CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 4話3
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 どん、と全身に衝撃が走った。
 頬がしたたかにぶつかって、とっさに強く奥歯を噛む。
 エレーンは怪訝に首を傾げた。不思議だった。意外なほど、衝撃が少ない。
 吹っ飛ばされて宙を飛び、地面に叩きつけられたはずだった。それなのに。
 頬の気配を怪訝に探れば、意外なほどに柔らかな感触。草や地面のそれではない。もっと広くて、あたたかな──
「どこへ行く気だ」
 声が降り、振動した。
 そろそろ薄目を開けてみる。まず見えたのは、夏の空と白雲。飛ばされた時と同じ角度の。足は地面に着いている。そして、今のあの声は──
「……ケネル?」
 が、ここにいる、ということは──?
 その経緯が、脳裏に浮かんだ。今起きたであろう出来事が。背中から飛んだこっちの体を、わたわたダッシュで受け止める図。なぜなら、ひくついたケネルの顔は(今度は何を始めやがった、このアホウ)が妥当きわまりないからだ。
 渋い顔をケネルは振りあげ、怪訝そうに辺りを見る。「あんた、一人か?」
「え?」
「だから、あんた、一人なのか」
「……えっと。一人っていえば、一人なんだけどー……」
 ちら、とエレーンは振り向いた。そこには、三人一列に草むらにしゃがみ、ぼけっと雁首ならべたチーム。
 体の重心を片足に預けて、ケネルは「──まあ、いいか」と、何がいいのか呟いた。
 支えた腕を突き放し、元いた木陰へ引き返す。
「どこ行くのっ! 女男が大変なんだってば!」
 ふんぬ、とダッシュで、エレーンはその胴にしがみついた。ここで行かせてなるものか! せっかく昼寝から起きたのに!
 だが、構わず、ケネルは前進。やむなく引きずられて、エレーンもズルズル──
「もおーケネルってばあっ! 話、聞いてよ、ケ・ネ・ルぅ〜!」
「どうせ、すぐに戻ってくる。あんたは大人しく待っていろ」
「戻ってからじゃ遅いぃー!」
 ひょい、とケネルが飛びのいた。
「あっ!? ケネルっ!?」
 あわてたその手が、空をつかむ。ちょっと、手がゆるんだ隙に!
 ひょいひょい身軽に、ケネルは手の先をすり抜けた。
 すかすか空をつかみつつ、エレーンはその背を追いかける。
 そうして、ぐるぐる何週したか、ぜえぜえ、肩で息をついた。なんでか、どうしても捕まえられない。
「なによなによっ!──ケネルの意地悪! ケネルの出ベソ! ケネルのケネルの──( 以下、謂れのない罵倒がいっぱい続く )──!」
 ちなみに"出ベソ"は事実無根の言いがかり。
「もう! 待ってよケネル! 待ちなさいってば薄情者おっ!」
 足を止めた肩越しに、ケネルがようやく振り向いた。
「ケネル!?」
 ぱん、と手を打ち鳴らし、エレーンは瞳を輝かせる。やっぱり、行ってくれるのか! 何だかんだいっても、結局は折れて──
「もう、馬には触るなよ」
「うま?」
 いいな、とケネルは児童に言って聞かせる顔。
 意図するところを遅れて悟り、エレーンは口をとがらせた。ぷい、とふくれて、そっぽを向く。
「いいもん。だったら、あたし、一人で馬で行っちゃうもん!」
 む? とケネルが不穏に停止、ぎろり、と三人を睨めつけた。
( 絶対コイツに触らせんじゃねーぞっ! )
 無言の一睨みできっちり指示し、木陰に向けて歩き出す。「ちょっかい掛けて、蹴っ飛ばされても知らないからな」
 ケネル隊長、捨て台詞。
 いーっ! とエレーンは顔をゆがめて、手近な栗毛うまを振りかえる。だったら、一人で行くまでだ!
 ザ──ッと人壁が並び立った。
 阻止を仰せつかった、あの三人。馬の前に立ちふさがり、胸をそらして全員後ろ手。
「ちょっとお!? どいてよっ!」
 エレーンは苛々睨めつけた。
 うんにゃ! と三人は首を振る。隊長の命令も絶対らしい。
「あっそお! いーわよ! だったら、あたし、他のにするもんっ!」
 ぷい、とエレーンは歩き出す。馬なら、他にもいっぱいいる。
 ザザ──ッと三人が移動した。
 足を向けた馬の前で、胸をそらして並び立つ。
「ぬっ、ぬう……」
 エレーンはぎりぎり歯ぎしりした。あくまで邪魔立てする気だな? それでも、捕まえたり排除したりはしないのは、あの副長の命あったればこそ。
「馬はだめ」
 ツーン、と太鼓腹がそっぽを向いた。イラッとエレーンは拳を握る。「んもう! そこどいてってばっ!」
「だから、だ〜め〜」
 顎を突き出し、あからさまに、おちょくり顔。
「あっそお!」
 それならば致し方なし。エレーンは低く身構えた。
 頭突き体勢で猛突進!

 ファレスのこもった脇道に向かい、エレーンはぶちぶち歩いていた。
 まさか、ああ・・くるとは思わなかった。
 よもや"腹の皮で弾く"などという、腹芸げいとうをやってのけようとは。
 気づいた時には、なぜか尻もちをついていた。あのでかい図体のわりに、奴らは意外とすばしっこい。ちなみに、バリケードは一度も破れず。
 それにしたって、奴らはおかしい。なぜ、助けに行こうとしないのだ。かの可憐な・・・副長が心配ではないのか。まさに窮地に立たされているというのに。てか、仲間じゃないのか、あいつらは。
 このままファレスがどうにかなっても、気にも止めない、そういう態度だ。むしろ面白がっている不届きさ。でも、それって人としてどうなのか。まったく男はどいつもこいつも不甲斐ない! もう、こうなっては致し方なし!
 地面の木の枝むんずと拾い、土道ふんづけ、脇道に向かう。そうだ。
 ──単身突入、これあるのみ!
 奴が助けを待っているのだ!
 見据える視界に、先の脇道がずんずん迫る。
 ……あれ? とエレーンは足を止めた。そういや、そもそも、
 どこで・・・話しているのだ? あの二人。
 チチチ……と小鳥が、どこかの梢でさえずっていた。
 白く乾いた土道に、日差しがさんさん降り注ぐ。
 のどかに静まる広大な樹海を、ぎりぎりエレーンは睨めつける。
 件の脇道の入口で、行きつ戻りつ、ぐるぐる周回。当て所なく捜すには、樹海の中はとめどなく広い。つまり、今は
 何も、できない。
 唇をかんで目を凝らし、溜息まじりに肩を落とした。
「……さっさと出てきなさいよ、もう」

 午後の樹海の風道で、じりじりながら帰りを待つ。
 黒メガネら三人も、風道のそこここで、思い思いに控えている。
 穏やかに静まる木立の向こうに、エレーンはそわそわ爪先立ち、落ち着かない爪先で、地面に何本も線を引く。
 ふと、顔を振りあげた。
(……誰?)
 ぞくり、と背筋が凍りつく。今、強い視線を感じた。いつもの、あの・・リスたちではない。
 あわ立った腕を抱いて、エレーンは道を振り向いた。
 
 
 

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