■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 4話6
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エレーンはいそいそケネルの横に移動した。あぐらのケネルが ( もおー何してくれてんだ、あんたはよー! ) と、ぶちぶち迷惑げに顔を上げるも、そんなの、もちろん知らんぷり。
入室の許しが出、子供らがばたばた飛びこんだ。 華奢な体の子供らは、何故か全員ぶかぶかの服を着ている。古着のようだが、いずれも寸法があからさまに大きい。先行した二人に続き、遅れて駆けてきた子が一人いる。
(……あれ?)
ふと、エレーンは気がついた。最後の子供の走り方が奇妙だ。前後左右に体を揺らし、左の足を引きずっている。喜び勇んで駆け回っていたから、足でも挫いてしまったのだろうか。
先行した二人の子供が、全力でケネルに飛びついた。
小さな体を受け止めるべく、ケネルはあぐらのまま腕を広げる。右腕に一人、左腕に一人、突進する子供は容赦ない。遅れてやってきた " 三番目
" が、左手を突き出し、たたらを踏んだ。
「大丈夫か。あわてるなよ」
のめった子供を助け起こして、ケネルは顔を覗き込む。
" 三番目 "はのろのろ背中を引き起こし、今の衝撃を振り払うように、ぶん、と黒髪の頭を振った。
「うん! へいき!」
まともに顔を打ったようだが、よじよじ肘で這いあがり、ケネルの膝によじ登る。だが、あいにく左右とも埋まっている。
席取り競争に敗れてしまい、" 三番目 "は足を引きずるようにして立ちあがった。途方に暮れて突っ立っている。
( あのおー。こっちにも一人、いるんですけどねえ? )
おーやおや、と苦笑いし、エレーンは内心で己を指した。こっちは放ったらかしってか。でも、子供は普通 " お姉さん " の膝にすり寄りたがるものではないのか。(
なによお、ケネルばっかりさあー )とヤサぐれた態度で、じとりと見る。
くるり、と " 三番目 "が振り向いた。
「いっても、いいよ?」
言うなり、ぱっと両手を広げる。
「──あたしぃっ!?」とあわてて身を引くも遅し。なにせ、こんな至近距離。
振り向きざま、満面の笑みが大きく迫る。
体のわりに大きな頭が、懐めがけて突っこんだ。
左の肩下に、容赦ない衝撃。首にすがりつく子供の手。だが、とっさに体重を支え切れない。
勢いに押されて、のけぞった。ああ、さすが男の子。体は折れそうに細いのに、力はやたらあるらしい。前触れもなく突然動くし、手加減ってものを、まるで知らない。いや、そんなことよりも──
とっさに振り向いた視界の中に、絨毯の床がいっぱいに迫った。エレーンは息を飲んで、目を見開く。げ! どうしよう、
──背中。
ごん! と後頭部で激突音。
目から火花が盛大に飛び散り、視界が一瞬暗転する。肩を、強くつかまれた──
何が起きたか、わからない。喉が伸びきっているのは辛うじてわかるが。
頭の中が真っ白だった。のけぞり返った懐に、のしかかるような子供の重み。その高い体温を感じる。顎の下には柔らかい髪。首は両手でしがみ付かれ、そして重い。とにかく重い!
エレーンは目をこじ開けた。巨大な傘の、下の骨……?
それはゲルの天井だった。放射状に伸びた何十本もの細木の芸術。体はどうやら停止している。引っくり返った格好で。
顔の横には、真っ赤な絨毯。後頭部が床についている。成り行き上、正座のままでブリッジしているようだった。結構苦しい。ちなみに、頭をぶつけて涙目だ。
視界の右から、ケネルの顔が割りこんだ。案じてくれたかと思いきや、ひょい、とすぐさま横を向く。
「こら。いきなり抱きつくな。危ないだろう」
めっ、と横顔が子供を叱る。
うつ伏せた顔を " 三番目 " が上げた。「えー、だってさ〜!」と不服そう。
「たく、このやんちゃ坊主が」
ようやく事情を把握した
怪我した背中が叩きつけられたりせぬように、ケネルが腕を突き出して、とっさに浮かせてくれたらしい。ゆえに頭だけが不自然に下がって、のけぞった格好になっている。
ちなみに、ケネルの左膝に乗った子供は、膝からあらかたずり落ちつつも、しっかとケネルに両手でしがみ付いている。勝ち取った特等席は、あくまで死守する所存らしい。
肩をつかんだ左腕を、ぐい、とケネルが持ちあげた。" 三番目 "共々、いとも簡単に引き起こし、" 三番目 "の両脇を「しょうがないな──」と持ちあげる。
のしかかった重しが取れて、すっ、と体が軽くなる。
自分の右足を無造作に伸ばして、ケネルは" 三番目 " を座らせた。これで右足に二人、左に一人の計三人。て、そんなに乗っけて、足がポッキリ折れやしないか?
当のケネルは平気の平左。子供は全員、無事に座れて大はしゃぎ。
エレーンは呆然と座りこんだ。放心したまま左を向けば、大地に絨毯が直敷きされただけの地面同様の硬い床。
( あ、あ、あぶなかった〜!? )
ぶるり、と大きく身震いし、両手で我が身を掻きいだいた。怖気が背筋を這いあがる。ああ、まさに間一髪。あんな所に叩きつけられたら、今頃どうなっていたことか。
嫌な冷や汗がダラダラ吹き出し、鼓動がどきどき乱打する。不意に悟った。
──世の中って、危険がいっぱい。
こくこく一人うなずきながらも (馬とかガキとか注意しといた方がいいかもしんない…… ) と心密かにエレーンは誓う。ようやく鼓動も収まって(
ケネルはどした? )とうかがった。
「タイチョー! タイチョー! ぼくねーっ! あのねーっ!」
膝を占拠した三人に、ケネルは早速じゃれ付かれていた。その賑やかさたるや、我先にと大口を開けて、親鳥を待ち構えるヒナの如し。
わめき散らす三つの頭を、ケネルは端からわしわしと、手荒く、面倒臭げになでている。助けてもらって、こんなことを言うのもアレだが──後頭部にできたタンコブを、エレーンは涙目ですりすりさする。
──頭ぶつける前に、助けて欲しかった……。
ちら、と" 三番目 "が目を向けた。可愛らしい顔で小首をかしげる。
「なんで、そんなにわがままなのー?」
「ぬ?」
エレーンはぱちくり面くらった。
あん? と" 三番目 "を見返して、ややあって意味を理解する。
──なにおうっ!?
ぐぐっ、と屈辱にゲンコを握った。
やれやれ、しょーがないなー、というように、" 三番目 "は頭なんか振っている。ほんのつい最近までハイハイしていた赤ん坊のくせに、なんて生意気な態度なのだ!
口をとんがらせて対抗し、エレーンは密かに舌打ちした。天使の見た目とは裏腹に、生意気盛りの悪ガキだ。
三人の笑顔にたかられたケネルは「三人いっぺんに喋くるな」とか「腹けるな」とか「よだれ垂らすな」とか合いの手のように言いながら、ワイワイにぎやかにやっている。
ふと、ケネルが振り向いた。何やら気付いた顔である。子供らの肩に両手を伸ばし「ちょっと来い」と三つの頭を引き寄せる。
円陣組んで、何やらコソコソ。
「あ? なになに? 作戦会議ぃ!?」
あたしも入れて〜ん♪ とエレーンはほくほくにじり寄る。くるり、とケネルが振り向いた。
「なんでもない」
うんにゃ、と首を横に振り、「あんたはダメ」と門前払い。──て、え?
仲間外れかい!?
身を乗り出した姿勢のままで、エレーンはぐぐっとゲンコを固めた。
男どもは頭を寄せ合い、ひそひそコソコソ会議中。たま〜に、こっちを見たりして。ああ、すっごい感じ悪っ! でも、何を話しているんだろう? 時折チラチラ見ているし。どうも、こっちに関わるらしい。
ちら、と全員が目を向けた。
「な、なにっ!?」
ぎくり、とエレーンはたじろいだ。己をさして、小首を傾げる。
彼らは素早く輪に戻り、さっきと同じようにコソコソコソコソ……。
会議が難航しているのか、中々合意に至らないようだ。ケネルが何事か吹き込んでいる模様だが、子供にも言い分があるらしく「えー、でもさー……」などと腑に落ちなげな顔で反論している。
ぽつねん、とエレーンは蚊帳の外。( もお、何してんのよー )と膝をかかえて不貞腐る。にしたって、円陣で背を向けた、あの排他的な態度ときたら──! 小さくても男は男だ。赤ん坊みたいなガキんちょのくせに、こういうとこだけいっちょ前。
円陣を組んだ一同に、ケネルが視線をめぐらせた。
「わかったな。男の約束だからな」
子供らからの反論を、有無を言わさず押さえこんだ模様だ。
円陣を解いた悪ガキどもが、何故か一斉に振り向いた。
「「「 うん、わかった。" おとこのやくそく "だね 」」」
三人同時に、こっくりうなずく。
「……むっ?」
て、待ていコラ!? " わかった " って、一体何が " わかった " んだー!?
すっごい、気になる。
ケネルと内緒の約束をし、使命感に燃えているらしい三人は、(" 男のやくそく " " 男のやくそく"……)
とブツブツ呪文を繰り返している。
エレーンは一人、ジリジリむかむか。さっきの" 三番目 "が振り向いた。
( なによっ!? ) とすごんで、エレーンは見返す。
「おしえない」
ぷい、と" 三番目 "はそっぽを向いた。
ぐっ、とエレーンは拳を握る。一字一句、殊更にはっきり、言ってのけ(やがっ)た──! にしても、このタイミングで、そうくるか? 今の、ものすごくジャストミートだ!
「だって、しょうがないよ。お、お── " おねえ、ちゃん " きっと、おこるもん」
ぁん? とエレーンは見返した。肝心なところでつっかえたりして、どうも物言いがぎこちない。そして、首謀者ケネルは涼しい顔。
ぎろり、とケネルに腕を組む。
「なによおケネル、教えなさいよねえー!」
どこのどいつの影響か、最近こういうの得意である。
ちら、とケネルが目をくれた。
「なんでもない」
つーん、と、つれなく横を向く。
「──うっ、く〜っ!?」
エレーンはギリギリ拳固を握った。なんて白々しい態度だ、あのタヌキ! 絶対、こっちの話をしていたくせに!
( なあにが男の約束 よっ! )
ふんっ! と、鼻息荒くそっぽを向く。まったく、男どもはいっつもこうだ! ケネルも普段は女男とつるんで、こそこそ何かやってるし。でも、いつも、そうやって意地悪してると、
グレるわよ?
それはそうと、こっちは人気がさっぱりである。みんなケネルに行っちゃったから。
エレーンは手持ち無沙汰につらつら眺めた。子供らは皆、すり切れかかった古着を着ている。ゲルの家財道具から察するに、裕福な暮らしぶりとは言いがたいから、子供に着せる衣類なんかは仲間内での使い回しか、雑貨市の古着などで適当に間に合わせているのだろう。子供は成長が早いから、新品を買い与えたところで、すぐに着られなくなってしまう。とはいえ、上着の袖は指が出ないほどズルズルに長いし、ズボンの裾も引きずらんばかりだ。
子供らは、皆、華奢だった。小さな体格も、薄い皮膚も、すべての作りが華奢すぎて、別の生き物を見ているよう──ふと、" 三番目 "
が振り向いた。ばっちり目が合う。
「──あっ! こっち、くる〜?」
さあ、ボク、どうぞん、とエレーンは笑って手を広げる。今度は準備おっけー。いいわよん。ケネルは平気な顔をしているが、足に三人じゃ重いだろう。
ぴくり、と " 三番目 "の顔がこわばった。あからさまに警戒し、黒目勝ちの大きな瞳で、苦悩するように、じっと見つめる。
「いいっ!」
ぷい、と顔を背け(やがっ)た。
ケネルの腕にしがみ付き、力いっぱいイヤイヤする。
「……あーそお」
何もそこまでしなくても。
広げた両手を渋々下ろし、エレーンは荒い気分で引き下がった。勧誘するも、あっさりフラれる。さっきの熱烈歓迎ぶりは、席取り競争に競り負けて、渋々いやいや仕方なく、の次善の策であったらしい。
エレーンはいじけた溜息で眺めやった。悪ガキどもは、ケネルに喜び勇んでじゃれついている。皆でケネルにしがみ付き「タイチョー! ぼくねえっ!」と我先に近況を報告し、体を揺すって大暴れ。構うことなく手足を振るから、ダブダブの服が、バサバサその都度めくれあがる。
「え──」
ぎくり、とエレーンは居すくんだ。ケネルの左腿の、あの "五歳"。左手の手首から、先が
──ない。
とっさに、ケネルの顔を見た。
ケネルは何事もない様子。手首のところで丸まったその手で、頬を叩かれているというのに。いや、あんなに近くにいるのなら、とうに認識していたはずだ。右腿の内側に乗った子供も、よくよく聞けば、何かが違う。「あー」とも「うー」ともつかぬ意味不明な音声を、ただただ発しているだけのようだ。
なんとなく、分かってしまった。
あの子はきっと、耳が聞こえない。だから、言葉を発することができないのだ。それでもケネルは訊き返しもせず、淡々と相槌を打っている。他の子供と変わることなく。そういえば、初めに転んだ"
三番目 "──反射的に彼を見て、エレーンは鋭く息を詰めた。
やっぱりだ。暴れて乱れたズボンの裾から、はっきり、それが見てとれた。
左の足首から下が、ない。
だから、ケネルに駆け寄った時、あれほど体を揺らしていたのだ。
屈託なく子供が笑う。
あちこち盛んに蹴っとばし、元気いっぱい暴れている。悪夢を見ているようだった。笑顔が無邪気であるだけに、欠けた部分があることが、尚一層、痛々しい。
" 三番目 "が振り向いた。小首を傾げて、にっこり笑う。
「ぽく、へいきだよ。いたくない」
「……え?」
答えた!?
あ、いや、まさか……とエレーンは曖昧に笑って首を傾げた。こちらの内心に応えるなんて、そんなことが、あるはずない。
ケネルの様子を盗み見ても、まるで動じていなかった。彼らの体が不自由だから、と気づかう様子もまるでない。普段の態度となんら変わらぬぞんざいさ。だが、全員の体が不自由というのは、いくらなんでも、できすぎていないか? これは一体どういうこと──?
ふと、ケネルが顔をあげた。
視線を追って戸口を見れば、戸外の日ざしを遮って、子供がもう一人たたずんでいる。年はやはり五歳前後で、お人形のように可愛らしい、色白の女の子だ。両手で戸口にしがみ付き、おどおど中をうかがっている。いなくなった友達を捜して、ここまでやって来たのだろうか。
いつも無愛想なあのケネルが、珍しく笑って声をかけた。
「入ってこいよ」
少女は困った顔をした。もじもじ戸口でためらっている。それでも、意を決したように身じろいだ。
素足に突っかけた大人用のサンダルを、片方の足ずつおずおず脱いで、ゲルに足を踏み入れる。両手を前に突き出して、一歩一歩確かめるように、辺りを探るように足を進める。
( この子、目が見えないんだ…… )
その様子に息を呑み、エレーンは思わず腰を浮かせた。とっさにケネルの顔を見る。
ゆっくり、ゆっくり、やってくる少女を、ケネルは何事もなく眺めていた。あわてて席を立ちあがり、支えてやろうとするでもない。男の子たちも同様だ。
手探りで進む盲目の少女は、少し歩いて立ち止まり、困ったように辺りの気配をうかがっている。
「ほら、こっちだ」
ケネルがそつなく声をかけた。
その声を頼りに、少女は再び歩き出す。そうして傍までやってくると、ケネルは、膝の子供らの背中を叩いた。「ほら、お前ら、ちょっとどけ」
「えーっ!?」
口の先をとがらせて、三人は力いっぱい抗議する。だが、ケネルは容赦ない。ひょいひょい子供を持ち上げて、強制的に退去する。そして、場所があいた自分の膝に、盲目の少女を抱きあげた。
て、
( ちょっとお! ケネル、どさくさに紛れて何してんのよっ!?)
どんっ! とエレーンは片膝で踏みこむ。この男の魂胆見たり。どうせ膝に乗っけるんなら、女の子の方がいいってか!?
ぎりぎりケネルを睨みつけ、膝の少女も威嚇する。
( あんたも、さっさとどきなさいよねー! そこはあたしの席なんだから! )
ケネルに内緒で、口パク抗議。とはいえ、相手は盲目である。そもそも通じるはずもない。
むかむかしつつも、舌打ち一つで矛先を収め、ちら、とケネルの顔を見た。途端、ふつふつ湧き起こる不穏な感情。
( なあによ! でれでれ鼻の下なんか伸ばしちゃってさあ! )
ぐぐっ、 と利き手のゲンコを握る。ケネルって案外おっさんじゃん!
ふと、それに気が付いた。じりっ、と悪ガキが後ずさっている。心なし怯えた顔で。
少女は抱きあげられて驚いたようで、見えていない綺麗な瞳を、おどおど落ち着きなくさまよわている。あわあわ口をわななかせ、両手をじたばた突っ張って──
「大丈夫だ、恐くない」
逃げ腰の少女の肩を、ケネルは片腕でかかえこむ。
「……ぬ?」
ひくり、と片頬引きつらせ、エレーンはふるふる拳を握った。気のせいだろうか。悪ガキどもを扱う時より、ケネルの手つきが格段に丁寧に見えるのは。
ちら、とケネルが視線をくれた。
だが、すぐさま目を戻す。華奢な少女を軽くゆすって、おどおどうつむいた小さな頭を、優しく平手でなでてやる。「ほーらな、全然恐くない」
「……むぅ」
エレーンはゲンコをわななかせた。
( なあにタコみたいな口してんのよっ! )
ケネルはまるでお構いなしで、猫なで声で少女に呼びかけ、にっこり笑みとか作ったり。無味乾燥のケネルの辞書に急きょ "愛想"
の項目が組みこまれたらしい。て、あいつぅ〜!
ギッとエレーンはねめつけた。
( ええい! そのタコ口やめいっ! )
ケネルが少女の手を取った。ケネルの手の平の半分しかない、おもちゃみたいなか細い手。節くれ立ったケネルの手が、いやに大きく、ゴツく見える。
この子は子供なんだ、と唐突に悟った。その手を、ケネルは自分の頬へと持っていく。
( ……そうか。だからケネルは )
エレーンは合点して口を開けた。彼女は目が見えないから、それでケネルは──
彼女を膝に抱きあげたのは " 女の子だから " が理由ではなかったらしい。尖がった矛先を急きょ収めて、あわてて二人から目をそらす。顔はもちろん音の出ない口笛付きで
( あーら、あたしは別に、そんなこと、ちぃっとも思ってなんかなくってよ? ) である。
大方予想はしていたらしく、ケネルがちらと目を向けた。非難がましい白けた顔で。
じっとしているケネルの顔に、少女は小さな両手を伸ばし、小首をかしげて触っている。
しばらくそうして、はにかんだように微笑んだ。
「気は済んだか」
肩で切りそろえた素直な髪を、少女はさらりと肩で揺らして、ケネルの問いにうなずいた。ケネルはその頭を、なでてやる。「ここの暮らしは大変じゃないか」
ぎょっとエレーンは見返した。だって
──ケネルが自発的に喋ってる!?
どういう風の吹き回し!?
盲目の少女は細い指先をいじくりながら、うつむき加減におどおど答える。「……うん、……平気……」
「お前はどんな食い物が好きなんだ?」
「あ、……卵とか、お魚とか、……あ、あの、……あ、タイチョー、ピーマン食べれる?」
エレーンはあんぐり絶句した。
( う゛ーっ!? けぇ〜ねぇ〜るぅぅぅ〜っ!!!)
怒りの拳を、ぐぐぐ、と握る。ケネルの少女に対する扱いが格段に違うように思うのは、こっちの穿ちってもんだろうか。
いーや!
絶対、わざとやっている! 絶対、何か根に持ってる!
時々あてつけがましく盗み見るし、むにゅ……っとタコみたいに口の先っぽとんがらがしてるし、あんなに熱心に話しかけちゃってるし! 普段は「そうか」しか言わないくせに。そっりゃあ、あの子は可愛いわよ! 確かにとびっきり可愛いけどさ! ほっぺなんかもスベスベしてて、素直な髪には清らかさの象徴・天使の輪っかとかもあるけどさ! でも、それにしたって!
( ああっ! あんなに顔を引っ付けてえっ! )
今にも、ほっぺを食べちゃいそうだ。
ギ──ッ! とエレーンはねめつけた。
( 散れいっ! そこのケダモノたぬきっ! )
悪ガキどもがギョッと怯んで、ずさっ、と一斉に後ずさった。少女は警戒を解いたようで、可愛らしい顔をして、ケネルをにこにこ見あげている。そして、
「……タイチョー、あのね」
小さな声で、やっと、お喋り。
「また、お水のあるとこ見つけたよ?」
「──そうか」
ケネルは少女に耳を寄せ、その頭をなでてやる。
「偉いな、お前は。助かるよ」
少女はくすぐったそうな顔をした。内緒話のようにお喋りしながら、ケネルを仰いで笑っている。
すっく、と少女が立ちあがった。
とっさに支えたケネルを押しのけ、両手を突き出し、手探りしながら歩きだす。ゲルの戸口に辿り着き、両手で木枠につかまると、外に体を乗り出した。
澄んだ声が、草原に響く。
力いっぱい叫んでいるので、何を言っているのか聞き取れないが、誰かを呼んでいるようだ。
ややあって、男の低い声で応答があると、少女はあわただしく歩き出した。
少女に応えた男の声が、今度は三人分の名を叫んだ。突っ立って見ていた三人が「やべっ!」と顔を見合わる。
そうして悪ガキ三人組は、ゲルから、ばたばた出て行った。
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