CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 7話4
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 正午をまわって大分たつ。いや、すでに日没の方が近い時刻だろう。
 昼の勢いを失いはじめた太陽が、西の稜線に近づいていた。街門の前、野草おいしげるトラビア草原にも、蒼い帳が降りはじめ、だいぶ涼しくなった夕刻の風が、ざわりと草表をなでていく。
「よお!」
 しゃがんだ頭上で突如呼ばわれ、ぎょっ、と男は硬直した。
 軍服のズボンをあわててずりあげる真後ろに、身軽な動作で、人影が降り立つ。
 枝から飛び降りたらしいその相手が、すばやく軍服を拘束し、首筋に切っ先を突きつけた。
 軍服の男は驚いた。
 だって、用を足している最中だ。しかも、その相手というのが、
「ダ、ダドリー=クレスト!?」
「──なんで、俺の名前知ってんの?」
 ぽかん、とダドリーは見返した。
 腑に落ちない顔でしげしげと見、「ま、いいけどよ」と肩をすくめて仕切り直した。
「そろそろ内輪揉めは終わりにしようぜ。上役の所に案内してもらおうか」
「き、き、貴様っ! 卑怯だぞっ! こんなことして、ただで済むと思うなよっ!」
「甘ったれんな。なにが卑怯だ。喧嘩に卑怯もへったくれもあるか」
 ダドリーはにんまり、不敵に笑った。顔を引きつらせた軍服を見る。
「あんたにゃ悪いが、俺はさっさと決着つけて、即行自国くにに帰りたいんでね。だって、うちのかーちゃん、怒らすと、すっげえ恐ええもん」
 付近の藪から、人影がばらばら飛び出した。
 無骨な革ジャンの一団だ。軍服を捕らえたダドリーを、あっという間にとりかこむ。
 それに続いて、蓬髪の男が現れた。
「上手いもんじゃねえかよ、ひやひやしたぜ」
 周囲に視線をめぐらせながら、カーシュはゆっくり歩み寄る。
 得意顔のクレスト領主を、呆れ顔でつくづく眺めた。こうした奇襲は、通常、適任者が行なうが、この素人に任せたのには理由がある。
「俺がやる俺にやらせろ俺っきゃねーだろやっぱ俺だろ!」と目立ちたがり屋のクレスト領主がそれはやかましくアピールし、(むろん却下はしたのだが)その後もしつこく駄々をこねまくって食い下がり、鬱陶しく張りついてすね続けるもんだから、ついに根負けしたんである。むろん、しくじった場合に備えて、部下をぬかりなく配置した。だが、無用の心配だったようだ。
 あわてふためき、逃げ道を探していた軍服は、すっかり観念した様子。四十絡みの年恰好で、口元に細いヒゲを生やしている。いわゆる「なまずヒゲ」というやつだ。上等な身形と階級章から、身分は残留部隊の指揮官と知れた。
「──ほう。こいつは中々幸先がいいな」
 不精髭をさすりつつ、カーシュは腑に落ちなげに周囲を見る。
 ここは街門から距離がある。この男が指揮官というなら、本来の居場所は、街にほど近い陣営だ。日も暮れかけた今時分、なぜ、こんなうらぶれた林をうろついているのか──。
 縄を打たれ、人質係に引き渡された指揮官は、手荒く地べたに座らされる。その前に、ひょい、とダドリーがしゃがみこんだ。
「いやー、わっりーな、おっさん!」
 笑って、その背をバンバン叩く。
「あんたに恨みはないんだけどさ。ちょおっと、こっちに付き合ってもらうぜえ? まー、ここで捕まったのも、何かの縁ってことでさ」
「──こっ、こっ、この卑怯者がっ! 恥を知れぃっ!」
 なまずヒゲの指揮官が、唾を飛ばして非難した。意外にも甲高いキンキン声。
「んー? なんだって?」
 ダドリーは癖っ毛頭をぷらぷら振って、耳に手をあて指揮官を挑発。
「聞・こ・え・な・いぃっ!」
 子供のような応酬を、カーシュは虚しい気分で眺めやった。「──どうでもいいが、お前、ずいぶん楽しそうだな」
「ん、そっか? いや、そーでもないが?」
 だったら、なんだ。そのやる気満々のスキップは。
 たまたま成功したもんだから、天まで思いあがっていやがる。カーシュは苦虫かみつぶす。
「癖っ毛、お前、気ィ引き締めてかかれよ。留守番風情と見くびって、ゆめナメてかかんじゃねえぞ。確かに、こっちにろくな兵隊はいねえが、領主の周りの護衛ともなれば、それなりに腕が立つはずだ。そんなのに捕まりでもしてみろよ──」
「いや、俺は、、大丈夫なんじゃねーか?」
 ダドリーは小首をかしげた。
 くるりと振り向き、足元をさす。
「何かあってもコイツいるし
 ぎょっ、と指揮官が振り仰いだ。「ちょっと待て!」と目を剥いている。
 カーシュはやれやれと肩をすくめた。「たく、なんて悪党だ。そいつを盾にする気かよ」
 ダドリーが口を尖らせた。
「いーじゃねーかよ非常時だぞ。指揮官一人とカレリアの命運、どっちが大事だ」
 この領主、人質にするのみならず、保身もろもろ使い倒す気だ。
「嫌だ! 放せっ! 解放しろ──っ!」 と指揮官はじたばた足掻いている。
(……気持ちはわかるぜ)
 捕まった相手が悪かったな、とカーシュはつくづく嘆息した。
 俺だって、こいつにだけは捕まりたくない。
 
 捕らえた兵を、彼らは手際よく縛りあげていた。
 哨戒部隊が指揮官を捜しにきたところを制圧したのだ。やはり、残留兵は素人に近く、戦慣れした彼らロムの敵ではなかった。まして、機転を利かせて反撃に出ようとする者は皆無で、剣を交えるまでもなく、一瞥をくれただけで震えあがった。
「──しかし、アレだ。こんなにとんとん拍子でいいのかね」
 いささか拍子抜けしながらも、一行はそろそろ先へと進む。
 あとは門前に詰めた警備兵を下すのみ。そして、軍の大半が渦中の商都に詰めている今、トラビアの警備は元より薄い。
 武器はある。人質もいる。
 準備万端ととのっている。五十の軍馬は、付近の山に"獣使い"が放しに行った。あとは領邸に乗りこんで、軍の撤退を迫るのみ。
 トラビアの街が一望できる郊外の小高い丘に立ち、夕陽に浴びた西の稜線を眺めやる。
 国境の街トラビアの巨大な石造りの街壁が、黒々とそびえ立っていた。あたかも要塞であるかのように。
「……ここからだ」
 ダドリーはゆっくり息を吐いた。
 カレリア国は、盟約を結んだ三大公家が、国王の下、代々相互不可侵の領土を守り、ゆるく連携を保ってきた。その現状を踏まえれば、この取り決めを一方的に破棄する今回の騒動は──ラトキエに対するディールの奇襲は、この国開闢以来の謀反ともいうべき暴挙だ。だが、この目論見が成功すれば、それが悪しき先例となり、以後、領土強奪の時代に突入するのは必至。
 そうだ、万が一にもしくじれない。
 次の一手に、カレリアの未来がかかっているのだ。
 トラビアの巨大な街壁が、鮮やかな夕陽を浴びていた。夕刻の風が、強く、ゆるく、吹きわたる。
 ズボンのループに指を引っかけ、ダドリーは連れを振り向いた。
「行こう、トラビアへ」
 あと、わずかで勝敗が決まる。
 
 
 
 
 

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