【ディール急襲】 第2部4章opening 〜光の庭〜

〜 ディール急襲 第2部4章 〜

 
 
 街外れの瀟洒な館、その奥まった緑の庭には、うららかな陽が射していた。
 みずみずしく木立はそよぎ、軽やかな声で鳥は歌う。緑豊かなこの庭の、いつもの見慣れた光景だ。
 だが、今日は様子が異なった。
「こら! お前ら、何をしている!」
 偶然通りかかった老執事は、それを見て目をむいた。いつの間にか、奥まった庭に、妙な輩が入り込んでいるではないか。
 三人もの若い男だ。
 ある者は青銅のガーデンテーブルに、ひょろ長い足を行儀悪く投げ、ある者は植木鉢あふれる緑の庭をうろうろ徘徊、そして、はた又ある者は、開け放ったテラス戸にもたれ、涼風吹きこむ主の居室を物珍しげに眺めている。
 直ちに退散させるべく、執事はシッシと手を振った。「さっさと出て行け! さもないと──!」
「つまみ出すってか」
 この庭の女主と共にガーデンテーブルについていた、うなじで長髪をくくった男が、青銅の椅子の背にかったるそうに腕をかけた。「いーのかよ。俺ら、奥方様のご友人よ?」
「──お、奥方様の?」
「そっ!」
 男はぷらぷら靴先を揺らす。北カレリア広しといえども、その名で呼ばれる者は、一人しかいない。クレスト宗家が先に迎えた例の話題の問題児、公爵夫人エレーン=クレスト。
 いや、しかし、──しかしである。見知らぬ三人の闖入者を、呆気にとられて執事は見た。「お、奥方様の……こ、これがご友人……?」
 なんと柄の悪い。てか、まんま遊民。
 もっとも、常に物議をかもす札付きの奥方。あながち、ありえない話でもない。頭をかかえたくなるような悪評さくさく。「使用人の反乱を先導し(やがっ)た!」 から 「やくざな遊民集団を率いている!?」 まで彼女のゴシップで上流階級はもちきり。先の戦で彼女に喝采を送ったのは、市民や商人の、いわゆる街の庶民だけだ。ちなみに最新のゴシップは 「遊民の一人と駆け落ちした──!?」
 館の主サビーネは、大きく目を見ひらいた。「まあ、エレーンさんのお友達でしたの」
「「「 うんっ! 」」」
 庭に散った面々は、ここぞとばかりに良いお返事。もっとも、かの奥方に三人が声をかけたのは、天幕群を奥方が訪れ、挨拶に来た時一度きりだが。しかも、その他大勢の一人として。
 サビーネは隣に微笑みかける。「そうでしたの。エレーンさんは、とても気さくな方ですものね」
 にっこり意図なく援護射撃。卒倒寸前の執事を見やった。「アンダースンさん、お茶の用意をお願いね。あのお菓子をお出しして」
「しかし、奥様、この者たちは……」
 黒服の執事アンダースンは、ちらちら見やって、おろおろ渋る。だが、軽い溜息で諦めて「はい、ただいま」と引き下がった。サビーネはうきうき振りかえる。「お名前を伺ってもよろしいかしら」
 隣の席の引っつめ男が、己を指さし、乗り出した。「俺っち、アルドね、ア・ル・ド!」
 にへら、と笑ったその顔は、既にとろけそうに緩んでいる。怪訝そうに植木を見ていた左で前髪を分けた男も、戸惑ったように目を戻す。「……ベルナルディ」
 白シャツの前を大きく開けた緩いウエーブの黒髪が、もたれたテラス戸から背を起こし、ガーデンテーブルに歩み寄った。「俺はシモーネ。どうぞよろしく、お姫様」
 青銅の卓に指先をつき、サビーネに素早く片目をつぶる。
「わたくしは、サビーネ=ブランジェと申します」
 両手をスカートの膝に置き、サビーネは楚々として頭を下げた。涼やかな視線を巡らせる。「アルドさま、ベルナルディさま、シモーネさま」
「「「 は、はいっ! 」」」
 だらけた態度の三人が、ピンと直ちに背筋を伸ばした。ちなみに、宗家の奥方様には畏れ多くも"さん"付けだったが、お気軽遊民三人衆には、最上級の"さま"付けである。もっとも、サビーネは姿勢も正しく腰をかけ、にこにこ客を見回しているので、当人に違和感はないらしい。白シャツのシモーネに声をかけた。「素敵なお召し物ですこと」
「そ、そう?」
 右隣の椅子を引きつつ、シモーネは引きつり笑いで首を傾げる。正真正銘、普段着である。
「どうぞ、おかけになって。ベルナルディさま」
 やんわり着席を促され、植木を見ていたベルナルディも、あたふたテーブルに駆けてくる。サビーネの左隣に抜かりなく陣取ったアルドは、すでにどっぷり寛いだ面持ち。サビーネから時計回りに、アルド、ベルナルディ、シモーネの席順である。思い出したような顔つきで、アルドが上着の懐を探った。「そうだ。あれがあったっけな。──はい、土産!」
「おみやげ、わたくしに?」
 サビーネは戸惑ったように左を見る。アルドはにんまりと笑った。「そりゃ、手ぶらじゃ来れねえよ。俺っち、こう見えても常識人よ? こんな上品な屋敷に来るのに、そんな無礼は働けねえって」
 白い小袋を取り出して、サビーネに差し出す。「さっき、持ってくるって言っただろ」
「嬉しいわ。──まあ、食品かしら」
「食い物?……うーん、まあ、食えるっちゃ食えるかな」
 三人は腑に落ちなそうな顔つきだ。いそいそサビーネは袋を覗き、三人に顔をほころばせた。「さらさらしていて、とてもきれい。これでケーキを焼いたら美味しいでしょうね」
「ケーキ?──うーん、まあ、そうかな」
 紙袋の中身は白い粉末。
 やはりどうにも釈然としない様子で、三人は後ろ頭を掻いている。悩ましげなその顔曰く、そんな物を食した日には、
((( たちどころに昇天してしまいそうだが── )))
 静かな庭に視線を走らせ、アルドがサビーネの肩を抱いた。曰くありげに耳元でささやく。「ここだけの話、こいつは"トラップ"っつって、滅多に手に入らない上物だぜ。けど、あんたは特別だ。さ、受け取ってくれ、俺らの気持ちだ」
「まあ、嬉しいわ」
 こそこそ人目を憚るあたり、怪しい雲行きもいいところだが、なにせ生粋のお嬢様。人を疑うということを知らない。恐縮したように訊き返した。「でも、よろしいのですか、そのような貴重な物を頂いてしまっては──」
「いいっていいって! あんたはそんなこと気にすんなよ。ほんのお近づきの印だって〜」
 三人は全力で受領を促す。気後れしがちなベルナルディまでもが、向かいで席を立ちあがる。むしろ、何気に一番熱心だ。「あ……」と気付いて、すとん、と気まずげに着席したが。
 サビーネはにっこり微笑んだ。「皆さま、どうもありがとう」
「「「 どう致しまして! 」」」
 三人一斉に身を乗り出す。三人それぞれ己への謝辞と受け取ったようだ。
 
 頬杖をついた三人は、でれでれ幸せそうに眺めている。とろけそうに緩んだ顔は、夏日にのぼせたせいばかりでもあるまい。
 チチチ……と木立で鳥が鳴き、梢がさわさわ風になびいた。
 うららかな沈黙が庭に流れる。こほん、とサビーネは咳払い。「あ、あの──」
「「「 なに? 」」」
 三人はへらへら、うつろなお返事。
「あ、あのっ」
「「「 ……んー? 」」」
 しかし、やはり、のれんに腕押し。サビーネはにこやかに微笑みつつも、居心地悪く固まった。
( ……なぜ、上手にお喋りできないのかしら )
 せっかく出向いてもらったのに、話がさっぱり弾まないのだ。いや、次になんと言えばいいのか、そこからして分からない。
( 変ね。ファレスとなら、楽しくお喋りできるのに )
 訝しい思いで首をひねり、ようやくサビーネは気がついた。あのファレスが話題を提供していたことに。それでいて自分ばかりが喋るでもなく、むしろ無口な方だろう。それでも、興味を引きそうな話題を心得ていて、取っかかりを与えてくれる。だから話し下手なサビーネでも、構えることなく話すことができた。
 世間知らずなサビーネが、話に付いてこられなければ、さりげなく話を替えて、巡り歩いた各地の話など、ぼちぼちと話して聞かせた。特に話さず黙っていても、決して居心地は悪くなかった。
 時間はゆったり過ぎていき、彼は黙って庭を眺め、紅茶をすすり、帰っていく。ただそれだけの、けれど不思議に満たされた日々。初めの内は、ろくに会話にならなかったが、それでもファレスは、毎日庭を訪れた。おそらく、一人でいるのを気にかけて。
 三人はテーブルに肘をつき、えへえへでれでれ眺めている。だが、この彼らはファレスとは違う。これでは、やがて退屈する。そうしたら、二度と来なくなる──。
 ごくり、とサビーネは唾を呑む。寒々しさがこみ上げた。それだけは断じて避けたい。なけなしの勇気を振り絞り、やっと得られた友なのだ。けれど、接点がなさすぎて、話の取っかかりさえ浮かばない。
 せめて、親愛の情を示し、三人に向けて、とりあえず笑う。
 
 きょとん、と三人は瞬いた。
((( ……なんだ? )))
 なぜ笑う。
 今、何かあったかな、と三人それぞれ、きょろきょろ見回す。だが、異変はどこにも見つからない。
 腑に落ちなさに首をひねり、頭を掻きつつ、あいまいに笑顔。
((( なんだか知らないけど笑っちゃえ )))
 かわいいから。
 合縁奇縁のこの催し、すでに「サビーネ鑑賞会」と化した観がある。
「よ、こんちは」
 ぎょっとして三人は、唐突な挨拶に硬直した。なんとも聞き知ったこの声は……
 嫌な予感に苛まれ、おそるおそる振り返る。声がしたのは、庭を囲う鉄柵の方向。
 その頂きに人影があった。高い鉄柵を乗り越えようとしているのは、決して見習いたくない件のファッション。そう、あれを見紛うはずもない。目立つことのみを目的とした原色ど派手なあの格好、あれは──
「「「 ぞ、族長代理っ? どーしてそこに! 」」」
 内緒で来たのに。
 ちなみに、庭と裏道を隔てるこの鉄柵は、大人二人分の身長を優に超えるが──。
 かの族長代理、ローイ=クレバンスその人は、そんな障害なんのその、にょきっと青空にかかとを突き出し、鉄柵の頂をまたぎ越える。
 ひらり、と華麗に飛び降りた。その身軽なこと身軽なこと。夜には何か又別のやばい商売でも営んでいるのではないかと本気で勘ぐりたくなるほどだ。
 あぜんと呆れて、シモーネが訊いた。「それにしたって、なんだって、そんな所から」
 パンパン両手をはたきつつ、あん? とローイが目を向けた。
「どうせ鍵かかってんだろ、正面は。つか、それなら、お前ら、どこから入った?」
「どこって、そこから」
 当然至極の顔つきで、三人は「そこ」と指さした。ぽっかり丸く、くり抜かれている。分厚い緑の生垣が
 顔をしかめてローイは舌打ち、一同が着席した青銅のテーブルへ、ぶらぶら歩く。「ひと様の庭を壊すんじゃねえよ」
「だってよ、門の方は、見張りのおっちゃんが、おっかねえ顔で立ってたし」
 サビーネの横でふんぞり返ったアルドが、肩をすくめて言い返す。その当のサビーネは、椅子の背をつかんだままで、ぽかんと口を開けて硬直している。
 庭の端に寄せてあった椅子を、愛想笑いでローイは取りあげ、ずかずか遠慮なく歩み寄る。サビーネにたかる三人を睨んだ。「抜け駆けしようったって、そーはいかねーよ」
 アルドとベルナルディを左右に押しのけ、サビーネの真向かいに椅子を据えた。
「やー、どーも。遅くなっちまって」
 そつなく場に割りこんで、にっこりサビーネに笑いかける。族長代理、お茶会に乱入。ちなみに、他人の家でもお構いなし。
 はた、とサビーネは気がついて、隣のアルドにおどおど尋ねた。「──あの、こちらは?」
「あ、俺? ローイってんだ。ローイ=クレバンス。北の天幕群の族長代理。よろしくな!」
 アルドが口を開くより早く、すかさず当人が問いに答える。
「……はあ。ゾクチョウダイリ、さま?」
 からから大らかにローイは笑い、ふんぞり返って足を組んだ。「そーだなァ。ま、言ってみりゃ、こいつら率いる指揮官ってとこ?」
「ゾクチョウ、ダイリ、さま……」
 サビーネはたおやかに、未だに小首を傾げている。
「……そ。族長代理」
 ローイは詰まって、引きつり笑顔。居心地悪げに、そわそわもぞもぞ。張り切って名乗りをあげたは良かったが、なにかやたらと反応が鈍い。
 固まっていたサビーネが、大きな眼(まなこ)を瞬いた。
「ゾクチョウ代理さま! お目にかかれて嬉しゅう存じます」
 にっこり笑顔で頭を下げる。やっと納得したらしい。
 
「ね、ご覧になって。わたくし、こんなに良い物を頂きましたの」
「ふーん、どれどれ」
 抜け駆けした三人に (ち! この点数稼ぎどもが!) とガンをくれ、ローイは向かいに目を戻す。
 しなやかな白い手が差し出したのは、手のひらにのるほどの紙袋。ちなみに、気紛れで追跡したので、自分は手ぶらこの上ない。
「ね、きれいでしょう、ゾクチョウ代理さま」
 受け取りかけた手を止めて、ローイは嘆かわしげに溜息した。ちら、と向かいの顔を見て、卓で手を組み、にっこりお願い。
「悪いけどさ、名前で呼んでくんない? 息が詰まる」
 それではあまりに他人行儀だ。「ローイ」とフレンドリーに呼んで欲しい。こんなかわいらしい姫なら特に。
「お名前で? ですが、あの──」
 サビーネは胸で手を握り、困惑した面持ちだ。どうしてなんだか、是非とも役職名で呼びたいらしい。
 真綿で包まれるような気後れを破壊し、ローイは気やすく手を振った。
「俺、ローイっての。そっちで呼んで」
 もじもじサビーネはためらって、だが、元が素直な彼女のこと、踏ん切りをつけたように顔をあげた。
「はい、ローイさま、、!」
 がっくり、ローイは頭をかかえた。そう、確かに間違ってはいない。けれど、なんというか──
 ふと、瞬き、じっと見た。
「──あんた、俺と会ったことないか?」
 サビーネはゆっくり小首を傾げる。
「いえ、初めてお会いすると思いますが」
 アルドが「──代理、代理」と袖を引いた。
「ちょっと手が古いっすよ」
「──そんなんじゃねえよ。確かに、俺は……」
 憮然とローイは言い返し、だが、腑に落ちない顔で首をひねった。どうも、以前に会った気がする。なのに、彼女は覚えていない。相手の記憶に残らないことなど、ローイには皆無といっていい。
 先の袋を何気なく覗いて、ふと眉を曇らせた。「──あんた、これ、誰にもらったって?」
「はい。そちらのアルドさまに」
 あわててアルドを振り向いた。
「てめえら! なにしてんだ! 滅多なもん渡してんじゃねえよ!」
 ゴンゴンゴン──! と三つの頭を拳固で連打。
「……でもォ、族長代理。俺らのを分けてやる分には問題ないだろ。ガメた訳じゃねえんだし」
 涙目で頭をすりすりし、三人はそれぞれ不服顔。ローイは苛々睨めつけた。「なに考えてんだスットコドッコイ! こちらは堅気でいらっしゃるんだぞ!」
 サビーネは驚いてしまったらしく、おろおろ三人を窺っている。戸惑ったように手を伸ばし、ローイの袖を遠慮がちに引いた。「あの、やはり頂戴したいわ。せっかく皆様に頂いたのですもの。このきれいなお砂糖で、わたくしお菓子を作ろうと──」
「だめっ! 絶っ対にだめっ!」
 麻薬だっちゅーの!
 両手で卓を叩かんばかりに、ぐい、とローイは顎を出す。
 だが、サビーネはぱちくり瞬くばかり。土産を没収された三人は、ふんぞり返って不貞腐っている。その顔曰く、自分でも滅多に味わえない高級品とっておきを、このお姫様に分けてやる――それの何が悪いのだ。つまり、最上級の好意の表明。
 アルドが舌打ちで、そっぽを向いた。「あーあ、せっかく喜んでたのに。なんだよ、自分が手ぶらだからって、こっちの土産にケチつけなくても」
「そーじゃねえだろ! 頭を冷やせ!」
 もう一発、拳固を見舞って、ローイは向かいを盗み見た。すっかりむくれた三人を、サビーネは気遣うように覗いている。本人も残念そうな面持ちで。
( ……面白そうだから、くっ付いてきたが )
 後をつけてマジ良かった……とローイは密かに胸なで下ろす。
 こんな物騒な代物を、平気で渡す三人も三人だが、このぽやんとしたお姫様の方も、天上知らずの世間知らずだ。とはいえ、まさか、こんなとんでもない事態に陥ろうとは。たじろぎ、ちら、とサビーネを見る。
( 危なかしくって、しょうがねえ…… )
 顔はかわいいが、頭は危うい。
 サビーネはおろおろしながらも、何がいけないのか、さっぱりの様子。これではまず間違いなく、悪の道へとまっしぐらだ。決心せざるを得なかった。ここは一番、俺が守ってやらねば、と。
 
 掲げ持ったトレイには、湯気を立てる四人分の紅茶と、銀皿に盛った高価な菓子。
 執事は姿勢も正しく歩を運び、和やかな緑の庭へと、恭しく目を向ける。ふと、立ち止まって瞬いた。
「……ひー、ふー、みー……」
 両手がトレイでふさがっているので、頭数を顎先で確認。ぎょっと顔を引きつらせた。
 増殖してる? 何か別のが紛れている! そういえば、奇妙にド派手な長髪が一匹!
「お前は誰だっ!」
 とっさに、執事は糾弾した。さっきまではいなかった。見落とすはずないあんなもの! 勢いあまって主を睨む。「奥様、こちらは!」
 盆を持つ手が、ふるふる震える。この調子で増殖したら、遊民の溜まり場になってしまう! 
 にっこりサビーネは紹介した。「ええ、こちらはゾクチョウ代理さまで──」
「"ゾクチョウ代理"とは何者ですっ!」
「……あ、あの」
「あー、俺? 俺はエレーンちゃんのおトモダチね、おトモダチ」
 腕を椅子の背に持たせかけ、ふんぞり返って当人が笑った。「ローイっての。よろしくな」
「嘘をつけっ!」
「嘘じゃねえって。ローイだよ」
「──そっちじゃない!」
 誰が名など訊いている! 執事は爪先立って怒鳴り返した。「何者なんだ! 何が狙いだ!」
「だから〜。おトモダチって言ってんだろー? 言っとくけど俺、エレーンちゃんとはトランプして遊んだ仲よ?」
 ピキリと額に青筋をたて、老執事は硬直した。直立不動で、ふるふる震える。絶対、嘘に違いない。コケにするにも程がある! 怒鳴り返すべく、口をあけ、
 くるり、とサビーネが振り向いた。
「まあ、素晴らしいわ、ローイさま。わたくしはまだ、ご一緒したことはありませんの」
 羨望の眼差しで、うっとり賞賛。
 へ? とローイは瞬いて、「それがさー、エレーンちゃんの方からウチに来てさ〜──」と当時の経緯を物語る。
 わいわい一同、盛り上がる中、執事は黙って立っていた。
 主の無邪気な援護射撃に、又も引き下がらざるを得ない状態だ。屋敷に篭っているせいか、この女主は世事にうとい。いや、うと過ぎる。
 とはいえ、ディール襲来のあの折りには、不在の領主に成り代わり、奥方が指揮を執ったやに聞いているし、その際には遊民たちが、街を防衛したとも聞いている。ならば今の「奥方様とオトモダチなの〜」との胡散臭いたわ言も、あながち嘘とも言い切れない。むしろ、うっかり粗略に扱った日には、どんな叱責を受けぬとも限らない。相手はなんといってもクレスト宗家。この女主の実家などとは──雇用先の一商家などとは、まるで格が違うのだ。
「……ごゆっくり」
 執事は慇懃に頭を下げた。
 連中の容疑は限りなく黒だが、そそくさ立ち去り、庭の笑い声を後にする。
 遅れたきた客人のために、紅茶の追加を用意せねばならない。
 
 三人の真ん中に割り込んだローイは、彼らを小突いて笑っている。彼は皆の中心になり、率先して喋るタイプだ。屈託のないその笑顔で、サビーネにも話を振ってくれる。
 サビーネは幸せな気分で微笑んだ。
 自然と仲間に入れてもらって、気詰まりが嘘のようだった。ファレスとはタイプが異なるけれど、彼らといるのも又楽しい。
 晴れ晴れとした気分で木漏れ日を仰げば、緑の梢がさらさらなびいた。(よかったね)と喜んでくれている。このささやかな幸福を。
 日ざしが注ぐうららかな午後、競って話しだした皆に囲まれ、サビーネは心底満ち足りていた。
 頬杖で、にこにこ話を聞きつつ、うふふ、とサビーネは一人微笑む。
( ねえ、ファレス。ご覧になって )
 わたくし、素晴らしい宝物を手に入れたわ。
 
 
 

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