CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 interval 〜焦土〜
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 赤髪の男は気付いていた。ふわり、と "アレ" が舞い降りたことに。
 もっとも、それについては向こうも先刻承知だろう。足音はさくさくと、まだ熱い瓦礫を踏み締めて、赤髪の男の背に近付く。目前に広がる凄惨な光景を眺めたままで、赤髪の男は声をかけた。「人間てのはしぶといな。殺しても殺しても湧きやがる。なんだって、こんなにウジャウジャいるんだかな」
 瓦礫を踏む足音が止まった。
「初めにいたのは一人だけじゃ」
 悠然と応えたのは鈴を振るような涼やかな声。赤髪の男は隠しに手を入れたまま振り向きもしない。その背で言った。「珍しいじゃねーかよテンポー。お前が " こんな所 " に来るなんて」
 テンポーと呼ばれた小柄な白装束の少年は、皮肉を含んだ砕けた挨拶にも全く取り合う風もない。
「我は " 人 " を自国に住まわせ、生きるに必要な物は全て与えた 。" 人 " を慈しみ、育んだ。しかし、生き物というのは不死ではないから、やがては老いて死に至る。" 人 "が死ぬ都度、我はとても悲しんだ。そこで、新たな" 人 "は自ら増えるように創った。命が終わりに近付くと、己自身を生み出すように」
「つまり、そいつは "女 " だな。産むのは女にしか出来ねーからな」
 赤髪の男はおどけて冷やかす。テンポーは一瞥で受け流した。
「" 人 " との別れはなくなった。そうして我らは楽しく過ごした。しかし、ある時、我が他国を訪っている内に、自国で酷い天災が起こったらしい。しばらくしてから戻ってみると、自国は凄まじく荒れていて、" 人 "が二人に殖えていた。初めは次の体を生んだのだろうと思ったが、殖えた方の人間は様子が少し違っていた。頭が一つ、手足が二本、指の数も同じだが、明らかに" 人 " とは別の個体だった。己の生存の危機を感じて、性質の異なる別種の個体を生み出した、という事らしい。生き残る術を手分けしてより多く集める為に」
「別の個体と何故分かる」
「新たな個体には、体外に生殖器官が付いていた。収集した生き残る術を元の体に伝える為に、そういう風に創ったのだろう」
「つまり、そいつが "男 " ってわけかよ」
 おどけた合いの手を、テンポーは無視した。
「新しく生まれた二番目の人間は、己を生み出した" 人 " に執着した。" 人 "の方も、二番目の人間をこよなく愛した。我と二人は仲良く暮らした。二番目の人間は " 人 "よりも頑丈な皮膚と強い力を持っていた。身の危険を察した " 人 " が、荒ぶる世界に適応すべく強固に作った結果だろう。二番目の人間は、より遠くまで歩く事が出来、より高く飛ぶ事が出来、先々で見聞した生き残る術を " 人 " に伝えて分かち合った。しかし、己自身を生み出すことは出来なかった。ならば、時が至れば死んでしまい、すっかり、いなくなってしまう。その日が到来する事を " 人 " は嘆き悲しんだ。世界に一人取り残される事に " 人 " は恐れおののいた。
 やがて、再び人間が生まれた。それは " 人 "と異なり、二番目の人間とも異なっていた。二番目の人間がそうした能力を欠く為か、三番目の人間も自身を生む事はやはり出来なかった。
 二番目の人間は、先々で見聞きしてきた生き残る術を " 人 " と三番目の人間に伝え、我と三人は仲良く暮らした。それを二番目の人間が三番目の人間に伝えたことで、やがて、三人とは又別の四番目の個体が生まれた。" 人 "と彼らの営みは、その後も永々と繰り返された。" 人 " は自身を生み続け、二番目以降に生まれた個体達は、己とは異なる新たな個体を多く生み出し、民草の数は増えていった。そして──」
「何故、そんなお伽話を俺にする」
 赤髪の男が苛立った様子で遮った。「ガキの遊び場には向かねえ場所だぜ。そんな寝言をほざく為に、わざわざ出向いた訳でもあるまい。俺に話があるんじゃねーのか」
 燻る黒煙と凄惨な血海。累々たる屍の山。荒涼と焼け落ちた駐屯地の光景を、赤髪の男は眺めやる。
「戯言ではない。民の歴史じゃ。生きる者は須らく "生きて在る為に " 生きている。それ故、種を取り囲む環境に常に有利に適応しようとする。そうした進化は生きとし生ける物の本能じゃ。一点より生じた " 生 " が徐々に加速して殖えてゆき、中心から最も離れた先端が、更に新しい個を生むべく今も触手を伸ばしている。それら全ては、つまるところ同じ者。人間とは "全てで一つの" 生き物なのだ。それをお前は、何故無体に殺してしまう。お前も同じ " 人 " であろうに」
「──へえ。俺は " 理の外にある " んじゃなかったか? そう言ったのはテンポー、確かお前だろ」
 赤髪の男は踏み出した。テンポーは素気なくそれを制止する。
「まだ、我の問いに答えておらぬ」
 赤髪の男は足を止め、だが、肩を竦めただけだった。
「この地はお前の糧ではないのか。世界を紡ぐ民草を、執拗に殺して何になる」
「話してきかせる義理はねーよ。だが、まあ、こんな所まで出向いてきたんだ。褒美に少しだけ教えてやろう。敢えて言うなら、」
 己が手になる殺伐と枯れ果てた光景を眺めて、赤髪の男は夢見るように薄く笑った。
「" 違う世界 " を見たいから」
 
 
 
 
 

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