■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 4話5
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「──あれ? 又いない」
どこかな女の人は、と女性の姿を捜してみるも、やはり、というべきか見つからない。
本日の居候先に辿りつき、用意されたゲルに向かう途中で、エレーンはそわそわ見まわした。まったく、これには参ってしまう。男連中には言いたくない事なんかを、女性に相談したいのに。内緒で分けて欲しい物もある。
そう、キャンプで女性を見つけるのに、何故か、いつも苦労する。いや、キャンプにいないのは女性ばかりではない。老爺も老婆も見かけない。子供というのも、めったにいない。いるのは、若手から中年にかけての働きざかりの男ばかりだ。
そういえば、豊穣祭で集合していたローイ達の仲間にも、女性はあまりいなかった。そう 《 遊民 》 と言われて思い出すのは、派手な衣装をまとった男性芸能者の姿ばかりだ。そもそも、豊かな長髪を頭のてっぺん高くに結いあげた見目麗しい女性の方は、とりわけ
《 踊り子 》 の名で呼ばれ、いわゆる 《 遊民 》 とは区別される。
彼女ら 《 踊り子 》 は息を呑むほどに美しく、しなやかで艶(なまめ)かしい全身から、神秘的な雰囲気を漂わせ、周囲の華やいだ衣装の中でも一際目を引く存在だ。だが、彼らの通常の興行では、アクロバットや剣舞を披露するローイたち男性芸能者が圧倒的多数を占め、豊穣祭のような一大イベントでもない限り、
《 踊り子 》の姿を見かけるのは稀だ。 《 踊り子 》がそこにいるだけで、場は華やぎ、精彩を放つ。ゆえに、艶(あで)やかなその姿を、通常の催しで見られたならば、望外の僥倖ともいうべきものだ。それほどの希少価値が
《 踊り子 》にはある。
「ねえ、ケネル。あたし、いつも思うんだけど〜」
前を行くケネルを追いかけて、エレーンは袖を引っ張った。ひょい、と横からケネルを覗く。「あんまり、いないよねえ、女の人って」
ずいぶんバランスが悪くはないか? 極端に悪い。
「女は、あまり生まれない。同族は皆、男ばかりだ」
ケネルは関心なさげに前を向いたまま。足も止めなきゃ振り向きもしない。いつものことだが。
「ふーん。そういうことって、あるもんなんだー?──あ、待ってよ! ケネルぅ〜!」
構わず通過したケネルに気付いて、わっせわっせと追いかける。本人に自覚は皆無のようだが、ケネルはかなりの早足だ。そもそも足の長さが違うから、連れ立つだけでも一苦労。ちょっと油断した日には、たちまち置いてけぼりを食わされる。首だって、結構痛くなる。高い位置にあるケネルの顔を、常時見あげる体勢だから。もっとも、打開策がないでもない。"
歩行中は黙って歩け" ということだ。
それでも、今日も奥方様は「 ねーねーケネルぅー! ねーケネルぅー! 」とツレないケネルを呼ばわりつつも、草ぼうぼうの道なき道をチョロチョロチョロチョロ競歩のようにくっついて歩く。夕刻に到着する普段とは異なり、遊牧民の集落は、まだまだ、のんびり、のどやかに明るい。
付近に用があるとかで、今日は早々に散会になった。今の時刻は、昼を数時間ほど回ったばかり。
風にゆれる青い野草、草海をなでる冷涼な空気。人々が甲斐甲斐しく立ち働いている。鮮緑の中、白く丸っこいゲルが三つ、ぽつりぽつりと点在している。
遠い西端のゲルの向こうで、小型の馬が二頭ばかり、のんびり草を食んでいる。家財道具の運搬用と思しき、使い込んだ幌馬車も見える。放牧は離れた場所で行うらしく、草原の北の方から、家畜の声が時おり届く。木組みの古い荷車が一台、豊かな緑の草海に埋もれ、使いっぱなしで放置されている。のんびり動く、牧歌的な風景。
エレーンは懸命に歩いていた。ゲルまで意外と距離がある。辺り一面雑草ばかりで、目印になるようなものがないから、結構近く思えたが。
少々息が切れてきた頃、借り受けたゲルに到着した。こんもり丸い白い建物──このところ見慣れた遊牧民のゲル、これから世話になる今宵の宿だ。
先に戸口に辿り着いたケネルが、出入り口のフェルトを片手で上げた。すぐに土間の靴脱ぎ場だ。
ゲルに入ると、ひんやりした。朝から履いていた靴を脱ぎ、絨毯の床に、靴下で降り立つ。
ほっと一息、力が抜けた。足を締めつける靴革の圧力から解放されて、気分が一気にゆるんだ気がする。持ち込んだ荷物はゲルの壁に寄せて置き、各自、定位置に座りこむ。エレーンは戸口右のゲルの北、ケネルは左の南側。
「ふぃ〜、楽ちん楽ちん!」
靴下の足を床に投げ出し、行儀は悪いが、骨休め。丸い壁の室内を、エレーンは手持ち無沙汰に見まわした。不調で臥せっているのでもなければ、こんな昼すぎの明るい内に、ゲルに入るのは珍しい。
とても、静かだ。室内の通風に配慮してか、フェルトの下端が、めくり上げられている。草原を渡り、湿気をさらってゲルの中へと吹きこむ風は、とても涼しく、清々しい。フェルトのあがった床の方には、ゲルの骨格になった木格子が見える。いくつもの菱形が地面に突き立ち、その向こうには、天から降りそそぐ明るい日ざしと、豊かに生い茂った青い野草。それから──
ひょい、と何かが横切った。
「え?」
ぱちくり瞬き、エレーンはごしごし目をこすった。今、何かが駆け抜けた。リスとか小鳥では多分ない。そういう可愛らしい動物ではなく、もっとこう体の大きな生き物で、けれど山羊とか牛とか馬とかじゃなく、何というのか、丸っこくて黒くて白っぽいものが、バッチリ覗き見したような……?
木格子の向こうを見直した。
( ……み、見間違い? )
何もない。たくましい野草が、さわさわ、なびいているだけだ。なんだろう? 猿かな。
そろそろ顎を突き出して ( ああいうの、なんか、どっかで見たような〜? ) と首を傾げる。どうも腑に落ちない。
室内中央の土間の向こう──ゲルの南には、ケネルがいた。いつものあぐらで陣取って、ごそごそ手荷物をいじっている。気になる木格子から視線を剥がし、とりあえず、そっちに行こう、と立ちあがる。
「ん?」
ぴた、とエレーンは足を止めた。視界を一瞬、影がよぎった?
( やっぱ、何かいるような? )
うーむ、とエレーンは首をかしげた。気のせいだろうか。どうも、いいように、おちょくられてる気がする。一体アレはなんなのだ?
ぱた、と床に手をついて、木格子の壁に四つん這いで接近。こっそり上体を乗り出した。
( おおーし! 正体つきとめちゃるっ♪ )
その挑戦、受けて立ァつ!
なにせ、今日は暇なのだ。そこにケネルもいはするが、どうせ遊んでくれないし。
使い込んだ黒い木樽が、ゲルの片隅に寄せられていた。それを盾に身を隠し、無造作に置かれた邪魔っけな瓶を、そおっと足で避けやって、格子の向こうを注視する。
じぃっ、と外に目を凝らし、呼吸をひそめること、しばし、
「──おすなよぉ」
「だって、みえないよぉ……」
ゲルの外から、声がした。くすくす楽しげな忍び笑い。子供の声だ。
大樽にひそみ、辛抱強く待っていると、ひょいひょい、それが現れた。
日焼けした三つの顔。幼い顔立ちの、男の子だ。黒目勝ちの大きな瞳で、驚くほどまつげが長い。小さな両手で口を押さえて、子供らは笑いをこらえている。
隠れた樽の向こうから、ひょい、とエレーンは顔を出す。パーにした手をひらひら振って、なるべく友好的に笑いかけた。
「あんた達、ここの子ぉ?」
子供らは目を丸くした。その目をぱちくり瞬いて、ちら、と仲間と目配せする。
「にげろっ!」
すぐさま体を引き起こし、どたばた彼方に逃げて行く。
「──あーあ、逃げられちゃったあ〜」
エレーンは肩をすくめて背中を起こした。
キャンプの子供のようだった。興味津々のあの顔は、客が珍しくて、こっそり偵察にやって来た、そんなところだろうか。
遊び道具を捕まえ損ね、エレーンは木格子を見やってブチブチごちた。
「なにも逃げなくてもいいのにさ〜。たまには 普通に 世間話とか、したかったのに」
相手は年端もゆかぬ子供だが。
ともあれ、キャンプで子供とは珍しい。出立した当初、夕闇立ち込める草原で、二人ばかり見かけたきりだ。溜息で右手を振り向いた。
「ねえ、ケネルー。ここの子達って、人見知りよねー」
「……ん、……そうか?」
ケネルは未だに荷物をゴソゴソやっている。どうやら、心ここに在らずだ。何をそんなに熱心にしまい込んでいるやら。
格子の外では、青草がのどかに揺れている。「つまんないのー」と目を返し、日頃の世話に感謝を込めて( それならいっちょ、上から押し潰しといてやろうかな……
)とケネルの方へ立ちあがる。
「──いそげっ!」
又も、外から声がした。
ぱっ、とそちらを振り向けば、戸口向こうの草地の地面に、小さな影が写っている。
戸口の枠に、ひょい、と子供の顔が出た。
木枠に両手でつかまって、顔の半分でのぞいている。五歳くらいだろうか。幼い顔の男の子だ。できたてみたいなスベスベほっぺ、可愛らしくもあどけない顔だち。
続いて、二つの顔が出た。"五歳"のすぐ上と、向かい側。そのどちらも男の子、初めに出てきた"五歳"より、若干年下の顔つきだ。緊張気味のあの顔は、意を決してきたらしい。
( お? また来たな〜?)
エレーンはほくほく、それを見る。
こそこそ戯れる微笑ましい騒ぎには、とうに気づいているのだろうに、あぐらで座った隣のケネルは、頬かむりで知らんぷり。
"五歳" が仲間にうなずいて、口をぱくぱく開閉した。
「ねーっ! おじちゃんが " タイチョー "?」
挨拶をすっ飛ばした、力一杯の怒鳴り声。彼らの関心は、ケネルのようだ。
( ほらほら、 " タイチョー " ご指名よん? )
だが、名指しされた当人は、微動だにせぬ、あぐらの体勢。
「……ああ」
そして、ぶっきらぼうに最小限の応答。て、あんた、子供にまでぶっきらぼうかい!?
顔さえ上げないケネルのつむじを、エレーンは呆れて、まじまじ見た。( 俺、ソッチかかわりたくないからヨロシク )の態度表明、歴然だ。相手は子供だから、と優しい声音を作ってやるでも、笑顔で対応するでもない。まして、歓心を買おうとするでもない。相手はいとけない子供なのだ。ちょっとくらい愛想良く笑ってやったっていいだろうに。いや、"
愛想 " という言葉自体が、ケネルの辞書には載ってないのか……。
ちなみに、相手が生まれたての赤子でも、理路整然と話しそうだ。もっとも、ケネルの " ぶっきらぼう " は、筋金入りの"
ぶっきらぼう "。今に始まった話でもないから、そういう意味では全く普通の反応ではある。
戸口の外の子供らは、両目をまん丸くして固まった。そして、
「すっげえぇー! タイチョーだ!? タイチョー♪ タイチョー♪」
なぜか、それだけのことで「おお──!?」とどよめく。
「タイチョーだ!」「うん! タイチョーだ!」と更にはうなずいて確認し合い、本人が認めた名称を、復唱して大喜び。「隊長」の意味は、あんまり分かっていなさそうだが。
連呼されたケネルの方は、いつもの如くに無反応。てか、未だにやってた荷物の整理。腕を突っぱり、上からぎゅうぎゅう押し込んでいる。この男、何がそんなに気になるのだ? ヤバいブツでも持っているのか?
( なにしてんのよー、不審なヤツ…… )と胡散くさげに見ていると、" 五歳 " が体を乗り出した。
「ねー! タイチョーって 《 ガーディアン 》?」
気合の入った代表質問。当然、全力。
「……ああ」
「すっげえっ! マジほんもの!? じゃ、じゃあ! わるいやつとかも、たいじするっ?」
「……まあな」
「すっげえっ!──すっげえっ! すっげえっ! すっげえっ!」
三人が瞳を輝かせた。
歓呼するその顔には、好奇心があふれている。そのくせ、緊張で強張ってもいる。もっとも、彼らとケネルのテンションには、天と地ほども開きがあるが。無口なケネルと、遊び戯れる子供の図。この一見無縁そうな世にも珍しい取り合わせ。
ケネルは胴を向こうにひねって、おもむろに何かを取り出した。あれってケネルの、
護身刀?
唖然と、エレーンは口を開けた。なぜに、今、そんな物を?
そして、腑に落ちない視線を無視して、
どうしてなんだか、手入れを始める?
確かにケネルは、暇さえあれば、刃物の類いの手入れをしている。ここ数日の同行で、毎日見たから知っている。とはいえ
( それ、今どーしても、やんなきゃなんないこと? )
いまいち疑問だ。
そして、興奮気味の子供らと、ぼちぼち返す隊長ケネルの噛み合っていないやり取りは続く。ところが、である。
「タイチョー! 《 ガーディアン 》って、つよいぃー?」
「……ああ」
「みんないるぅー? みんなっ!」
「……ああ」
「ねーねー! ぼくたち 《 ガーディアン 》って、はじめてみた!」
「……そうか」
歩み寄りなし。一切なし。
更にケネルは、手入れ用の革まで取り出し、本格的に、ごしごしごしごし……
ケネル隊長、けんもほろろの受け答え。もっとも、基本ケネルは面倒臭そうな態度であって、何を言おうが「そうか」くらいしか言わないから、そういう意味では、普段と何ら変わりはしないが。あ、でも、
さては、目さえ合わせないつもりか?
あまりの素っ気なさに呆れ果て、エレーンはあんぐり口を開けた。そりゃあ、ちょっと大人げないってもんじゃないの?
ちら、と戸口をうかがえば、無敵を誇る無邪気な子供も、さすがに少し怯んだ様子だ。度重なるつれない仕打ちに、"五歳"はたじろいだように口をつぐみ、困った顔で小首をかしげた。
「ね、──ねーねーねーっ! タイチョー、これから、どこいくの?」
「……西だ」
ケネルはごしごし……。相変わらず。
ちなみに、一人で発言しているこの " 五歳 " が三人のリーダー格であるらしい。皆の意見を取りまとめ、代表質問決行中。だが、
「え……えっとお、……あ、あの〜……」
取り付く島もないケネルの応えに、さすがの " 五歳 " も口ごもり始めた。なにせ、会話が全く弾まない。ケネルの反応はあまりにも薄い。そして両者は、当然のごとくに
「……」
「……」
たいそう気まずい硬直状態に突入。
一部始終を観察し、エレーンは、ははーん、と眺めやった。ケネルの無愛想は毎度のことだが、目をさえ合わせぬギクシャク加減と、歯切れの悪いこの対応。さては、ケネルってば、
──子供が苦手か?
綿密に秘められた真実が、ひょんなところで明るみに出る。意外にも意外な弱点だ。とはいえ、いとけない子供を相手に、そういう態度は大人げない。相手が小生意気なはなたれ小僧というならまだしも、この三人は天使のように愛らしく、あんなにも一途に慕っているのだ。なのに、にべもなく、あしらい続けたら──
泣き出すんじゃないか、と心配になり、( 三人はどした……? )と視線を返す。
しかーし!
「ねーっ! タイチョータイチョー! にしってどこ?」
絶対へこんだろうさっきの "五歳" は、困惑と躊躇の泥沼から、さっさと復活を遂げていた。
「ねー! タイチョータイチョー! ねータイチョー!」
むしろ、前にも増して元気いっぱい、顔中口にして、満面の笑み──て、たくましいな、おい!?
あんなに邪険にされたのに、めげた様子は全くない。懲りるということを知らないらしい。
( あ、そーか )
健気にもたくましいあの "五歳"の、何とかして意思疎通を図ろうとしているあの様子。仮にケネルが( コラ、寄ってくんじゃねーぞ )と"こっち来んなよ光線"
をビシバシ発して( その線からこっちは俺の陣地だからな! )と主張していなければ、頭の上まで這いあがられて揉みくちゃにされたに違いない。耳とか顔とか齧られていたに違いない。そういう気持ち、なんとな〜く分かる。ええ、どういう訳だか。*
まあ、それはそうと、初対面のようなのに、何故にそんなにケネルがいいのだ? そんなにくっ付きたがるのだ? もしや、怖いもの見たさ、というヤツか? ああもあからさまに牽制されても、ケネルの側から離れがたいらしく、三人は困惑を浮かべつつ、上目使いでうかがっている。
「あの……ね、ねえ、タイチョー……あの、ちょうがね、きょうはごちそうにするって、いってたよ。だから、きっと、その……」
「そうか」
ようやく、ケネルが目をあげた。
革で包んだ刀剣を、あぐらの膝におもむろに置き、不安げに見つめる三人と、初めてまともに向き直る。
「長に礼を言っておいてくれるか。歓待感謝する、と」
三人は息を止め、大きくまなこを見開いた。あたかも、ご神託でも聞くように。
「う、うんっ! すぐに、いってくるっ!」
すべすべの頬を上気させ、瞳を輝かせて、うなずいた。
すぐさま、華奢な体を返す。細腕振って、ばたばた慌しく駆け出していく。我先にと駆けゆくその背は、ケネルから言い付かった伝言を、誰が一番先に伝えるか、競争してでもいるようだ。
( へー。人気あるんだケネルってば )
こんな無愛想なのに。
人生って謎だ……とケネルを見る。まこと世の中は分からない。その気なんかちっともないのに、子供から一方的になつかれる、摩訶不思議な人種が稀にいる。そうした例のご多分に漏れず、ここにいる不思議な人も無頓着なことこの上なし。
ケネルは子供から開放されて、清々しているのがアリアリだ。ぽい、と刀を放り投げ、とんとん肩など叩いている。今の今まで、あんなに熱心に磨いていたのに。
子供らの怒鳴り声が、遠くの方から聞こえてきた。「 " タイチョー "と、はなしてきたっ! 」と報告しているものらしい。興奮しきりで話して聞かせる得意げな顔が見えるようだ。
なんとなく、理解した。彼らはケネルに絶大なる興味があるのだ。彼らの中で " 一番強い "のが" タイチョー "
であるところのケネルであって、つまりは彼らの英雄なのだ。その実物が目の前にいるというのだから、興奮するなという方が無理な話だ。まったく、なんて微笑ましい。それに──
ぐーの両手を口に押し当て、エレーンは、くふふ、と含み笑った。
( ケネルにも、苦手なものってあるんだあ? )
思わぬところで弱点発見。
「なんだよ」
くるり、とケネルが振り向いた。訝しげな目付き探ってくる。そうして、とっても嫌そうな顔。
(……恐ろしく勘の良い奴)
エレーンは密かに舌を巻いた。まだ何にも言ってない。
案の定、ケネルは腕を組み ( おら、とっとと正直に吐け ) と無言の圧力をかけてきた。
ひょい、とエレーンは顎を出す。
「んーん。べっつにぃー?」
ここぞとばかりに、ケネルの物真似。
ぬ? とケネルが首をかしげた。おちょくられたと分かったか? だが、エレーンは余裕のよっちゃん。口をとんがらせたケネルから、わざとらしい鼻歌で目をそらす。
途端、片隅で、またも発見。フェルトをめくった木格子の向こうだ。
腹ばいになった子供の顔が、くすくす笑い合っている。ケネルの任務を滞りなく遂行し、速やかに帰還したらしい。エレーンは揉み手で、ほくほく歩く。
( また来たまた来たっ♪ )
ケネルの弱点。
床に手をつき、ごそごそ四つん這いの体勢になった。両肘ついて、頬杖をつく。
「戻ってきたんだ、あんた達」
低い目線と視線を合わせて、三人の子供に笑いかける。三つの笑顔が、うん! と元気にうなずいた。
「そっかあ。もっとケネルとお話したいぃー?」
ちら、とケネルを振り向いて、エレーンはわざとらしくうかがった。
え゛!? とケネルの顔が引きつった。三つの笑顔が、うん! とうなずく。
「んねえー、ケネルぅ〜ん?」
エレーンは有無を言わせず畳みかけた。
ケネルは小さく嘆息し、うなだれた額を片手でつかむ。( どーしてあんたは、そういう余計な真似は喜んで仕出かしてくれるんだ…… )と、落とした肩がたそがれている。
しばし、ゆるゆる首を振り、ケネルはげんなり嘆息した。
「……入って来い」
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