CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 2話4
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 蓬髪の首長の無精ひげの口から、くわえた煙草が、ぽろりと落ちた。
 茂みの前に立っていたケネルも、目をみはって驚いた顔。  
 熱く痺れた頬に手を当て、エレーンは呆然と靴を見る。
「この大ばか野郎が!」
 頭上から、ファレスが一喝した。
「何度言わせりゃ気が済むんだ! 貴重な戦力ぶっ潰しやがって!」
 負傷した首長を目線でさし、目を戻して睨み据える。
「言いつけ無視して、好き勝手した結果がこれだ。てめえの身も守れねえくせに、いっぱしの口を叩くんじゃねえっ!」
 たまりかねた様子で、首長が身じろぐ。手をつき、木根から腰をあげ──
 藪から"白"が飛び出した。
 風を切ってファレスに接近。ケネルが気づいて、手を突き伸ばした時には遅かった。
 鋭く、長髪が薙ぎ払われた。
 殴り飛ばされて数歩よろめき、ファレスはたたらを踏んで踏み止まる。
「──何しやがる!」
 ウォードが前のめりでねめつけていた。
 殴られた頬を手の甲でさすり、ファレスも剣呑に向き直る。「他人ひとの領分に首突っこむたァ、いい根性してるじゃねえかよ。どうなるか、わかってんだろうな!」
「──おい、よせ! お前ら!」
 ケネルが駆け寄り、割って入った。ファレスの胸を突き飛ばし、つかみかかったウォードの肩を、引きずり戻して引き離す。
 尚も突っかかるウォードを制し、ケネルは舌打ちまじりに見返した。「急にどうした」
 ウォードは応えず、無言でファレスを睨めつけている。ファレスの方も見るからに胡乱だ。
 立ちあがりかけた中腰で、首長はあぜんと三者を見ている。ファレスとウォード。そして、ケネル──。
 おもむろに木根に腰をおろした。隊長ケネルを静かに見やる。手並みを見届けるつもりらしい。
「……おい、なんだ?」
「仲間割れかよ……」
 囁き交わすひそひそ声。拘束された一団だ。そして、聞こえよがしな野次と口笛。
 一睨みでケネルが黙らせ、今にも飛び出しそうなウォードの顔に、戸惑い顔で言って聞かせた。「落ち着け、ウォード。大して強くは叩いてない」
 ウォードのみなぎる闘気を示して、制した腕がかすかに震える。歯を食いしばったウォードから、憎々しげな宣言が漏れた。「……許さない!」
「こっちの台詞だ、ド阿呆が」
 ファレスは一段冷めた口調で応じた。訝しげに見やった顔は、もう挑発に乗るでもない。
「勘違いしてんじゃねえ。こいつが悪い」
 血の混じった唾を吐き、殴られた口元を、乱暴にぬぐう。
「あんまり言うことを聞かねえから、ちょっと懲らしめただけのことだ。考えなしにうろつきやがって」
 しびれた頬をゆっくりさすり、エレーンはファレスに顔をあげる。
「なあにすんのよっ!」
 ファレスの長髪がひるがえった。
 平手打ちでのけぞったファレスが、あっけにとられて目を戻す。「──あ、あァっ?」
 二の句がつげない顔つきだ。よもや叩き返されようとは、夢にも思わなかったものらしい。ケネルとウォードも同様だ。
「ぶったわね〜!? 今、あたしのこと、ぶったわねえええっ!?」
 エレーンはまなじり吊りあげて、大きく息を吸いこんだ。
「野っ蛮ーん! 最っ低っ! 信じらんなあーいっ! 男のくせにか弱い女の子をぶつなんて一体どういう神経よっ! しかも顔ってどーゆーことっ!?アザとか残ってお嫁に行けなくなっちゃったらどう責任とってくれるわけ?(←領主の嫁) 冗―談じゃないわよ!ふざけんじゃないわよ!なんであたしがあんたにぶたれなきゃなんないのよ!え?なんとか言ったらどーなのよ!(←口を挟む余地がない)そーゆーのを"男の風上にも置けない"っていうのよ!そーゆーのを " 負 け 犬 " っていうのよ!」
 ファレスがたじろぎ、顔をしかめて耳をふさいだ。「て、てめえ、じゃじゃ馬。そんな言葉一体どこで──」
「なによっ! あんた話そらす気!? 上等じゃないのよっ! 負け犬! 負け犬! 負け犬っ!
 ひるんだ相手にすかさず連呼。そして、凶器・・をスタンバイ。
「何すんのよ何すんのよ何すんのよっ!」
 ばりばり爪で引っ掻かれ、ファレスが顔をゆがめてのけぞった。
「──痛てっ! 何すんだこのアマ!──て、てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞっ!」
 腕で顔をなんとか防御し、ファレスは辛くも攻撃を避ける。だが、視界がきかず、足をとられて転げこんだ。首を振って起きあがった背に、すかさずエレーンは乗りかかる。
「な、何をしやがる!?──こら、降りろバカ女っ! さっさと背中から降りろってんだ! 重てえじゃねえかよっバカ女っ!」
 ぐいぐい髪を引っ張られ、ファレスは顔をゆがめて地面を叩く。
「なあによ、勝手なことばっか言って! あたしにだってね! あたしにだってね!」
 エレーンは癇癪を叩きつける。
「あたしにだって都合があんのよっ!」
 引っ掻き、噛みつき、髪を引っ張り、ここぞとばかりにやりたい放題。
「こら、グーはよせっ! グーはよせって! ぽかすか叩くな! 頭は馬鹿になるって前から言っ……お……?」
 ゴン──と不穏な音がして、ファレスが地面に突っ伏した。

 ふんっ、と鼻息荒く息を吐き、エレーンは這いつくばったファレスから降りた。
 くるり、と背後を振りかえる。
「──ケネル〜!」
 ぎくりと後ずさった懐に、両手を広げて、わたわた突進。
 ひしっと両手でしがみつき、くすん、くすん、と嘘泣きで仰いで、くったり伸びた長髪を指さす。
「女男がぶったあ〜!」
「……(=あんただって、ぶっただろ?)」
 むしろファレスの何倍も──と顔をゆがめてケネルはたじろぐ。地面のファレスに一瞥をくれた。「たいがいにしておけよ。ファレス」
「……(ちっ!)」( ← でも、死んだフリ )
 むう、とエレーンは口を尖らす。「ええー。それだけ〜?」
 ぷい、とふくれて踵を返し、「ねー。聞いて聞いて? アドぉ〜!」と木陰の首長に駆け寄った。ケネルの対処では不服らしい。
 聞こえよがしな声がする。
「もー。今の見たあ〜!? もー信じらんないアイツってばあっ!」
 
 
 熊のような蓬髪の首長にぺらぺら告げ口している客を、薄目をあけて確認すると、むくりとファレスは身を起こした。
 あぐらで地べたに座りこみ、頬の痛みに顔をしかめる。「たく。本気で殴りやがって、ウォードの野郎。ちょっとなでただけじゃねえかよ」
 ぶらぶらファレスに近づいて、ケネルが呆れ顔で腕を組んだ。「手荒いな」
「──ああでもしねえと、分かんねえんだよ」
 ファレスは舌打ち、忌々しげにケネルを仰ぐ。「文句があるなら、いつでも降りるぜ。いいんだろ、降りて。この前、お前、そう言ったよな」
 ケネルが「お……?」と腕時計を見た。しれっとファレスに目を戻す。
「残念。時間切れだ」
 ぎりぎりファレスは歯噛みした。
 苦虫噛み潰して懐を探り、顔をしかめて煙草をくわえる。「──このタヌキが!」
「お前にはあんなに近寄らなかったのに、まさか、ウォードあいつが突っかかるとはな」
 遠のく白い背をケネルは見送り、ファレスのしかめっ面に目を戻す。「お前も少しは弁えろ。何をカッカしてるんだ」
「──あの行動は目に余る」
 ファレスは一服、苦々しげに吐き捨てた。
「あれをこのまま放置すれば、支障が出るのは確実だ。外から付け込まれる隙にもなるし、事実、部隊が振りまわされている。今回のことにしたってそうだ。あんなしけた物盗り風情に、むざむざられる首長じゃねえだろ。それもこれもあの客が、能天気に歩き回った結果だ。だが、どれだけ注意をしても、口答えばっかりで、これっぽっちも聞いちゃいねえ。この状態は好ましくない。被害が拡大する前に、適切に対処する必要がある。部隊の統轄はお前の役目だ。だが、お前に客は叩けねえだろ」
 名指しにケネルが面食らった。「──何も叩くことはないだろう」
「痛い思いをしねえと、分かんねえんだよ、あのバカは。そこらの犬とおんなじだ」
「叩いたところで収まりはしないさ」
 わかったふうな物言いに、ファレスは訝しげに目をあげる。
 青い夏空を、ケネルは仰ぐ。「この根は、もっと深い場所にある。そこには誰も立ち入れず、それを除くことは、誰にもできない。だから、お前に任せている」
 ファレスは戸惑い顔で目をそらす。「──なんで、俺だよ」
「適任だろ」
 ケネルが苦笑いで目を向けた。
「お前は知っている・・・・・はずだと思ったがな。あの客が、どうしてああも喋るのか」
「──なんで俺が。知ったことかよ」
 眉をひそめてファレスは舌打ち、膝を立てて、立ちあがった。
 くわえ煙草で、服の埃をはたき落とす。「たく。なにが負け犬だ、なま言いやがって! 誰が吹き込みやがった、あんな言葉」
 辟易として、客に目をやる。ふと、思い出したように振り向いた。「そういや、なんのことだ? あれが言ってた"都合"ってのは」
「知るわけないだろ。俺に訊くなよ負け犬・・・
「──あァ!?」
 あ……とケネルが、うっかり滑った口を押さえた。「……悪い」
 感染力は抜群のようだ。
 度肝を抜かれた彼らは知らない。
 彼女が後日、短髪の首長に「役に立った♪」と戦勝報告をしたことを。
 
 
 

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