■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 interval 〜業 〜
( 前頁 / TOP / 次頁 )
風の音だけが騒がしい。ざらついた木床に、塗装の剥げた古い木枠がひっそり影を落としている。
砂塵で汚れた窓硝子が暮れゆく西日に照らされていた。開け放ったままの戸口の先、窓の向こうの街路は無人だ。向かいの店の剥げかけた壁と、錆びついた入口の看板を、鮮やかなオレンジの夕陽が白々鈍く照らしている。
立ち込め始めた夕闇の中、人けない荒れた酒場の片隅で、ケネルは暗がりのテーブルに腕を置き、女の訴えを聞いていた。連れてこられた向かいの娘は、俯いた顔半分を窓から射し込む鮮やかな夕陽に照らされて、指が食い込むほどにきつくスカートの膝を握りしめている。テーブルの上には、グラス一つ出ていない。店内はひっそり暗がりに沈んでいる。そこには客の姿はおろか店主の姿さえも見当たらない。このシャンバール西南部・サランディー地区は熾烈な戦禍の渦中にある。
少し身じろいだだけで娘が過剰に反応するので、ケネルはなるべく恐がらせぬよう注意を払って接していた。殺気立った喧騒の中、行き過ぎる数十もの息荒い馬群に危うく撥ねられそうになりながら、戦場を彷徨っていたのだという。一人で抗議に来たというなら、親類も既にないのだろう。この国に孤児は珍しくない。
仕事場に突如現れたのは、子供といった方が早いくらいの年若い娘だった。シャンバール人特有の小麦色の細い手足に色褪せた木綿のワンピース。赤いリボンでまとめた髪、気の強そうな黒い瞳。まだ華奢な体つきながらも、娘は背筋をまっすぐ伸ばし、射抜くような瞳には一歩も引かぬ強い意志を宿していた。碌に食べていないのか痩せ細ってはいるものの、言われてみれば、下腹の辺りだけはやや突き出ているようにも見受けられる。
「……だから、責任をとって欲しいの。だって、あなたは、」
両腕を突き伸ばした華奢な拳が膝のスカートを握り締めていた。唇を噛み締め、噛み付かんばかりに睨め付ける。誰もが恐れる荒くれ集団の頭目を前に引きも臆しもしないのは、最早
" 一人ではない " からか。
砂塵にざらついた酒場の木床に、西日が長く伸びていた。全ての物が動きを止めた空間で、娘の肩の向こうに見える夕焼けの窓の外だけが、時折吹き行く突風にザワリと砂を巻き上げる。耳鳴りのような静けさが死に絶えた酒場を支配していた。輪郭さえも曖昧な影に溶け入りそうな暗がりの壁で、黄ばんだ紙に書かれた品書きがひっそり動きを止めている。
涙をためた上目使いが非難と憎悪を突きつけてくる。硬く握った膝の拳を小刻みに震え続けさせているものは、怒りだろうか、恐れだろうか。訴えは言葉半ばで途絶えている。
「──だって、あなたはあの人達の、」
「わかった、もういい」
ケネルは椅子を軋ませ、背を起こした。上着の懐を片手で探る。
夕刻の寂れた大通り、シャンバールの熱風が乾いた大地を浚っていく。閑散とした未舗装の通りの細かな砂塵を、突風が荒っぽく吹き上げていった。
オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》