CROSS ROAD ディール急襲 第2部 2章 7話5
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 赤い夕陽を頬に浴び、一行は草原に並び立った。
 いよいよだった。
 トラビアの街門を突破すべく、いよいよ行動を開始する。人質を盾に街門を通過し、領邸に押し入り、主の身柄を押さえ、そして、要求をつきつける──
 カーシュはすばやく目を凝らす。夕暮れの薄闇で、何か動いた。
「……ガキ?」
 それは小柄な女児だった。こんな戦時の門外には、いかにも異質なその姿。いや、あの顔は見覚えがある。
「──あんのガキ!」
 吐き捨て、すぐさまそちらへ向かう。昼に、林で見かけた少女だった。人違いで謎かけを吹っかけてきた──。
 小さな人影へと急ぎつつ、カーシュは顔をしかめた。ゲンが悪い。一戦交えるその前に、女子供が出現するのは、いわば不吉の前兆だった。そもそも、あんな場所にいては巻きこまれる。早く進路から退けねば危険だ。
 日暮れた草原の薄闇にまぎれて、ふと、少女が振りかえる。
「まあだ、そんな所にいやがったのか。おい、もう日が暮れたぞ。お前の家にさっさと帰んな」
 肩で切りそろえた髪を揺らして、きょとん、と少女が顔を見返す。
 けたたましい警笛が響き渡った。
 左手の薄闇で、あわてたような大声。にわかに辺りが騒がしくなる。
「──なんだ、あいつらは! 襲撃か!」
 カーシュは苦々しく舌打ちした。見まわりの兵が薄闇に紛れていたらしい。
「不審者だ! 不審者の集団だ! 武装しているぞ!」
 見まわりの兵の一団は、あわてて街門に駆け戻っていく。
 そりゃ驚きもするだろう。薄暗い夕暮れの草原に、帯刀した五十人からの一団が、佇んでいたというのだから。
 すぐに方々で声があがり、周囲がにわかに騒がしくなる。
「──ち! 小心者が!」
 舌打ちし、カーシュは白龍刀に手をかけた。とんだ番狂わせだ。やはり、ろくなことがない。女子供に出くわすと。
 指揮官の身柄を握っているのに、脅す暇もありはしない。辺りは既に闇に飲まれて、人質に気づきもしなかったらしい。
「雑魚に構う暇はねえってのによ!」
 手をあげ、仲間に合図を送る。こうなったら、否も応もない。実力行使で正面突破だ。
 五十の編み上げ靴が、地を蹴った。
 草原を駆け抜け、街門へ向かう。暗がりを走る武装した一団、その中には、クレスト領主ダドリーの顔もある。
 静かな日暮れが、一転、殺伐と様変わった。薄闇は雄叫びで満ち、踏みしだかれて、草が鳴る。
 たたらを踏んで、足を止めた。
「……どういうこった」
 それは異様な光景だった。あぜん、とカーシュは前方を見まわす。
「何故、こんなに、いる?」 
 トラビアの巨大な外壁が、夕陽を背にして立ちはだかっていた。その街壁の影の中、制服の軍人が抜刀し、街壁沿いで整列している。百を下らぬ人数だ。
 街門付近は一変していた。
 昼には私兵十数人だった薄い警備が、今や大抵の襲来は迎え撃てるだけの陣容だ。彼らはいずれも青と白の鮮やかな軍服を着用している。つまりは正規兵、カレリアの国軍。
「……罠か」
 カーシュは舌打ち、顔をしかめた。
 唇を舐め、隣にいた行程の主ダドリー=クレストを盗み見る。「なあに、こんなカスども訳はねえ。とっとと片付けて先へ進もうぜ、癖っ毛」
「──おうよ」
 すらり、とダドリーは得物を抜いた。臆した様子は微塵もない。大した度胸だ、と舌を巻く。この、、事態に。
 そう、奇妙なことが起きていた。これでは襲撃を見越して待ち伏せしていたようではないか。情報の漏洩元は、もしや、置き去りにした捕虜たちか? いや、それにしては、部隊への伝達が早すぎる──。
 何かの気配が、水面下にあった。黒々とうごめく巨大な気配。まだ、見えない要因が何かある。それが何かは、わからない。
 不吉な困惑のただ中で、確実に言えることが一つだけあった。こうなっては、後には引けない、ということだ。
「かかれ!」
 カーシュは腕を振りきった。
 仲間が一斉に大地を蹴る。真っ向から攻め寄せる軍人の大波に踊りかかった。
 踏みしだかれた野草の中、剣戟の音が鳴り響いた。せっぱつまった悲鳴があがり、次々軍服が膝をつく。
 余裕だった。負ける気遣いは、どこにもない。予想通り、腕前に差がありすぎる。
 周囲の喧騒をカーシュは見渡し、ふと、街門で目をとめる。
 その目を軽くみはった。
「──あのガキ──まだ、いたのか」
 先に見つけたあの少女だった。野草の中で立ち尽くし、降ってわいたこの騒ぎを、驚いたように見まわしている。
 舌打ちして逡巡した。万一、うかつに飛び出せば、巻き込まれないとも限らない。見て見ぬ振りでほうっておくか。それとも、逃がしにいくべきか──。
 思わぬことが起きた。
 軍服のひとりが少女に気づいて、つかつか足を向けたのだ。あわてて逃げようとした少女の腕を、荒々しく引っ立てる。
「──なっ!? ガキは無関係だろうが!」
 カーシュは思わず目をみはった。
 とっさにそちらに踏み出しかけ、とある可能性が胸をよぎる。
 ──"連れ"と誤解されたのではないか?
 先の兵士に見られていたら? 少女に気安く声をかけたところを。
 カーシュは顔をしかめて奥歯を噛んだ。まったく、とんだ失態だ。
 こうなれば、少女を奪い返すしかない。全くの事実無根だが、人質にとられてしまった後では、何を言おうが、聞く耳をもつまい。
 背をかがめ、そろりそろりと兵士に近づく。
 白龍刀に手をかけて、はっ、とカーシュは停止した。
 いつの間にか、あの癖っ毛が横にある。
 ダドリーが愕然と立ち尽くし、顔面蒼白で目を見開いていた。この事態に気づいたらしい。いや、なにか様子が変だ。
 一言でいえば、らしくない。必要とあらば、友も坑道に置き去りにする、非情な決断をする男だ。
 今、そのダドリーは、唇をわななかせ、息をするのも忘れたように、食い入るように見つめている。凝視しているのは兵士ではない、あの少女の泣き顔だ。
 少女は兵士に引きずられ、手足をばたかせて暴れている。恐怖におののき、泣きわめいている。
「やめろ! やめてくれ!」
 ダドリーがたまりかねたようにわめき散らした。
 ざわり、と人波が動きを止めた。
 少女をかかえた件の兵が、いや、この草原にいる誰もが皆、怪訝そうに振り向いている。
 ダドリーは件の兵を凝視している。その目は既に、何者をも捉えていない。軍服の兵に捕まったあの少女を除いては。
 声を押し殺して、踏み出した。
「その子を、放せ」
 カーシュは舌打ちして駆け寄った。思ってもみない事態だった。よもや、ダドリーが割りこんでくるとは。無関係を貫くつもりでいたが、そして、事実はその通りだが、あんな風にこだわれば、痛くもない腹を探られないとも限らない。
 この暴挙をやめさせるべく、ダドリーの腕を引っつかむ。「──おい! 癖っ毛!」
「さっさと放せ! 放してやれっ!」
 ダドリーが力任せに振り払った。
 鬼気迫る表情だ。挙措を失い、わめき散らしている。
 戦線が動きを止めていた。何が起きたか、わからずに、皆一様に戸惑っている。
「おい、お前ら!」
 腹立たしげな叱責があがった。こちら側の後方だ。
 軍服の兵隊が、怪訝そうに目を向ける。
 ぎょっ、とその顔が強張った。
「し、指揮官殿!?」
「何をしている! とっとと来んか!」
 兵を睨んでわめいていたのは、あのなまずヒゲの指揮官だった。あわてて人質係が押さえこむも、首を振って必死で押しのけ、怒りの形相を振りあげる。
「その癖っ毛を確保しろ! あのダドリー=クレストだぞ! ノースカレリアの新米領主だ!」
「……ダ、ダドリー=クレスト?」
 軍兵がひるみ、互いの顔を見合わせる。
「せ、先日就任した、北カレリアの……?」
 兵らもまさか、予想だにしなかったに違いない。荒くれた一団を引き連れて、クレストの領主が乗り込んでくるなど。
 視線が、ダドリー一人に集中する。
 ダドリーは奥歯を噛み締めて、依然、件の兵士を睨んでいる、今にも突っ込んでいきそうなその腕を、カーシュに強くつかんで押しとどめる。
 痺れを切らして、指揮官が怒鳴った。
「さっさと動かんか、馬鹿どもが! 早急に反逆者、、、を確保しろ!」
 だが、兵は戸惑い、動けない。捕縛しようにも、手を出しかねている様子だ。なんといっても相手は領主。雲の上の存在だ。
 場は淀み、硬直した。
 動くに動けず、ただただ狼狽え、ざわめいている。
「──だったら、取引といこうじゃないか」
 薄暗い日暮れの草原のどこかで、落ち着き払った声がした。
 
 
 
 
 

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