■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 4話1b
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樹海の奥まった脇道は、穏やかに梢をゆらしている。
地面を照らす、凪いだ木漏れ日。つまり、取り立てて動きはない。
エレーンはうろうろ爪先立ち、やきもき気を揉み、道をながめた。
「大丈夫かしら、あいつぅ〜……」
昼休みの休憩中、「話がある」と優男が現れ、ファレスを森に連れこんだのだ。
ファレスは露骨に顔をしかめて嫌そうな顔をしていたが、ミックと名乗った優男は、頑として引かなかった。ファレスより格下そうにもかかわらず。
結局ファレスは根負けし、樹海の風道へ入っていった。そして、今も二人きり、脇道のどこかでこもっている。
もちろん、ついて行くつもりでいた。
だが、当のファレスに「ついてくるな」と釘をさされ、あっさり一人取り残された。いや、厳密には一人ではないが──。その際ファレスは「おい、そこの!」と、シートの左手でたむろしていた、車座の一団を呼びつけた。
互いに目配せして腰をあげ「 なんすかー副長」 と駆けてきたのは、太鼓腹の中年親父、ぬぼっと顎ひげの大男、そして、禿頭の黒メガネ──頭一つ分はゆうに背が高いこの三人、どうも、どこかで見たような……?
「俺が戻るまで、客を見ていろ」とファレスは指示し、そして、すかさず注意事項。
「見ているだけだぞ! 食うんじゃねえぞ! てめえら、指の一本でも触れてみろ。全員まとめてぶちのめす!」
そして、風道で待たせていた優男を促し、樹海のひらけた風道から、脇道の奥へと入っていった。
いや、だが、しかし──しかしである。
こっそり後を追ったエレーンは、そわそわ脇道の先を見る。そうだ。乙女の勘が告げている。あの優男は、
──絶対 や ば い 。
あきらかに様子が変だった。
あの優男ミックは、奇妙な顔で一人はにかみ、頭を掻きつつ勝手にもじもじ、編みあげ靴の爪先で、ずっと「の」の字を書いていた。見るからに訳あり。つまりはあの二人、
──いやに 意 味 深。
あんなただならぬ様子の奴と、二人きりにするなど、とんでもない! 間違いでも起きたら、どうするのだ!
整った顔立ちの、細身の若い男だった。
頭の天辺で茶髪をくくった、すっきりとした細面。あの馬群の中では場違いな──荒っぽい傭兵というより、きらびやかな衣装で踊る旅芸人のような雰囲気で、腕力よりむしろ「顔が売り」の部類だ。
とはいえ、柔には見えても、そこは傭兵。涼しげな目元には青あざが、左の頬には消毒テープが、三枚ほども貼られていた。
ひるがえって、あのファレスだ。こんな乙女の細腕でさえ、ひょろりとよろめくヘナチョコだ。あの優男が本気になれば、一発で組み敷かれるに違いない。
はらはら見守る脳裏の片隅、あの苦い口調がよみがえった。
『 女の代わりにしようとしたんだよ 』
う゛っ、とエレーンは顔をゆがめた。だが「ついてくるな」ときっちり釘をさされている。
踏みこもうにも踏みこめず、拳を握り、ぐるぐる、うろうろ。
当人ファレスはああ言うが、多分に個人的な事柄だが、妙な場面に踏みこむのも嫌だが、このまま放置というのはやはり……。だって、いつぞや聞いたあの話。だって、あの時、ファレスはあんなに
──嫌そうな顔をしていた。
「ばかだよな〜、あの新入り」
声に、はたと振り向けば、黒メガネが腕を組み、しげしげ脇道をながめていた。「しかも、副長狙いってんだから、いい度胸してるぜ」
ファレスが呼びつけた三人だった。そういや、すっかり忘れていたが、ずっと後ろにいたのか? 話しかけることもせず。
触るな、と言われたもんだから、ただただ突っ立っていたらしい。なんにもせずに。
黒メガネの横の太鼓腹も、脇道の先をすがめ見て、額の上に、手のひらをかざす。「あいつ、十分でブチのめされるぞ」
「八分あれば余裕だろ。副長、近ごろ機嫌悪いし」
「賭けるか?」
「──乗った!」
むっ? とエレーンは拳を握った。なんて奴らだ。不謹慎な。他人に降りかかった災難を、賭けのネタにするなんて!
両手を腰に押し当て、エレーンは憮然と三人を見る。
「ちょっとお! あんたたちねえ!」
ようやくまともに三人を見、はた、と今さら気がついた。
「あれ?……もしかして、あの時の」
小銭を取り出す手を止めて「あー?」と三人が振りかえる。
わたわたエレーンは頭を下げた。
「……その節はどうも」
そう、どうも、見た顔だと思ったら、前にトランプした人たちではないか。もっとも、二人ほど足りないが。
なぜか、ちら、と三人が視線を見交わした。
太鼓腹の中年親父が、おどけたように肩をすくめる。「どう致しましてお姫さま。無事だったようで何よりだ」
「へ?」
エレーンはぱちくり瞬いた。一体なにが"無事"だというのだ?──いや、今はそれどころではない。ぶんぶんエレーンは首を振り、脇道の先を、ぷりぷり指さす。
「なんで、あの人のこと放っとくのっ!」
だが、件の三人は、すでに背中を向けた後。「……ん……あー?」
「だからっ! なんで放っとくのよ、あの人を! 女男が嫌がってるの見てたくせに!」
「……んー、なにー? "あの人"―?……あ、なに、ふくちょ―?」
「あの茶髪の優男の方よっ!」
だが、引き続き三人は、わいわい賭け金を準備中。エレーンはじたばた、焦れて足踏み。「なんで助けてあげないの! なんで、そんな平気な顔で──」
「なんでって──なあ?」
ようやく三人は円陣を解き、顔を見合わせ、目配せした。
いかにも気のないその素振りが(そんなの面白れーからに決まってんじゃん?)と言外に理由を語っている。
怒りに額をわななかせ、ぐぐぐっ、とエレーンは拳を握った。
「女男がどうにかなったら、あんたたち一体どうするつもりよ! あいつ絶対変だったし、力だって強いかも!」
「どうにでもするだろ、副長なら」
適当な口調で大男があしらい、しれっと上目使いで頬を掻いた。「痛い目みようが、自業自得ってもんだしなあ」
「そ。身の程って奴は知らないとね」とは、肩をすくめた禿頭の言。
う゛っ── とエレーンは引きつった。なんか、こいつら感覚が違う。どっちがどうなろうが、本当に何とも思ってない。むう。おのれ、おっさんども! かくなる上は──
「ケネルぅー!」
くるりと風道引き返し、わたわた原野に駆け戻った。
「ケネルっ! ケネルっ! 大変! 大変! 大変なのおー!」
昼寝をしていたケネルの腹に、そのまま突進、ぴょんと飛び乗る。
「ちょっとちょっと! のんびり寝てる場合じゃないわよ! あのねえ! 女男が──!」
寝起きの顔をぺちぺち叩いて、ぶんぶんケネルの肩を揺する。
両手をじたばた、早速、事件を言いつけた。
「──あ? "ファレスが男に連れて行かれた"?」
たじたじ木幹に背をつけて、なぜか、きょとんとケネルは返す。そして、
「ほっとけ」
くるり、と腕枕で背を向けた。
隊長、得意の知らんぷり。わしわし腕に乗りかかり、エレーンはその肩をゆさゆさ揺すぶる。「なにそれ薄情! 信じらんなあーい! それでもケネル、隊長なのお―!?」
耳をふさがんばかりに顔をしかめて、ケネルはあからさまに迷惑気。ごろり、と向こうに寝返った。「──それで俺にどうしろってんだ」
「えー、だからぁー」
エレーンはにっこり笑みを作り、しっか、と昼寝の腕をとる。
「一緒にきてん」
「どーして俺が!」
ケネル隊長、額に青筋。
「ねえねえねえ! ねえってばねえっ! ケネルぅーっ!」
ふんぬ──っ! とエレーンはふんばった。(一緒に行こうよ)とぐいぐい勧誘。
うるさそうに顔をしかめて、ケネルは横向きに寝転んでいる。「どうせなら、連れてった奴の方を心配してやれ」
どれほど腕を引っぱられようが、毛の先ほども動かない。はた、とエレーンは気がついた。
「ねーねー。ケネル? もしかして──」
寝転んだ腕に顎をのせ、ケネルの顔を覗きこむ。「また、なんか怒ってるでしょー?」
「別に」
「えー嘘ウソうっそお! 絶対なんか怒ってるしぃ?」
「……ぬ? 別にっ!」
ケネルは更に横を向く。元々横向きに寝ているが。
「うっそおーうそうそ! 絶対なんか怒ってるもーんっ!」
横臥の腕に乗りかかり、エレーンはちょいちょい、その頬をつつく。
シートに潜りこむ寸前のケネルが、むく……と急に起きあがった。
ずり落ちたエレーンを、ぐるり、と振り向く。
「怒ってねえっつってんだろ!」
ケネル隊長、渾身の一喝。
ぷい、と背けたその肩は(ちょっとお、触んないでよねー)とトゲトゲしている。
エレーンは手のひらを口横に当てる。
(ほーらね、やっぱ怒ってるぅー)とケネルの後ろ頭に、無音で口ぱく。(ほ〜んと、ケネルってばわかりやすいんだからー)などと、配下が聞いたらぶっ飛びそうな感想なんかもついで追加。
「なーに、ぷりぷりしてんのよー」
ケネルは背を向け、返事もしない。
「ねー! ケネルぅーケネルぅーねーケネルぅー」
ぐいぐいシャツを引っ張るも、ケネルは、ぷぷい、と知らん顔。いや──
くかー……と寝息が聞こえてきた。
引きつり顔でエレーンは固まり、しげしげと腕を組む。
「……本当に寝るかなあ、話の途中で」
しかも、熟睡。
ともあれ、ケネルのタヌキは頼りにならない。
「他に誰か、止めてくれそうな人は──!」
休憩中の木陰の部隊を、エレーンはきょろきょろ見まわした。とはいえ、今に至っても、知り合いは少ない。ファレスがしつこく妨害するから。
左手の先に、蓬髪の首長アドルファスの強面があった。難しそうな顔をして、四、五人の部下と話しこんでいる。でも、あそこは行っても無駄だろう。なんでか首長はファレスが嫌い。
基本なんでも面倒くさがり屋のケネルは、ちっとも動こうとし(やがら)ないし、姑息なチョビひげに至っては、今日もどこにも姿がない。まあ、あんなチョビひげ見つけたところで、なんの役にも立ちそうにないが──
はた、とエレーンは膝を打った。
「──あっ、そうだっ!」
いるではないか、あの彼が。
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