■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 4話2
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あたふた部隊を見まわして、エレーンは凛々しいあの顔を捜した。
なぜ、まっ先に思いつかなかった。あんな適任、いないではないか!
群れの左手、アドルファスがいた側は、ざっと見まわして捜索終了。案外いつも、あの彼は、アドルファスとは離れた場所にいる。ならば逆側、と踏み出して──
「──あ? どこへ行くんだっ!」
背後で頓狂な声がした。
出鼻をくじかれ、エレーンは顔をゆがめて振りかえる。案の定の三人だった。まだ、くっ付いていたらしい。ちなみに、これは頼りにならない。むしろ、賭けとか始めた輩だ。
薄情者を、つん、と無視して、エレーンはとっとと駆け出した。
三人は顔を見合わせ、わっせわっせとついてくる。右手の木陰で、あの彼を発見──!
にまにま頬が、勝手にゆるむ。実は、密かにお気に入り。両手を広げて駆け寄った。
「バパさあ〜ん!」
馬の首をなでていた首長が、ふと目をあげ、振り向いた。こざっぱりとした短髪の、赤いピアスの首長バパ。
すぐに到着、あたふた説明。
ふんふん話を聞いてくれる首長に、両手を振って熱弁をふるう。
首長バパは、苦笑いして懐を探った。おお。早速なんとかしてくれるらしい。やっぱり、この人は頼りになる! 怠慢タヌキとは一味違う!
エレーンはわくわく、熱いまなざしで首長を仰ぐ。
闊達な笑みを頬に浮かべて、首長がおもむろに手をとった。懐から出してきた"それ"を、ひらいた手のひらに握らせる。
「じゃ、俺は八分で」
……はっぷん?
手のひらの上には、どうしてなんだか、折り畳んだ紙幣が三枚。
ぽかん、とエレーンは首長を見た。「……これ?」
「だから俺は、八分の方で」
にっこりバパは、爽やかに笑う。
手の紙幣をまじまじ見、エレーンは絶句でパパを見る。
──こら。おっさん、あんたもかい。
てか、賭け金の回収と間違われたー!?
「さ、水を飲みに行こうなあ? トレイシー?」
バパは馬ににこにこ呼びかけ、森の奥へと歩き出す。
なにげに早歩きに見えるのは気のせい?
げんなり溜息で引き返せば、あの三人がそこにいた。立ったり、座ったり、あくびをしたり──。
夏草の地面にしゃがみこんだ、一番近い太鼓腹に、エレーンは紙幣を手渡した。「はい。これ。バパさんから」
不本意ながらも、賭け金を取次ぐ。ネコババするわけにもいかないし。
しゃがみこんだ姿勢で手を伸ばし、太鼓腹は怠惰にそれを受けとる。
んんん……? と凝視で見直した。
目を丸くして、立ちあがる。「おおっ!? 札だ! 札だぜっ!」
ぬぼっとした大男も、喜色満面おお騒ぎ。
「さっすが頭! 太っ腹だな!」
へえ〜どれどれ、と黒メガネも横から、札を覗く。
博打の賭け金が跳ねあがり、一同わいわい、大はしゃぎ。ファレスがこもった樹海を見やって、エレーンはじりじり爪を噛む。ああ、まったく! どいつもこいつも! あんな良識ありそうな首長まで!
森はのどやかに静まっている。
ファレスは一体どうしたろう。今のところ、罵声も悲鳴も聞こえないが──。
「んもう! みんな薄情なんだから!」
エレーンは苛々爪を噛む。こうなったら、一人で助けに行くしかない。とはいえ、撃退するなら、素手では無理だ。彼らは荒っぽい商売柄、日々肉体を鍛えている。こうして部隊にいる以上、優男だって例外ではなかろう。どこかに何か、使えそうな武器は──
じりじり、もどかしく周囲を見まわす。そうはいっても、刀剣なんか扱えない。そもそも、そんな物には触りたくない。とはいえ、打撃を与えられそうな物など原野には──ここにあるのは野草や木の枝、草を食んでいる馬くらいのもの──
「うま?」
おお? とエレーンは手を打った。それ、案外いけるかも?
──いっそ馬で、体当たりとか、かませば。
急に馬が突っ込んできたら、さすがに優男もビビるだろう。
馬なら、ここにいくらでもいるし。まあ、馬体はいささか大きいものの、馬って人に従順だし、みんな簡単に乗ってるし、要するに、乗っかっとけば、とりあえず動くし。
もう、馬に触ることには抵抗ない。初めはちょっと恐かったけど、毎日乗ってて(=乗せてもらって)もう慣れた。そもそも、馬は走るの大好き。そのために生まれてきたような生き物だ(と、いつか誰かが言っていた) だったら、背中に乗りさえすれば、走らせるくらいは
──楽勝じゃん?
よし! とうなずき、踏み出した。
ぶんぶん決意の拳を振って、手近な栗毛にずんずん近つく。草を食んでいる長い首を「よろしくね〜」と笑顔で叩き、はた、と馬を見返した。
馬の背は高い。
たいそう高い。
むしろ、それって顔の位置。
「もおぉーっ! 早くしゃがんでよっ!」
数分後、エレーンは両手で馬をあおって、じたばた地団駄を踏んでいた。
黒メガネと愉快な仲間は、夏草の中にしゃがみこみ、頬杖ついて眺めている。今にも後ろ足もちあげて、カカカ──と耳でも掻きそうな勢い。
いかにも手持ち無沙汰そうな様子だが、それでも近くには寄ってこない。なにせ「指の一本でも触れ」たらば、ファレスに即刻ぶちのめされるからだ。
原野の馬との攻防を、三人はあくびまじりでながめている。止めるでもなく助けるでもなく。
足元の草を食んでいた馬が、「んんー?」とようやく首をあげた。
じとり、と振り向く濡れた黒瞳。曰く
《 なんじゃいコイツは 》
ぶん、と長い首を振り払った。
首にくっ付いていたオマケ付きで。
「あっ?」の顔で、三人同時に立ちあがる。
両手を投げて、後ろ向きに飛びながら、エレーンは驚愕に目を剥いた。
(す、捨てられたー!?)
馬に。
──いや、そんなことより何より急務は、
とっさに固く目を閉じる。どうしよう、
背中──。
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