■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 3話4
( 前頁 / TOP / 次頁 )
報告を先に済ませるべく、ファレスは人垣の肩を掻き分けた。
ふと気づいたケネルに近付き、要点を簡潔に耳打ちする。
怪訝そうに聞いていたケネルは、そうか、と一言いったきり、近くの野次馬にすぐに命じて、二人の首長を呼びにやった。
周囲の人垣は解散を始めた。命じるまでもなく、只ならぬ気配を察したのだろう。
言い付けられた部下たちが、左右に分かれて駆けて行く。お陰で、首長の居所が知れた。どちらの首長も、部下に囲まれ、歓談している。だが、客の姿は、やはりない。
舌打ちして踵を返した。
「じゃあな。俺はこれで行く」
ふと、ケネルが目をあげた。「行くって、どこへ」
「──いねえんだよ。また客が!」
話を聞いた二人の首長が、怪訝な顔で振りかえり、すぐに腰を上げ、やってきた。
ファレスはそれと入れ違いに、木陰の群れに足を踏み出す。
樹海も、草原も、雨後の緑に輝いている。
風が運んだ塵埃は、どこもかしこも洗い流され、こざっぱりとして清々しい。定時連絡にきたあのワタリが、野戦服と世間話をしている。
今更ながら理由に気づいて、ファレスは肩越しに目をやった。
「──ああ。奴と一緒にきたってわけか」
先に違和感を覚えたクロウは、あのワタリと同行している。
だが、今日は緊急事案。なぜ、街道から連れ立って? ワタリの馬足は、すこぶる速い。単騎の方が、連れを気にせず、思う存分飛ばせたろうに。まして、連れはあの鳥師。
傭兵部隊の活動にあたり、鳥師は情報収集の任を担う。
見世物興行を生業とする旅芸人バードの中には、動物を操る"獣使い"がいるが、扱う対象を鳥に特化し、自在に使役する才を持つのが、この鳥師という連中だ。
もっとも、ロムとの協調は特異で、平素はむしろ仲が悪い。上がりの少ないバードたちは、言ってしまえば無為徒食の輩、自活のできない"お荷物"以外の何物でもないからだ。
元の資質に違いはないのに、バードを選んだ連中は、実入りの良い傭兵稼業で稼ごうとはしない。むしろ精神的に脆弱で、暴力沙汰に嫌悪を抱く。だからこそ、旅稼ぎの幌馬車で、風雨も厭わず巡業を続け、二束三文の道化芝居を披露しているとも言える。
よく言えば、平和主義者、悪くすると、臆病な腰抜け。そんなバードを見下して、高圧的に出るロムも多いから、日頃から好戦的なロムに、苦手意識を抱くバードは多い。むろん、鳥師も同様だ。
そんな鳥師が、ロムがひしめく駐屯場所に、なぜわざわざやってくる?
「──ああ、奴に呼びつけられたか」
部隊を率いる隊長ケネルに。そうでなければ今時分、鳥師がいる謂れはない。
ファレスはようやく合点した。先の賑わいの原因を。なにせ、他ならぬあのクロウだ。あのたおやかな美貌ゆえ、からかいにくる有象無象が後を絶たない。
離れた木陰で男二人と、当人クロウが話していた。きれいな顔立ちの、線の細い青年だ。首長との話が済むまで暇を潰しているらしい。
「よう。こっちに来るとは珍しいな」
ぶらぶら近づき、ファレスはクロウに声をかける。日頃報告を受ける立場柄、大抵の鳥師とは顔見知りだ。
肩までの髪をさらりと揺らし、クロウがふと振り向いた。
「ああ、副長さん。その節はどうも」
微笑み、そつなく会釈を返す。少年のような見た目だが、どうしてどうして堂々たるもの。声をかければ、屈強なロムでも、おたつく輩が多いのに。
鳥師は往々にして臆病だが、このクロウには当てはまらない。ロムに対しても卒がないから、ああも集られる要因になる。なにせ、クロウは見目麗しき美青年。こんな旅装で佇めば、女のようにも見えなくはない。毎日顔を見せるワタリには、現に、誰一人として見向きもしない。
やってこようとするクロウを制して、ファレスはその前を通過した。世間話をしている暇はない。客を回収するのが先だ。
客の姿を、引き続き捜す。
野戦服の集団が、木陰でのんびりとひしめいている。だが、やはり、あの姿は見つからない。さては拗ねて隠れてでもいるのか?
「たく。どこにいやがる! あの阿呆!」
いや、行きそうな場所はわかっている。
傭兵ひしめく向かいの樹海を、ファレスは鋭く振りかえる。ここでなければ、あの中だ。
間の悪い通行人が、引きつり顔で飛びのくが、不幸な被害者には目もくれず、足音も荒く、ずかずか向かう。
「まったく、これで何度目だ。断りもなく消えやがって! どうして、ちょろちょろいなくなる!」
足場が悪い。どろどろだ。あいにく、にわか雨が降ったばかりだ。
それが苛立ちに輪をかける。腹立ちまぎれに悪態をつき、ぬかるんだ悪路を蹴り飛ばす。
上着の懐を片手で探り、煙草をくわえ、点火した。
一服し、行く手の風道に目を据える。
「さあて、どっちに行ったんだか」
午後の穏やかな木漏れ日が、風道に降りそそいでいた。
あいにくの雨の後で、森はひんやりと湿っぽい。鳥のさえずりが小さく聞こえた。
梢が時おり、さわさわと鳴る。木立を見まわし、ファレスは歩いた。
このところ、客の我がままは目に余る。
移動中はうとうとまどろみ、ふと目覚めては、ここはどこだ、とわめき散らす。きょろきょろ落ち着きなく見まわして、ぺらぺら一人で喋り出す。あげく、なんだかんだと難癖をつけては、部隊の進行を止めてしまう。ケネルに対する虐待も、依然として続いている。
日増しに、それはエスカレートする。より過激に。性急に。
今まで笑っていたかと思えば、次の瞬間には怒り出す。ぴったりケネルにしがみ付いていたかと思えば、手のひら返したようにツンケンし、怒り出したり、わめき出したり、おそろしく情緒不安定だ。だが、それを少しでも諌めようものなら、途端にふくれて、拗ねる、いじける、ふてくさる。もっとも、ケネルにじゃれ付く節操のなさは基本だが。
初めの内は、拗ねたり、ふくれたり、無視したり、と大した被害はなかったが、今では、少しでも気にいらないと、噛むわ、引っ掻くわ、踏んづけるわ、と実力行使に訴える。遠慮なんて言葉はなくなって久しい。
「反抗期かってんだ」
苦々しくファレスはごちる。
非力ゆえ実害はないが、その相手をさせられる方は、鬱陶しいこと、この上ない。理由を訊いても、返ってくるのは、どうでもいいような言い訳ばかり。
「──ああ。反抗期っていや、あの野郎」
説教途中で殴られた、あの一件を思い出し、顔をしかめて頬をさする。
「たく。どいつもこいつも!」
首長の前では良い子のくせに、ウォードや調達屋の前では取り澄ますくせに、なぜか、こっちには牙を剥く。顔を見た途端に、強暴になる。放っておけ、とケネルは言うが、どう見ても、
「──異常だろ」
そのケネル当人も、たまに嫌そうな顔をしているし。
それでもケネルは何も言わない。元よりケネルは女に甘いが、これは少々度が過ぎる。驍名馳せる戦神が、日々是忍耐で、じぃっと懸命に我慢しているというのだから、珍しいを通り越して驚嘆の域だ。
「たく。なんで一人で、ほいほい森に入るんだ。きのう、襲われたばかりだってのに」
それを見咎め、足を止めた。
「……いい加減にしとけよ? てめえ」
くわえた煙草を吐き捨てて、まなじり吊り上げ、脇道に分け入る。木立の向こうに、あの姿。木漏れ日ゆれる土道の上──部隊が集合する原野から五分ほど入ったところだ。
あの黒髪が突っ立っていた。何を見ているのか、動かない。
苛立ちまぎれに藪を掻く。
どんなに首長が体を張っても、こうも本人が気ままでは、どんな計らいも水の泡だ。ケネルは客にやたらと甘いが、これではいくら保護しても、本末転倒、きりがない。ひいては、今後の行程にも、いずれ、てきめん支障をきたす! 今度こそ、
──誰がなんと言おうと、シメてやる!
怒りを押し殺した足取りで進む。
木立の先の黒髪が、次第次第に大きくなる。
「おい、こら、じゃじゃう──」
ぎくり、とファレスは足を止めた。
オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》