■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 7話3
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「誰だ! 発破なんか仕掛けた奴は!」
カーシュは忌々しげに舌打ちした。例の"抜け道"の崩落は、意図的な爆破であるらしい、と部下から報告を受けたのだ。
隊へと戻るその背を見送り、ザイも同じく首をひねる。「どういうことなんスかねえ、こいつは」
腑に落ちなさそうな顔つきだ。身じろぎ、足を踏みかえた。「今の今とはいささか都合が良すぎませんか。さては、あの官吏ども、トラビアと通じて"抜け道"を──」
「馬鹿を言うな」
カーシュは苦々しげに吐き捨てた。
「連中は潰し合いの真っ最中だぜ。大体、お前も見てたろザイ。あいつを癖っ毛が脅すのを。あんなネタ握られちゃ、さすがの石頭も動けやしねえよ。そもそも、あの色男は──」
すばやくザイが目配せした。
カーシュは怪訝に振りかえる。白っぽい人影が下草を踏みしめ、やってきていた。こんな木立にはそぐわない、一目で上等とわかる上着──
今話題の当人だった。商都の上席徴税官、ラルッカ。一人きりだ。連れはいない。
ふと、ラルッカが顔をあげた。
戸惑い顔で立ち止まる。何事か躊躇しているようだ。盗み見ているその先は──
ちら、と連れの顔を見て、ザイが身じろぎ、腕組みを解いた。
「おや、俺はお邪魔のようっスね」
肩をすくめて、歩き出す。
ラルッカは人目が気になるのか、それでも、きょろきょろ辺りを見ている。
「行ったぜ?」
ザイの背を顎でさし、カーシュはゆっくり腕をくんだ。
「で、なんだい、用ってのは」
辺りを探っていたラルッカが、ああ、とようやく目を戻す。
だが、話を切り出さない。それどころか、にこりともしない。睨むような、挑みかかるような、険しい目──
辟易として先を待ち、カーシュは煙草に火を点けた。「──どうしたよ。用があるんじゃねえのかよ」
内心焦れて、紫煙を吐く。
ラルッカは戸惑い顔で目をそらした。逡巡し、二の足を踏んでいる。何か話があるらしいが、踏ん切りがつかない様子だ。
しばらくカーシュはしげしげと見、溜息まじりに踵を返す。「じゃあな」
「……頼む」
カーシュは怪訝に振り向いた。
ともすれば聞き逃してしまいそうなほどの、小さな声。だが、そこにこめられた切迫の度合いは、相手の足を止めるには十分だ。
ラルッカが頭を垂れていた。あの気位の高いラルッカが。拳を握り、何かに耐えるように唇を噛んで。
「頼む! この通りだ!」
呆気にとられて、カーシュは見返す。きっぱり、ラルッカは頭を下げた。
「あいつを、ダドリーを頼む!」
あん? とカーシュは固まった。深く下げた頭の下から、ラルッカは切々と訴える。
「あいつを助けてやってくれ。力になってやってくれ。今、ダドリーには、お前らしか味方がいないんだ。頼む!」
「……おい」
カーシュは困惑した。すぐには言葉が出てこない。
途方に暮れて蓬髪を掻き、きまり悪く口をひらいた。「あんたに頼まれるまでもねえよ。ご領主様を護衛するのは、元々コチトラの仕事でな。──心配すんな。向こうが裏切りでもしねえ限り、こっちも裏切ることはねえ」
平身低頭のラルッカは、そのまま顔をあげようとしない。
カーシュは居たたまれず、目をそらした。「しっかし、あんたも、よくよく人がいいな。その嫌味な見かけによらずよ」
のろのろラルッカが顔をあげた。眉を寄せ、怪訝そうな面持ちだ。
舌打ちし、カーシュは苦々しげに顎をしゃくった。
「あんた、なんで、俺たちと来る気になったんだ? あれだけひでえ目に遭わされといて」
きょとん、とラルッカはまたたいた。口の端で苦笑する。
「友を助けるのに理由が要るか? あいつが手を貸せと言うのなら、万障くりあげて力を貸すさ」
「──は! お友達、ね」
カーシュは苦々しげに吐き捨てた。鋭く相手に目を向ける。
「こんなこたァ言いたかねえが、奴は置き去りにしたんだぜ? あんな危ねえ坑道の中によ。むろん引き返すよう説得したさ。だが、奴は頑固で聞きやしねえ。あんたらが自力で追いついてこなきゃ、そのまま見捨てていたろうさ」
「──そうだろうな」
ラルッカは苦笑いした。
カーシュは面食らって念を押す。「いいのかよ、それで」
「仕方がないさ。さぞ、先を急いでいたんだろうからな」
カーシュは苦い顔で目をそらした。「──寛大なこったな。平気なのかよ、ダチに見捨てられたってのに」
「そんなことは、わかっている。初めからな」
「"初めから"?」
「ああ。初めから」
ラルッカはさばさばと続けた。
「あいつは、今、振り返れない。そんな余裕はないはずだ。大体、見捨てられたのは、今に始まった話でもない」
「──は。ずいぶん、あっさりしたもんだな。ああも軽くあしらわれて、よく平気でいられるもんだ。相手が窮地に陥ったら、何をおいても助けに行くのがダチってもんじゃねえのかよ」
ラルッカは辟易とした顔で嘆息した。
「友情ごっこに、うつつを抜かす暇はない」
むっ、とカーシュは向き直る。切り捨てる口調が高飛車だ。
「──いいか」
面倒そうに、ラルッカは続けた。
「あいつも俺も、何千何万もの、人の暮らしを背負っている。目の前は常に、気を抜いたとたん転げ落ちそうな細い道だ。濃霧の中で、切り立った尾根を辿っているようなものなんだ。その上、他人の面倒をみてやる余裕がどこにある。自分の道を全うするだけで精一杯だ。それは、あいつも同じだろう」
唖然とカーシュはたじろいだ。先の低姿勢とは一転し、毅然とした口振りだ。すっかり普段の調子を取り戻し、ラルッカは淀みなくまくし立てる。
「俺に手助けなど必要ない。端から当てになどしていない。そもそも自分の不始末は、自分で対処するべきだ。あいつにはあいつの、俺には俺の、成すべきことがそれぞれある。それを成し遂げる力が、自分にあると信じているし、あいつの力も、俺は信じる」
「──おんなじことを言うんだな」
カーシュはやれやれと紫煙を吐いた。「あの癖っ毛と、お前はよ。──冷てえな、お前らは。降りかかる火の粉は、ことごとくてめえで振り払えってか」
ラルッカが呆れ顔で腕を組んだ。
「俺の事情は、ダドリーも承知だ。その上で、無理にも連れ出そうというのなら、俺にしかできないことがあるからだ。──まあ、この騒ぎが収まったら、旨い酒でもおごってもらうさ」
カーシュは目を見開いた。この"指令官"、見た目より、よほどホネがある。
ふっと微笑って目をすがめた。「いいのかよ。あんなにコケにされたまんまでよ」
「いいさ。一発ぶん殴ってやったから」
ラルッカは即答。ふんっと腕っぷしをさすっている。
カーシュはしばし呆気にとられ、目をそらして頬を掻いた。そういや、そんなことがあった気がする……。
「「「 あー! こんな所にいたんですかあ! 」」」
非難がましい重奏の呼びかけ。
ぎくり、とラルッカが飛びあがった。
「もーっ! 指令官殿はぁ〜!」とぷりぷりと頬をふくらませ、両手を振って駆けてくる。あのちまちま転げそうな一団は、ラルッカ隊の三人だ。(又、勝手にどっか行っちまった)己らの上司を必死で捜していたらしい。
「僕たち、散々呼んだのにィ!」
そうブツクサ文句を垂れたのは、緑服のロルフである。ぱっ、と目をそらしたラルッカに、青服オットーが口の先を尖らせる。「もー。何やってんすかあ、こんな所でえ!」「あっ、おやつ係!」
「「 ──え? 」」
ひょい、と指さしたカルルの声に、他の二人が振りかえった。
ぎくり、とカーシュは後ずさる。だが、そんなことなど構っちゃいない。吸い寄せられるように三人は前進。上司の前を加速で通過し、あたふたカーシュに駆け寄った。
たじろぐカーシュを、三つの瞳で、じぃっと見据える。
「「「 おやつ係も気をつけて! 」」」
カーシュはなんとか引きつり笑った。「──お、おう。お前らも気ィつけて行けよ」
感極まった三人は、今にも飛びかかりかねない勢いだ。
ラルッカが目配せして、踵を返した。
三つ子も顔を見合わせて、名残惜しげに踵を返す。振り向き振り向き、林の外側へ歩いていく。
一人が、不意に立ち止まった。
しばらく躊躇し、キッと顔を振りあげる。ラルッカ隊の青い服、オットーだ。
両の拳を強く握って、意を決したように立ち戻る。
カーシュは怪訝に小首を傾げた。「どうした?」
「ごめん!」
顔を振りあげ、睨むように顔を見つめる。「ロルフから、話は聞いた。俺たち助けてもらったのに、なのに、ひどいこと言っちゃって──だから、俺──」
ぺこり、と勢いよく頭を下げた。
「ごめん! 悪かったと思ってる!」
カーシュは呆気にとられて固まった。本日二度目の他人のつむじだ。不精髭の頬を掻き、ばつ悪くそっぽを向いた。「──いいって。誰もあんなもの気にしちゃいねえよ、"青いの"」
むっ、とオットーが睨みつけた。
「真面目に謝ってんだ! ちゃんと聞けよ! 俺の名前はオットーだ。"青いの"なんて適当に呼ぶな!」
「そうかい。だったら俺はカーシュだ。"おやつ係"なんて適当に呼ぶなよ」
ぽかん、とオットーは見返した。
な? と頭に手を置いて、カーシュはぐしゃぐしゃ掻きまわす。
「行くぞ、オットー。日が暮れてしまう」
ラルッカが焦れたように歩き出した。
あわてて三人は後に続く。無愛想な上司の声が、いつもより少しだけ不機嫌そうだ。
背を向けたラルッカは、さっさと先頭を歩いていく。にゅっとそのまま片手を出した。
「約束を違えたら承知せんぞ、おやつ係」
ひらひら、その手を振っている。
カーシュは引きつり笑顔で固まった。
( あいつ、いつか、ぜってー泣かす! ) と内心プルプル誓いを立てる。
上司の足に追いつくべく、あたふた駆けていたラルッカ隊が、三人同時に振り向いた。
「「「 ばいばい! カーシュ! 」」」
満面の笑み。転げそうに駆けながら、ぶんぶん両手を振っている。
「お、おう」
つられてカーシュも手を振り返す。
「へえ〜?」
しばし惰性で手を振っていたら、背後で男の声がした。妙に楽しげなこの声音は──
「……ザイ」
カーシュはげんなりと額をつかんだ。やっぱり、どこかで見ていたか──。
ザイは去り行く四人をにやにや眺め、カーシュの肩に腕を置いた。わけ知り顔でにんまり笑う。
「( 子供には ) もてもてっスねえ、班長サン?」
「──う、うっせーなっ!」
重たい腕を、カーシュは邪険に揺り落とす。
周囲の無人を素早く確認、殊更に大きな咳払いで、そそくさ現場を後にした。ひょいひょい覗きこむ冷やかしを、片手でシッシと追い払いながら。
官吏たちの見慣れたその背が、トラビア草原を遠ざかる。
ノッポの上司に率いられ、あの小柄な三人が、こちゃこちゃ後をくっついて──
「行ったな」
林の端からそれを見送り、ダドリーは目をすがめた。
「これで、存分にやれる」
カーシュは隣で紫煙をくゆらせ、苦笑いでうなずいた。「そうだな」
ダドリーは両手を突き上げて、うーん、と大きく伸びをした。
「さて、行くとするか! 小うるさいラルも、いなくなったことだし!」
カーシュは無言で顔をゆがめた。どうも、心中複雑だ。あの気位の高い官吏さまが、頭まで下げて懇願したのに、なのに、なんだ、この癖っ毛の不届きな態度は。
あんまりな言われように、なにやら虚しくなってきて、はあ……と小さく嘆息する。「お前って結構、ひでえ奴だな……」
「そお?」
んー? と振り向いたダドリーは、鼻をほじくり平気の平左。
迷いに迷って頭を下げた(実は案外ひとの良い)生意気な色男の真剣な顔──カーシュはちょっぴり不憫になった。
うだるような炎天下、ラルッカは愛用の手帳と睨めっこしつつ、トラビア草原を歩いていた。
ブツブツつぶやく独り言に、彼の色んな思念が垣間見える。曰く「傭兵の報酬って、一人頭いくらなんだ……?」そして曰く「そんなもん計上できるかアホンダラ」そして曰く「事務協力費の名目で、クレストに請求してやるか──」
一行が向かうその先には、巨大で厳めしい門がある。国境トラビアの街門だ。
そして、金の算段に余念のない、そして、たまに一人で大爆笑しちゃったりする白皙の上司に引率されて、ラルッカ隊の三人も、てくてく素直に歩いていた。
手元のそれをチェックしながら、ロルフは隣に声をかける。
「なー、"あれ"ってさあ」
その手にあるのは、彼らの偽の身分証。
片手でススキを振りまわしながら、オットーも確信ありげに一瞥した。「ああ。絶対 "そう"だよな」
「なあんだ。やっぱり "そう"だったんだ〜」
手製の決裁印を握り締め、製作者カルルは、うふふ、と笑った。
三人は、しっかり目撃していたのだった。あのこわもて赤毛の班長が、林で一人、していたことを。
そう、バク転の練習を。
真夏の太陽が照りつけていた。
乾いた道に、ゆらゆら陽炎が立ち昇る。トラビアの街は目前だ。
ラルッカ一行は、今日も往く。
風吹きわたる草原を、ブツブツわいわい、西の地目指して歩いて行った。
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