■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 interval 〜 夜陰 〜
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「……へえ、隊長さんに押し倒されるなんてドキドキしちまうねえ」
夜陰に包まれた藪の中、女は野草の上に組み敷かれながら、笑って相手に目配せした。「──いいのかい? 見られちまったようだけど」
「手を放してアレを追えば、あんたはすぐにも逃げるだろう?」
ケネルは拘束を緩めない。
「可哀想に。本当にいいのかい色男? あの様子、傷付けちまったんじゃないのかい?」
「心配無用だ。アレと俺とは何でもない」
女のしなやかな指の先には、鈍く光る抜き身の切っ先。野草の中の仄白い顔を、ケネルはしげしげ眺めやった。「うろついていたのはあんただったか。大した腕だな、歩哨の目を掻い潜るとは」
「チョロイもんさね。まったく男ってのはおめでたいね」
「目的はなんだ。どちらが狙いだ、アレの方か、隊の方か」
「さあてね。口を割ると思うのかい?」
女は豊かな茶髪を地に流し、気怠そうに横を向く。鋭い双眸、小馬鹿にしたような赤い唇、なまめかしい白い喉。しなやかな体は鍛え上げられている。掃討慣れした手練れを出し抜く敏捷さ。鋭利な立ち回りと垢抜けた風体は踊り子崩れと見受けられた。
「──同族の女が、なぜ俺達に敵対する」
女は投げやりな溜息で目を細める。「余計なお世話さ、隊長さん」
「こっちの生業を知らない訳でもないだろう。あんたの返答如何では、明日の朝日は拝めない」
女が憮然と眉をひそめた。しばらく忌々しげに口をつぐみ、柳眉をひそめて吐き捨てた。「──ガキがいんだよ。それだけ言や十分だろ」
ケネルは面食らって女を眺めた。確かに、興行収入を多数で分け合う巡業では、芸能者は己を養うのが精々で、余裕などとは程遠い。故に女は、子を食わせる為なら何でもする。売れるものなら何でも売る。舞台衣装も、手入れした髪も、芸事で鍛えたその腕も。女は笑って一瞥した。「なんなら、どうだい。安くしとくよ」
女の赤い唇が甘く気怠く囁きかける。売り物は我が身も例外ではない。ケネルは淡々と見返した。
「その手には乗らない。何度寝首をかかれそうになったか知れないからな」
「あたしが恐いかい、坊や?」
むっとケネルは見返した。女は薄い唇を吊り上げる。「損はさせない。請け負うよ」
婀娜(あだ)っぽい目付きで誘う女を、ケネルは無言で眺めやる。そして、
「……いいだろう」
苦笑いで拘束を緩めた。
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