■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 interval 〜森〜
( 前頁 / TOP / 次頁 )
ひと気ない早朝の森を、男は息せき切って歩いていた。
白衣の裾を粗雑にさばき、旅行鞄を引っ下げて。
白髪まじりの髪は乱れ、こけた頬は引きつっている。うねった木根に足をとられて、今にも転げんばかりのあわてよう。額に浮き出た汗をぬぐって、急ぐ肩越しに振りかえる。
「──こんな所で、ぐずぐずしてはおれん」
寝静まる街の方角を、気味悪そうに白衣は見つめる。
「どうなっているんだ、あの身体は。早くこのことを学会に──いや、安全確保が優先だ。そうだ。こんなところで終わってたまるか。ああ、どこか──どこか、あの傭兵の手の届かない所へ──」
「どこへ行くんだ、先生」
ぎくり、と医師は飛びあがった。
総毛立って振りかえる。
面食らった様子で顔をしかめた。
「……な、なんだね、君は」
ひっそりとした森の木立に、男が一人もたれていた。
ズボンの隠しに手を入れて、小首を傾げてながめている。いささか個性的な風貌だ。黒の中折れ帽に黒めがね。黒の上下に黒い靴。上から下まで黒ずくめ──いや、帽子の下の髪だけが赤い。
足を止めた赤髪を、医師は憮然とながめやり、額に浮いた汗をぬぐう。
じっと目は据えたまま、喉を鳴らして赤髪が笑った。
「こ〜んな森で、一体何をしてるのかな?」
癖のあるしゃがれた声だ。そのからかうようような口振りは、どこか道化を思わせる。
「こんな朝っぱらから、でかい鞄なんか持っちゃって。旅行?」
「──君には関係ないことだ」
「"旅は道連れ"って言うだろう?」
「私は君など知らないが」
じれったそうにあしらう医師に、赤髪は苦笑いして肩をすくめた。
「つれないことを言うなよ先生。せっかく、こうして待っていたのに」
焦れて、医師は振り向いた。
「──君! 用があるなら、手短に頼むよ。私は先を急いでいるんだ!」
「あっ、そう」
よっ、と赤髪は声をかけ、幹から肩を引き起こす。
「なら、そうさせてもらうかな」
隠しに両手を入れたまま、小首を傾げて医師をながめた。
猫背気味に顔を突き出し、ぶらぶら医師へと歩き出す。医師はそわそわ森を見まわし、街の方角に目をやった。
鳥が枝で鳴き交わしていた。
森は霧に沈んでいる。北方特有の高木が鬱蒼と生い茂り、辺りは少し薄暗い。夏草を鳴らして立ち止まり、小首を傾げて赤髪は笑う。
不快もあらわに嘆息し、医師は苛々と振り向いた。
「早く用件を言いたまえ! さもなくば、そこを退いてくれ! 早くしないと、追いつかれる──」
「さよなら、先生」
喉笛に、赤髪が手を伸ばした。
オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》