CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 interval 〜業 〜
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 風の音だけが騒がしい。ざらついた木床に、塗装の剥げた古い木枠がひっそり影を落としている。
 砂塵で汚れた窓硝子が暮れゆく西日に照らされていた。開け放ったままの戸口の先、窓の向こうの街路は無人だ。向かいの店の剥げかけた壁と、錆びついた入口の看板を、鮮やかなオレンジの夕陽が白々鈍く照らしている。
 立ち込め始めた夕闇の中、人けない荒れた酒場の片隅で、ケネルは暗がりのテーブルに腕を置き、女の訴えを聞いていた。連れてこられた向かいの娘は、俯いた顔半分を窓から射し込む鮮やかな夕陽に照らされて、指が食い込むほどにきつくスカートの膝を握りしめている。テーブルの上には、グラス一つ出ていない。店内はひっそり暗がりに沈んでいる。そこには客の姿はおろか店主の姿さえも見当たらない。このシャンバール西南部・サランディー地区は熾烈な戦禍の渦中にある。
 少し身じろいだだけで娘が過剰に反応するので、ケネルはなるべく恐がらせぬよう注意を払って接していた。殺気立った喧騒の中、行き過ぎる数十もの息荒い馬群に危うくねられそうになりながら、戦場を彷徨っていたのだという。一人で抗議に来たというなら、親類も既にないのだろう。この国に孤児は珍しくない。
 仕事場に突如現れたのは、子供といった方が早いくらいの年若い娘だった。シャンバール人特有の小麦色の細い手足に色褪せた木綿のワンピース。赤いリボンでまとめた髪、気の強そうな黒い瞳。まだ華奢な体つきながらも、娘は背筋をまっすぐ伸ばし、射抜くような瞳には一歩も引かぬ強い意志を宿していた。碌に食べていないのか痩せ細ってはいるものの、言われてみれば、下腹の辺りだけはやや突き出ているようにも見受けられる。
「……だから、責任をとって欲しいの。だって、あなたは、」
 両腕を突き伸ばした華奢な拳が膝のスカートを握り締めていた。唇を噛み締め、噛み付かんばかりに睨め付ける。誰もが恐れる荒くれ集団の頭目を前に引きも臆しもしないのは、最早 " 一人ではない " からか。
 砂塵にざらついた酒場の木床に、西日が長く伸びていた。全ての物が動きを止めた空間で、娘の肩の向こうに見える夕焼けの窓の外だけが、時折吹き行く突風にザワリと砂を巻き上げる。耳鳴りのような静けさが死に絶えた酒場を支配していた。輪郭さえも曖昧な影に溶け入りそうな暗がりの壁で、黄ばんだ紙に書かれた品書きがひっそり動きを止めている。
 涙をためた上目使いが非難と憎悪を突きつけてくる。硬く握った膝の拳を小刻みに震え続けさせているものは、怒りだろうか、恐れだろうか。訴えは言葉半ばで途絶えている。
「──だって、あなたはあの人達の、」
「わかった、もういい」
 ケネルは椅子を軋ませ、背を起こした。上着の懐を片手で探る。
 夕刻の寂れた大通り、シャンバールの熱風が乾いた大地を浚っていく。閑散とした未舗装の通りの細かな砂塵を、突風が荒っぽく吹き上げていった。
 
 
 
 
 

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