■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 4話4
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くっついてきた三人が、手持ち無沙汰に立っていた。
その肩の向こうには、のどかな樹海の土道が、先の原野まで続いている。ならば、今のは、休憩中の部隊の誰か──? 得体の知れぬ居心地の悪さで、エレーンはそわそわ目を凝らす。
はっと木立で目を留めた。
森の木立の鮮やかな緑に、白いシャツが目を引いた。ふわり、と髪が、木漏れ日に揺らめく。柔らかそうな薄茶の髪。あれは──
「──ノ、ノッポ君?」
風道から少し入った、生い茂る木立の中だった。ひとり木幹にもたれている。
どきまぎエレーンは目をそらす。見つめていたのは、たぶん彼だ。ガラスのようなあの瞳で。顔は前髪で隠れているし、少し距離があるけれど、相手は彼だと不思議とわかる。
怖気を振り払って、気を取り直し、おそるおそる見返した。
「──あ、あの、ノッポ君」
あの彼ならば、知っている。強行軍で寝込んだ時には、お見舞いにまで来てくれた。
「あのね、ノッポ君! お願いがあるの。あたしと一緒に、女男を捜──」
いつまでたっても、ウォードは無言だ。こんなに静かな森の中、聞こえていないはずはないのに。あの薄笑いのひとつさえ返さない。
焦燥に駆られて顔をあげた。
「あ、あのっ! ノッポ君、この間はごめ──!」
ふい、とウォードが踵を返した。
「え゛──あ、あのっ!?」
高い背丈を少し屈めて、のそり、と藪に分け入っていく。白いシャツの背は振り向きもしない。
『 エレーンさー 』
彼と言葉を交わした最後の日、あの時聞いた、彼の言葉が蘇る。
『 あんまりオレに近寄らない方がいいと思うよー 』
エレーンはなすすべもなく立ち尽くした。
何を怒っているんだろう。どうして怒っているんだろう。身に覚えなど、まったくない。でも、やっぱり
( 嫌われた…… )
この自覚は、けっこう堪えた。
追いすがった手を下ろし、胸の前で握り締める。思い過ごし、なんかじゃ
──なかった。
じわり、とこみあげ、「ひ〜んっ!」と、後ろの誰かに泣きつく。
「ん……?」と顔だけ見下ろしたのは、あの禿頭の黒メガネ。
連れを振り向き、きょろきょろしている。
(どうするよ、これ)
懐を指さし、口パクで相談。なにせ「指の一本でも触れ」ようものなら、ぶちのめされてしまうから。
隣にいた太鼓腹が、くい、と親指つき立てた。"接触やむなし"の結論か?
あっそ、と返した黒メガネが、ぽん、と頭に手を置いた。
「ウォードはやめといた方が、いいと思うぜ?」
ぽんぽん平手で頭を叩く。これでも慰めているつもりらしい。
木立おい茂る脇道の先は、昼の日ざしに凪いでいる。
甲高い鳥声。ちらちら木漏れ日。
静かな風道を行きつ戻りつ、エレーンはやきもき、うろうろ覗く。少し前、藪が大きく鳴ったが──
「──あっ!」
目を大きく見ひらいた。
高く生い茂る木立の先だ。ズボンの隠しに手を突っ込み、ファレスがぶらぶら歩いてくる。
いつもながらの無愛想だ。顎を突き出し、じろじろ睥睨、柄悪くふてぶてしいあの様子、いつもと何も変わらない。
「……ぶ、無事?」
ほっ、と胸をなで下ろし、エレーンはへなへなへたり込んだ。服に、汚れも破れもない。
後ろで、三人の快哉があがった。
なんだ、本当は心配してたのね、とエレーンは苦笑いで三人を振り向く。
「……え゛」
顔をゆがめて絶句した。
太鼓腹が舌打ちで、小銭をハゲに払っている。「はい、まいど」とにんまり笑顔の黒メガネ。げんなりエレーンは額をつかんだ。まったく、こいつらはろくでもない──。
気を取り直して、目を戻す。
ぽん、と頭に手の平が置かれた。
「あんたのお陰で儲かった」
誰よ? とエレーンは怪訝に仰ぐ。
「……バパさん?」
あの凛々しい短髪の首長が、にこにこ笑って立っていた。てか、一体どこで見てたのだ。そして、気もそぞろなエレーンは、足踏み状態、継続中。早く行きたい、ファレスの所へ。
「取り分な」
首長が手をとり、チャリンと小銭。
いい子いい子と頭をなでられ、エレーンは片頬引きつらせた。これって、もしや儲けの一部?
上機嫌の首長と共に、三人はぞろぞろ引きあげた。ファレスがようやく戻ってきたので、お役放免ということらしい。
もらった分け前もそもそしまい、はた、とエレーンは振り向いた。
「お、お、女男──っ!」
両手を振って、あたふた駆け寄る。
緑梢ゆれる木立の中、ファレスが気づいたように足を止めた。
「──なんて顔をしてやがる」
舌打ちして顔をゆがめ、ぶっきらぼうに藪から出てくる。
エレーンはあたふたファレスに取り付き、頭の天辺から爪先まで、ぱたぱた叩いて無事を確認。
「あ、あんた、大丈夫だった!?」
「何が」
「──だからっ! 何ともない? なんにもされなかったっ?」
「あー?」
ファレスは顔をしかめて面倒くさげ。そして、あからさまに鬱陶しげ。
「だ、だって、あんた、ひょろひょろしてるし、あの人けっこう背が高いし、なんかけっこう怖い顔してたし、だから──!」
ファレスは柳眉をひそめて聞いている。かったるそうな顔つきで。ふと"それ"を見咎めた。
「こら。何がしてえんだ、てめえは」
「──えっ?」
視線を辿って手元を見れば、しっか、と握った件の木の枝。
「……だ、だってあたし、力とかないし」
むぅ、とエレーンは上目使い。「逆切れされたら、やっぱ恐いし」
「逆切れ。誰に」
「──だからっ! さっきの茶髪によっ!」
エレーンは地団駄、拳を握った。
「みんな、どうしてか冷たいし、あたしの言うこと、誰も取り合ってくれないし」
もどかしい思いで、小石を蹴る。「助けに行くよう頼んでも、ケネルは来てくんないし、馬も使わせてくんないし、だから、あたしは──」
「あ? "助けに"って、つまり俺を?」
ぽかん、とファレスが瞬いた。
呆れたようにまじまじ見、溜息まじりに首を振る。
足を踏み代え、吐き捨てるように一言。
「ばっかじゃねえ?」
「──むっ!?」
パンパン両手を打ち払い、エレーンはずんずん立ち去った。
ぶっ飛ばされた地面から、むくり、とファレスは背を起こした。
「──てめえに心配されるほど、落ちぶれちゃいねえよ」
地面に手をつき、起きあがり、あぐらで道に座りこむ。
ひ弱な客に接する時には、まさか力は入れられないので、両手で突きなんか食らった日には、たやすく引っくり返される。しかも、相手はパワー全開。いつでも体当たりは全力が常。
懐に手を入れ、顔をしかめた。
「たく。オタつきやがってじゃじゃ馬が。血相変えて飛んでくんなよ。あんな必死な形相で」
煙草をくわえて、火を点ける。
「──だが、まあ」
件の勇ましい棒っきれに、苦笑いの形に、口元がゆがんだ。
煙草の手で後ろ手をつき、立ち去る背中をながめやる。
怒りで大地を踏みしめて、ぷりぷり黒髪が歩いて行く。まったく、強いんだか弱いんだか、分からない。もろくて、ふわふわで、捕まえられない。伸ばした手をすり抜けて、誰の手をも、するり、とかわして。その目は前だけを見つめている。一心に向かうその先には──
「足がすくんで動けねえ、ってか」
ファレスは空に紫煙を吐く。
「恐くて恐くてたまらねえってか」
なぜ、これまで気づかずにいたのか。
至極当たり前な結論に。ケネルのそばを片時も離れず、しっかりつかんだあの手を見れば、否が応にも知れように。
饒舌は怯えの裏返し。
虚勢は心の過剰防衛。
あの目が捉え続けているのは、いかにも目先の瑣事ではない。だが、
「──確かに、個人が手出しできるような問題じゃねえな」
事の相手は一国だ。
ゆるく紫煙がたゆたった。
原野へ続く土道が、落ち降る日ざしに、いやに白い。肩に降りふる午後の静寂。
不在の相手に「──ケネル」と呼びかけ、ファレスは木漏れ日に目を凝らす。
「お前には客が、何に見える」
ぽつんと一つ、道に棒っきれが転がっていた。
手を伸ばして、拾いあげ、矯めつ眇めつもてあそぶ。重さを量っているように。それを手のひらに馴染ませるように。
「──たく。二度と会いたくなかったのによ」
上下を返して、枝の正体を見極める。
「仕方がねえ。行くとするか」
晴天の空に一服吐いて、枝を投げ捨て、立ちあがった。
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