CROSS ROAD ディール急襲 第2部 4章 1話
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 開け放ったテラスの向こうに、瀟洒な造りの東屋あずまやが、ほの白く見えていた。
 宵闇に沈む薔薇園には、所々灯りがともされ、幻想的な趣きをかもしている。
 なめらかに流れる弦の調べが、優美な旋律を奏でていた。型通りの微笑とさざめき。口元へとグラスを運ぶ、ゆるやかな動き。テラスを開け放った大広間では、イブニングドレスと燕尾服の紳士淑女が談笑し、大勢の黒服が姿勢も正しく、きびきび立ち働いている。
 社交界シーズン真っ盛り。クレスト領家に連なる主だった貴族が、ここ北カレリアの地に集っていた。
 領邸のある北方は、冬の寒さが厳しいために、貴族達は冬ともなれば、本邸のある南の領地に引き揚げてしまう。それ故、北カレリア地方では、過ごしやすい冷涼な夏が、社交界のシーズンだ。
 ホールは和やかなざわめきに満ちていた。優雅にゆったり談笑する中、笑みの口元を扇で隠し、客の間を渡り歩いているのは、夜会の主催者チェスター侯爵夫人である。美しく整った短めの髪、切れ長がちの目、気品あふれるすっきりとした面差し。三十路を越えたこの細身の貴婦人は、北カレリアの社交界を牛耳る、いわば社交界の女王である。
 館の当主グレッグ=チェスターことチェスター候は、館内のざわめきに一人背を向け、夜のテラスに佇んでいた。その視線の先は、手入れの行き届いた自慢の薔薇園。随所に配した青銅のベンチ、蔓薔薇を這わせた瀟洒なアーチ、高貴なる面持ちの白い彫像──。風流人を自負するチェスター候は、美しいものを愛している。絵画、彫刻、音楽、舞踊、そして、庭に広がる薔薇園こそが、その美学の具現の最たるものだ。だが、
「……おお、ジュリエンヌ」
 チェスター候は慨嘆する。
 この屋敷の美しい庭には、あるとあらゆる薔薇があった。清廉な白、情熱の赤、優しい薄桃、陽気な黄、だが、この華やかな色彩の中にも、未だ足りない色がある。青である。青い薔薇を咲かせることは、薔薇愛好家の間で、長らく悲願とされてきた。そして、長年の苦労と研究の末、チェスター候は先日ついに、この快挙を成し遂げたのだ。
 ところが、である。
「残念でしたね、あの薔薇は」
 労わりを含んだその声に、チェスター候は振り返る。
 品の良い笑みを頬にたたえて、細身の青年が立っていた。肩にまで届く薄茶の頭髪、招待客の紳士と同じくホワイトタイに燕尾服。銀盆を片手で掲げ持った給仕から、グラスを二つ受けとって、テラスで佇むチェスター候に歩み寄る。
 優雅な仕草で一つを差し出し、彼の隣に、微笑んで並んだ。青年の視線の後を追い、チェスター候は苦笑いする。「……済んだことだ。今さら言っても仕方があるまい」
 薄闇に沈む薔薇園の隅に、立ち枯れてしまった一角がある。チェスター候の溜息の種だ。
 そう、ようやく開いたその花も、夢まぼろしのごとく消えてしまった。青年の心遣いに、チェスター候は笑みを作る。「お楽しみ頂いているかね、ラッセル伯」
「ええ、素晴らしい夜会ですね。侯爵夫人もお美しくて」
 青年貴族は優美に微笑み、そつなく返す。
 少し前に、伯爵領を継承したエルネスト=ラッセル、その人である。都会帰りのこの青年は、襲爵に伴い商都から帰郷するなり、洗練された身のこなしと生来の甘い顔立ちで、貴婦人方からの熱い眼差しを、瞬く間にさらってしまった。
 ちなみに、チェスター候は彼とは懇意、むしろ、身内も同然の間柄だ。幼少の折り、弟ダドリーの遊び相手を務めた彼は、頻繁に領邸に出入りしていた。そして、美しいもの好きのチェスター候は、そつなく流麗なこの彼が、当時から、大のお気に入りである。
 灯りのともった幻想的な庭を、二人はゆったり眺めつつ、一しきり、雑談に花を咲かせる。
「時に、チェスター候」
 にっこり、ラッセル伯が切り出した。「私はこちらへ戻ったばかりで、あの方とは未だご面識がありません。私にもご紹介頂けないでしょうか」
「はて、どなたのことだろうか」
「ええ、サビーネ様を」
「──サビーネを?」
 ちら、と横目でラッセル伯はうかがう。「たいそう麗しいお方とか」
 チェスター候は、眉をひそめて目をそらした。この夜会に、彼女は出席していない。むしろ、どんな会にも顔を出さない。よって、彼女と引き合わせるとなれば、先方に出向く必要があるが、彼女の住まうあの館は、とある事情で・・・・・・男子禁制となっている。突然の申し出に、チェスター候は困惑する。「君は、会ったことはなかったかね」
「ええ、残念ながら。ダドリーは──いや、大公様は、未だに会わせてくれません。私もずっと、商都の方におりましたし」
「──しかし」
「この不穏な情勢では、お一人ではさぞ不安でしょう。私は彼女をお慰めしたい。そもそも、いかに美しいご婦人といえども、いつまでも籠の鳥というのでは、いっそ不憫とは思われませんか」
 チェスター候は苦々しげに顔をゆがめる。「──それには、いささか事情があるのだ」
「というと?」
 片眉をあげて、ラッセル伯は促す。チェスター候は観念し、溜息まじりに口を開いた。
 それは、突然始まった。
 彼女がこの街に転居して、数日が経ったある日のことだ。その日は豊穣祭のただ中で、ダドリーはふさぎがちな彼女を案じ、祭の人込みに連れ出した。そこで、とんでもない騒動が持ちあがったのだ。
 それは、彼女を見かけた青年達が、なんの前触れもなく豹変し、襲いかかるというものだった。すぐに館に避難するも、彼らは以降、サビーネを巡って争奪戦を繰り広げ、彼女は見境なく襲われ続けた。街を歩けば、街角から飛び出した若い男に、危うくさらわれそうになり、館の場所が知れるや否や、塀を乗り越え、侵入を目論む不逞の輩が後を立たない。果ては、付き人がわずか目を離した隙に、護衛にまで襲われる有様だ。すぐに捕えて詰問しても、正気に戻った護衛の男は、ただただ首をひねるばかりで、何も覚えていないのだという。そして、警邏が検挙した青年達にしても、そうした事情は同様だった。
 彼らは熱に浮かされたように街をさまよい、憑かれたように彼女を求め、恋敵を蹴落とすべく争った。その殺伐とした有様はさながら、繁殖期に入った獣の闘争を見るようだった。むろん、彼女が誘ったわけではない。そして、彼女の身分が領家子弟の寵姫と知れても、それで引き下がる者は、誰一人としていなかった。親が諌め諭しても、恋人が泣いて縋っても、一切聞く耳を持たなかった。
 青年達の豹変に伴い、街は次第に荒み始めた。彼らは顔をつき合わすごとにいがみ合い、互いの胸倉を掴み合った。目を血走らせた青年達が、石畳の歩道を闊歩した。その険悪な姿を見た途端、市民は脇に飛びのき、避難した。
 関係各所から報告を受け、領邸は大いに困惑した。この事態を重く見て、街外れにある現在の館に、彼女の身柄を密かに移し、彼女と顔を合わせる可能性のある男性という男性を解雇した。同時に、奇妙な騒動が表沙汰にならぬよう、噂の封じ込めにも躍起になった。この時期、唯一救いだったのは、日ごろ口さがない貴婦人方が、下々の騒動として興味を示さなかったことだろうか。だが、街での騒ぎを聞き及び、興味津々出向いた紳士は、あえなく狂騒の渦に絡めとられた。
 主であるダドリーは、彼女の安全を慮り、できるだけ外出せぬよう言い含めた。だが、高揚して我を失った青年達には、どんな対処も無駄だった。それは何かに操られてでもいるような、尋常でない騒動だった。興奮した陶酔は、やがて微量の狂気をはらみ、酒場での言い争いから乱闘になり、大規模な暴力沙汰へと発展した。その煽りで多数の怪我人が出、ついには死者を出すに至った。殺し合いにまで発展しかねぬ彼らの殺伐とした小競り合いは、街からサビーネが姿を消しても、異様な熱気をはらんで日夜続いた。あたかも、彼らの頂点に立つ最強の一人・・・・・を決めようとでもいうように。
 ところが、それから三月もすると、この騒動はぴたりと止んだ。徐々に収束したのではなく、不意に終止符を打ったのだ。操り人形の吊り糸が、ふつり、と唐突に断ち切れたように。
 以降、今現在に至るまで、街では何事も起きていない。こうした事件は、嘘のようになくなった。あれほど熱狂した青年達も、あたかも憑き物が落ちたかのように、なんの関心も示さなくなった。だが、サビーネはすっかり怯えてしまい、当時の言い付けを固く守って、未だ引き篭もったままなのだ。
「……傾国、というわけですか」
 ラッセル伯は呆気にとられて呟いた。"傾国"とは、つまり、絶世の美女の別名である。かつて、女の色香に迷った王が、国を滅ぼした故事による。
 チェスター候は苦々しげに眉をひそめた。「──まったく、とんだ傾国・・だ」
 訝しげに、ラッセル伯が見返した。相槌以上の別の含みを、今の反応に感じたようだ。その視線に気がついて、チェスター候はばつ悪そうに咳払いした。「いや、すまない。なんでもない」
 相手にそれと悟られぬほど、ラッセル伯はわずかに目をすがめ、だが、こだわるでもなく表情を改め、優美で柔和な笑みを作った。
「ますます興味深いですね」
 隣に立つ青年に、チェスター候は怪訝に一瞥をくれる。
 聞こえぬ振りでやり過そうとする逃げ腰の相手を逃がすことなく、ラッセル伯は真正面から相手を見た。
「それほど美しいご婦人というなら、是非ともご高誼に与りたい」
「──しかし」
 チェスター候は尚も渋った。こうした過去の経緯から、当のサビーネが歓迎しないだろうことは、火を見るより明らかだ。だが、そうした事情の一方で、このラッセル伯には負い目がある。
 シャンデリア輝くホールでは、今宵、社交界デビューを果した令嬢が、緊張に強張った面持ちで、紳士達と談笑していた。弟のダドリーが婚約を破棄した、彼の妹マルグリッドだ。そう、彼女がああも熱心なのは、結婚相手を見繕う必要があるからなのだ。
 貴族の結婚に、愛情などという要素はない。大切なのは、相手の家格と財産である。そして、結婚相手を捜しているのが令嬢の方であるならば、相手の紳士が嫡男であるかどうか、その点がとりわけ重要である。というのも、次子以下の紳士には、分け前が全くないからだ。
 ここ北カレリアでは、爵位の権威低下と所領の細分化を防ぐべく、父の遺産は嫡男のみが相続する。
 従い、その他次子以下は、わずかな生活費を拝受して、部屋住みの身分に甘んじる。そうした事情があるために、令嬢方は外見がいかに良かろうが、嫡男以外には目もくれない。次子以下と話をまとめても、なんの得にもならないからだ。よって、妙齢の令嬢と、その父親よりも年上の老男爵との婚約が整う、というようなことも、さして珍しい話ではなかった。
 となれば、次子以下の紳士達は、資産家の一人娘を、なんとか落とそうと躍起になる。そこに愛情の介在する余地はない。彼らにとっての結婚とは、生涯の食い扶持を確保するための、貴重な手段に他ならなかった。それは文字通り"生き残りを賭けて"の闘いなのだ。まして、平民の娘を相手に選ぶ、など論外といえる。
 ちなみに、現当主のダドリーは、無爵であった二年前から交際していた平民の娘を娶ったが、しかも、彼女は他家で働く使用人でさえあったのだが、この型破りな行動が、そうした通念を持つ貴族らの目に、極めて奇異に写ったのも、まったく無理からぬことだった。
 この割り切った結婚の、最大にして重要なる義務は、世襲制の維持──つまり、嫡男を得ること、これに尽きる。そして、義務を果した夫婦はそれぞれ、ようやく恋愛遊戯に打ち興じる、それが暗黙の了解だった。
 紳士達は若い愛人を密かに囲い、そうともなれば、夫人の浮気の近い恋愛遊戯にも、大抵の場合は寛容になる。スキャンダルになりさえしなければ、それで良いのだ。色恋に血道をあげる前に、彼らは貴族であり、その夫人なのだった。彼らにとって恋愛とは、あくまで遊びの範疇にあり、その確固たる地位を捨ててまで、成就するほどの価値はない。そして、野心を抱く青年貴族が、貴夫人宅を訪問し、恋愛遊戯に興じることも、やはり、ままある事だった。
 グラス片手に、ラッセル伯は夜の庭を眺めやる。「時に、サビーネ様のご実家は、かのブランジェ商会とか。商都の名立たる豪商ですね。しかし意外でした。あの方がまさか養女・・とは」
 チェスター候は戸惑った。「──そのような話を一体どこで」
「いえなに、先日ご一緒したご夫人が、寝物語に・・・・語って下さいましたもので」
 悪びれたふうもなく、ラッセル伯は笑う。チェスター候は苦々しげに眉をひそめた。「……ご婦人とは、まこと口さがないものですな。相手がその場にいないと見れば、たちまち、あることないこと言われてしまう」
「おとぼけになりますか」
 ラッセル伯は苦笑いする。穏やかに見返し、うかがうように小首を傾げた。「本当はご存知なのでしょう。興味が湧きましたもので、少し調べてみたのですよ」
 笑顔の端で一瞥、続ける。
「すると、どうでしょう。ブランジェ家には実子は二人、いずれも娘で、サビーネ様の姉君に当たる者達です。そしてそれぞれ、ラトキエ、ディールの遠縁に嫁いでいる。三領家に伝手を作るとは、商都の商人はさすがにあざとい」
 煌びやかなホールでは、華やかな歓談が続いている。グラスのない手を背に回し、その姿勢を正したままで、チェスター候はさりげなく周囲を見回した。「──すまないが、この話は内密にしてもらえないだろうか」
 ふと、ラッセル伯は振り返り、その目を大きく見ひらいた。
「もちろんですとも。宗家嫡男の母君が素性の知れない平民だった・・・・・・・・・・・・では、醜聞を招きかねませんからね。私も本意ではありません」
 心外そうな口ぶりの中にも、さりげなく脅しを紛れこませ、庭を眺めて目をすがめる。「そう、素性はどうあれ、今や嫡子の母君だ・・・・・・・・
 にっこり笑い、チェスター候を振り向いた。
「ご安心下さい。ご一緒したご夫人にも、その旨、ご納得頂いております」
「……それでは、君が口止めを?」
「そんな無粋な真似は致しません。なに、調査結果を、逆にしてお伝えしたまでですよ。こちらで改めて調べたところ、そのような事実はなかった・・・・、とね」
 造作もない、というように、ラッセル伯は肩をすくめた。「つまらぬ噂や中傷のたぐいは、これでたちどころに消えるでしょう。ご婦人方は皆さま概して飽きっぽい。まして、懇意でもない方のことなど、とうに忘れておいででしょう」
 チェスター候は口をつぐんだ。煌びやかなホールでは、ラッセル伯の妹マルグリッドが、気丈にも笑みを振りまいている。だが、ああして社交に励みつつ、どれほど肩身が狭いだろう。彼女が婚約を破棄された経緯は、ここの誰もが知る周知の事実。現に彼女の父親は、心労のあまり寝付いてしまい、譲位するまでになっている。まして、かよわい令嬢の身ならば、その心中は如何ばかりだろう。
 彼女の兄たるラッセル伯に「是非に」と乞われた頼みなら、無下にはできない事情があった。
 何より彼には、当のサビーネの素性について、弱みを握られてしまっている。渋々ながらも、チェスター候は頷いた。「──連絡を、とってみるとしよう」
「ご厚意に感謝します」
 ふわりと薄茶の髪をゆらして、ラッセル伯は微笑んだ。
 
 
 
 内海からの潮風に吹かれて芝の上に足を投げ、ギイは煙草をふかしていた。
 ノースカレリア旧港湾地区、廃倉庫群の片隅にある「無限の終わり」の裏口である。
 かつて船乗りで栄えたこの酒場は、店舗を引き継いだ現店主の分け隔てのない経営姿勢と、商業・住宅区域から、ぽつんと一つだけ隔絶された、街外れの立地から、仲間内の溜まり場になっている。
 この酒場の裏手からは、内海の激流が見渡せた。右手には、寂れた建物群が、人けなく、延々と続いている。これらの石造りの建物は、その全てが廃倉庫。貨物保管庫として建設されたが、内海が荒れ、水位が著しく下がったために、港が機能しなくなってしまった。
 酒場の壁にひとりもたれて、ギイは目をすがめて視線を凝らす。急流渦まく霧深い内海、見渡すかぎりの夏の青空、潮の香り、内海の轟音──そこに、気配が入り交じった。店の側面を回り込み、誰かが、こちらにやってくる。
「頭(かしら)、こんな所にいたんですか」
 聞き慣れた声が、呆れたように呼びかける。
「あこぎな国だと思わないか、カレリアは」
 空と海とを眺めたままで、ギイは振り向きもせずに声に応じた。
「──なんすか、いきなり」
 ぶらぶらこちらに歩いてくるのは、禿頭に丸眼鏡の野戦服、ギイの部下、アルチバルドだ。
「なに、この世の無情に・・・、虚しい想いを馳せていたのさ」
 膝を立てて、腕を置き、ギイは気怠い横顔で、紫煙を吐いた。
「ここノースカレリア港は、この国のかつての玄関口だ。西の大国ザメールと、唯一ここだけが交易をしていた。ザメールは言わずと知れた匠の国、武器の製造技術にも優れている。高性能の武器なんぞ、カレリアでは不要だろうが、西のシャンバールとなれば事情が違う。だが、シャンバールとザメールの国境には、峻険な山岳が連なって、陸路での交易は不可能だ。外海には、通行不能の海域が数多あり、シャンバールの内海側は、切り立った断崖が延々続いて、船を寄せられるような地形じゃない。つまり、シャンバールがザメールの武器を欲すれば、カレリア経由での輸入に頼る他はない。となれば、カレリアのやり口は当然こうだ。
 百で仕入れた刀剣を、クレストは二百でラトキエに売り、中央に位置するラトキエは、それを二百五十でディールに売る。そして、ディールは三百で隣国シャンバールに売りつける。カレリアの懐は利鞘で潤い、隣国の鉱山、諸々の利権を、それで山ほど買い漁る。カレリアが落とすその金で、都市同盟は戦争継続の資金を得、ますます頑なに、西の帝国と対立する。カレリアは帝国に武器を流し、同盟からは農産物を買いあげて多額の資金を供給し、更には鉱山からの収益までも欲しいがままだ。廃港になったその後も、カレリアが流す武器は売れ、カレリアは潤い、シャンバールの紛争は、終わることなく連綿と続く。つまりはカレリアの一人勝ちだ。シャンパールの内戦の黒幕ってのも、」
 大きく腕を振りかぶり、吸い殻を内海に投げ捨てる。
「案外、カレリアだったりしてな」
 膝に手を置き、立ちあがり、アルチバルドを振り向いた。
「なんの用だ」
 アルチバルドは、内海から振り返る。「鳥師から連絡がありました。国軍が北上しています」
「数は」
「一千」
 盛大な溜息で、ギイはげんなり肩を落とした。「また、こっちに来んのかよ。奴さん達、なんでそんなに暇なんだ。──対する手駒は八十弱か。軍の位置は」
「ルクイーゼを通過した、との報告ですから、あと五日ってところでしょう。案外足は速いですよ」
 ギイはのろのろ顔をあげる。「本隊からの指示は?」
「何も」
 お手上げですね、というように、アルチバルドは手を広げた。「適当にあしらえって話でしょうね。やっぱ、遅刻がまずかったんじゃないすかね」
 どうやら、ご立腹のようですよ? と恨みがましく、さりげなく脅す。ギイは苦い顔で舌打ちした。「──意趣返しかよ。大人げねえな。涼しい顔して、あのタヌキ」
 前回ディールが侵攻した際、ギイとアルチバルドら数人は、開戦に間に合わなかった。行路の途中のルクイーゼで、ポーカーに入れ揚げていたからだ。負けが込み、粘りに粘っている内に、国軍が予期せず大陸を北上、ノースカレリアに侵攻し、あわてて追うも一足遅く、現場に彼らが到着した頃には、軍が街道をふさいで街に入れず、手前の町でやむなく待機、様子を見ていたというお粗末さだ。ルクイーゼで苦戦中・・・「ただ今、ハジと打ち合わせ中」と連絡は入れておいたのだが、あの抜け目ない隊長は、どうやら真に受けはしなかったようだ。ひなびた倉庫群に一瞥をくれ、ギイは煙草に火を点けた。「どんな具合だ、捕虜どもは」
 うららかに夏日を照り返す、廃倉庫群の一角に、件の捕虜を捕えている。大人数を収容するには、ここは実に都合がいい。アルチバルドも懐を探って、嗜好品に火を点ける。
「公爵夫人のお計らいで、それは手厚く遇されていますよ。世話は引き続きバード達が」
 ギイは思案するように目をすがめた。「──ピンピンしている、か」
「ええ、そりゃもう、絶好調すよ」
 アルチバルドは白け顔で肩をすくめる。「清潔なベッドで何不自由なく静養して、毎日たらふく飯食って、連中を見回る俺らより、よっぽど待遇いいっすよ。軽い怪我なら、治ってますしね。むしろ暇を持てあましている」
 ギイはやれやれと後ろ頭を掻いた。「なら、精々痛めつけておくんだったぜ。にしても、あのひねくれた連中が、よくも協力したもんだよな、一カレントにもならないってのに」
 腕を組んで、廃倉庫群を眺め、アルチバルドも首を傾げる。
「あの奥方様の言うことには、不思議と素直に従うんですよね。それにしたって、とても捕虜の扱いとは思えませんやね。外出の自由がないってだけで、あれじゃあ、どこぞの客人でしょう。もっとも場所は、廃れた倉庫の中ですが」
「お客の数は六百近いぜ。医者を手配し、古い倉庫に手を入れて、食い物、着る物、寝床に便所、一体どれだけかかるってんだ。その費用を全額惜しげもなく負担するってんだから、領家ってのは馬鹿なのか太っ腹なのか」
 肩をすくめて、アルチバルドもそれに同意し、閑散とした廃倉庫街に、ゆっくり視線を巡らせる。「どうにも嫌な雲行きですねえ。前には国軍、後ろには敵の予備兵力・・・・。下手すると、こっちの二十倍からの兵力で、挟み撃ち食らうって寸法ですよ。こりゃ、侵攻が捕虜に知れた時点で、こっちはあっさりお陀仏ですかね」
 残留部隊、約八十。対する捕虜は約六百。これだけで七倍強の戦力差だ。
 決起、暴動、反乱、転覆。これらを事前に押さえ込むには、ただでさえ少ない人員から、見張りに人を割く必要にも迫られる。雨乞いでもするかのように、ギイは捨て鉢に空を仰いだ。「毒でも盛るか、こうなったら」
「奥方様に殺されますよ」
 俺達が、と己を指さし、アルチバルドはそっけない。ギイはやれやれと頭を掻いた。「いずれにせよ、戦の当事者は俺達じゃない。ま、そういうことだからアルチバルド──」
 はい? とアルチバルドが目を向ける。ギイは肩をすくめて歩き出した。
「クレストの公邸に連絡してやれ」
 
 
 

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