CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 2話5
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「珍しいな、あんたがられるとは」
 ケネルはぶらぶらと足を運び、木陰のかたわらに声をかけた。「あんな小物に、やられるあんたじゃないだろう?」
 アドルファスはその顔に一瞥をくれ、大儀そうに木幹にもたれた。
 しばらく、無言で空をながめる。
「……あの客に斬りかかった、あの覆面の野郎がよ」
 野太い声で切り出して、溜息まじりに紫煙を吐く。「あの晩、客を斬った俺に・・見えた」
「──因果は巡る、か。皮肉なものだな」
 懐から煙草を取り出して、ケネルも空をながめやる。アドルファスは苦笑いで首を振った。
「平気な振りをしているくせに、足はがくがく震えてんだよ。両手で俺にしがみ付いて、恐かった、って泣くんだよ。あの晩も・・・・──どんなに恐かったかと思ったらよ」
「だが、守ったろ、今回はあんたが」
「……俺のこの手は、何でも壊しちまうもんだと思っていたがな」
 自分の手のひらを首長は見、皮肉まじりに苦笑いする。
「いや、俺は、そんなふうにはできてねえ。俺のこの手は、なんでも片っ端からぶっ壊しちまう。カーナの時もそうだった。いつだって、気づいた時には遅せえんだ。けど、俺は──」
 足を投げた地面を見つめ、ごつい顔を苦しげにゆがめる。「……俺はただ、この世で一等上等な、最新最高の治療って奴を、受けさせてやりたかっただけなんだ」
「それは皆が承知している。あんたの娘も俺たちも。知らないのは、あんただけ・・・・・だ」
 虚を突かれたように、アドルファスが見あげた。
 困惑顔で無精髭をさすり、にっ、と不敵に頬をゆがめる。「少しは気が楽になったぜ。お前のペテンのお陰でな」
「役に立ったなら幸いだ。で──」
 ケネルは微笑って、縛られた賊徒に目を戻す。「何者なんだ、あの連中は」
「どうも、物盗りらしいんだよな」
「──物盗り?」
 面食らって訊きかえし、ケネルは怪訝そうに眉をひそめた。
「物盗りが大挙して五人も、か?」

 森の獣道は静かだった。近くで刃傷沙汰があったとは、とても思えぬ、のどかさだ。
 木漏れ日ちらつく樹海の中を、ケネルは原野へ向かっていた。客は負傷した首長と共に、一足先に原野へ帰した。調達屋が寄越した数人の部下と、ファレスは現場の後始末をしている。
 夏草を掻き分け、茂みを踏み越え、先の風道にようやく出た。ここまで戻れば、集合場所はもうすぐだ。足場の良くなった風道を、ケネルはやれやれと歩き出す。
 ぐい、と後ろに腕を引かれた。
「あの子、ファレスをぶん殴ったらしいな」
「──もう知っているのか。相変わらず耳が早いな」
 ケネルは呆れ顔で振りかえる。今の今、戻ったばかりだ。ふと合点し、行く手を見やった。
「──アドルファスか」
 木立の向こうに、客の黒髪の背が見えた。蓬髪の首長アドルファスの腕に張りついている。ならば、彼が話していったに違いない。先の彼女の武勇伝を。アドルファスは未だに、ファレスが世話をするのに反対だから、さぞや溜飲を下げたろう。先の彼女の反撃には。
 バパは自分の顎をさすり、面白そうに片眉をあげる。「とんだ問題児だったようだな」
「今に始まった話でもないだろ。俺が問題児・・・を抱えこむのは」
「よくよく縁があるようだな。だが、ファレスを副長に わざわざ据えたのはお前だろう? なんで、あんな厄介な野郎を」
 木幹にもたれ、ケネルは苦笑いで懐を探る。「誰でも良かったんだがな、俺の方は」
 バパは倒木に腰をおろし、呆れ顔でケネルを仰いだ。
「だが、副長といや相棒も同然。奴より真面目でましな野郎は、他にいくらでもいたろうに」
「退屈しなくて丁度いい」
「苦情処理だけで一仕事だろ。何もあんな身勝手な奴を選ばなくてもよ」
「──群れでの安穏を捨て去ることで、奴が引き換えに得たもの、か」
 くわえた煙草に点火して、ケネルは微笑って紫煙を吐く。「ああいう生き方は、真似できない。ある意味、奴がうらやましくもあるな」
「人は群れるのが普通だろ」
 バパが呆れた目を向けた。「あいつの方がおかしいぜ。ああいう一匹狼は、群れをまとめるには不向きだろ」
「そんなことは分かっているさ。奴が売り込みにきた時からな」
 当時のファレスを思い出し、ケネルは小さく苦笑いする。ひどく印象的な男だった。肩で風を切り、誰彼構わず挑発する、小馬鹿にしたような冷ややかな目──。
 煙草に火を点けながら、バパは目線だけをケネルに向ける。「だったら、どうして要職に? 兵隊に取り立てりゃ十分だったろ」
「それじゃ周りが納得しない。戦場では、器量は誤魔化しがきかない。そもそもあいつは、副長にしかなれない奴だ」
「……副長にしか・・・・・? どういう意味だ」
 ケネルは一服、紫煙を吐く。
「こうした武力集団は、縄張り意識が元より強い。だが、生来ファレスは他人と群れない。誰にも頼らないし、馴れ合わない。猜疑心が強いから、どの集団にも混ざれない。そういう奴は往々にして、打ち解けられずに弾かれるか、力で押さえつけて従わせるか、身の振り方は二つに一つ。ファレスはおそらく後者だろう。だが、力だけでは無理がある。信頼関係のない場所に、人が集うことはなく、殺伐とするばかりで群れはしない。それでは何も生まれないし、まして他人は治められない」
「なるほど、あいつの居場所に丁度いいな。どこにも属さない副長ってのは。──しかし、お前も親切なことだな」
「そう捨てたものでもないさ」
 ケネルは苦笑いで紫煙を吐く。「あいつのは必要だ」
「──目?」
「外から群れを把握する目だ。的外れな方向に盲進させないためにもな。群れには常に外にいる、醒めた視点が必要だ。ファレスみたいなひねくれた奴も、群れに一人は必要だ」
 
 
 集合場所の原野では、部隊の見慣れた野戦服が、先と変わらず雑談していた。
 部隊全体を見渡せる木陰に、ファレスはやれやれと寝転がる。現場の後始末をし、ようやく戻ってきたところだ。頭の下で手を組んで、足を組んで目を閉じる。
 話が妙な具合になってきた。あの客が襲われた一件だ。
 先の賊の正体は、結局単なる物盗りだった。だが、狙いがはっきりしない。つまり、当人たちもよく知らないらしいのだ。肝心の「お宝」の正体を。仲間内でも漠然と「素晴らしいもの」「一国を左右するほど、素晴らしく価値あるもの」としか伝わっていない。
 そうまで素晴らしい宝なら、一目でそれと分かるだろう、襲う相手は女一人、捕えてしまえば、どうとでもなる、と高をくくっていたらしい。五人も頭数を揃えたのは、ひとえに部隊への牽制とのこと。
 その場に居合わせた調達屋は、並べた賊を前にして"他人ひと様から物品を頂戴する際の心得"なるものを、みっちり叩き込んでやったようだが、その際(常人には理解し難い)説教の余禄で、思わぬ話を聞き出してきた。
 とある噂が蔓延している、とのことだった。賊徒たちの頭目曰く、
 ── 女が領邸から宝を盗み、遊民の集団に潜んだらしい。その犯人の特徴は、背までの長さの・・・・・・・黒髪の女・・・・
 つまりは、あの客のことらしいが、あれはクレスト領主の歴とした正妻、どこでどうこじれれば、そういう話になるんだか。
 念のため、こちらの生業を尋ねれば、「は? 誰って……誰だよ? あんたら」と賊徒はそろって首を傾げた。だが、それなら、つまり──
 げんなりファレスは溜息をつく。
「……あの客が盗人ってんなら、こっちはさしずめ窃盗団かよ」
 手配書を知る賊徒ネズミはいたが、それとはまた別件が、動き出したようだった。そちらの方の標的は、あろうことか件の客。もっとも、客の素性については、まだ割れていないようだが。
 客に心当たりを質しても、何も収穫は得られなかった。口を真一文字に引き結び「あたし、知らないわよ」の一点張り。あの見るからにぎくしゃくとした棒読みは、いかにも怪しい感じだが。
「たく。なに隠していやがる」
 だが、すぐに「まあ、いいか」と、ファレスはあくびで寝返りを打つ。口から生まれたようなお喋りのこと。どうせ黙っていられずに、自分からボロを出すに決まってる──。
 
 だが、そうは問屋が卸さなかった。
 息つく間もなく、とんでもない事件が起きたからだ。
 
 

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