■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 5話8
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遮るもののない丘陵を、夕風だけがゆき過ぎる。
落日前の蒼闇がすべての景色を塗りつぶし、ひっそり包みこんでいた。広大な丘も、梢を揺らすまばらな木々も、岸辺で透明なしぶきをあげる浅い小川のせせらぎも。鳥は山のねぐらへ帰り、見渡す限り人影もない。赤い斜光に照らされた、なだらかに連なるロマリアの丘には、丸太小屋が一つ、あるきりだ。
夕陽を浴びた木立の影が、長く草地に伸びていた。女は毛羽だった毛布にくるまり、川べりにしゃがみこんで動かない。長いスカートの膝をかかえたその顔立ちは整っている。だが、髪はほつれて顔にかかり、ぼんやり投げた虚ろな視線は何ものをも捉えることをせず──いや、彼女はかすかに微笑んで、蟻に話しかけている。
夕風吹きわたる時刻というのに、小屋の裏手でうずくまり、建物の中へ入ろうとしない。困りはてた男らが見かねて女の腕をとり、小屋へ入るよう促すが、女は気色ばんで激しく暴れ、かたくなに膝をかかえてしまう。
「──だって、あの子たちが!」
とられた腕を仮借なく払い、非難するように睨めつけた。悲鳴をあげるかのように首を振る。
「ここで待っていてやらなくちゃ! だって、もうじき日が暮れる。そろそろ子供たちが帰ってくるもの。きっと遊び疲れて戻ってくるもの!」
あらがう動きを、ふと止めた。
背を丸め、膝をかかえた裾先に、黒い影が伸びていた。地面を這う影の先を、女は気だるそうに目でたどり、しゃがんだままで身をよじる。
「──あら、あなた」
ほんの束の間、面食らったように口をつぐみ、少女のように微笑んだ。
「おかえりなさい」
空を焼く夕陽を背にして、男が一人立っていた。無骨な身成りの蓬髪の男だ。弱りはてた男らの様子に、行け、というように苦笑いで目配せし、髪を振り乱した女を見る。
こわもての頬が不意にゆるんで、泣き笑いの相に変わった。確かにそれを見ているはずの女は、だが、わずかにも気にしたふうもなく、男を満足げに眺めている。
やがて、男は重く引きずるような足取りで、大儀そうに歩みよる。すぐかたわらで足を止め、疲れたような笑みを浮かべた。
「……元気にしていたか、サーラ」
邪気なくあおぐ乱れた髪に、アドルファスはごつい手を置いた。
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