CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 2話2
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にもつのこと、バレてるぜ」
 泉での一件を報告すると、ケネルはやれやれと嘆息した。「厄介だな。──で、連中は」
遊泳中・・・
 ぶっきらぼうにファレスは応え、昼の原野へ目を向ける。当の客は、蓬髪の首長アドルファスと、首長の愛馬で遊んでいる。
 客には案外甘いケネルも、馬にだけは触らせないから、客は馬を構いたくなると、きまって首長の所へ行く。ケネルに輪をかけて首長は甘い。
「どうするんだ?」
 腰を降ろしたケネルの横で、寝転んで足を組んでいたバパが、あくびまじりに目を向けた。「弱みを見せたら、それでお終いの稼業だぜ」
 話し始めた二人から外れ、ファレスは煙草を取り出した。
 火を点け、白け顔の舌打ちでごちる。「──たく。なにやってんだ。"砕王"と呼ばれた男がよ」 
 対峙した誰もが逃げ出す首長が、孫でも見るようなデレつきようだ。目尻が下がったあの顔は、見ている方が情けなくなる。
「……まるで山賊だな。あのおっさん」
 くわえ煙草で蓬髪をながめた。大きな首長のそばにいると、小柄な客が子供のように見える。確かにカレリアの人間は、全般的に幼いが──。彼女は首長と戯れながら、屈託なく笑っている。
 ふと、思い出して、顔をしかめた。
「──たく。あの客あれのおかげで散々だ」
 ファレスは忌々しげに舌打ちする。「面倒なのを・・・・・つかんじまったじゃねえかよ」
 
 
 
 
 じっと見つめる視線を感じる。
 もっとも、半分は女男がガンくれてたりするのだけれど。
 いつでも、どこでも視線を感じる。
 "残り"の半分はたぶんケネル。
 "残り"のそのまた半分がアド。なら──
 あとの残りは誰だろう。
 
 エレーンは一人ぶつくさと、静かな森を歩いていた。毎度のことだが、まったく礼儀がなってない。まったく連中は失礼だ。
 ケネルを見つけて駆け寄ったらば、それまでだらけて座っていたのに、急にむくっと起きあがり、警戒もあらわに身構えた。森から出てきた女男も、顔を見るなり、むっとして。まだ、なんにもしてないのに。 
「なによ。あたしが何かしたぁ?」
 うつむき、エレーンは唇を噛む。そういえば、きのうも散歩中、短髪の首長が耳打ちした後、しばらく口もきいてくれなかった。
「……嫌われた、かな」
 じっと地面の靴先を見つめ、顔をゆがめて歩き出す。なんの気なしのつぶやきが、思いがけず胸にこたえた。あの冷たい長髪と、少しは仲良くなれたかと思っていた。彼のお腹をさすった晩も割と色々話をしたし、前ほど無闇に怒らなくなったし。なのに──
 はっ、と気配に目をあげた。
 肩を震わせ、後ずさる。バラバラ藪から飛び出す人影。
「お宝を出しな」
 五人の覆面が取り囲んだ。
 手に手に、鋭い抜き身の短刀。中央の男がすごんで踏み出す。「ほら、出せよ。さっさとよ!」
「──し、知りません。そんな、お宝なんて」
 エレーンはたじろぎ、今来た道を盗み見る。
 森の梢と草木が途切れ、ぽっかり開けた場所だった。首長との馬遊びを中断し、息抜きをしに散歩にきたのだ。馬群が休むあの原野は、木立のはるか向こう側。
 覆面の五人は苛々と、先の口上を繰り返している。
「あ、あの。何かの間違いじゃ……」
 ただただエレーンは戸惑った。さっぱり、わけが分からない。いかにも領家の奥方だが、この長旅用の普段着では、装飾品さえ、ろくにない──
 はっと気づいて、左手を押さえた。 
 どぎまぎ、さりげなく目をそらす。一つだけ、価値ある物を持っていた。薬指にはめた結婚指輪だ。夫ダドリーと自分だけが持つ、クレスト宗家の身の証・・・
 材質自体も高価だが、何よりこれには、文書の調印にも使われる正式な家紋の刻印がある。一国の規模なら、国璽にも等しい。所持する者には、常時携帯の義務がある。
(どうしよう……)
 責任の重さを痛感し、エレーンはきつく唇をかんだ。まさか思いもしなかった。こんなことになるなんて。人里離れた深い樹海で、自分を知る者がいるなんて。まして指輪が狙われるなんて。もし、これが悪用されれば、領地の施政は大混乱だ。「強奪られました」では済まされない──。
 向かいの覆面が目配せし、たちまち包囲を狭めてくる。エレーンはあわてて後ずさった。
 ちらっとよぎっただけなのに、あっという間に伝わってしまった。心を掠めた動揺が。
 思わぬ目敏さに舌を巻き、たじろぎ、唇を噛みしめる。今ので「脈あり」とわかってしまった。これ以上の失敗は許されない。渡せない。
 ──どうあっても。
 ふと気づいて、眉をひそめた。そういえば妙だ。なぜ、わかったのか、こちらの身分が・・・・・・・
 ここはクレストの領邸ではない。それと分かるような服でもない。
 公爵夫人とはいえ名ばかりで、仕草も言葉も平民そのもの。三日でダドリーと絶交したから全ての予定が停止したまま、なんの課程もこなしていない。その上すぐに他領に攻められ、背中にひどい怪我まで負った。そんな暇はどこにもなかった。この身分にふさわしい所作を身につける余裕など。聞き違いなどではなかった。今、男は、はっきりと言った。
 ──お宝・・と。
「いつまで、すっとぼける気だ、このアマ!」
 痺れを切らして覆面が吼えた。じれったそうに顔をゆがめ、中央が苛々と刃を振る。
「さっさと出せよ、強情な! こいつが目に入らねえのか!」
 エレーンは精一杯睨みつけ、じり……と更に後ずさる。ケネルの叱責を思い出したが、喉が貼りつき、悲鳴なんて出ない。前と左右を覆面にふさがれ、目をそらすことさえ、ままならない。
「おう! 命と宝どっちが大事だ!」
 左隣が目配せした。「──おい。ぐずぐずしてると勘づくぞ、原っぱにいる連中が」
「ふん。どうあっても嫌らしいな」
 鋭利な刃をちらつかせ、包囲がまた距離をつめる。
「そうかい。だったら覚悟しな。それならこっちにも考えがあるぜ」
 にやり、と中央が口端で笑い、抜き身の短刀をもてあそぶ。
「だったら、あの世で後悔しろや!」
 地を蹴り、刃を振りかぶった。
 
 

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