■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 7話2
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見る者を圧倒する、ぶ厚く巨大な街壁の威容が、濃い影を落としていた。
降りそそぐ蝉しぐれ。充満する真夏の熱気。陽炎ゆらめく薄茶の地面──。
普段着姿の通行人が、門の周囲を行き来していた。
気怠げになされるやりとりの中で、通行証が差し出されている。二人組の門衛は、したたる汗を拭きながら、それをなおざりに検めている。
その様子が見渡せる草地に腹ばいになりながら、カーシュは苦々しげに目をすがめた。
「──思ったより、見張りがいるな」
ディールの拠点、トラビアの街の門前には、大勢の警備兵が張りついていた。予想以上の人数だ。暑さしのぎの木陰でも、警備隊が雑談している。こちらの数は全部で十五。青と白とのカレリア国軍の軍服も中に二、三混じっているが、多くは灰色の制服だ。後を任された警備隊は、領家が雇った私兵が大半ということか。
街への潜入路としてあてにしていた"抜け道"が、使用不能と判明していた。岩や土砂が山積みで、出入口がふさがっていたのだ。こうなれば、正面突破するしかない。とはいえ、相手があの程度の兵士なら、ねじ伏せるのは造作もない──カーシュはそう踏んでいた。
あれらの私兵の腕前が、実践的な訓練を積んだ国境軍のそれに匹敵するとは思えなかった。そもそも、それほどの腕ならば、こんな半端な請負仕事ではなく、きっちり隣国で稼いでいる。
街門から目を離すことなく、連れの横顔を一瞥した。
「置き去りにした捕虜どもを、捕らえておくにも限度がある。──どうする。強行突破といくか」
癖っ毛の領主ダドリーは、同じく這いつくばりながら、門前の様子に目を凝らしている。
カーシュは続けた。「捕虜が持ち場に駆け込めば、すぐにも追っ手が殺到する。なに、あの程度わけねえよ。ここはさっさと押し入って──」
「まあ、待て」
「──なんだよ癖っ毛。臆病風に吹かれたか」
「むやみに領民を巻きこみたくない」
きっぱり斥け、凝視する横顔が眉をひそめた。「ここで下手うちゃ、すべてがパーだ。ここは確実にいきたいんでね」
「なら、どうする」
周囲に潜んだ一同も、怪訝そうな表情だ。
ダドリーは珍しく真面目な顔つき。しばらく真摯に考えこみ、ぽん、と唐突に手を打った。「──お? そーだ!」
「なんだよ」
ひょい、と別顔が割りこんだ。
ぎょっ、と一同後ずさる。怪訝に振り向いた視線の先に、思わぬ顔を見たからだ。
長めの黒髪、白皙の顔立ち──ずりずり肘で這い寄ってきたのは、誰あろう「司令官殿」ことラルッカではないか。敵情視察をもちかけた時には「こそこそ地面に這いつくばって盗っ人風情の真似事などできるか!」と断固拒絶で拒んでいたが、(結構ノリノリで)ほふく前進してきたらしい。
呆気にとられた一同に構わず、ダドリーがにんまり振り向いた。
「平和的解決方法♪」
ラルッカは胡散臭そうに耳を寄せる。「なんだ? 何を思いついた」
「すっげえ名案」
ぐっ、とダドリーが腕をまわした。ラルッカの肩を引き寄せて、何やらごにょごにょ耳打ちしている。
じっとり、一同は見守った。急に出てきてビビらせといて「司令官どの」に気にした様子はみじんもない。
「……ダド、お前……そんな、えげつない……」
絶句気味に感想を口にし、ラルッカは顔をしかめて額をつかんだ。「この卑怯者」
「何事も先手必勝って言うだろう?」
ダドリーはるんるん楽しげだ。
ラルッカが眉をひそめて嘆息した。「ダドリー、お前な。この俺にそんな悪事に加担しろというのか? しかも、とことん情けない」
苦悩の面持ちで首を振る。「いいか、我が家は栄えあるロワイエ家中だぞ。敵と正々堂々渡り合うならともかく、こんな姑息な真似をしたことが世間さまに知れてみろ。末代までの恥じゃないか。一体どの頭がそんな下らん策を思いつくんだ……」
ひとしきり嘆いて、天を仰ぐ。
カーシュは不審顔で耳を寄せた。「……なんだよ」
ダドリーが嬉々として振り向いた。「あのなあのなっ?」とごにょごにょ耳打ち。
カーシュは複雑な顔でそれを聞き、腕組みして黙りこんだ。
そして、ようやくツレなく返事をする。「そういうまどろっこしいのは趣味じゃねえな」
ラルッカが呆れた顔で目を向けた。「ダド、お前、本当にやる気か」
「もっちろん!」
ダドリーは気合いを入れて大乗り気。そろえた膝を曲げ伸ばし、開脚して筋を伸ばし、拳で伸ばした利き腕をぐるんぐるん回して準備体操。
「──いや、だがな、ダドリー」
「だ〜い丈夫。絶対だって。どんな奴でも自然の欲求には逆らえねえもん」
「「 そーゆーことじゃなくって! 」」
ラルッカとカーシュがきっぱりハモった。
珍しく息が合っている。そう、事の成否が問題ではないのだ。それは人としてどうなのか?
さりげなく身を引いていたラルッカが、胡散臭げなまなざしを向けた。
「本当にやるのか? どうしてもやるのか? だが、運が悪けりゃトラウマになるぞ」
「気にすんなよ。そんな柔な神経の奴が悪い」
(( お前がちょっとは気にしろよ ))
「んじゃ俺、様子見てくるわ」
むんずと腕をつかまれて、あ? とカーシュは振りかえる。だが、ダドリーはずりずり、鼻歌まじりでほふく前進。
ラルッカはやれやれと、呆れて首を振っている。
「まったく、お前の敵は不幸だな……」
ぷらぷら手を振り、見送っている。
でも、止めないのか? 司令官どの。
数分後、ダドリーとラルッカは、スタート地点の林にいた。
おのおの手には扇形のカード。林の外は、ひどい砂嵐が吹き荒れている。
折悪しく《 サージェ 》が始まってしまったんである。
こうなってはお手あげなので、みな休憩と称して好き勝手に散ってしまった。そして、こうなると、まったくもって手持ち無沙汰。
ぽかり、とやられた後ろ頭を涙目になってさすりつつ、ダドリーは口を尖らせて睨みつける。視線の先には、すたすた歩み去るカーシュの姿。例によって、砂嵐と戯れていたら、とうとう「うぜえ」とぶん殴られて、この林にぶち込まれたんである。
呪詛を送るも相手にされず、ダドリーはぶつくさ目を戻す。相手の扇から一枚引いて、ペアの一組を地面にほうった。
「ラル、お前はトラザールに入って、傭兵を募れ」
「傭兵? そんなものを雇って、どうするんだ」
ラルッカも向かいの扇から一枚引いて、自札と合わせて地面に放る。ちなみに、このトランプは、ラルッカ隊の戦利品。
「だってよ〜。これから商都に引き返して、大軍と対峙しようってんだぞ。──にしたってカーシュの奴、ぶたなくたっていいよな〜」
向こうの仲間と合流したカーシュに(べろべろばあっ!)とやってやるが、鈍感なカーシュは気づかない。いや、ちら、と肩越しに一瞥した。さらには、人さし指を瞼の下へともっていき──
ぐぬう、とダドリーは歯噛みした。
アッカンベーを返されて、せめて、ぷいとそっぽを向く。もう一組カードを捨てた。
「当主の身柄は押さえるにせよ、兵は多いに越したことはない。たとえ、どんなゴロツキだろうが、頭数さえ揃えておけば、威嚇するのに役立つからな。なに、大した手間じゃない。シャンバールは停戦中だ。職にあぶれた連中がそこら中にごろごろしてる」
「気軽に言うなよ。そいつらを雇う金は、どう工面するつもりだ」
「それっくらい、どうにかしてよ。そういうの、お前、専門じゃん。カレリアの徴税官だろ」
「……。(自分の時には渋ったくせに)」
ちら、とラルッカは目を向けた。
「ダドリー、理由はそれだけか?」
むっ、とダドリーは口をつぐんだ。
砂嵐は相変わらずひどかった。木立の中は、大勢の遊民でざわめいている。飲食する者、昼寝をする者、雑談する者──
「なるほど」
のんきな様子に視線をめぐらせ、ラルッカは呆れたように微笑んだ。「"木は森に隠せ"というからな」
「引きずりこんだのは俺だからな」
札を捨てつつ、ダドリーは渋々口を開く。
「逃げ道くらいは作ってやるさ。後ろ盾のない遊民は、ただでさえ的になりやすい。全面対決になった時、シャンバールの傭兵が大勢いれば、カーシュたちも目立たない」
「しかし、それはそれとして」
ラルッカは微笑って、向かいの扇に手を伸ばした。
「隣国は万年、戦時下だ。商用を除けば、出国できない。そんなもの、どうやって通過しろと──」
「お手の物だろ? お前ら、偽造は」
ラルッカは額をつかんで嘆息した。「……そういうことを大声で言うなよ。官吏の信用が崩れるじゃないか」
何を今更、とダドリーは肩をすくめる。不思議そうに見返した。
「官吏、かあ。──しっかし、よく、他人に仕える気になんかなったな」
あんなに気位が高いのに。
「仕官は元より俺の望みだ。精々アルベール様を盛り立てていくさ」
「……。き、気が早いなラル。現当主クレイグ=ラトキエは存命だろう」
「譲位は時間の問題だ」
きっぱりとラルッカは断言。
はあ〜、とダドリーは嘆息した。「──俺も、いつか、そうやって、ぽいっと取り巻きに切り捨てられるんだろうな。まったく官吏ってのは冷たいよな〜」
がっくり、ダドリーはうなだれる。「──ああ、報われねえ!」
「俺は事実を言ったまでだ」
手元のカードは、残り数枚を残すのみ。面子が二人しかいないので、カードがはけるのがずいぶん早い。ダドリーは手を伸ばし、もう一枚カードを引いた。「しかし、お前らも大変だよな〜、頼りのアルベールがあんな腑抜けになっちまっちゃ──」
「腑抜け?」
ラルッカが怪訝そうに聞き咎めた。「何を言っているんだ、ダドリー」
「だから──日がな一日、アディーの別棟にこもりっきりで、ぼうっと思い出に浸ってちゃ、さすがに政務が滞るだろ」
「──一体なんの話をしているんだ」
ラルッカは札を捨て、残り二枚になったカードを見やる。「妙な冗談はよしてくれ。あの闊達なアルベール様を腑抜け呼ばわりするなんて」
「ん? だが、俺が行った時には、確かに──」
「頑固すぎて手に負えないくらいだ。進言しても、耳を貸そうともしないんだぜ? 少しくらい腑抜けてくれた方が、やりやすいんだがな」
「……そんなはずは」
ぽかん、とダドリーは首を傾げた。話がなにか噛み合わない。
「「「 司令官殿ぉ〜! 」」」
ふと、ラルッカは顔をあげた。
力の限りに呼んでいるのは、例の三つ子の部下たちだ。
「「「 砂嵐が収まってきましたよぉ〜! 」」」
林の端で、ぶんぶん両手を振りまわし、早く早く、と呼んでいる。
最後の札を捨て去って、ラルッカはおもむろに腰をあげた。「──じゃあな、ダド。俺たちは街を突っ切り、打ち合わせ通りトラザールに入る。お前はどうする?」
「決まってんだろ。俺は領邸に乗りこむさ」
ゲームに負けたダドリーも、カードを捨て札に放り投げた。「あっちの当主と楽しい楽しいお話合いだ」
「──気を、つけろよ? ダド」
ラルッカが眉を曇らせた。「あまり無茶はするんじゃないぞ。その──死ぬなよ?」
「なんだよ、いきなり」
ダドリーはにんまり笑う。
「あったりまえだろ。嫁さんもらったばっかだぞ。さっさと片付けて、かーちゃんの所へ帰ってやるさ」
屈託のないその笑みに、ラルッカも頬を和らげた。「そうか。ならばいい。健闘を祈る。精々上手くやってくれ」
「お前もな、ラル。──て、どっちに行くんだ? お前」
部下どもはあっち、とダドリーは逆方向に指をさす。
「あの赤毛に、用がある」
「──赤毛って、カーシュのことか?」
ぽかん、とダドリーは見返した。あまりに接点のない組み合わせだ。
「お前があいつになんの用?」
歩き出した肩越しに、ラルッカは微笑んだ。
「あの男に、言っておきたいことがある」
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