CROSS ROAD ディール急襲 第2部4章 最終話2
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 色鮮やかな青軍服の一団──国軍だ。山道の起伏の関係で自軍の位置が高いので、先方の様子が見渡せる。騎乗した者もちらほらいるが、兵の大半は徒歩のようだ。チェスター候は首をかしげた。どの兵も顔や服が土まみれのように見受けられる。軍服が色鮮やかであるだけに、僅かな汚れも殊更に目立つ。何か様子がおかしい。
「──敵さん、いやに少なくないか? あれで一千もいるのかよ」
 考え込むような唸り声がした。そう、違和感は軍の規模だ。あれでは精々六百名がいいところ。うっかりごちた中年の市民が、はっと気づいて口をつぐむ。私語は厳禁とくり返されたばかりだ。だが、ギイは面倒そうに肩をすくめただけだった。
「なんでも水にあたったらしいぜ。──たく。無理しないで、もうちょっと寝ててくれてもいいのによ。食いもんがいい奴はさすがに丈夫だ」
 ラッセル伯が怪訝な顔でギイを見た。チェスター候も奇妙なことにふと気づく。彼はなぜ、そんなことまで知っているのだ? 遠く離れた敵軍内部の出来事まで。
 なんの気なしに問い質そうとした刹那、ラッセル伯が振り向いて、鋭い一瞥で動きを制した。
 国軍が全貌を現していた。少し離れて進軍が止まる。こちらの布陣を見咎めたらしい。道いっぱいに広がった青軍服の軍人たち。ギイは値踏みするようにその様子を眺めている。いや、ぶらぶら気負いなく歩み出た。
「そっちのボスは?」
 存外穏やかに問いかける。軍服が不審そうに視線を見かわす。中央にいた徒歩の男が、呼びかけに応えて踏み出した。
「私だが」
 口ひげをたくわえた小太りの中年男だ。兵とは軍服が異なるので、これが指揮官であるらしい。指揮官は不審そうに眉をひそめて、どこの馬の骨とも知れぬのだろう不調法な若造をジロジロ不躾に見回している。ギイの態度は沈着だ。怯みも臆しもせず、苦笑いして顎をしゃくった。「ひどい格好だな。馬はどうした」
 指揮官が表情を強張らせた。面食らい、ひるんだ様子の指揮官と土ぼこりにまみれた軍勢を、哀れむようにギイは眺める。「まさか、商都から歩きずめってんでもないだろう?」
 指揮官は気を取り直し、苦りきった顔で吐き捨てた。「──貴様には関係ない。なんだ、貴様は」
「俺はここの保安を一任されている。まずは聞かせてもらおうか。あんた方の用件は?」
「貴様に話す必要はない。さっさとどけ」
 取りつく島もない尊大な態度だ。ギイはやれやれと頭をかいた。「なら、仕方がない。結論を伝える。あんたらの通行は許可できない」
「なんだと?」
 小太りの指揮官がギロリと睨む。
「カレリアでは、軍を駐留させるには、領主の許可がいるはずだ。だが生憎と、しばらく取得できる見込みはない。ついては通行を許可できない」
 ギイは肩をすくめた。「そもそも、そんな成りで通ろうってのが間違いだ」
「生意気な! 腕づくででも我々は通るぞ!」
「そいつはやめた方がいい」
 ギイは困ったように苦笑いし、口調を毅然とあらためた。
「当方の意向を改めて伝える。できるだけ穏便に、ここからお引き取り願いたい」
「──ふ、ふざけるな!」
 顔を真っ赤にして、小太りの指揮官が気色ばむ。
 チェスター候は肝を冷やして、やきもき推移を見守った。既に不穏な雲ゆきだ。ギイは地道に交渉しているが、軍はそもそも、この地を奪取すべく進軍してきたのだ。ギイの試みは今更であり、無謀にも思えた。確かに、ここでやり合えば、自軍に甚大な被害が出るのは目に見えて明らかだが──。そう、できることなら回避したい。となれば、この場はやはり交渉で収める他はない。ギイが試みているように。
 愕然として、ギイを見た。そうだ、結論はどうしてもそこに戻ってくる。悪条件での武力衝突は回避するのが賢明だ。
 慎重の上にも慎重を重ねて、ギイは話を運んでいる。広場の賊を問答無用で斬り捨てた時には、ものぐさな外見に隠された荒い本性を見た気がしたが、性急なところは全くなく、意外なほどに辛抱強い。だが、淀みなく続く説得に、指揮官の方が痺れをきらしてしまったらしい。脅しつけるようにギロリとすごんだ。
「どかぬと言うなら、どけるまでだ。本気だぞ!」
 ギイはおもむろに腕を組む。
「こっちの駒は、あんたんとこの十倍近いぜ」
 一瞬つまって、指揮官がひるんだ。「──ど、どうせ、農民風情の寄せ集めだろう」
「そいつはどうかな?」
 笑ってギイは、三騎の鎧に一瞥をくれる。思わせぶりな表情で、向かいの指揮官に目を戻した。「あんただって、わかってんだろう。戦は兵の数で勝負が決まる。やり合ったところで分なんかねえよ」
 頬にうっすら笑みさえ浮かべて、指揮官の目をじっと見た。「それでもあんた、試してみるかい?」
 ──無茶だ。
 この交渉は強引すぎる。
 ギイの脅しに、チェスター候は奥歯をかんだ。なんというハッタリをかますのだ。ここで相手を挑発するなど、もはや正気の沙汰ではない。頭数こそ揃っているが、内訳は年配者や青二才の、国軍の屈強な兵士などとは比ぶべくもない素人ばかり。指揮官にも既に見破られているではないか。
 これは予期せぬ展開だった。ギイがこんなにも軽率とは──。推移をじりじり見守る中、指揮官は眉をひそめて口をつぐんだ。顎に手をあて、じっと考えをめぐらせている。意外にも躊躇している。なんと奏功したようなのだ。
 そうか、とチェスター候は気がついた。見えないのだ、指揮官からは。こちらからは国軍の全貌が見渡せるが、下方からは見ることができない。細い山道は緩やかにくねり、市民兵の先頭は対面を看板で隙なくふさいだやぐらの裏に隠れている。つまり、坂道の下方の指揮官からは、おおよその気配を察することしかできない。兵の構成や規模までは見分けられず、急ごしらえの市民軍のお粗末な実態は確認できない。それどころか、白馬の鎧が付近にいれば、盾に隠れた市民軍の中身をその装備に近いものと見誤るのではあるまいか。巨大な盾の向こうでは木漏れ日をいたる所で反射している。あの光の正体は、隙間なく身を寄せた市民がかぶった鍋釜の底だ──そこまで見越して防具の持参を指示したのか?
 遅まきながらチェスター候は、唖然とギイの横顔を見た。そう、そこまで見越して巨大な盾で山道をふさいだ。布陣する場所として、視野のきかないつづら折りの山道を選んだ──。
 指揮官は苦渋の選択を迫られたかのように考え込んでしまっている。やがて身じろぎ、鈍い動作で目をそらした。とり繕ってはいるものの苦々しさは隠せない。ギイは笑った。
「意地はってねえで、ここはおとなしく引いとけよ。今はそいつが利口ってもんだぜ。ところで、ものは相談なんだがよ」
 逡巡し始めた弱気を見破り、抜かりなく畳みかける。うさんくさげに見返す指揮官。それに近づき、ギイはその肩に腕を親しげに差し回した。「さっきも言った通り、俺たちとしては、なるべく穏便に片をつけたい。わかるだろ、事を荒立てたくないんだよ。ついては、あんたに──」
 声をひそめて耳打ちする。交渉を持ちかけているらしい。彼らの会話に耳を澄ますと、忍び笑いの声のうち「……三百トラスト」と漏れ聞こえた。
 凝視していた目の端で、ラッセルが愕然と乗り出した。呆れたような顔つきだ。チェスター候も唖然として息をのむ。どういうつもりだ、この男。兵を募っておきながら、敵の指揮官を、
 ──買収する気か!
「どうだい? 悪い話じゃないだろう」
 ギイがうすら笑いで身を起こした。三百トラストは市民一般の年収に近い。個人の懐に入れるには、ちょっとした金額だ。指揮官は苦虫かみつぶし、視線を落ち着きなくさまよわせている。皮算用でもしているのか、しばらく躊躇し、咳払いした。「──き、貴様、カレリアの将校を愚弄するか」
「五百」
 すぐさまギイは積み上げる。
「──そ、そんな話には応じられぬ。だいたい、そんなことを一存では」
「一千」
 言葉をのんだ指揮官が、及び腰でねめつけた。憮然と顔を作ってはいるが、強張った態度の端々に動揺と葛藤が見てとれる。
 ギイは平然と見返している。指揮官は何事か口にしかけ、口を開いては取りやめた。無音で口を開閉し、周囲をうろうろ歩きだす。待機中の軍兵たちが隣とヒソヒソざわめきだした。そこにひしめく数多の視線が指揮官の一挙手一投足を注視する。
 チェスター候は唾をのんで拳をにぎった。うまい具合に、指揮官は話に乗ってきた。だが、これは賭けだ。実に危うい綱渡り。この誘惑を振り切って突入することを選択すれば、こちらの張りぼての実体など、すぐにもあっけなく暴かれてしまう。そうなれば、まずはもたない。ならば、金で片をつけるしかない。又してもギイが既に試みているように。
 あっけにとられて、ギイの横顔を凝視した。やはりギイは読んでいた。相手の出方の、先の先を。いや、ギイは初めから相手を買収する肚でいたのだ。だからこそ、軍を足止めすべく巨大な盾で道をふさいだ。街から離れたこんな寂れた山中で。
 そうだ。なんとしてでもここで止めねば、市民は無残に蹴散らされ、ノースカレリアになだれ込まれる。屈強な国軍兵士とひ弱な市民の力の差など、今更比べるまでもない。静かな山道は血に染まり、市民の屍に累々と覆いつくされる。結末はわかりきっている。
 焦燥にかられて指揮官を見た。迷っているらしい指揮官は、かたわらの兵を一瞥し、首を振って嘆息した。憮然と口をひん曲げて、そわそわ周囲を歩きだす。自軍をチラチラ盗み見ているところをみると、撤退の言い訳でも考えているのか──。
 押し黙った軍勢の後方、隣町方面の街道の先で、慌てたような叫び声があがった。なにやら妙に騒がしい。軍兵が動揺しているようだ。騒ぎはにわかに拡大し、ついには指揮官も怪訝そうに振り向く。その肩に、後ろから兵が駆け寄った。兵は慌てた様子で後方を指さし、指揮官になにやら耳打ちしている。ぎょっ、と指揮官が振り向いた。
「な、何が起きた!」
 待機中の軍勢の向こうで、土煙があがっていた。どやどや駆けてくる大勢の気配。ゆるく吹きぬける風に乗り、罵るようなわめき声が届いた。
 青軍服の軍勢の向こうに、国軍とはまた別の、全く異質な一団があった。位置が遠くて規模は把握できないが、街道をおおうほどの大人数であることは間違いない。
 遠い喧騒が聞こえてくる。「てめえら、許さねえぞ!」との男の怒声が混沌を突き破って、はっきりと届いた。それらはまさに、この国軍に向けられたものだ。
「援軍、か?」
 誰もが思い浮かべた心当たりを、市民の誰かが代弁した。「隣町の連中が、まさか、こっちの応援に……」
 だが、と市民は怪訝に顔を見あわせる。当事者でもない隣町には、そうまでする理由がない。なのに、
 ──一体どうして、そんなものがやって来るのだ? 
 いかにも不可解な事態だった。だが、現に隣町の一団が、国軍の背後に鼻息荒く迫っている。
 自軍でさえ全くあずかり知らぬ間に、国軍を前後から挟撃していた。一歩たりとも動かぬ内に、知らぬ間に攻勢に転じている──。
「時間ぎれだな」
 哀れむように苦笑いし、ギイが指揮官を振り向いた。「あんた、小遣いを稼ぎそこねたな」
 慌てふためく国軍の後方をながめやり、絶句した指揮官に目をもどす。
「降伏を勧める」
「──な、なんだと」
 訳が分からぬ指揮官は、あちこち見回し、たじろいでいる。ギイはおもむろに腕を組み、真面目な顔で目を据えた。「あんたらを完全に包囲した。もう、そっちに勝ち目はねえよ」
「黙れ!」
 せめてもの威厳を見せて、指揮官は市民軍に指をさす。
「どれだけいようが、寄せ集めの雑魚どもだろうが! そんなもの、いくらでも蹴散らしてくれるわ! 訓練を積んだ兵隊と、互角に張り合えると思うなよ!」
 ──見抜かれている。
 チェスター候は奥歯をかむ。そうだ。農具で軍刀に勝てるものか……。
 小首をかしげて、ギイが見た。
「悪いことは言わない。早く降伏した方がいい。それがあんた、ひいては部下ども全員の身の為だ。あんただって、わかってんだろう」
「だ、黙れ黙れ! 無礼者が! 貴様などの指図は受けん!」
 指揮官は、巨大な盾に隠れた市民を忌々しげに一瞥し、ギイをねめつけ、盾を払うように手を振った。
「あのガラクタをさっさとどけんか! さもなくば、このまま踏み潰すぞ!」
 ピクリとギイが眉をひそめた。
「……そうかい」
 これまでと一変、胡乱に獰猛に相手をうかがう。「引く気はないか。これでも譲歩したつもりだったんだがな。──だったら答えは、一つしかねえな」
 指揮官にやおら向きなおり、改めて冷ややかに顔を見た。
「そいつは無理な相談だ」
 不穏な緊張が街道に走る。日差しを遮る山肌のふもと、兵が集結した山道が、シン、と水を打ったように静まり返った。交渉決裂。
 ──開戦だ。
 憎々しげに頬をゆがませ、指揮官は居丈高にねめつける。「今の言葉、後悔するなよ!」
「それはこっちの台詞だぜ」
 左の樹海に、ギイはおもむろに手をあげる。深い森のただ中に、すっと人影が現れた。
 
 
 
 
 

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