CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 6話6
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「……なあ、缶蹴り したっけなあ。ノースカレリアのド田舎でさ」
 晴天の青空を眺めやり、癖っ毛は懐かしそうに目を細めた。
「あの時も丁度、こんな夏の真っ盛りでよ。道端で遊んでた近所のガキどもに誘われて、基地作って、要塞作って、食いもんなんかも持ち込んだりして──。真っ青な空で、蝉が鳴いてて、日差しが暑くて、辺り一面、草ぼうぼうで、風が吹いて、葉っぱが鳴って、食って、笑って、跳んで、走って──お前と俺と、エレーンとエルノアと──」
「それから、アディーとレノと、な」
 上着から黒革の手帳を取り出しながら、色男は苦笑する。
「たく、後から出てきてレノの奴、俺んトコのガキども、片っ端から掻っ攫って行きやがってよ〜」
 何を思い出したか癖っ毛は、膨れっ面で腕を組む。
「まったく、あの卑怯者が。狡(こす)い真似しやがってよ。やることが姑息だってんだよな、駄菓子なんかで釣りやがって。お陰でみ〜んな一網打尽だ」
「ダド、そういうお前も子供に混じって嬉々として食ってたんじゃなかったか? それに、あれは "お前の"じゃなくて、"俺の"忠実なる部下達だ」
「……イチイチ細かく訂正すんなよ。共同戦線組んだんだから、そんなの、どっちのガキでも一緒だろ?」
「いいや。"親分"より "司令官" の方が格上だ」
 キッと顔を上げ、色男は、あくまで訂正する。そこは譲れぬ線らしい。
「あー、そーですか」
 いーけどよ、別に、と、癖っ毛は口を尖らせる。
「──しっかし、ナメてるよな〜レノの奴。ナニあの言い草。"オニは一人でなけりゃ邪道だろ" とかなんとか言って、みーんな敵に回してよ。あの野郎、ガキの前だからって格好つけやがって」
「アディーだけは例外だったがな。まあ、あの娘は足が不自由で、走れないから除けたんだろうが。仲間にしても、所詮は"みそっかす"だし」
「その"みそっかす"に捕まったのは、何処の誰だったよ。え? しれーかん?」
 癖っ毛に囃し立てられ、色男が、ムッと顔を振り上げた。きっぱりと言う。
「俺は、アディーが "来て" と言うから、行ったまでだ」
 なんだ、それ。
 呼ばれてホイホイ出て行っちまっちゃ、そもそも勝負になんねえんじゃねえか?
 しかし、色男は、ふふん──と嘲笑って、偉そうに腕を組む。「そもそも、お前みたいに、惨めに落とし穴に嵌るより、よほどマシだと思うがな」
「──あれは!」
 どうやら落とし穴に嵌ったらしい癖っ毛は、ムッとした様子で、顔を振り上げた。
「あれはレノのせいだって! だって、まさか、あんなもんが掘ってあるとは、こっちだって、夢にも思わねえじゃんかよ。だから──」
「だから、まんまと近寄ったんだろ? アディーに呼ばれて、、、、、、、、、
「……む。……だからあ〜、……そもそもだな〜、あれはレノの卑怯者があんな非常識なもん掘りやがるから、あんなことになるのであってだな〜、決して俺は……」
 なんだかゴチャゴチャ言ってるようだが、要するに、女しかいねえと油断して、ほいほいコイツが寄ってったところを、あっさり穴に落ちて捕まっちまったってことか……? 
 どっちもどっちだろ。何してんだコイツら。
 癖っ毛はしばらく、一人でブチブチ言ってたようだが、色男が全く相手にしないので、虚しいことだと悟ったらしい。肩を落として溜息をついた。
「結局さ、あの時は、エレーンも、エルノアも、み〜んなアディーに捕まったんだよな〜」
「ああ。子供は誰一人として、捕まらなかったみたいだがな」
 
 子供? 
 つまり、大の大人は全部が全部、その"アディー"ってのが捕まえたってことなのか? でも、確か足が不自由な "みそっかす"だった筈なんじゃ?
「その"アディー"って女、何者なんスかね……」
 ザイがボソリと呟いた。こっちの腑に落ちなさを代弁するかのような、ピッタリの言葉で。それにしたって、"基地"ってコイツラ……
 確か"カンケリ"してたんじゃなかったか? てか、そもそも遊び自体が、なんか別のもんに化けてねえ?
 
「しっかしレノの奴、いつもはノタノタ歩いてるくせに、意外と足が速ええんだよな〜。"不健全"の塊が服着て歩いてるようなもんなのに」
 割り切れない顔でブツクサ言ってる癖っ毛の愚痴に、色男も微笑って応える。
「あいつが昼より前に起きているところは、まず見たことがないな」
「どう見たって、ありゃ、チャラチャラした只の女誑しだよな。なのに、なんでかやたらとガキどもに人気があんだよな、アイツ。横から出てきて、ガキども手懐けやがってよ、あーゆーのって、すっげえムカつく。──あー、好かれるっていやラル、お前も求婚されてなかったっけか、チームの可愛い女の子にさ〜。"大きくなったら、しれーかんのお嫁さんになったげる〜"って」
「……そうだったな」
 指先で手帳の頁を捲りながら、色男は懐かしそうに苦笑いした。「丁度こんな、暑い季節のことだった」
 手足を伸ばし、大の字で寝転がったまま、癖っ毛は、空を見上げてクスリと笑う。
「お前ってばさ、 "司令官""司令官"って、ガキどもにすっげえ纏わりつかれてたっけなあ。それで調子に乗っちまって、街の雑貨屋から、コスプレ衣装一式まで調達してきてさ〜」
 
「え?」
 思わず吹き出しそうになり、慌てて口を両手で塞ぐ。
「大丈夫っスか?」
「──ま、──まあ、なんとか、な──」
「いちいち反応しねえでもらえます? バレちまうじゃないですか」
 体勢一つ変えぬまま、ザイはやれやれと溜息をついた。
 妙に落ち着き払った余裕の態度。このキツネ、こういう潜伏に慣れてるらしいな。
「……ああ、すまん」
 場を誤魔化そうと、とっさに咳払いの手を上げる。ザイは間髪容れずにその手を押さえ、ヌッと顔を突き出し、念を押す。
「静かにしてて下さいね」
「……」
 しかし、"司令官"の奴、簡単に想像出来ちまうところが笑えるな……
 
「白くてでっかいあの帽子、あの子に似合うって褒められたからって、ラルってば、最後まで被っててよ〜」
「あ、あれは、だな……ただ日差しが暑かったからだよ、ダドリー……何せ夏の真っ盛りだったからな……」
「そお? でも、陽が沈んでも、お前、ずーっと被ってなかったっけ?」
「……」
 俯いて手帳を捲る色男は、平静を装いつつも引き攣り笑い。
「楽しかったなあ、あの時は。捕まったガキども救けに行く時、陽動したり、みんなで一斉に仕掛けたり……。ガキども集めて作戦立てて、あいつらの真剣な顔ったら──。藪に潜んで、全力で走って、山の斜面を駆け下りて。わくわくしてさ、ドキドキしてさ、なんも考えずに笑っていられた。みんなガキの頃に戻っちまって、日が暮れちまうのが、なんだか、やたらと早くってさ」
「ああ。宿に戻りたくなくってな。日が暮れても別れがたくて、赤い夕陽を見ながらグズグス話して、一日が終わってしまうのが惜しくて、な」
「あの頃は、──あいつらと出会うまでは、俺達、ホント不健全な毎日だったもんな〜。夜毎酒場に入り浸っちゃ、手当たり次第に女引っ掛けて回ってよ」
「だが、だからこそアディーとも出会えたんだろう?」
 黒革の手帳から目を上げずに、色男は微笑った。
「あの晩レノが、あの店にアディーを連れて来なけりゃ、あの夏もなかった。良し悪しなんてものは一概には言えないさ」
「──ああ、レノっていやあさ」
 よっと片手で枝を掴んで、癖っ毛はヒョイヒョイ器用に樹をよじ登った。枝の上からヒョコッと逆さに顔を出す。
「今、どうしてるんだ? あいつ」
「……さあ。一度、城の中で見かけたが、別に変わった様子はなかったな。こっちも声はかけなかったし、俺ももう例の店には出入りしていないから、詳しいことは知らないが、──だが、あいつのことだ。どうせ、あの調子で遊び暮らしているんだろうさ。元々いい加減でチャランポランな奴だから」
「未だに女のケツばっかフラフラ追っかけ回してんの?」
「それ以外の姿が想像出来るか?」
「出来ないな」
 
「即答っスね」
「……」
 ガキどもに混じってカンケリし、そいつらを駄菓子で釣り上げて、更にはセッセと落とし穴まで掘り、そして、女のケツをフラフラ追っかけ回す女誑し?
 ……いったい、どういう奴なんだ? "レノ"ってのは?
 
 ガサガサ騒がしく梢を揺らして、癖っ毛は樹の上にいる。
 色男は、その根元の木陰で、黒革の手帳を眺めている。
 風が、吹いた。
「──お前も来いよ、ラル。こっちの方が涼しいぞ? 見晴らしいいし」
「俺はここで結構だ。まったくお前は、幾つになっても子供みたいに。まさか自国でも未だにそんなことをして遊んでるんじゃないだろうな」
「馬鹿言え。俺は恐れ多くもノースカレリアの "ご領主様" だぞ?」
 枝の上に、ひょっこり姿を見せた癖っ毛は、しゃがみこむようにして、両の足裏を水平な枝にくっ付けた。何かの準備をしているようだ。
「いつもは領主の椅子に踏ん反り返って、なんだかんだと指図して、精々周囲に威張り散らしているさ。他人に従ってもらうには、それなりに威厳ってもんが必要だからな」
 ザ──ッと梢が大きく鳴った。
「よっ!」と短い掛け声と共に、癖っ毛が爪先から飛び出して来る。そして、難なく着地を決めた。あの年にして驚くほど身軽だ。だが、色男は見てもいない。手帳に目を落としたまま、癖っ毛の言葉に応えた。
「──しかし、自国を放り出して、こんな所で遊んでいていいのか? 忙しいんだろう、ご領主様は」
「ご領主様はよせよ。嫌味な奴だな」
「こんな戦時に領主が自国を空けるとは大した余裕だな。侵攻されたら、どうするつもりだ」
「……あのな〜。ウチは大陸の端っこの貧乏領家だぞ。よそ様に狙われるような理由が何処にあるってんだ」
 癖っ毛はバリバリ後ろ頭を掻き、呆れたように溜息をついた。
「ディールが欲しがるような財産カネはねーし、恨みを買った覚えもねーし、こっちの争いにも関係ねーし。──ま、気がかりになりそうなもんがあるとすりゃあ、精々"アレ"くらいのものだな」
「なんだよ、"アレ"って」
「《 夢の石 》さ」
 
 ザイが素早く視線を寄越した。
 夢の、石?
 しかし、そういうことにはさっぱり関心のないコチトラは、ザイが今、何にそんなに反応したのか、よく分からない。夢の石……夢の石ってえと、お伽話に出てくる、あの……?
 気楽な調子で、癖っ毛は続けた。
 
「知ってるだろ、ラル。どんな望みも叶うと言われる幻の秘宝、翠石の欠片ってヤツ」
「……ほう。それはそれは。しかし、滅多に出土しない物だと聞くが」
「"本物"はな。紛い物で良けりゃあ、俺の書斎に腐る程あるぜ。場所柄ウチは、そういう持ち込みが多くてな。──ま、どうせ、アレもそのクチなんだろうが、つい先日、川縁で釣りをしてたって領民から、持ち込まれてよ」
「それで、どうだったんだ、鑑定結果は」
「どうだったも何も。──どうせ、あれも偽物だろ。大方ただの小遣い稼ぎだ。持ち込んだ奴には、少ないながらも謝礼が出るからな。そもそも本物だってんなら、誰がみすみす他人になんか、やったりするかよ。まずは願を掛けてみて、それで、そいつが本物だとなりゃ、誰にも見つからない場所に後生大事に隠しておく。──マトモな奴なら、そうするさ」
「つまり、真偽の判定はついている、ということか。持ち込まれた時点で、誰にとっても価値のない物だと因果な烙印を押されたも同然だからな」
「そーゆーこと。もっとも、このところの忙しさにかまけて、まだ碌に調べちゃいないんだがな。──ま、ウチで狙われるような価値がある物っていや、それくらいのもんだ」
「仮に本物なら、大変な騒ぎになるんだろうが」
「だから、いちいち公表しない。何処にもな」
 腕を伸ばして野草を引き抜き、癖っ毛は胡座(あぐら)をかいて、何かしている。──と、擦り合わせた両手から、何か青い物が飛び出した。額の上に、手で庇を作って、それが飛んで行った空を見上げる。どうやら、竹トンボもどきらしい。まったく器用な奴だ。
 色男も手帳から目を上げ、飛んで行った軌跡を眺めている。静かに、口を開いた。
「かつてはラトキエでも、北方の集落で秘匿していた《 夢の石 》を、人をやって回収したことがあったらしいが」
「……へえ、ご苦労なこったな。わざわざ北方くんだりまで出向いて行くとは。──しかし、そんなことして遊んでいる暇があるんなら、陳情の一件でも受け付けさせたらどうなんだ。それとも、ラトキエの役人ってのは、そんなに暇人揃いなのか」
「いや、その情報はかなり信憑性が高かったらしいんだ。ご大層にも祭壇に祀(まつ)られていたという話だからな。なんでも、そこは、一人の巫女に率いられた風変わりな集落だったとか」
「巫女?」
 その単語に、癖っ毛が反応した。「で、本物だったの? その石は」
「──いいや」
 色男は微笑って首を振った。
「色々試してみたようだが、結局、何の反応も示さなかったようだな」
 何かを考え込むように、癖っ毛は小首を傾げている。
「真っ赤な偽物ってことか。──やっぱな。世の中そんなウマイ話が早々そこらに転がっている筈がない」
「しかし、何れにせよ、そうと聞いてしまえば、こちらも回収に向わざるを得なくなる。拾った者が善良な者なら、まだ良いが、悪人の手に渡りでもしたら、それこそ大変なことになるからな」
「どんなにソイツが良い奴だって、力を手に入れれば、人は変わるぜ?」
「──そうかも知れないな。ともかく、そのお陰で、王家の宝物庫にも、そんな紛い物がゴロゴロしている有様だ」
「諸刃の剣、だな」
「ん?」
「全てが叶う貴重なお宝。しかし、そんな膨大な力を個人が持てば、ささやかで真っ当な価値観は覆され、平和な日常は一変し、それこそ地の果てまで追い回される」
「……違いない。皮肉なものだな」
 癖っ毛が、チラと鋭く視線を投げる。「命さえ、、、危うい」
「──おいおい大袈裟だな、ダド」
 一拍遅れて、色男は苦笑いした。だが、癖っ毛の表情は冷ややかだ。ぶっきらぼうに続けた。
「惚けんなよ。焼き討ちしたろ、ウチの、、、集落。この話は《 影切の森 》の"サパサの村"の事例だ」
 突然、癖っ毛に詰め寄られ、色男は、鼻白んだように目を逸らした。「──なんだ。知っていたのか」
「まあね。俺だって領主だ。史記くらい漁る」
「──相変わらず、妙なことに興味を示すんだな、お前はまったく」
 すっかり興醒めしたように、色男は身じろぎして肩をすくめる。だが、癖っ毛は追撃の手を緩めない。嫌味っぽく言い返した。
「酷いことをするよな、ラトキエは。いくら強硬に抵抗したからって、なにも皆殺し、、、にするこたァ、ねえじゃねえかよ」
 
 
 
 
 

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