CROSS ROAD ディール急襲 第2部 5章 3話5
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 風が肩をなでていく。
 さらさら、さらさら、遠くの方で音がする。軽く密やかな葉ずれの音。記憶の底から流れてくるような、果てなく確かな悠久の営み。
 ここは、とても心地がいい。清々しいのに、あたたかい。そうしてすっかり安心する。
 初夏の高原にいるようだった。瞼の開かぬ頬をすりつけ、更に深く潜りこむ。体温で湿った柔らかい肌着に、夢うつつの意識で抱きつく。もっと惰眠を貪りたい──ザラリ、と硬いものが額をなでた。思わぬ不快な感触に、顔をしかめて目を開ける。
 何かの壁が、ぼうっと視界をふさいでいた。だしぬけに間近に立ちあらわれた意味を持たない輪郭が、徐々に質感を帯びていき、不意に実態を取り戻す。
 ぎくり、とエレーンは硬直した。すぐ目の前をふさいでいるのは、綿シャツ一枚の胸板だ。
 向かいの腕が肩に載り、横臥した体をすっぽり包みこんでいた。緑色の綿シャツの男が向かい合って寝転がっている。恐る恐る顔を仰ぐと、上向きの顎は不精ひげで覆われ、伸びきった喉の首元に、銀のチェーンがこぼれていている。細い鎖のその先にはペンダントトップの緑の石──
 ここはどこだ、と寝起きの頭を巡らせた。物の少ない、こざっぱりと片付いた部屋だった。仄暗い土間、い草の敷物、開いた窓の向こうでは、青竹の林が揺れている──見覚えがあった。大分明るくなってはいるが、先ほど目覚めたあの部屋だ。ちなみに親しすぎるであろうこの密着体勢は、向かいの腕を枕にして、ぐっすり寝ていたものらしい。
 視界を占める喉元辺りを戸惑いと共に凝視しながら、肩に載った重たい腕をそろりそろりと押しのける。エレーンはじりじり肩を引き、肘をついて身を起こした。
 体を引き抜いたその途端、はらり、と何かが肩から落ちた。反射的にそれを見やって、慌てて両手でずり上げる。サンドレスの肩紐だった。何故か、ほどけてしまっている。いや、どうして肩紐がほどけているのだ? こんなしどけない格好で、どうして一緒に寝ているのだ? そういや由々しき密着体勢。
 ということは……
 ゴクリとエレーンは唾を飲んだ。動揺してもつれる指で、そそくさ肩紐を結びつつ、一人あわあわうろたえる。だが、身に覚えは一向にない。確か、寝入ったケネルをうちわで扇いでいたはずだった。その後の記憶がふっつりないので、その内、自分も眠ってしまったらしいのだが、それにしたって添い寝などはしなかった。敷物に腹這いでごろ寝をしていただけなのだ。そうだ、断じて寝床の中になど入らない。それが何ゆえ、この同衾……?
 件の由々しき悪ふざけが、ぽんと脳裏に蘇った。寝入る直前、ケネルに突如組み敷かれたあの──。案外芸のない、オヤジのような悪ふざけだが、もしも、あれが冗談などではなかったら。
 ケネルは寝床に手足を投げ出し、不精ひげの口を半開きにして、開けっぴろげな顔で眠っている。エレーンは我が身を掻きいだき、正座の膝でじりじり引いた。世話になっている分際でこんなことを言うのもあれだが、奴らはいまいち信用ならない。ろくに知らない手合いからこれまで何度も絡まれたし、前にもケネルに同じ手口で脅された。野良猫が知らぬ間に添い寝をしていて、乗っかってこられたこともある。もっとも完璧に寝ぼけていたが。
 ともあれ、ケネル以下あの面々は、キャンプファイヤーの余興にと商売女を呼びつけるような碌でもない神経の持ち主なのだ。つまるところ、相手は誰でも構わない。他聞をはばかるそうした事さえ屁とも思わぬ節がある。ケネルは淡々としているが、彼とて同じ集団の一人だ。特に表には出さないだけで、例外では決してない。基本的には同質で、同じ価値観を有している。彼らはなんでも腕づくで捻じ伏せられると思っている。
「……ということは」
 はた、と気づいて、慌てて視線を巡らせた。あれから、どれくらい経ったのだろう。その間に何があった? 棚で見つけた置き時計の針は、とうに正午を越している。さっきは朝方だったから、つまり、数時間もの長い時間が既に過ぎ去ったことになる。もしも、あの後ケネルが目覚めて、こちらのうたた寝を見つけたら──
 朝方いきなり圧しかかったケネルの、あの不敵な薄笑いが脳裏に浮かぶ。不穏な疑惑がじわじわ込みあげ、顔を引きつらせて正座で引いた。当のケネルは相変わらず、無警戒な顔で眠っている。ケネルの意図が分からない。何を考えているのか分からない。皆目さっぱり分からない……ケネルが顔をしかめて身じろいだ。
 ぎくり、と全身総毛立つ。あたふた躍り上がってたじろぐ内に、ケネルはあくびで目をこすり、体温で肌に馴染んだ半袖の片肘を寝床についた。枕に伸ばした腕に目をやり、いぶかしげに首を傾げている。その顔を無造作にあげた。
「あ、あのっ!──あのね、ケネル!」
 とっさにエレーンは取りつくろった。
「そのっ!──な、何も、なかったよね? ね? ね?」
 なんとか笑いを頬に浮かべる。ケネルは気怠そうに肩を起こして、寝床の上であぐらをかいた。肩の凝りをほぐすように、ゆっくり首を回している。特に何を言うでもない。
 口をつぐんで答えを待つが、ケネルはやはり応えようとしない。無言の重圧に耐えきれず、いたたまれなくなって視線を逸らした。
 ふわり、と風が、開いた窓から入ってきた。木漏れ日さしこむ窓の向こうで、さらさら竹が涼やかな音を立てている。ケネルは気怠そうに黙りこくって、窓の向こうを眺めたきりだ。天候の具合でもはかるように。
 静かな部屋に、重たい沈黙が気づまりだ。正座で座った自分の膝を、エレーンはしどもどいじくり回す。「あ、だって、気がついたら……なんか、あたしたち、おんなじふとんで──あ、でも違うよね! そんな妙なことは別になんにも」
 ややあってケネルが、「──ああ」と合点したように呟いた。だが、やはり、その後何を言うでもない。
(こ、この間は、どういう……?)
 自分の膝を睨んだままで、エレーンは密かにたじろいだ。ケネルはいつでも率直だ。尋ねたことには応えるし、応えるつもりがないならないで、端的にそう言い、さっさと話を片づける。無駄な間や言葉など、まずは話に差し挟まない、そういう話し方をする。普段なら、そうだ。というのに、今は何ゆえの気まずげな沈黙──? 言いにくいことでもあるのだろうか。もしや、言葉を選んでいるとか……?
 じっとり、嫌な汗をかいた。気分がますます落ち着かない。ケネルは外を眺めるばかりで、口を開く気配はない。エレーンは焦れて顔をあげた。
「ね、ねえ、ケネル! あたしたち何も──」
 くるり、とケネルが振り向いた。出し抜けに目を合わされ、とっさにひるんで肩を引く。あぐらの膝に腕を置き、ケネルが肩を乗り出した。にやり、とその頬がほくそ笑む。
「どっちだと思う?」
 は? とエレーンは息を飲んで引きつった。ケネルが妙な茶めっ気を──!? 
 いや、のん気に驚いているような場合ではない。"どっちだと思う?"って、
 ──どっちなんだー!? 
 カタン、と小さな音がした。
 ギクリと肩が硬直する。向かいの土間の方からだ。つまり、土間に誰かいる。
 ザッと顔から血の気が引いた。もしや、目撃されていた? 一つふとんから起き出した、やましくも気恥ずかしい一部始終を。
 だらだら冷や汗をかきながら、そろりと土間を振り返る。土間は穏やかに静まっていた。壁に陳列された商品が、小窓から差し込む午後の日ざしに仄明るく沈んでいる。無人だ。人影はない。
 怪訝に視線をめぐらせると、上がりがまちの戸枠から、猫が顔を覗かせていた。白い猫だ。華奢な前脚を持ちあげて、そろりと部屋に入ってくる。誰かの飼い猫であるらしく、柔らかそうな綺麗な毛並みだ。細い尻尾をピンと立て、青い瞳でじっと見て、臆することなく近寄ってくる。エレーンは拍子抜けして、へたり込んだ。
「……なに? ここの子?」
 尻を落としてぺったり座ったその脇に、猫が顔をなすりつけてくる。初対面の猫の人懐こい仕草に、頬を思わずほころばせ、エレーンは膝に抱き上げた。「うわあ。なに、ご挨拶しにきたのー? あんた名前はー?」
 ケネルはもそもそ壁まで移動し、所在なげに眺めている。腕を組んで壁にもたれ、(なんだ、こいつは)という顔だ。食えない物には、さっぱり興味はないらしい。持て余し気味のその顔が、ふと土間を振り返る。直後カタンと音がして、ひょいと影が現れた。
 黒い毛並みの猫がいた。黒い仔猫は戸枠に体をすりつけて、するりと部屋に入り込む。やはり尻尾を高く上げ、そろりそろりと歩いてくる。そのしなやかな毛並みの背後で、すっと又も顔が覗いた。今度は白・黒・橙の三毛猫だ。その後ろに茶トラの仔猫も控えている。
 猫たちがぞろぞろ入ってきた。どの猫も尻尾をピンと立て、そろりそろりと爪先立って集まってくる。ケネルが唖然とした顔で、それらに視線を巡らせた。腕を解き、呆気にとられて、怪訝そうに振り返る。「なんだ。この猫たちは」
「それ、あたしに訊くー?」
 ゴロゴロ機嫌良く喉を鳴らす猫たちを、エレーンはわしわし両手で抱えた。膝から肩から頭から、既に全身猫だらけである。ちなみに人気が高いのは膝の上であるらしく、腹に顔をすりつけている白い猫を初めとして都合六匹もの猫たちが顎を載せたり、前脚をかけたり、体のどこかしらが触れている。
「──確かに、猫の多い街だとは思ったが」
 ケネルは呆れたようにそう言って、エレーンの背中に手を伸ばした。生後間もないと思しき灰色の仔猫が華奢な両手でへばりつき、服を引っ掻き、よじ登ろうとしている。そのたおやかな毛皮の胴をつかんで、ケネルは無造作に引きはがした。灰色の仔猫を片手で持ちあげ、しげしげ顔を眺めている。嫌がって身をよじる仔猫を見、疑わしげに目を戻した。「マタタビでも仕込んでいるのか?」
「そんなわけないでしょ」
 エレーンは口を尖らせた。むしろ、たった今起きたばかりである。
「なんでか最近、あたし、こういう子たちに懐かれちゃうのよねー」
 まとわりつく猫たちを、困ったな、と見回した。「はいはい、みんな、わかったから。せっかく来てくれて悪いんだけどー、そろそろ自分のおうちに引きあげてくんない?」
 ぱっと猫たちが顔を上げた。色とりどりのまん丸の瞳で、食い入るように見つめている。
 肩に載った茶トラの猫が、とん、と床に降り立った。茶色の尻尾をピンと立て、そろりそろりと歩き出す。するり、と戸口の向こうに姿を消した。それを合図とするかのように、猫たちが次々床に降りた。茶トラに続いて次々出ていく。白い猫だけが部屋に残った。
「あんたはー? 帰らないのー?」
 猫は窓辺に歩いていって、床に投げ出してあったうちわの上で、くるり、とそのまま丸くなった。どうやら、この家の猫らしい。
 ピシャリ、と表の引き戸が開いた。どやどや踏み込む大勢の気配。
 白々と明るい昼の土間に、すぐに人影が現れた。土間から突き出したのは四つの顔。禿頭に黒眼鏡のセレスタン、酔っ払いのロジェ、不精な蓬髪を無造作にくくったダラダラ歩く──確か名前はジョエルとか、四角い顔の顎ひげおじさん──こっちは確かレオンとか。ともあれ、例の馴染みの面々だ。ちなみに全員、不精ひげ。靴を脱ぐのももどかしく、わらわら座敷に上がりこんでくる。
「どしたの、みんな」
 周囲をどやどや取りかこまれて、ぽかん、とエレーンは見回した。「てか、なんで、みんな、ばばっちい顔?」
「ほほう。そういうことを言いますか」
 セレスタンが膝をついて滑り込み、ずい、と顎を突き出した。
「えー、だってえー」
 ハゲで黒眼鏡で無精ひげって、かなりの確率で悪い奴に見える。
「では、失礼して」
 咳払いで言い置いて、むんずと両肩をセレスタンがつかんだ。「なに?」と尋ねる暇もなく、ひょい、と顔横に、無精ひげの顎をつき出す。
「なにすんのっ!?」
 エレーンは涙目で押しやった。頬にヒゲをすりつけてきたのだ。禿頭をつかんでグイグイ押しやり、驚愕の涙目で引っぺがしていると、セレスタンはむっくり顔をあげた。くるりと仲間を振り返り、右の親指をぐっと立てる。
「まじ本物」
 瞠目した一同から「おおー!」の歓喜がわき起こった。それに続いて、ぱちぱちぱち、とまばらな拍手。よかったよかった、と安堵の笑み。
「ちっとも、よくない……」
 エレーンはじりじり後ずさった。ひりひりの頬を半泣きでさする。まるで訳が分からない。
 がやがや突っ立つ足の向こうに、ぶらり、と人影が現れた。さらりと癖のない薄茶の髪、目に覆い被さる長い前髪、痩せた肩に薄青い生地の着流し姿。今朝がたも見た若い男だ。いや、あれは──ぽかん、とエレーンは瞬いた。
「アルノーさん?」
 着流しの男はいぶかしげに小首をかしげ、窺うように目を細めた。ややあって「──ああ」とその顔が面食らう。
「あんたでしたか」
 虚を突かれたようにまじまじと見、着物の腕をゆるく組む。
「え、じゃあ、助けてくれたのって、アルノーさんだったの?」
 どぎまぎ赤面でそう言って、エレーンはえへえへ愛想を振りまく。「あ、なんかもう、すみません〜。こんな大勢で押しかけちゃって。あ、でも奇遇よね〜。又お目にかかれるなんて〜」
「──ああ」とアルノーは身じろいで、色の抜けた薄茶の頭を軽く下げた。「ご無沙汰してます。こっちの方こそ気がつきませんで、、、、、、、、
「……もしかして、あたしのこと、覚えてなかった?」
 エレーンは悄然と笑顔をゆがめた。彼は密かにお気に入りだっただけに、そんなこと言われると軽くショックだ。アルノーは着流しの肩を軽くすくめた。「いえ、よく見せて、、、、、もらえなかった、、、、、、、んで」
「へ?」
 エレーンはぱちくり瞬いた。ずいぶん奇妙なことを言う。身柄を保護したのは他ならぬ彼で、ここは彼の自宅ではないのか?
「──知り合いか?」
 ケネルが壁際で身じろいで、怪訝そうに見比べた。「うん、そうよ」とエレーンは頷く。「前に、バザールの先の"凪ぎの浜"で遊んだ時に、ちょっと流されたことあって」
「……"ちょっと流された、、、、"?」
 眉をひそめて、ケネルは何か腑に落ちなげな顔。「その、バザールというのは確か、ノースカレリアから、、、、、、、、、東に向かう、、、、、街道沿いの町だよな」
「そうだけど。バザールって地名、他にある?」
 周囲にたむろす一同も、強張った顔で固まっている。エレーンは構わず上目使いで記憶を辿った。「その時、ラルとダドとエルノアと、浜の物置に居候して、組の人たちとも色々あって──そうそう、オーサーさんはお元気かしらぁ?」
 ぎょっ、と一同が後ずさった。何が不思議か何れも目を白黒させて、絶句でまじまじ凝視している。愕然と引きつった面々の中には、あのケネルの顔もある。こちらも意表を突かれたように、口を半開きにして凍りついている。
「……なによー、みんな、変な顔しちゃってー」
 過剰な反応にたじろいで、エレーンはきょろきょろ見回した。土間で見ていたアルノーも、怪訝そうに目を向ける。「何か」
「いや、別に」
 速すぎるほどの速さで即答し、ケネルはそそくさ目をそらした。突っ立ったままの面々も、どこかばつの悪そうな顔つきだ。急に居づらくなったように、そわそわもじもじ落ち着かない。視線も決して合わせない。一体何をやらかした?
 ふと、それを思い出し、こざっぱりと片付いた涼やかな室内を見回した。「そういえば、あたしの服は」
「──ああ」とアルノーが気づいたように顔をあげた。「何せ、ずぶ濡れだったもんで、着替えは適当に用意しましたが、すいません、前の服はどこへやったか」
 "着替え"の言葉に反応し、ぴくり、とエレーンは眉根を寄せる。「……あのぉ〜、あたしを着替えさせてくれたのって、もしかしてアルノーさんだったり?」
「いえ、俺がしたわけじゃ」
 意図するところをすぐに察して、アルノーは首を左右に振った。「俺は服の段取りをつけただけで、着替えの方はお連れさんが──ああ、あの、女の人みたいに髪の長い」
 ひくり、とエレーンは固まった。そういう形容で呼ばれる者は、あの野良猫一匹しかいない。むしろ間違いようがない。ふてぶてしいあの顔が、むくむく脳裏に浮かびあがる。半眼で腕を組んだ真ん中分けの──
「なんで、好きにやらせとくのよ!」
 とっさに叫んで睨みつけた。そうだ、何故にとっとと止めない。あんな野良でも男は男。乙女の尊厳の問題ではないか。ならば、ヘソに載ってたお守りは、やっぱり奴の悪戯か!
 アルノーは困った顔で頭を掻いた。「──こいつは相すいませんでした。どうも、早まった真似をしちまったようで。いえ、俺はてっきり、死んだものとばかり」
「……し」とエレーンは絶句して(縁起でもねえ……)と心中密かに毒づいた。そうだ。なんという不吉な言い草。いやだがしかし、彼は助けてくれたのだ。悪気あってのことではあるまい。むしろ、あってたまるか。気を取り直して笑顔を作った。「い、いいのよー、もう済んだことだしー」
 ほっとしたようにアルノーが頬を緩めた。「そう言ってもらえると、なんと言っていいか──なら、ついでに言っちまいますが、島で見つけた時にも蹴っちまいまして」
「……え?」とエレーンは見返した。今、さらっと流したが……。
「ええ、ですから俺は」とアルノーは続ける。
「てっきり、もう死んだものとばかり」
 エレーンは引きつった笑顔で固まった。そういう話を後出しするか? てか、ほんとに悪気なかったのか?
 部屋にあがった面々は、何やら妙に大人しい。じぃっと身を固くして、目立たぬよう目立たぬよう頑なに息を殺している。今まであんなにやりたい放題どかどか踏み込んできたくせに。どうもアルノーが気になるようで、激しく意識している様子。人見知りするほど繊細そうには見えないが。
「……あれ?」
 はたと気づいて、エレーンはきょろきょろ見回した。どうも何かが腑に落ちない。周囲に突っ立つ見慣れた彼ら。いつもの面々、いつもの身形。だが、何かどこかが妙だった。この光景はどこか奇妙だ。ざらりと曇った違和感があった。何かが決定的に物足りない。
「……ねー、ファレスはー?」
 高い位置にある彼らの顔を眺め回して、突っ立った胴の隙間を覗く。そうだ。ここには"あれ"がいない。ガミガミうるさい肝心のあいつが。
 
 
 
 
 

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