■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 5章 3話6
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ふと、一同は身じろいで、戸惑ったように目配せした。だが、気まずそうに目をそらすばかりで、問いの方には応えようとはしない。アルノーがしげしげ眺めやり、ならば代わりに、といった感じで口を開いた。
「あの人なら、宿で寝てますよ。──ああ、宿の手配はさせてもらいました。通りを一本入った裏手に、懇意にしている店がありましてね、気楽亭ってんですが」
そこで一旦言葉を切って、ケネルに呆れたように目を向けた。
「あんた、手加減てものを知らないんですか」
前髪の下からジロリと睨まれ、ケネルはそそくさ目をそらす。エレーンはぱちくりケネルを見た。(なにそれ、どういうこと?)と突っ立った一同に目線で問うが、彼らはそれぞれそっぽを向いて、応える気配はまるでない。やむなく溜息で腰に手を当て、やれやれと玄関の方を見た。「もー。しょうがないわね、あいつってば。とっくにお昼過ぎてんのに。こんな時間まで寝てるだなんて、なにダラダラしてんのよー」
各々そらした目線をあげて、一同が顔を見合わせた。そこには何故か、アルノーの顔も含まれている。どうかしたのか、皆、眉をひそめて苦々しげな面持ち。何やら怒気さえ感じるような?
「──ほう」
蓬髪をくくっただらだら男が、組んだ腕をおもむろにほどいた。「そういうことを、言いますか」
一語一語言い置いて、ジョエルは顎をさすって歩み出る。すぐ目の前まで来てしゃがみ込み、ぽん、と両肩に手を置いた。左右の肩をきょとんと見やって、エレーンは無精ひげを振り仰ぐ。「なに? この手は」
「うりゃ!」
ジョエルが肩に覆い被さった──と思ったその途端、又も頬に強烈な刺激。左の頬だ。
「うりゃうりゃうりゃ!」
「──なっ!──なになになにぃっ?」
エレーンは涙目で飛び上がり、わたわたジョエルを押しのけた。ヒゲでジョリジョリされている。又もすり上げられている。「なにすんのよっ!」と威嚇しいしい、むさい後ろ頭をぐいぐい引っ張り、躍起になって抵抗する。だが、いつの間にやら頭をガッシリつかまれて、逃げだそうにも身動きがとれない。まなじり決して本気でもがいた。何故にどうしてみんなして、わざわざヒゲをくっ付けにくるのだ? ぞりぞり攻撃が流行っているのか? てか、不精しないでヒゲくらい剃れ!
切羽つまってじたばた顔を押しのけていると、ぽい、とあっけなく手を放した。
「ま、こんなもんでしょ」
用済みの手をパンパンはたいて立ち上がり、ジョエルはその両手を広げて、背後の仲間を振り返る。見物していた一同が、以心伝心、了解したように肩をすくめた。せいせいしたと言わんばかりの皆の面持ち、勝手にお仕置きでもされたような? じんじん熱い頬をさすって、エレーンは半泣きで後ずさった。「わ、訳わかんない。"こんなもん"って、なに言ってくれちゃってんの……」
「"宿を手配した"と、そう言ったな」
ケネルが軽く嘆息し、土間のアルノーに目をやった。ふと、アルノーも目を向ける。「──ああ、差し出た真似をしちまいましたか」
「いや、助かったよ、礼を言う。だが、ずいぶん良くしてくれるんだな。見ず知らずの俺たちに」
「どうせ乗りかかった船ですし」
アルノーは足を踏みかえて、一同に視線を巡らせた。「その人たちにも宿の当てはなさそうだったし、そんな成りで帳場に行かれちゃ、店の者が怯えちまう。まあ、あそこの女将は堅いことは言いませんから、何も気兼ねは要りません。詰め所の方にも、多少は顔がききますし」
ケネルは不思議そうに首を傾げた。「気にならないのか? 俺たちの素性が。恐らく堅気には見えないと思うが」
「遊民、て奴ですか」
前髪の下で一瞥し、アルノーはゆるく腕を組んだ。視線をゆっくり巡らせる。「徒党を組んだ混血児の寄せ集め、どの国にも容れられず、どこの国にも属さない、とか」
エレーンは鋭く息をつめ、土間のアルノーを見返した。一同の顔色をはらはら窺い、密かに戸惑い、うろたえる。誰も何も反応しないが、今のはあまりに不躾で、挑発的な言いようだ。だが、アルノーは見てくれこそは近寄りがたいが、意気がって他人を貶めるような、つまらないゴロツキなどではない。そうだったはずだ。
一同は無言で、ただアルノーを眺めている。抗議も応酬もないものの、空気が重くよどんでいる。奇妙に静かな無音の中に、敵意と冷ややかな警戒が誤魔化しようもなく溶けこんでいる。気分を害したのは明らかだ。
頬に笑いを無理にこしらえ、エレーンはまごつきながらアルノーを見た。「あ、ねえ、そういう言い方とか、ないんじゃないかな。あ、だってね、あの──」
「ま、そういうことなら、てめえも似たようなもんですから」
あっさりアルノーは遮って、着流しの肩をさばさばすくめた。ケネルは穏やかに目を向ける。「どういう意味だ?」
「俺の髪の毛、何色に見えます?」
ケネルは面食らって言葉を失い、予期せぬ問いに顎を撫でた。「──そうだな。薄い茶色というところかな。ああ、海は日差しが強いから、それで色が抜けでもしたか」
「お気遣いをどうも」
アルノーは束の間視線を落とし、くすりと自嘲するように頬を歪めた。顔をあげ、小首を傾げる。「こいつはどう見ても金髪ですよ。こんな薄気味悪い頭の奴は、この辺りにはいねえでしょう? 浜に漁師は大勢いるが、みんな黒か茶、精々白髪がいいところだ。俺だって向こうにいた頃は、黒っぽい茶色をしてましたしね」
「"向こう"というと、あんたは土地の者ではないのか?」
ケネルがいぶかしげに聞き咎めた。「見たところ、シャンバール人ではなさそうだが。しかし、ザメール人の顔立ちというわけでも」
「俺の故郷は遠い遠い島国ですよ。どこにあるかと訊かれても、説明するのは難しいが」
明るい光が射している土間の奥の小窓を見やって、アルノーはまぶしそうに目を細めた。それきりふっつり、物思いに浸るかのように口をつぐむ。
竹林のそよぎが、さらさら聞こえた。どこかで蝉の声がして、窓辺で猫があくびをする。静かな声でアルノーは続けた。「……あの女将は良い人ですよ。安易にあんたらを売ったりしない。怪我をしているあの人も、安心して任せていい」
いぶかしげに見ていたケネルが、我に返って腕組みを解いた。
「すまない。何かと面倒をかける」
アルノーは気づいたように身じろいで「ああ、いえ」と横を向いた。「ああいうのは痛々しくて、どうもね。それに──」
言いよどんで一瞥をくれ、ついでのように付け足した。
「危うく焼いちまうところでしたし」
ちんまり聞いていたエレーンが、はたと気づいて瞠目した。(あたしのことぉ!?)と驚愕の口パクで己をさすが、アルノーは頭を軽く掻いただけで、表の方へと踵を返す。
「要するに、はみ出ているのはこっちも同じ。いわば、てめえの勝手な都合ですから、俺の好きにさせて下さい。ところで、腹は減ってませんか」
ぐー、と大きく腹の虫が鳴った。ぎょっ、とエレーンは飛び上がる。
「あ、あらやだ! あたくしとしたことがっ!」
腹を押さえて、あわあわ赤面。視界の端で何かが動いた。見れば、ケネルが腹に手を当て「……あれ?」の顔でうつむいている。犯人はこいつか。
(なによー、恥ずかしい。謝っちゃったじゃない)
まったく、とんだ濡れ衣だ。ぶちぶち舌打ちで文句を垂れて(貸しだからね貸しっ!)と真犯人を睨めつける。むっと口を尖らせたケネルに密かに対抗していると、アルノーが着流しの肩をぶらりと返した。
「すぐに用意して持ってきますよ、そっちの人のも一緒にね」
店の表へと足を向け、歩く肩越しに言葉をかける。「ここは自由に使ってもらって構いません。俺は宿をとってますから。ああ、店の鍵は開けたままにしておいて下さい。どうせうちのは、空き巣も持っていかないようなガラクタばかりのようなんで」
ふと思い出したように足を止め、風の入る窓辺を見た。「──ああ、こっちきな、ミケ。飯やるよ」
丸くなって寝ていた猫が、顔を上げて立ちあがった。体を逸らしてゆっくり伸びをし、尻尾を立てて、上がりがまちへと歩いていく。とん、と土間に飛び降りた。
猫が来るのを待ってやり、アルノーは店表に踵を返した。雪駄をすって歩いていく。すぐにガラガラ音がして、引き戸を閉める気配がした。
空気の如くに大人しくしていたセレスタンらお見舞い組一同が、同時に息を吹き返した。各々首をぐるりと回し、肩を拳固でとんとん叩いて、ふぃー、やれやれ、といった顔。
「ねー、ちょっと、あんたたちぃ」
じとりと不審のまなざしで、エレーンはおもむろに腕を組んだ。
「何やったの」
アルノーに挨拶した時、何やら急に大人しくなって、妙に縮こまっていた。このケネルを筆頭に、借りてきた猫のようにひっそりと、ずっと小さくなっていた。絶対変だ。何かある。
不正の匂いを確信し、白状せい、とケネルに迫る。ケネルは、ぷい、と目をそらした。「別に」
「別に、じゃないでしょー。さっき、ものすごーく変だったでしょ!」
「なんでもない」
ぷぷい、とケネルは目をそらす。あからさまにとぼけた顔だ。イラッとエレーンは拳を握る。「ちっとも、なんでもなくないでしょーが! 正直におっしゃい。アルノーさんに何したの!」
「なんにもしてない」
「ケネルっ!」
どん、と踏み込み、胸倉つかんで乗りかかる。
「あ、俺らはそろそろ、この辺で……」
そそくさセレスタンが割り込んだ。「ちょっとそこ! 逃げんじゃないわよ!」のまなじり吊り上げた制止も聞かず、一同わたわた蜘蛛の子散らすように歩き出す。
「──隊長」といく分抑えた声が、店表から飛び込んできた。やはり彼らの仲間の一人で、ダナンとかいう生真面目そうな刈上げだ。素早く室内に目を走らせ、真面目な顔でケネルを見た。
「向こうの隊が到着しました。街道を渡った、ロマリアの西で待機しています」
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