■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 6話5
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いささか気分が重かった。
食ってかかられた"緑"の顔が、はっきりと傷ついた"青"の顔が、しつこく脳裏に蘇る。だが、まあ、あれはしょうがない。刺客に対抗しようというのなら、殺す気でかかってくる敵とまともにやり合おうというのなら、そいつの殺気を相殺出来るくらいの同じだけの気構えが要る。だが、そんなものは口で容易く教えてやれるようなものじゃない。
「実戦じゃ通用しなかった」と"青"は真面目な面で言ってきたが、いくら練習を積もうが、土台無理に決まってる。"教えられた型を覚えたから"、"木刀を振って練習を積んだから"、だから斬れるようになるなんて、そんな生易しいものじゃないのだ。それだけでは肝心の"実習"の過程が抜けちまっている。
"攻撃可能な位置に立つ"ということ即ち、てめえも"真剣を持った敵"の間合いに入ること。よしんば、そいつに死ぬ覚悟が出来ていたとしても、それだけじゃ人は斬れない。真っ当な心情的な躊躇なんかは一旦他所に置くとして、そもそも、人間の厚みのある体なんてものは、早々斬れるもんじゃない。実際何度も人の肉体を斬ってみて、自分の腕と体とでコツと力加減を覚えていくのだ。体全体でその"技術"を探っていくのだ。どうやったら上手く斬れるのか──
ここはカレリア、平和な国だ。一生に一度、遭遇するかどうかのそんな稀有な危機の為に、堅気の者が気張って備えることはない。そういう危ない仕事は、専門の用心棒どもにでも任せておけばいい。あいつらは、それが出来る立場にいるし、ここは、そういう国だ。それが許される国だ。
「……しかし、意外と人望あるんだな、あのしれーかん」
真剣な"青"の顔を思い出して苦笑いしつつも、木立の間をガサガサと分け入る。予定外にも邪魔が入ったが、アレの習得場所を探していたのだ。さっさと探さないと休憩時間が終わってしまう。そう、人目がなく、尚且つ少しでも広い場所──。
「──だからさ、ラル。そういう話なんだよ」
藪の向こうで声がした。聞き慣れた声だ。これは、そう──
……なんだ。癖っ毛の声か?
足を止め、そっちを何気なく眺めれば、大木の下に腰を下ろそうとしている癖っ毛と例の"司令官"殿の姿が見えた。何やら真面目な顔で話し込んでいる。癖っ毛の顔を見て、色男が小首を傾げた。
「しかし、整備された地下道がずっと奥まで続いていたぞ? なんなんだ、あれは。あいつら が造った物なのか?」
──"抜け道"の話か!?
思わぬ内容に、身構えた。
声をかけようと踏み出しかけ、しかし、とっさに思い止まる。藪を隔てたコチトラに、二人は全く気付いていない。とりあえず、音を立てぬようソロソロ静かに腰を下ろした。だが、何となく出そびれちまって、ソワソワする。やはり盗み聞きは良くないだろう。こういうことをすると(=バレると)、てきめん信頼を損ねるのだ。やっぱり行こう、と意を決し、立ち上がりつつも振り向いた。
「おい、癖っ──」
ぐい、と上着が引っ張られた。
引き倒されたこっちの肩を、手が荒っぽく押さえ付ける。
(──賊か!?)
とっさにもがくが、すでに遅い。体重の乗った相手の膝が、胸の下を押さえ付けている。反撃はおろか起き上がることさえままならない。チラチラ揺れる木漏れ日の中、圧し掛かった顔を、せめて睨む。
「──な!? てめえ、ザ──!?」
その先は声にならなかった。いや、怒鳴りつけてやろうとはしたんだが、途端に口を塞がれた。
抵抗かなわず、ギロリと下手人を睨みつければ、当人は「シッ!」と一本、口元に指を突き立てた。この──
(ザイ〜っ!)
いったい何処から湧いて出た!?
てか、なに味方に襲い掛かってんだ!? コイツはー!?
「……もう、何やってんスか班長サン。はい、さっさと隠れて隠れて」
(あ゛?)
腹を踏ん付けていた膝を引き上げ、塞いだ口から手を離し、更には片手で引き摺り上げたこっちの肩を、ぞんざいに、かったるそうに押し戻す。背後の藪に寄りかかり、片膝立てて座ったザイは、もう一方の伸ばした脚を積もった枯葉の上に投げ出した。
気付けば、藪の中に逆戻り。そして、成り行き上、ここから先は、ごくごく小声でヒソヒソ話。
「──てめえ! ザイっ! いきなり何してくれてんだよっ!」
藪の向こうでは、下草を鳴らして立ち上がった癖っ毛が「なー、今なんか、人の声しなかったー?」と周囲を見回している気配がする。
頭の後ろで両手を組んで、ザイは軽く嘆息した。
「まったく。何考えてんです班長サン。脳味噌まで筋肉で出来てるんスか」
「てめえこそ、こんな所で何してんだ。盗み聞きかよ」
「おや。人聞きの悪い。昼寝してたら向こうの方が、こっちに歩いて来たんスよ?」
心外そうな顔で両手を広げ、「俺が先っス」とヌケヌケと主張。このキツネ目野郎……
「なら、なんで俺まで隠そうとしてんだよ」
「ま、敢えて言うなら、なんとなく?──だって見つかっちまうと面倒じゃないスか色々と。──まあ、折角なんで、話聞いといて損はねえかな〜とも思いましたし」
「そういうのを "盗み聞き"ってんだよ、世間サマでは」
「たまたまっスよ、たまたま。"俺の"に他意はねえんで」
「……」
おお有りだろ。
まったく、臆面もない。ああ言や、こう言い返しやがる。どっかの頭(かしら)にそっくりだ。
「なら、俺がどうしようが関係ねえな?」
「いや、それじゃ、ブチ壊し──あ?」
あ? と口を手で押さえ、ザイは瞬いて顔を見る。
深く、深く、脱力した。
何が "たまたま"だ、この野郎。しっかり"情報収集"してんじゃねえかよ……。
こんな所に潜伏して何をコソコソ探っているのやら。あの上にしてこの下あり、とは、よく言ったものだ。コイツの上"レッド・ピアス"の、一見にこやかな顔を思い浮かべて、つくづく溜息をつく。
「──おい、俺は行くぞ。隠れてコソコソするってのは、どうも性分に合わねえんだ」
「まじヤバかったっスよねえ? あの領主」
チラと思わせぶりにザイが見た。
「まあ、"誰のお陰で"、とは言いませんけど」
「……」
言ってんじゃねーかよ!?
そして、白々しくも恩着せがましく仄めかし、ヌッと顔を突き出した。
「貸しといたげます」
「……」
「これでチャラってことで。どうです?」
指を一本突き立てて、早速、返報を催促する。この胡散臭さ満載の性悪ギツネが!
「──まあ、冗談はさておいて」
軽く笑って、ザイは口調を改めた。
「そろそろ帰りましょうや本隊に。捕まえた兵ども後腐れなく始末して。将を取られちゃ、シャレになりませんしね」
そっぽを向いて返事をした。
「捕虜は後日解放する」
「そりゃまた、どうして」
淡々とザイは続ける。
「それじゃあ、コッチがマズイでしょ? 放した途端にアシがつく」
「……問題ねえよ」
「だから、どうして」
「癖っ毛の案に乗ることにした。あの癖っ毛が首尾良くディールを取り込めりゃあ、別段何の問題も──」
「班長サン、あんたねえ」
ザイが呆れた溜息で遮った。やれやれと頭を掻いて、目だけで鋭く一瞥する。
「あの坊やの夢みたいな話、あんた、まさか真に受けたんじゃ」
口調こそ淡々としているが、窺う視線は剣呑だ。
「本気スか。あの坊や一人で、敵の意思を覆せると?」
有無を言わせぬ鋭い視線から目を逸らし、ぶっきらぼうに返事をした。「──ああ」
「へえ」
ザイの反応は冷ややかだった。つくづく軽蔑したような口振りで、放り投げるように言う。
「困った人だ。なんで、そうなんスかねえ、そっちの隊の人達は。そんなに気に入りましたか、あの坊やが」
「……うっせーよ」
会話が途切れた。
それきり口を噤んで、ザイは風にざわめく緑梢の揺らぎを眺めている。
不気味だった。日頃から、コイツは得体の知れぬところがあるが、こうやって殊更に黙り込まれると、何を考えているのやら、もう、さっぱり分からない。
しばらくザイは、無言で晴れ渡った空を眺めていたが、やがて、淡々と口を開いた。
「なら、尚更、丁度いい」
どこか殺伐とした乾いた口調だった。
若干の警戒心を抱いて、隣を怪訝に振り返る。
「……その"丁度いい"ってのは、どういう意味だ」
ザイは口端で皮肉に嘲笑った。何やら試す目付きで、こっちの顔をチラと見て、あの二人がいる背後の藪に向けて、ぞんざいに顎をしゃくる。
「なら、この際、確かめさしてもらいましょ?」
「何を」
「あの坊やが信用するに値するかどうか。あの坊やの──」
不敵に目を細めた。
「"真意"ってヤツを」
藪の向こうを窺えば、キョロキョロ歩き回っていた癖っ毛は、拘ることなく諦めたらしく、しきりに首を捻りつつも、元いた色男の隣へと腰を下ろしたところだった。
そして、何の因果かコチトラは、事もあろうにあのザイと、肩を並べ膝を抱えて仲良く日向ぼっこする羽目に……。
いや、俺は盗み聞きなんかするつもりは、これっぽっもねえぞ? 断じてこれっぽっもねえんだが、だが、まあ、しかし──。
癖っ毛の声がした。
「あの坑道は、あいつらが造ったものじゃない。あいつらはアレを見つけただけだ。もっとも、商都から地下に降りる道だけは、掘って繋げたみたいだがな。坑道それ自体は、最初から地下にあったらしい」
「それなら、いったい誰が造ったというんだ?」
「さあな〜。さしづめ大昔の避難路か何かが埋もれず残ってた、って話じゃねーの? ってより、この辺りにある地下道なら、お前んトコが──ラトキエの方で造ったんじゃねーのかよ」
「──そんな話は聞いたことがないが」
「なら、ラトキエがこの辺りを治めるようになる以前に造られた通路ってことになるか。確かに、壁の作り方一つとっても、今の物とは工法が違うし、使っている石の材質からして全く違う。妙な話なんだが、あの坑道、意外と高い技術力で造ってある。材質一つとっても、あんなに頑丈で粒揃いの石は見たことがない。そもそも勝手に光る、なんて変てこな特性を持った石は初めて見た。──ああ、そっか、そっちの方はあんまり古くて光り苔でも生えたのかも知れないが」
「それにしても、夢にも思わなかったな。まさか、あんな抜け道を、密かに《
遊民 》どもが使っていたとは──!」
背中の藪から突然名指しが飛んで来て、ザイと二人、顔を見合わせた。
「おや、ピンチっスねえ」
しかし、全く堪えてはいなさそうな暢気な声だ。ああ、気が抜ける。
「……てめえは黙ってろ」
まるっきり、お前、他人事だな? ええ?
色男の苦々しげな口振りに、忌々しく舌打ちした。
「──癖っ毛の野郎! だっから言わんこっちゃねえ」
怒り心頭に達した副長の顔が、脳裏に過ぎった。あの癖っ毛が「何とかするから大丈夫!」と太鼓判を押しやがるから、こうして話に乗ったんだが、
ああ、やっぱ、夜逃げかも知れねえ……。
「色々あんだろ? あいつらにも切羽詰った事情ってもんがよ」
……癖っ毛の声だ。
憤慨した色男を、なんとか宥めようとしているらしい。
(頼むぞ! 癖っ毛!)と、心中密かに手を合わせて拝む。
「まあ、そう堅苦しく考えんなよ。──な、ラル」
──よし! 行け! 癖っ毛!
頭の硬い色男もコイツの言うことだったら聞くだろう。なんたって無二のダチだ。
癖っ毛の奮闘振りには、食わせ者のあのザイも「へえ……?」と意外そうに肩をすくめている。
だが──
「いいや! 見過ごすことは断じて出来んな!」
え……?
一転きっぱり懐柔を跳ね除け、色男は良いムードをぶち壊して続けた。
「戻ったら即、上に報告して跡形もなく塞いでやるから覚えておけ!」
……ああ。そういや、頑固だって言ってたっけな。しかも──
筋金入りの。
癖っ毛の飄々とした声がした。
「なーラルぅ? そういや、お前んとこの "アレ" さ、上に知れたら、ヤバイんじゃないの〜? 」
「 "アレ" とは何だ。いきなり、なんの話だ」
「だからさ〜、お前んトコの地下倉庫の話♪ 色んな物資、しこたま貯め込んでたみたいじゃ〜ん?」
「……何が、言いたい?」
「俺さ、なんか無性〜にバラしたくなっちまってんだよなー! ああ、もう誰彼構わずとっ捕まえて、あのコト言い触らしてやりたい気分! ロワイエ家ってば、地下の倉庫に色んな物資をしこたま貯め込んでますよおって!」
「──ダ、ダドリー! 何を!」
「いやあ、物騒な話ってホントやだよな〜? でも、あんなもん隠し持って、何しようとしてるんだろうなあ? ロワイエってば。あーそういや、お前んトコには、爺さんの代にも、ラトキエに取って代わろうとして失敗した前科とか、あったっけなあ〜?」
「……む」
「なー、いいだろぉー? ラルってばあ〜ん♪ 俺のささやかなお願い、聞いてくれるよな〜? な? な? 友達だろお〜?」
癖っ毛の首尾が気になり、藪を割って覗いてみたら、色男は案の定、俯いた額に手を当てて、肩をプルプル震わせていた。
「……脅迫する気満々っスね」
ボソリ、とザイが解説を入れた。
そして、白々しくも "お願い" をせがんだ癖っ毛は、
「お前は、なあんにも見ていない。──な? ラル、そうだよな? ボクら仲間じゃないか。苦楽を共にしようよ」
項垂れた色男の肩に手を置いて、不届きな呪文を嬉々として囁く。
「……俺は、……何も、見なかった……」
「うん。それでこそラルだ。俺達トモダチだよな」
「腐りきった友情っスね」
ザイが欠伸(あくび)混じりに適切な感想をほうった。まったく、実に同感だ。
話が落着したようなので、藪に背中をモソモソと戻す。
敗北感に塗れた深い深い疲労の溜息が聞こえ、その後、色男の落ち着いた声がした。
「──それで、ダド。お前、トラビアの領主の方は、具体的にはどうするつもりでいるんだ?」
……ああ、そういや、そうだな。
肝心要のそこんところは、どうするつもりでいるんだ? あいつ。
それに答える癖っ毛の声が、戸惑うことなく淡々と聞こえて来る。
「軍隊ってヤツは、上からの命令で動く。そして、これだけ組織がでかくなっちまえば、領主が直接、号令をかける訳じゃない。即ち効力を持つのは、紙切れ一枚だ」
「それで?」
「なら、『 停戦指令書 』 にサインさせちまえば、こっちのもんだろ」
「どうやって。話は既に、ここまで大きくなっているんだ。今から領主を翻意させるのは並大抵の苦労じゃないぞ」
「だからさ〜、必要なのは紙だって "紙"」
「紙?」
……かみ?
思わずザイに目をやれば、奴は小首を傾げて、まるで見当もつかない、といったふうに肩をすくめた。
まったく。何考えてるんだ、あの癖っ毛は。
続けて、癖っ毛の気負いない声がする。
「だからさ、要するにサインさせる時は、何かダミーの書類見せときゃいいって話だろ? そーねー、例えばエロ本の年間購読契約書とか、うってつけじゃね?」
「……」
──あんのクソ馬鹿! もちっとマシなこと言えや!?
絶句したらしい色男同様、頭を抱えてつくづく溜息。「こんなんで大丈夫なんだろうか……」と沈没した。
「……すっげえ、いい加減な計画だなオイ……それじゃあ、まるで、悪質な詐欺商法紛いじゃねえかよ……」
ああ、もうちょっとマトモな策があるんだろうと思っていたのに……。
「いいじゃないスか。詐欺紛い上等」
「……」
あー、そういうの好きそうだよな、お前も。
「こいつは案外、いい手かも知れませんよ?」
ザイが意外なことを言い出した。
「迂闊に撤回できねえし」
「……あ?」
言わんとする意味がよく分からず、怪訝に首を捻る。真っ直ぐ空を仰いだままで、ザイは、淡々と続けた。
「間違いだったと気付いたところで、領主はすぐには撤回できねえ。指示をコロコロ変えたりすれば、混乱を招いて下の統制が取れなくなる。つまり、一度指示したからには、しばらくはそのまま行くしかねえ。そうしてモタモタしている内に、事態の収拾に王が乗り出し、ディールはその矛先を収めざるを得なくなる」
そうか、とようやく気が付いた。「──つまり、時間稼ぎをしようって肚か」
「領主の放った大軍勢を、たった一人で押し止めようなんざ、端から無理な話スよ。どんなに下らねえ話でも、領主の指示は絶対で、一度出したら取り消しは利かねえ。それを、坊やはよく知っている。──ああ、そういや、ああ見えて領主でしたっけね、あの人も」
それに応えようとしたその矢先、癖っ毛の声が、不意に耳に飛び込んで来た。
「おっもしれーんだよ。カーシュからかうの」
──て、あんの野郎〜!?
癖っ毛! てめえ! やっぱりか〜!?
怒りの炎が、メラッと抑えようもなく心中に灯る。
あいつ、ぶん殴る。もう決めた。
「うん、確かに面白い男だな。単細胞で」
「……む!?」
──今度は、スカした"司令官"の野郎か!?
あいつも泣かす。ぜってー泣かす。
だが、背中を勢いよく振りかぶろうとした丁度その時──
「でも俺、ああいう奴、すっげえ好きだ!」
「……」
思わず、固まった。
その視界に、ヒョイと割り込む奴がいる。首を九十度にひん曲げたザイだ。ニィッと笑って、ピンと人差し指を突き立てた。
「良かったっスね〜、班長サン」
「……」
──ザイ〜っ!
速攻で、バネ仕掛けの如くに起き上がった。
ヘラヘラ笑うザイの首を、両手でグイグイ締め上げてると、──
「──あ、もちろん俺は、」
ふと、隣の存在に気付いたらしい癖っ毛が、明るい声でヘラヘラ続ける。
「ラルのことも大好きだけどー!」
「下らん戯言はともかく──」
……あ?
司令官の野郎、ピシャリと迎撃しやがった──!?
あの奇妙なペースに微塵も振り回されてねえ!
とっさに藪の隙間から覗いてみれば、癖っ毛は不服そうな涙目だった。飛びかかろうとした手を跳ね除けられたか、片手をプラプラ揺らしてる。
「……さすがだ」
色男の対応のあまりの的確さに、思わず、じぃっ……と見入っちまった。
それにしても見事な首尾だ。その的確な癖っ毛捌きには、ほう……と感嘆の溜息さえ禁じえない。今の間髪容れずの滑らかな反応は、ほぼ無意識でのことだろう。
……慣れてるな、司令官殿。
まさか、コイツを尊敬する日が来ようとは、全く夢にも思わなかったが、しかし、あの突飛な動きを、あの油断のならねえ胡散臭い攻撃を、ああも完璧に弾き返してみせるとは──。
「……あの男、出来る!」
密かに深く確信し、腕を組んで、う〜むと唸る。さすがに、アレのダチを長年やってるだけのことはあるな。参考にしよう。
嫌な野郎だが、ちょっぴり見直す。ふむふむ……と、心の中でメモをとっていると、
「おや、フラレちまいましたか」
「……」
そりゃ、ご愁傷様で──と手を合わせるヘラヘラ笑いのザイ。その首を、もう一度メキメキと締め上げてやった。
藪の向こうの二人の話は、依然として続いている。
そして、引き続き藪に潜んだ俺達は、思わぬ話を聞くことになったのだった。
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