CROSS ROAD ディール急襲 第2部 4章 4話2
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 〜 心 模 様 〜
 
 痺れた腕をぶつぶつ文句で擦りつつ、ローイは街を歩いていた。今日は地味な目立たない身形だ。いつものあの格好では、先方に伺うのにいささか支障があるからだ。
 ステージが引けたその後に、客からお声がかかるのは、美しい踊り子ばかりとは限らない。看板役者も又然り。裏口から入ってカーテンを閉め、暗がりの中で服を脱ぎ、あとはお勤めに是励む。贔屓筋からの話であれば、無下に断る訳には無論いかない。
 好みも何も関係ない。どうにも無理そうであったとしても、灯りを吹き消し、分厚いカーテンで遮光すれば、姿形など見えはしない。演技は元よりこちらの得意とするところ。あとは体操のようなもの。壮絶な決意で気合を入れ、母なる大海にうりゃうりゃうりゃと挑みかかる。そうして横幅が二倍もありそなでっぷり肥えた有閑マダムを夢の世界へ連れて行く。そして、高いびきで寝入った満足そうな隣から、こっそり退散する次第。いつもニコニコ前金商売。サービス第一、明朗会計。
 街頭の親父からそれ、、を買い、「まいど!」の笑みに送られた。ほかほかの紙包みを片手に抱え、ローイは首を捻りつつ、街外れの館に足を向ける。なんという愛想の良さ。芝居を見にきてファンになったとかいうやつか。いやいや、若い女や厚塗りババアならよくある例だが、くたびれ果てたジジイなど、未だかつていなかった種類だ。珍妙な紳士なら、いないこともなかったが。
( ……最近、妙だ )
 はらはら泣きつつシカと手を取る紳士の顔を思い出し、ローイはぶるりと身震いする。確かに、妙な風が吹いている。
 住民達との関係は驚くほど良好だった。もっとも、彼らが何故に突如好意的になったのか、終戦後、腹立ち紛れに引き上げたその後、歩道に残った市民と貴族に一体何があったのか、事情を知らないローイには、とんと合点がいきかねていたが。
 まあ、いいことだけどな、とローイは思う。妨害や嫌がらせがないならそれだけ、商売はとりあえずし易くなる。
 視界の端を過ぎった影に、ふと、ローイは目を上げた。不景気そうな面々が不貞腐ったように足を投げ出し、右の街角に歩いていく。手前から、アルド、シモーネ、ベルナルディ。会話の一部が漏れ聞こえた。
「つか、今年はなんかレベル低くね?」
 頭の後ろで手を組んで、やれやれといった風にアルドがごちる。中央のシモーネが肩をすくめた。「そりゃ、あの娘と比べりゃ、どんな女も大抵霞むさ」
 どうも、近頃お友達になった例の美姫の話らしい。ベルナルディもぼそりとごちる。「体さえ丈夫なら、なんだっていいだろ。どうせ 《 ロム 》 にやっちまうんだし」
「でも、俺っちのコレクションに加えるには、あれはちょっとないよな〜」
「──だから、女のご面相は二の次でいいだろ」
 相変わらずの三馬鹿だ。ローイはやれやれと肩をすくめて歩き出す。古い経緯を思い浮かべて、前方に投げた目を細めた。
『 取引をしようじゃないか 』
 あの男はそう言った。
 君達は資金が欲しい。我々は子孫が欲しい。なに、簡単な話だ。興行のついでに町で娘を勧誘、、し、こちらに連れて来るだけでいい。一人につき十トラスト払おう。
 仲間内で交われば、子は中々生まれない、ともすれば化け物が生まれてしまう、そうした世界のからくりにようやく気付いた頃だった。そして、生きる為には金が要った。
 目をつけた娘を口説き落としては、あの男に引き渡した。日常に倦んだ娘には、刺激的な新天地の夢を用意してやり、立ちんぼうの遊女には荒稼ぎの口を斡旋し──居場所のない者はどこにでもいる。たとえ若い盛りの娘であっても。無理に攫う訳ではない。決定するのは当人の意思だ。非も落ち度も自身にある。もっとも難点がないでもない。隠れ里に踏み込んだが最後、生涯外へは出られない。ぶらぶら街を歩きつつ、ローイは忌々しげに舌打ちした。
「──やっぱり、断るんじゃなかったぜ」
 そうしたら 《 ロム 》 に、へいこらする必要もなくなる。
 珍妙な貴族からの申し出を蹴った事が悔やまれた。あの話には義務も拘束も何もない。思わず嘘かと疑うほどに、それは正真正銘、まっさらな無条件だった。あれほどうまい話など、そうザラには転がっていまい。
 そよ風そよぐ青銅のガーデンテーブルに、サビーネは一人で座っていた。庭を眺めた目を戻し、鉄柵の天辺ににっこり笑って目を向ける。
「まあ、ローイさま。ごきげんよう」
 ローイは、ひょい、と飛び降りた。鉄柵の隙間から予め庭に落としておいた膨らんだ紙袋を拾い上げ、すたすたテーブルに歩み寄る。
「はい、サビーネちゃん、み・や・げっ!」
 膝に置かれた白い手に、ほい、とそれを置いてやる。不思議そうに小首を傾げて、サビーネは紙袋を覗き込んだ。「まあ、何かしら」
「あんたの好きなものさ」
「好きなもの?」
「焼きいも」
 言いつつ、ローイは肩を抱いた。ぽかん、とサビーネが顔を見返す。ローイは笑ってウインクした。
「お肌にいいんだぜ。一緒に食おう。お茶淹れて」
 青銅の椅子をずりずり引いて、サビーネの隣に勝手に据える。もう、すっかり常連である。
「昨日はごめんな。せっかく来てくれたのに。俺、気が立っててさ。だからこれ、詫びの印」
「……お芋が?」
「そっ。お芋が」
 サビーネは、くすり、と笑った。「──面白い方ね」
 細い指を口に当て、くすくす笑いながら席を立つ。開け放ったテラスから、鉢でいっぱいの小奇麗で広い居間に入り、ドアの方へと歩いて行く。ややあってドアに向こうに、執事の顔がぬっと覗いた。脚を投げ出しふんぞり返った庭の客を一瞥し、神妙な顔で頷いているから、茶の支度を言い付けたようだ。ローイは土産の紙袋をビリビリ破いて、中身をごそごそ取り出した。ころん、と三つ、ほかほかの焼き芋。サビーネが庭に戻ってくる。白く小さなその顔を、ふむ、と言いつつ、ローイは見やった。「──あんたの口にはでっかいか」
 あのお上品な小さな口が芋にかぶり付く様など想像もできない。ほかほか湯気立つ焼いもを中央でぽっきり割っかいて、腰からナイフを引き抜いた。綺麗な石がたくさん付いた装飾刀。
 ビクリ、とサビーネが弾かれたように立ち竦んだ。「……ん?」とローイは凝視の先に目をやった。無造作に手にしたナイフの刃。これが恐いらしい。
「大丈夫。切れねえから。こいつは剣舞用の鈍らだ」
 もっとも、先は尖がっているから、フォークの代わりくらいにはなる。ローイは笑って説明する。青ざめたサビーネはそれでも戸惑っているらしい。卓にゴトリと短刀を置いた。ひょろ長い脚をおもむろに組み、椅子の背に腕をかけ、ローイは寄りかかって空を仰ぐ。
「知ってるか。刀ってのは折れ易い。真剣なんかでガチャガチャやったら、刃がイカレて使い物にならなくなる。だいたい、剣舞の舞い手に人は斬れない。斬りたくても斬れない。むしろ上手い奴ほど斬れないな。何でだと思う?」
 あ、もちろん、この俺のことだけどな、と靴の先をぷらぷらさせる。依然として青い顔のサビーネは、ゆっくり首を横に振った。
「寸止めの癖が出ちまうからさ。間際になると、どうしてもな。そういうのは体がちゃんと覚えてんだよな」 
 青い空から目を戻し、ローイはにんまり笑いかけた。「なっ。つうことだから、恐がることなんか何もない。俺達はロム人殺しとは違うんだ」
 誘拐魔だが。
 人畜無害をアピールした成果があったのか、サビーネがおどおど寄ってきた。椅子を引いて恐る恐る座る。ローイは勿体つけて腕を高く振り払い、装飾キラキラの短刀を指の先で摘み上げた。煌めく刃の先っぽに芋のかけらをぶっ刺してやる。姫に仕える騎士のごとくに「どうぞ」と恭しく柄を向けた。脚は態度悪く組んだままだが。
 サビーネは困惑顔で受け取った。おどおど顔色を窺っている。受け取りはしたものの、この先どうしたらいいのか分からないらしい。ローイは芋のかけらを鷲掴み、片手で、あんぐっ、と頬張った。もう一方の腕は椅子の背にかけたままなので、焼けた皮は己の歯で剥いていく。その様子をサビーネはじっと見ていたが、決心したように頷くと、あん、と小さく口を開けた。綺麗に揃った小粒の前歯で焼き芋の皮をかじり取る。正しい食べ方としてインプットされたようだ。
「……おいしい」
 はふはふ顔をほころばせ、サビーネはもぐもぐしながら笑いかけた。「ローイさま。白いシャツもよくお似合いになっていらっしゃるわ」
「そお?」
 己の姿をきょろきょろ見回し、ローイは「ふーん?」と腑に落ちなげに小首を傾げた。不本意な無地なんである。
「お姿が麗しいし、お顔立ちもよろしいもの。白がよくお映えになるわ」
「確かにね」
 ローイは照れるでもなく、普通に頷く。これが飯の種である。
 大きな盆を両手で掲げて、執事が茶を運んできた。引き裂かれた紙の上、皮の散らばる残骸を見やって一瞬絶句で固まるが、何事もなかったように「いらっしゃいませ」と慇懃に会釈し、卓に紅茶を置いていく。ローイは一本掴んで差し出した。
「あんたの分」
 執事は瞬いて硬直した。思考が飛んだかしばらく唖然としていたが、おもむろに白ハンカチを取り出すと、指の先で芋を摘んで、包み込むようにその上に置いた。
「……恐れ入ります」
 執事は頭を下げて戻って行った。あくまでも礼儀正しいのであった。
「さっびーねちゃん。あっそびましょー!」
 楽しげな嬌声が、閑静な庭に突如響いた。ローイはガクリと頭を抱える。この聞き覚えのある呼びかけは街で見かけた三人らしいが、いい年こいて馬鹿みたいな挨拶だ。アルド、シモーネ、ベルナルディ。あのまま帰るのかと思ったら、こっちに向かっていたらしい。
 げんなり声に目をやれば、生垣の穴を塞いだ鉄板がガコンと案の定蹴り飛ばされた。ぬっと突き出た脚が引っ込み、四つん這いの阿呆面が生垣の穴を潜ってくる。
「こんちは〜! サビーネちん」
 満面の笑み。アルドのアホだ。きょとん、とアルドが瞬いた。
「あれ、代理──」
 言うなり、アルドが飛び上がった。涙目のアルドを押し退けて、後の二人が転げ出る。途中で止まったもんだから、次のに追突されたらしい。シモーネが白シャツの腕を軽く払って身形を整えているその横で、ベルナルディは憮然と迷惑げな顔。前方不注意でケツに突っ込んだのは奴らしい。サビーネはにっこり席を立つ。
「ごきげんよう。アルドさま、シモーネさま、ベルナルディさま。すぐにお茶の用意を致します」
 テラスから居間へと歩いて行く。それに笑顔で頷き返して、三人はガタガタ隅の椅子を持ってきて、テーブルの周りにそれぞれ据えた。椅子に後ろ向きに座ったアルドは、早速サビーネに見とれている。
「お前ら、首尾は」
 紅茶を啜ってローイは尋ねた。アルドの阿呆はほっといて、シモーネが両手を広げて、お手上げというように首を振る。「駄目っすね。適当なのがいなくって」
 疲れたように首を回して、面倒そうにやれやれとごちた。「落とし方のコツとか、何かありませんかね」
 しょうがねえな、とローイは見返す。「かーんたんだろ、そんなものは。言って欲しいと思っている事を、女にそのまま言やあいいのさ」 
「好みなんだよな〜サビーネちん。可愛くて素直で清純でー」
 アルドの阿呆が割り込んだ。
「あー、俺っちのコレクションに加えたいぃー!」
 一人で勝手に身悶えし、椅子の背にデレデレとろけそうに張り付いている。くるり、とローイを振り向いた。「なー、族長代理。サビーネちんいこーよ、サビーネちん」
「《 ロム 》 にくれてやる気かよ」
 ベルナルディが憮然と吐き捨てる。きょとん、とアルドは振り向いた。
「まっさか。そんな勿体ないこと、誰がするかよ。サビーネちんは俺らと行くの。決まってんだろ。──ああ、あの顔でいつも"ごきげんよう"って笑ってくれたら、疲れなんか、いっぺんで吹き飛ぶんだけどなあ」
 つまりは彼女を連れ回し、己ら専属のマスコット・ガールとして拝し奉ろうとの魂胆である。シモーネが頭の後ろで手を組んだまま、居間の方をちらと見た。「……高く売れそうだけどな」
「「 だめっ! 」」
 ほんの何気ない感想を、アルドとベルナルディが食いつかんばかりに却下した。アルドがローイの袖を引く。「なー、いいだろー代理ぃ。妾の一人くらい、いなくなっても分かりゃしねーよ」
「お前、馬鹿だろ」
「まあ、わりと」
 アルドは、まあね、と顎を出す。シモーネがやれやれと首を回した。「ありゃあ領邸の妾だぜ。消えたら即刻、大騒動だろ」
 執事に何事か言い付けて、サビーネが居間から戻ってきた。彼女が座るのももどかしく、アルドは卓に身を乗り出す。「なー、これから、どっか行かね?」
「……いえ、わたくしは」
 やんわり笑い、サビーネはたおやかに小首を傾げた。アルドは、だってよ、と静かな庭を見回した。「いくら居心地がいいからって、屋敷に閉じ篭ってばっかなんて不健全だよ。こんな良い天気なのに。──そうだ! これから俺っちの馬に乗りに行かね?」
 サビーネは大きな瞳をきょとんと瞠って「馬?」と目を瞬いている。ローイは片手で額を掴んだ。
( 馬ってなんだ馬って。誘い出すにしたって、もちっと上手くやれねえのかよ )
 どうせ、あわよくば役得に預かろうってないじましい了見に違いないのだ。馬の乗り方を手取り足取り教えてやって、一方的に仲良くなろうってな下心ミエミエ。パレードにくっ付いて歩くじゃりん子どもでもあるめえし、そんな見え透いた手口に釣られる阿呆がどこにいる。
「嬉しいわ」
 へ? とローイは固まった。サビーネはにっこり微笑んで、両手を胸で掻き抱く。「こんな日に走ったら、さぞや気持ちいいでしょうね。楽しみだわ」
 ……ここにいた。
 ローイは呆然。言葉もない。
「あ、ちょっと待っていらして」
 サビーネはいそいそ居間に戻った。何やら妙に乗り気である。
 
「さあ、参りましょう」
 馬の長い首を優しく撫でて話しかけ、サビーネは羽のように軽い身ごなしで、ひょい、と馬の背にまたがった。
「……ほう」
 ローイは絶句で瞬いた。どうやら、このお姫様は、馬に乗る際の力の入れ具合やら、身のこなしやらというものをちゃんと知っているらしい。
 五人で繰り出した街道先の草原である。アルドの誘いから三十分後、サビーネは髪をたなびかせ、カポカポカポと高い馬の背で揺られていた。当てが外れたアルドを始めとする三人も、手持ち無沙汰にくっ付いて歩く。サビーネは曇りない笑顔を振りまいて、楽しそうにはしゃいでいる。手綱を取るローイの方に、上機嫌な笑みを向けた。「ああ、風が本当に気持ちいいわ。わたくし、乗馬は得意なの」
「そ、そうなの……」
 ローイは引きつり笑いでなんとか応えた。超低速で、これ以上ない、というくらいにのんびり平和に徐行している彼女に、他に一体何が言えよう。
「……おみそれしました」
 三人も肩を落としてうなだれた。
 彼らはサビーネを見くびっていたのだった。なにせ彼女は商都カレリアに居を据える大商家のお嬢様。優雅な乗馬は必修科目。大きな馬を恐がりもせず、満足そうににこにこ笑っているところを見ると、技術の方はともかくとして、馬が好きなことだけは確かなようだ。
「あ、こいつさ、ペトロポロス・トロン・デ・ハイヨー三号っていうんだ」
 手綱番を代わったアルドが、嬉々として馬の名前を披露した。うけ狙いだとしか思えない完璧にオチャらけた名前である。お供の二人がげんなり額を掴んだその前で、サビーネは「まあ」と微笑んだ。
「可愛らしいお名前ね」
 とっさに固まる言い出しっぺアルド、えっ? と振り向くお供二人。喫煙しながら土手で見ていた休憩中のローイは、思わず立て膝に突っ伏した。煙に噎せつつ、そちらを見直す。サビーネはお供三人を引き連れて、楽しそうに戯れている。馬の背にただ乗っかっているというだけで、乗馬といえるほどの腕前ではないが、とりあえずは楽しそうだ。
「──サビーネ、か」
 ローイは思案するように目を眇めた。子持ちであるから、条件の方は保証済み。あの容姿であれば高く売れる。シモーネが口を滑らせたように、それも疑いようもない事実だった。
 風に弄られ、サビーネの長い髪が靡いている。馬の長い鼻面を撫で、ころころ無邪気に笑っている。子供のように無邪気な顔で──。ふと、ローイは眉をひそめた。既視感がある。以前にも、どこかで見た筈だ。これと同じ光景を、、、、、、、、
 いや、これだけではまだ足りない。何かが、、、足りない。決定的に──。はっ、とローイは息を詰める。
「……あの、、子供、か」
 のろのろ見返し、毒気を抜かれたように呟いた。やっとやっと思い出した。初めて彼女を見た時から、どこかで見た顔だと思っていたのだ。
 確かに以前、会っていた。あれはローイが十歳になるかならぬかという子供の頃、サビーネは恐らく五つかそこら、当時の名前は覚えていない。ほんの短い期間だったが、彼女と共に寝起きした。歳が近い事もあり、遊び相手にもなってやった。むしろ彼女は引っ張りだこで、一座の子供が取り合った。そう、あの頃からサビーネは、本当に可愛らしい女の子だったから。
 彼女が一座にいた理由、それは、商品として──いわゆる売り物としてだった。商談がまとまり引き渡しとなった際、一悶着あったから、それはよく覚えている。別れのあの日、サビーネは、行くのを泣いて嫌がった。「離れ離れになるのは嫌だ」と。共に育った双子の姉と、、、、、
 そうだ。サビーネは双子だったのだ。姉は商都の娼館に買い取られ、妹のサビーネは商都の豪商に買われた筈だ。何故忘れていたのだろう。彼女には双子の姉がいた。姉の方が体が大きく、いやに華やいだ感じのする女児だった。それに娼館の人買いが目をつけたのだ。
 一方、線の細いサビーネは、存在感の薄い、いやに目立たない子供だった。姉の影であるかのような、喩えるならば、真昼の明るい太陽と、その強烈な光に隠れた月、そんな感じの二人だった。だが、不思議な事に、記憶の底に残っているのは一人の姿のみだった。それで一座にいたのはサビーネ一人、と勘違いしていたらしい。
 一座は今でも巡業の際に、この手の子供を連れ歩くことがままある。不作の年に親に持ち込まれる子もいれば、停車中の幌馬車にそっと捨てられる赤子もいる。そして、そうした子供を必要とする者も又、その一方で他方にいる。一座は両者の仲立ちをし、余剰人員の収まりをつける。そして、子を売り払った親達が、外聞が悪いものだから、「遊民に攫われた」などと嘘八百を触れ回るのだ。もっとも、サビーネら姉妹の場合は、何れの事情とも異なった。
 この姉妹は行き倒れた男が連れていたのだ。ひどい火傷を負っていて、地に這いつくばったままついに動けなくなったその男は、幼い姉妹を野次馬に託した。男は手当てでも受けに行ったのだろう、その後どうなったのかは覚えていない。生き長らえたか、あのまま死んでしまったか。ただ運ぼうとする者を必死な形相で掴まえて、息も絶え絶えに繰り返し繰り返し訴えていた。ゼルガディスと名乗った男の口調があまりに切羽詰っていて、話の内容が妙だったので、未だにはっきりと覚えている。男は命令調で懇願していた。
『 年頃になったら、速やかに娘を妻合めあわせよ。相手には事欠かぬ。あれはそういう風に、、、、、、できている。娘は初めに騎士を産む。次に産むのが双子の女児、その内の、体が大きく丈夫な方が、次のツクヨミを継ぐ者だ 』
 
 
 
 
 

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