CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 6話7
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 ……皆、殺し?

「──こいつは、また」
 思わぬ話の展開に、ザイと顔を見合わせた。
 それじゃあ、自分の所の集落を、丸々一つ潰しちまったってのか? あのラトキエが、領民を自ら手にかけ、虐殺した? "強硬に抵抗したから"、ただ、それだけの理由で。
 "皆殺し"──そんなもの見たこともないだろう癖っ毛は、その言葉を大して頓着なくサラッと使いやがったが、それが現実にどんなものかを容易に想像出来るコチトラには、胸糞悪い、嫌な響きだ。
 ザイが頭を掻いて、バツ悪そうに目を逸らした。
「どうも、エライもん、ほじくり返しちまったようで」
「──ああ」
 少々きな臭い話になってきたようだ。
 
 それを突きつけられて観念したのか、色男は小さく溜息をついた。
「……そう怒るな。対象は、高々数十の蛮族だろう」
「それでも俺の所の民だ。歴とした納税の記録がある」
 間髪容れずの切り返し。
 食い下がる癖っ毛に、色男は開き直ったようだ。冷ややかな笑みさえ浮かべて向き直った。
「それは失礼。──しかし、仕方がないだろう。そんな物騒な代物が市井に秘匿されているとなれば、我々としても、放置する訳にはいかない」
「ああ、望んだだけで、なんだって、、、、、叶っちまうってんだからな」
 癖っ毛は腹立たしげに付け足した。「為政者にとっちゃ、都合の悪いこと、この上ない、、、、、、、、、、、、、
「そう皮肉るなよ、ダド。匙を投げたのはクレストの方だろう? ラトキエは回収作業を代行しただけだ。いつまでも要領を得ない、お前の所の代わりにな。文句を言われる筋合いはない」
「何も全滅させることはなかったろう!」
「お前に──クレストの人間に他家の非難が出来るのか? かつて《 青い髪の民族 》を滅ぼしたのは何処の家だ」
 色男の指摘に、癖っ毛は、苦しげに目を逸らす。「……昔の、話だ」
「そう、これも昔の話だよ、ダド」
 色男は、やんわりと突き放した。守備範囲をきっちり守る"官吏の顔"だ。
「──何れにせよ、」
 嫌な空気を仕切り直して、色男はさりげない口調で続けた。
「危険な物は早急に回収しなければならない。領民の安全を守るのは、上に立つ者の務めだからな」
「少数の義性の上に成り立つ安泰、ね」
「他人事じゃないだろう? ご領主様?」
 不貞腐って皮肉る癖っ毛を、色男はそつなくやり込める。「お前も今は、そうした力を揮う事例がないだけ、、、、だ」
 正論をぶつけてくる色男の顔から目を逸らし、癖っ毛は、眉をひそめて吐き捨てた。
「……ああ。つくづく嫌な役目だよ」
 傍らから小石を一つ拾い上げ、力一杯投げ付ける。
 癖っ毛の手から勢い良く放たれた石は、木立の間を真っ直ぐ突き抜け、何処かで幹に当って跳ね返ったか、小さく硬い音がした。
 
 不機嫌な癖っ毛の様子に、色男は小さく嘆息した。
「何でも叶う《 夢の石 》か。この世に実在するとすれば、所持しているのは、王家くらいのものだろうな」
「──ああ、例の、三国の王は不老不死 ってヤツか。嘘か本当か知らないが」
 癖っ毛は、依然として、ムッとした顔だ。色男は、静かな口調で指摘する。
「"不死"の部分は大袈裟だろう。精々いいところ、不老長寿だ。少なくとも、カレリア国王の代替わりは、近年のことだぞ」
「だが、ザメールの王なんかは、代が替わったなんて話は、ついぞ聞かないぜ。シャンバールの国王にしても、それは然りだ」
 色男が、柳眉をひそめた。
「……それはつまり、我が国の王だけが所持していない、ということか」
「いや、それは、おかしいだろう」
 ふと、癖っ毛が振り向いた。
「それなら、今日在る三国の均衡は、即刻その場で崩れ去る。何せ《 夢の石 》には絶大な力があるんだからな。碌な武力を持たないカレリアが、今日今この時に至るまで、他国に蹂躙されずにこうして無事に存立していられるのは、三国の力の均衡あったればこそだ。互いの力を相殺し、敵の行動を牽制するには、相手のそれに匹敵する、それ相応の力を所持していることが必要だ」
「お得意の "均衡と抑制" か。──しかし、王になった者が皆、果たして、お前と同じように考えるものかな。石の使い道など幾らでもある。民のことなど後回しにして、己の享楽を優先させるかも知れない」
「いいや、国を治める者なら、まず第一に、それを考える。そもそも、そんなお宝を所持していながら、他国の侵攻をみすみす許すような、大事な領民を敢えて差し出すような、そんな愚かしい真似をすると思うか?」
「それは王位に就いた者の資質にもよるだろう。皆が皆、お前のように考えるとは限らないさ」
 苦笑いする色男の顔を眺め、癖っ毛は、淡々と続けた。
「王の意思は、それ単独で在るものじゃない。お前のような口喧しいブレーンに、常に周囲を取り囲まれ、背には国民の暮らしを負っている。よほど偏屈な独裁者でもない限り、国政とは須らく己の民の為に在る。民は国の存立理由だ。国家は彼らの収益から利益を上げると同時に、彼らの暮らしと安寧を守るべく存在する。──それにラル、お前も領民を預かる身ならば分かるだろう。己の怠惰な執政の為に、領民がむざむざと他国の奴隷に落ちるのを、お前ならば耐えられるか?」
「それは、ご免被るな。しかし、国王とて人の子だ。中には能吏を疎んで遠ざけるような、腐敗・堕落した輩もいるだろう?」
「人の上に立つ者には、高邁な精神が要求される。資質に劣り適性を欠く者は、──国を存立させるに当って王の条件にそぐわぬ者は、何れ時代に淘汰される。領民達は馬鹿じゃない。為政者に特別な資質が要求される荒れた時代でもない限り、王の代わりは誰にでも務まる。名乗りをあげる候補者など、巷に幾らでも転がっている。王のみが一人、人並外れて蓄財しても、まずまずの国政を執っている内は、そのまま放ってもおくだろうが、程度を過ぎた悪政を敷けば──自分の身が他国の奴隷に売り渡されるとなりゃ、あっさり首を挿げ替えられる。人はそこまで愚鈍じゃない」
 色男は小首を傾げて、見返した。
「つまり、お前は、今現在、三国の王が石を所持していると言うんだな?」
「他国の王に代替わりがなく、この均衡が依然として崩れていない以上、ウチの王様も他国同様、お宝を所持している、と見るのが妥当だろう」
「ならば、我が国の歴代の王は、敢えて不死を望まぬほどに無欲だったということになるが──」
「ラル、お前なあ……」
 後ろ頭をガリガリ掻いて、癖っ毛は、どこか呆れた口調で続けた。
「死を恐れない人間が、この世にいると思うかよ。人の生に限りがある以上、人は誰でもそれを望む。叶わぬ望みと知りつつ恋焦がれる。不老不死は生ある者の究極の夢だ。古来より権力者達は、こぞってそれを追い求め、そして、誰もが果たせなかった見果てぬ夢」
「ならば何故、カレリアの王だけが死に至るんだ?」
「だから、"上手くやれば、死なない" とかな」
「……なんだ、それは」
「いや、石自体にそんな威力があるんなら、些細な病気や怪我程度は、弾き返して寄せ付けない、、、、、、、、、、、んじゃないかと思ってさ。だから、基本は所持しているだけで "不老不死"。肉体は日々活発に再生され、時間の経過による身体機能の衰えや低下がない。だが、それも絶対的なものなんかじゃなくて、何かの拍子に、何か決定的な要因がありさえすりゃあ、──例えば、特定の病に冒されたり、馬車に轢かれたり、首を刎ねられたりすりゃ、そこで死ぬ。肉体の再生はない。それについては、カレリアの歴代国王の中に復活を遂げた者が誰一人としてないことからも明らかだ。それなら、そいつが下手さえ打たなきゃ、永遠に死にはしない、、、、、、。──な? これなら辻褄が合うだろ」
「だが、所持者が常時、その石を身に付けているとは限らないだろう?」
「身に付けているさ」
 素っ気なく、癖っ毛は断言した。呆れた顔で、色男を見る。
「お前も、変なところで呑気だな、ラル。《 夢の石 》には "どんな望みでも叶えちまう"とんでもない力があるんだぜ?」
「……それがなんだよ」
「他人になんか預けたら、その場で取って代わられるだろ。──ああ、必ず肌身離さず身に付けている。そして、可能な限り他言はしない。奪い合いになるのは目に見えているからな」
 色男が嘆息した。
「絶大な力を持つ 《 夢の石 》 か。しかし、それを三国の王が秘匿しているとすれば、世界は王達の意のままだ。つまり、今現在のこの状況も、三人の王の恣意の上に成り立っているということか」
「──ディール急襲、か」
 唐突に呟き、癖っ毛は溜息混じりに空を仰いだ。
「その石が、今、ここにありゃあ、いいのにな。そうしたら、こんな下らねー内輪揉めにも、すぐに決着がつく」
「それを使えば、一瞬にして世の中が覆る。覇権を握るのも、あながち夢じゃない、か」
「不穏だねえ……」
「まったくだな。野心のある者なら、喉から手が出るほど欲しいだろう」
 
 
「……冗談じゃねえぞ、おい」
 知らぬ間に呟いていた。
 だったら、何かよ。そんな石っころ一個の為に、皆殺しにされた村落があるってのかよ。しかも、取り上げてみたら、何のことはない、只の偽物の石ころで?
 そんなふざけた話が許されるのか?
「──何が 夢の、、石 だ! 質の悪い!」
 無性に腹が立ってきた。その禍々しい石が振り撒いているのは薔薇色の"夢"なんかじゃない。無用の争いを引き起こす薄汚い"悪夢"だ。
 取得を巡って交錯する、偉い奴の思惑と工作。打ち砕かれる命と想い。声高に国の在り様を説きながら、その傍らで"石"と"民"とを天秤に乗せ、"石"を選び取る為政者達。
 《 夢の石 》──無作為にばら撒かれた空しい希望、偽りの夢、幻惑の未来。そして、無自覚な"石"によって覆されるのだろう人の営み、生そのもの。暴力的なまでの凄まじい力で。 
 ……馬鹿げてる。
 ああ、馬鹿げてる。馬鹿げてる! 断じて、そんな物は認めない。そうだ、チョンボもいいところだ。必死で積み上げてきた現状を、何の苦労も配慮もなく、石ころ一つに、安易に引っ繰り返されちまうとなりゃあ、散々苦労してきた奴の立つ瀬ってもんがねえじゃねえかよ。そんなものは、やりきれない──!
 
 
 だが、無論、こっちの憤りなど知る由もなく、藪の向こうの二人の会話は、淀むことなく続いていく。
「本当に、実在するんだろうか。そんな物が」
「さあな〜。だが、実際に使った奴がいるって話だぜ」
「しかし、どれも古い事例だし、そのほとんどが冷静さを欠いた戦時の混乱の最中(さなか)での話だろう。追い詰められ切迫した状況で、話がひょんなことから一人歩きした可能性も否定出来ない。元を辿れば、案外個人の願望だったりしてな」
「"あったらいいな"って奴か。そいつが人の口を伝わる度に形を変え、しまいには《 夢の石 》の出来上がりかよ」
「──"伝言ゲーム"だな、まるで」
「なー、案外さ、それ、何かあったりするんじゃねーの?」
「唐突に、なんだよ」
「だからさ、願をかけるに当ってのコツみたいなもん? 例えば、太陽が東に出てる時でなけりゃ駄目だとか、どっかに祀ってエネルギーを充填しとかなけりゃ駄目だとか、何か特別な"力"が必要だとか──ああ、そいつを扱う者の"資格"っていうの? 言うなれば、発動条件ってところかな」
「……お前は、下らん冒険小説の読み過ぎだ」
「だが、特殊な能力ちからを持つ奴がいるのは事実だぜ」
「何処にいると言うんだ、そんな面妖な者が」
「いるだろ? ゆーみん」
「……《 遊民 》? あの賤民どものことか?」
 
 再度の唐突な登場に、ザイと顔を見合わせる。
 自然と体が強張って、耳は会話を拾おうと全神経を集中する。
 
「そ。商都の街角にもいるだろ。変わった格好の薄気味悪い占い師がよ。ああいう連中なら、或いは、そういうことも出来るかも──」
「下らんな」
 色男は素っ気なく却下した。
「賤民風情に、何が出来ると言うんだ。お前はそういうところが変わっているよな昔から。今回だって、平気で協力を仰ぎに行くし」
「そーかあ? 世間が言うほど悪い奴らじゃないけどな。確かに一見、柄は悪く見えるけど、結構気は良い連中だぜ」
「それは、どうだかな」
「──なー、奴らはマジですげえんだぜ? 驚くほど高く跳べるし、足だって速い。ガキの頃、奴らと一緒に遊んだが、駆けっこだって木登りだって何をやっても敵わなかった。悔しくて情けなくて、俺も随分と頑張ったもんだが、結局は、一度も、あいつらには敵わなくってさ〜」
「それが?」
 全く気乗りがしないらしく、色男の口調は放り投げるように等閑(なおざり)だ。「──まったく。今度は何を企んでいるんだ」
 ふざけた口調を改めて、癖っ毛がさりげなく目を向けた。
「勿体ないと思わないか? そういう優秀な人材を無為に遊ばせておくのは、、、、、、、、、、、
 何やら含みのある口振りだ。色男も怪訝な顔で見返した。
 それについて、しばし考え、しかし、やはり、苦笑いで吐き捨てる。
「──何を言うのかと思えば馬鹿馬鹿しい。ダドリー、相手は《 遊民 》だぞ。何処の馬の骨とも知れぬ卑しい根無し草の賤民だ。そんな中途半端な連中を掻き集めて、いったい何をしようと言うんだ。捨て駒の軍隊でも組織する気か」
 癖っ毛は肩をすくめた。
「俺は平和主義者だぞ。そんな物騒な真似、誰がするかよ」
「だったら何だよ」
「言ったろ、"抑止力" 」
 癖っ毛の素っ気ない返答に、色男は面食らったように瞬いた。顎に手を当て考え込む。
「三竦み──"三領家の力を拮抗させ、均衡させる"ってアレのことか。で、具体的には何をする気なんだ?」
 チラと癖っ毛が色男を見た。そして、
「ナイショ」
「──お前なあ!」
「今に分かる」
 僅かに目を細めて、癖っ毛は口端で不敵に笑った。色男の言い草じゃないが、何やら企んでいそうな顔だ。クルリと色男に振り向いた。「楽しみに待っとけよ」と笑いかけ、癖っ毛はスックと立ち上がる。二、三歩歩いて顔を上げ、自領のある北東の果てを目を細めて眺めやった。
「俺が領主でいる内に、必ず和解を取り付ける。数年先になるか、数十年先になるか、今のこの状態じゃ難しいかも知れないが、だが、俺は必ず実現する。いつの日にか、必ず」
 
 
「……敵いませんね、あの坊やには」
 ザイの苦笑いが不意に聞こえた。
 知らぬ間に連中の会話にかぶり付いていたらしい。少々きまりの悪い思いで、前のめりの肩をモソモソ起こした。
 丸まってた背筋を引き伸ばし、素知らぬ顔で背中の藪に寄りかかる。
 振り仰いだ目に、晴れ渡った空の青が、いやに鮮明に飛び込んで来た。そっと隣を窺えば、ザイは初めの姿勢を崩すことなく、のんびりと後ろの藪に寄りかかり、晴れ渡った空を眺めている。
「──まあ、いいでしょう」
 唐突にザイが呟いた。
 随分とサバサバした物言いだ。当初、態度の端々に感じられた、あの他人を小馬鹿にしたような独特の刺々しさはない。そう、どこか清々したような顔だ。
 しかし、それはそれとして、今の言葉の意図が分からない。(何が "いい"んだ……?)とマジマジ顔を見ていると、ザイはおもむろに先を続けた。
「班長サンに、捕虜を始末する気がねえってんなら、坊やの手腕に賭けるしかねし。それに、そんな真似が出来るものなら──」
 ザイが口端で薄く微笑った。
「俺も、そいつを見てみたい」
「……へ?」
 意外な言葉だった。
 なんだ。意外とコイツ、話の分かる奴なんじゃねえかよ。
 ──て、ことは、つまり、
 ふと、気が付いた。
 
 おお! そうか!
 実は、熱いハートの持ち主なんじゃねえか!? こいつも──!
 
 見かけはなんか胡散臭いが。
 コイツといる時にしては珍しく、何処か気安く心温まるような安らかな思いが、胸に染み入るようにして広がっていく。こんな寛いだ感情が湧くとは自分でも不思議で、何とはなしにシゲシゲ顔を眺めてしまう。ザイは、ふっと目を細めた。
「それに、万が一しくじったとしても──」
 なんで、こっちをチラと見る?
責任とるのは、、、、、、、班長サンっスから」
「……」
 
 今、ちょっとだけ見直しかけたが、撤回する。
 ──ああ! 断固撤回するとも!
 
 ザイが膝に手を置いて、大儀そうに立ち上がった。「さてと、ボチボチ参りましょうかね」
「行くって何処へだ」
 地面に直に座っていたズボンの尻を軽く払って、「決まってるでしょ?」と振り返る。
 口端で笑って、顎をしゃくった。
「"西"っスよ」
 
 
 
 
 

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