのか?」
「何が」
 要領を得ない。
「だからさ、──オットーに、今、言ってたろ?」
 "緑"は言い難そうに、何処か苦しげに口篭る。
「君達はその、……いつも、そんなに簡単に、人を斬ったりだとか……」
反吐へどが出ら」
「──え?」
 年相応の素直な顔で、"緑"がパチクリ瞬いた。
 ポカンとしたその顔に、溜息混じりに言ってやる。
「誰が好き好んで、そんなことするもんかよ。そんな奴いる訳がねえだろ。もっとも、今の"青い奴"みたいに、てめえが強くなりたいだけ、なんて単純な暴力馬鹿も、中には混じってるかも知れねえが」
「オットーが強くなりたいのは、自分の為なんかじゃないよ!」
 ムッと、"緑"が口を尖らせる。
「あいつが、あんたの所に行ったのは、あの人の──」
 一瞬、躊躇い、そして、精一杯対抗するように、強い瞳で見返した。
「上席徴税官殿の役に立ちたいからだよ」
 
 
 
 
 

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