■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 5章 interval03 〜腐れ縁〜
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「……死んだと思っていた親友、か」
鄙びた昼過ぎの街道にぶらぶら足を運びつつ、デジデリオ──統領代理と呼ばれていたあの美麗な青年は、やれやれと嘆息した。四十絡みの短髪の連れは、道行く人影を見極めるように、街道の先に目をすがめている。
「あの終戦の騒ぎに紛れて、行方をくらました旅装の男──あれは、確かにクロイツだった」
「会って、どうする」
ぶっきらぼうに言い返し、デジデリオは目だけを隣に向ける。「今更会って、それで、どうする。あいつがまだ、昔のままだと思うのか?」
「俺はただ謝りたいんだ。どうしても一言、詫びないと俺は──」
「たく。本気で捜すつもりかよ〜」
デジデリオは肩を落として嘆息した。「お前は簡単にそう言うけどな、人を捜すには、この国は広いぞ。そもそも二十年も前の話だぜ。向こうの方が覚えているかどうか」
「あいつは変わらないさ。中身も、見た目も」
ちら、と連れを一瞥し、デジデリオは肩をすくめた。
「──そうだったな」
隣を歩く「どくろ亭」の主セヴィランは、晴れ渡った夏空をまぶしそうな顔で眺めている。そう、クロイツに変わりはないはずだった。光を弾くあの髪も。あの端整な顔立ちも。二十年前のあの時と。それを二人とも知っている。
終戦の街に現れた、あの男を捜していた。着古した旅装の長身痩躯、どんなに良い風が吹いていても、必ずフードを被っている。あの珍しい銀の髪を隠す為に。
彼の姿を見かけてすぐに、セヴィランは遮二無二捜し回った。だが、ついにその姿を見い出すことはできなかった。街を既に出たというなら、東に進んで外海方面に足を向けるか、街道を南下し商都方面に足を向けるかの二択になる。街の付近には、原野や森林しかないからだ。だが、地元で「どくろ亭」を営み、彼の幼馴染でもあるセヴィランは、外海方面は望み薄であることを知っていた。二人の故郷でもある、のどかに鄙びたあの辺りには、良い思い出がないからだ。
東方面の捜索を自宅に戻った女将に任せ、セヴィランは街道を南下した。店の常連デジデリオをつき合わせ、道々、あの姿を捜しながら。
ひどい古傷をこらえるように、セヴィランは口をつぐんでいたが、嫌な思い出を振り払うように、額の汗を腕でぬぐって、口調をさばさばしたものに切り替えた。
「で、その後はどうだ、例の倅とは。まだ反発しているのか」
道端でちらちら盗み見ながら肘を突きあっていた娘二人に、デジデリオは愛想よく笑いかけ、指先で手を振っている。「別に。どうもこうもない。見たろ、あの通りさ」
「あの通り?」
セヴィランはふと聞き咎めた。キャッキャとはしゃぐ娘たちの横をにこやかに通り過ぎたその途端、デジデリオは面白くもなさそうにあくびする。「会ったろ、この前」
「この前?」
「ほら、俺ん所に乗りこんできたろ。あのやかましい奥方と」
「……あの中にいたってのか。あのひ弱な坊主がか?」
唖然と、セヴィランは振り向いた。しばし呆気にとられて言葉を失い、苦笑いして首を振る。「へえ、こいつは驚いたな。あのごつい強面の中に、お前の倅が混じっていたのか。──月日が流れるのは本当に早いな。まるで気がつかなかったよ」
「──セヴィ、お前なあ」
ぶらぶら横を歩きつつ、デジデリオは嘆かわしげに嘆息した。
「子供がいつまでも、子供のままでいるはずはないだろ。あいつももう、いい年だよ。もっとも、いつまでたっても反抗的で、未だにニコリともしないがな。何が気に入らないんだか、ふてぶてしいったら、ありゃしないね」
「しかし、お前が人の親になるとはな。世の中ってのは、わからないもんだ」
若く端整な連れの顔を、セヴィランはまじまじと眺めやる。鬱陶しそうに舌打ちし、デジデリオは肩をすくめた。「俺だって、好きで親になんかなったんじゃない。ま、自分の分身がどこかにいれば、役に立たないこともないがな。──いや、実際大いに役立っているよ。うちの倅は優秀でね。なにせ、俺の血を引いている」
「……毎度のことだが、お前の言葉には愛情がないな。曲がりなりにも我が子だろう」
「そんなことはない。俺はあいつを愛しているよ?」
心外そうに、デジデリオは見返す。
「よく言うぜ。なら、愛しの我が子を戦場にぶち込こんだのは、どこのどいつだ。あの場にいたということは、つまりは傭兵にしたってことだろ」
「なにが悪い。良いこと尽くめだ。どうせ並みの人間じゃ、俺の倅は倒せない」
「──だからといって戦場だぜ。いつ、何が起こるか分からない。命の保障はないだろう」
「あの途轍もない破壊衝動を、発散する場は必要さ」
旅人が行き交う街道の先を眺めやり、デジデリオは目をすがめた。「ああしてこまめに発散するから、あいつだって、まともでいられる。あいつが戦場で稼いでくれば、こっちの懐は潤うし、下の連中も食っていける。俺もあいつを殺さずに済む」
セヴィランは眉をひそめて目を逸らし、軽く嘆息して話を代えた。「で、近頃はどうだい、商売の方は。とびきりの傭兵でも仕入れたか?」
「将来有望な、実に素晴らしい人材がいるよ。もっとも、まだ子供でね、どれほどのものに化けるかは、今のところ未知数だが。ま、このまま順調に成長すれば、恐らく誰よりも強くなる」
「お前の自慢の倅より?」
「今ある手駒の誰よりも」
セヴィランは思案顔で、ざらつき始めた顎をさする。「つまり、そいつを戦場で使った日には、強力な殺戮兵器にもなりうるってことか」
「まあね。だが、飛びぬけて強力な奴だけに、ひとつ扱いを間違えば、自分の味方まで滅ぼしかねない。いわば取扱注意の怪物ってとこかな。今までは、夢の中をさ迷っていたから良かったんだけどね」
「へえ。お前みたいに?」
「でも、まずいことに、目覚めちゃったんだよねえ、少し前に」
セヴィランの冷やかしを、デジデリオは無視した。
「困ったことに、簡単には従わないようになってきたらしいんだよねえ。できればあのまま、素直な子供のままでいて欲しかったんだがな」
「"子供がいつまでも、子供のままでいるはずはない"──さっき、自分でそう言わなかったか?」
あげ足をとられて、デジデリオはうるさそうな顔をした。してやったり、とセヴィランは笑い、だが、すぐに顔から笑みを消す。
「あいつらの末裔か?」
「さあねえ。そんなことまでは分からない。そうかも知れないし、違うかもしれない。突然変異って線もある。何せ奴らの間には、たまに妙なのが生まれるからな」
セヴィランは鋭く一瞥した。
「お前の子孫じゃないだろうな」
デジデリオはあくびした。
「その線もあるかも知れないな。心当たりは山ほどあるし」
平然としている連れの顔を、セヴィランは呆れて眺めやり、やれやれと首を振る。「すご腕の傭兵たちでも手に負えないのか?」
「だろうね。そもそも無理だ。格が違うよ」
セヴィランは投げやりに嘆息した。「──お前、そんな危ないのを飼ってて大丈夫なのかよ」
今は大人しくしていても、わずかながらも野心を持てば、いずれ動き出すこと確実だ。力があれば尚のこと、いつまでも配下に甘んじてはいまい。命を誰かに狙われる者には、自分を上回る速さは脅威だ。相手に先手をとられることは、敗北、即ち、死を意味する。
デジデリオは肩をすくめた。
「この俺に敵う奴が、あの中にいると思うかい? 嫌だなあセヴィ、知ってるくせに。いるとすれば、俺の兄貴か、さもなくば──」
今まさに追い求めている銀の髪の尋ね人の顔が、それぞれの脳裏をよぎったが、どちらも口にはしなかった。それは彼ら二人にとって、あまりに今更な事実だからだ。
連れの飄然とした横顔を、セヴィランはじっと見つめた。「で、どうする気なんだ、その怪物を」
「さあねえ。どうしようかな。なんとかして飼い慣らすか、暗示をかけ直して、速やかにお戻りいただくか。楽しい夢の世界にね」
セヴィランは嘆息して、額をつかんだ。「……そいつは人権蹂躙だろ。いつも思うが、お前のやり方は非人道的だな」
「仕方がないだろう? この世界で暮らすには、奴の力はでかすぎるんだよ。喩えるなら、蟻が営む平和な国に、怪物が一頭紛れ込んだようなもんだ」
「……嫌な喩えだな」
セヴィランは苦々しげに目を逸らす。「身につまされる?」と横目で一瞥、その目を返して、デジデリオは続けた。
「異質なものは、どうあっても馴染まない。周囲の奴とは端から別物なんだから、どんなに長く混じっていようが、均されることは決してない。それについては誰よりも、お前が知っているはずだがな。だからこそお前は、"そっち"側に逃げたんだろう?」
セヴィランはしばらく口をつぐみ、街道の夏空を眺めやった。「……可哀相に。そいつはさぞや、いつもぽやっとしていたろう。どちらが現実かわからずに、曖昧なあわいを延々さ迷い──そんな半醒半睡の状態で、よくも無事でいられたもんだ」
「くたばる以前の問題だな。並みの奴なら、とうに気がふれている」
あたかも他人事であるかのように、デジデリオが口を挟む。セヴィランは舌打ちした。「──もっと平和な解決手段はないのかよ。そいつも含めて、全てが丸く収まるような」
「ないことも、ない」
即答されて、怪訝に隣を一瞥する。連れの視線に促され、デジデリオは続けた。
「今の内に始末する」
セヴィランは呆気にとられて振り向いた。街道の土道を歩きつつ、デジデリオは晴れ渡った空を眺めやる。
「完全に覚醒する前に。恐らくそれが最善だ。だって、そうだろう? そうでもしなけりゃ、あいつだって、どうあっても馴染まない、ざらついたしがらみから、いつまでたっても解放されない」
セヴィランはとっさに文句を言いかけ、だが、眉をひそめて口をつぐんだ。連れの言い草はまったくもってひどいものだが、苦虫噛み潰した面持ちのまま、言い返そうとするでもない。
「……そういう奴にとってはさ、人生ってのは、嫌になるほど長いから」
流れゆく雲を眺めやり、デジデリオは慈しむように目を細めた。
「そうして初めて、安らげる」
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