■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 3話7
( 前頁 / TOP / 次頁 )
「──言い出したら、きかないんだからな」
ファレスに文句をつけながら、徐々に遠ざかる黒髪の背を、ケネルはやれやれと溜息で見送る。「まったく。わがままなお姫さんだ」
今にして思い起こせば、あの「ディールやっつけて〜ん」が、そもそもケチのつき始め。そして、
「ディール〜」 の次は、「 トラビア連れてってん 」
「トラビア〜」 の次は、「 サンドイッチ食べてん 」
「サンドイッチ〜」 の次は、「 おんぶしてん 」
そして「おんぶ〜」 の次は、「 あたし、温泉行きたあ〜い 」
数えあげたら、きりがない。
「なんで、いきなり、温泉になんか行きたがるんだか……」
非難の視線で、かたわらの首長を振りかえる。「あんたが余計なことを言うから。これでまた、行程が半日遅れたじゃないか」
きょとん、とバパは振り向いた。
「なに言ってんだ。今のはお前が焚き付けたんだろ?」
「……。俺か?」
あぜん、とケネルは己をさした。
一体いつ? どうやって? としきりに首をひねっている。
「何をかりかりしてるんだ」
バパが苦笑いで煙草をくわえた。
片手で囲ってその先に点火、ふう、と一服、紫煙を吐く。
「少し変だぞ、このところ。あの子絡みの話となると、すぐに、そうやってムキになってよ」
ケネルは眉をしかめて目をそらした。「──なに言ってんだか」
「どんな女に言い寄られても、ろくに構いもしなかった奴がよ」
言い捨てバパは、樹海に向かう二人の背を見る。
「いいじゃねえかよ、温泉くらい。半日遅れるくらい、なんだってんだ。トラビアに何があるでなし」
「──さては、あんたか」
ケネルは合点し、振りかえる。「客に妙な話を吹きこんだのは。──どうして、そういう余計なことを」
そう、土地鑑のない客が知るはずがないのだ。こんな僻地の温泉のことなど。
「いいじゃねえかよ」
はっはっは、と快活に笑い、バパはすばやく目をつぶる。「人生たまには、息抜きって奴も必要さ」
「あんたの息抜きは、いつもだろ」
白けきった顔つきで、ケネルはげんなり腕を組む。「あんたはいつも、話がわかるな」
「部下に人気があるのも、うなずけるだろ」
バパはにんまり、ケネルの嫌味をやりすごす。
「なんなら手本にしていいぞ? なに、覗きのことなら心配ねえよ。あの(傍迷惑な)番犬が、四六時中引っ付いているんだ。誰も近くに寄りやしないさ」
「あんたが覗きに行く気じゃないだろうな」
「──ばかいえ。相手が誰だか考えてみろよ。下手すりゃ、とっ捕まって半殺しだぜ。誰がするかよ、そんな割に合わねえ半端な真似を」
懐を探って煙草を口にくわえ、ケネルは苦笑いで首を振る。「敵わないな、あんたには」
「行かせてやりゃいいさ」
バパはくわえ煙草で蒼天を仰ぐ。
「どうせ、もう、間に合わない」
火のない煙草をくわえたままで、ケネルは無言で原野をながめた。
顔をしかめて、煙草の先に点火する。
「こうも、いつも同じ面子じゃ、あの子だって息が詰まる。ケネル、お前も気づいてるんだろ? あの様子、かなりキテるぜ」
「なんで、あんたが、そんなことまで知ってんだ」
呆れ果てた顔つきで、ケネルはつくづく首長を見る。
ちら、とバパは振りかえり、顎を突き出し、にっと笑う。
「ないしょ」
「……む」
絶句で、ケネルは引きつった。
「ところで、ケネル」
馬を取りに行った長髪の背に、バパはわずか目をすがめる。「何を企んでんだかな」
「あんたも、そう思うか」
一服しながら、ケネルも応じ、同じくそちらに目を向ける。「素直すぎるな、奴にしては」
珍しく、文句の一つも言わなかった。
こと客の世話に関しては、苦情をねじこむ副長が。
「──妙だな」
馬に向かう二つの背を見送って、ケネルは怪訝に眉をひそめた。
オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》