CROSS ROAD ディール急襲 第2部 5章 interval04 〜お嬢様の憂鬱 2 〜
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 居候、三杯目にはそっと出し──そんな埒もない戯れ言を、かつてほざいた向きもおられたろうか。だがしかし、エルノアは声も高らかに宣言する。
「おかわり!」
 高々と丼を突き出され、子分はさめざめ泣いていた。これで何杯目のおかわりだろうか。たらふく食われて、おひつは既にすっからかん。丸い器の隅っこに、こんもり一山残すのみ。そう、この居候のお嬢様、華奢なくせして、実に堂々たる食いっぷりなのだ。
 泣く泣くよそって手渡した飯を、エルノアはじれったそうに奪いとり、丼飯にかぶりつく。
(お、お頭〜!)
 今日も食いっぱぐれそうな雲行きに、子分はたまりかねて泣きついた。四十半ばの着流しの男──彼らの親分オーサーは、卓の向かいで懐手にし、ほれぼれエルノアを眺めている。「……まったく、いい食いっぷりだなあ。そんな細っこい腹ん中に、よくもそんなにへえるもんだ」
(お頭! そんな悠長なっ!)
 涙目の必死な形相で、子分は直ちにすがりつく。
「あら。このくらい軽くってよ」
 話題の当人エルノアは、掻っこむ丼から顔をあげ、向かいのオーサーをにっこり見た。ギロリと肩越しに振りかえる。
「ちょっとお! ご飯が足りなくてよっ!」
 これっぽっちでわたくしのお腹がふくれると思って? と片手でつかんだ丼を、チャンチャン叩いて催促している。
「──はい、お待ちどうさま」
 さりげなく近づく気配がし、女将がエルノアの背後から、お櫃をにっこりさし出した。ほわほわ白い湯気の立つ炊きあがったばかりの飯である。エルノアはほくほく笑みを向け、むんずとそれを片手で、、、受けとる。
「わたくし、もー待ちかねてよっ!」
 そつなく優しい美人女将に、エルノアはいたく懐いている。女将は四十手前のはずだが、「早くに亡くした母親の代わり」ぐらいに思っている。なにせ、ご飯をくれる人である。
 そうこうする間にもエルノアは、ぽい、と丼を投げ捨てて、とうとうお櫃ごと抱えこんだ。本気モードに入ったらしき鬼気迫る後頭部を盗み見て、子分は女将にさめざめ泣きつく。
(俺らの分の飯がまた〜!)
 つまりは、今日も子分の飯はなし。焼き魚オンリーのつましい夕餉が決定した、ということである。空きっ腹かかえた子分どもは、涙目で女将を取り囲む。
「こんな横暴が許されるんですかいっ!?」
 死活問題なんである。
 お櫃に顔を突っこんで、がっつくエルノアのつむじを眺め、女将は、ほてりと白い頬に手を当てた。
「悪いが、目ぇ瞑っておくれな。あちらさんは食べ盛りだし、今、うちにある食材は、ドゴールのお屋敷から流して頂いたものなんだからさ」
 商都封鎖の煽りを受けて町への入荷が滞り、どの店も食材確保に汲々とする中、唯一この気楽亭だけは、食材が普段以上に豊富にあった。それというのも、エルノアが遊びにくる(=居座っている)からである。
 豪壮な別荘があるくせに、エルノアは気楽亭に入り浸り、あまつさえ三度の飯まで済ませている。故に、食材確保が困難な店の窮状を聞き及ぶや、己が別荘の使用人に命じて、屋敷の備蓄食材を速やかに運び込ませたのである。
 必然的に客足は、気楽亭に集まった。レーヌは指折りの漁港ゆえ海産物にこそ事欠かないが、此度の入荷減少で、魚介料理以外の品揃えについては、どうしても薄くなるのが現状だ。そうした他店の苦境をよそに、気楽亭はこのところ、一人勝ちの大繁盛。もっとも、板場がさばける量に限りがある上、よそから回ってきた客がその分多く消費するから、結局はこうして足りなくなるが。
「……どうにかしてくださいよ、お頭〜」
 飯に夢中のエルノアを盗み見、子分はさめざめ、親分に泣きつく。オーサーは頬杖で客人を見やった。
「いや、俺にどうにかしろったってよ……」
 レーヌの裏路地、大衆酒場《気楽亭》の一角である。
 女将の仕切る店奥に朝夕たむろすオーサーは、泣く子も黙る「退治屋オーサー」として有名だ。もっとも本職は漁師であって、海賊どもを成敗するその腕を見込んだ住民たちが頼りにしているだけであり、このオーサー本人が殊更に粗暴なわけではない。むしろ、彼の性分は、他人の窮状をほうっておけず、事あるごとに示される彼の律儀さと漢気が、広く皆に慕われている。
 ここ付近一帯の者は、野放図な与太者に絡まれたら、詰め所の警邏を呼ぶ前に まずはオーサーの元に駆け込む。その方が後腐れがないからである。どんな札付きのごろつきも、相手がかのオーサーではそうそう無理を通せはしないし、ひいては報復などは以ての外。それというのも、彼の舎弟を自称する必ずしも、、、、人道的でない、、、、、、面々が、レーヌの町角のあちこちで目を光らせているからである。ちなみにそれらの強面どもは、オーサーの荒ら事を収める確かな腕と、豪放磊落な人柄を慕い、寄り集ってきたものだ。
 埠頭で釣り糸を垂れながら、子分の一人がげんなりごちた。「今日も、焼き魚だけの晩飯かあ……」
「いや、煮魚って手もありますぜ」
 沈んだ気分を盛り上げようと、子分の子分がフォローする。だが、言ったそばから、げんなり気落ちして脱力した。なんと虚しい会話だろうか。
 海に突き出た桟橋で、子分どもは釣りをしていた。かのエルノアお嬢様に行きつけの店の食材を洗いざらい食い尽くされて、己が分の晩飯を調達しにきたのである。雁首並べて大海を眺め、憔悴して肩を落とす。
「……あーあ、米の飯が食いてえなあ」
 そして、頼みの魚さえ、未だにかかる気配もない。
「なんで、あんなものに見込まれちまったんですかねえ……」
 鄙びて釣り糸垂れながら、青い夏空をつくづく眺める。そう、どこでどう間違えば、こんな悲惨な目にあうのだろうか。路地裏にあるあの店は、苛烈で鳴らした退治屋の詰め所ヤサのはずではなかったか。
 件の大型台風、、、、は上陸したまま腰を据え、未だ動く気配もない。いや、ここ最近の子分らの気鬱は、なにも飯のことぱかりではないのであった。
 何がそんなに迷惑かって、まずは高飛車な物腰である。逆らう者なくすくすく育った大富豪の一人娘は、何か少しでも気に入らないと、全てを目茶苦茶に破壊するし(賭場なんかが、このパターンだ)、三度の飯時には、肉体労働の壮年男がガツガツ掻っ込む底の深い丼で、山盛り五杯はおかわりする。それで飯がなくなって、下っ端の方から食いっぱぐれる羽目になる。更にはその上「なに見てんのよ」の因縁に始まり、やれアレを買ってこいの、やれ肩揉めの、退屈だから歌うたえのと我がまま放題ぬかしてくれる。だが、あまりの理不尽に耐えかねて、ちょっとでも逆らおうものならば、
「このわたくしに盾突こうというの?」
 たちまち、お嬢様は腕を組み、
「片腹痛いわ。百万年ほど早くってよ」
 大仰で微妙な決め台詞と共に、びしぃっと人差し指を突きつけるのである。そう、このお嬢を形容するなら、
 
 天下無敵。
 
 この一語につきる。
 散歩をすれば、露店の売り物は蹴飛ばすわ、連れを大声で罵倒するわ、民家の番犬には挑みかかるわで、おちおち気も抜いていられない。なんにもしていないのに、突如尻を蹴とばされ、海に突き落とされたことだってある。まして、うっかり行く手を阻もうものなら、それは大変なことになる。「おさがり下郎」と一喝され、横暴なおかつ理不尽極まりない要求を、これでもかというほどに突きつけられてしまうのである。ちなみにその当人に悪気なんぞはカケラもない(らしい)。その潔いまでの傲慢ぶりは、まさに天晴れ。
 そして、更に困ったことに、売られた喧嘩は買いまくる、なんとも律儀な性分である。なので、普通に歩いているだけで騒動の絶える事がない。なにせレーヌは、その筋のお兄さん方が、我も一旗上げるべく、つどい来たるお土地柄。町の目抜き通りには、一目でそれとわかる気の荒い面々が、普通にのたのた歩いているのだ。そうした輩は腕試しに吹っかけてきたりもするので、散歩といえども気が抜けない。
 というのに、機嫌の悪いお嬢様は、今日も今日とてファイティング。
「このわたくしを見つめるなんて百万年ほど早くってよ」と見知らぬ相手に難癖をつけ、「まっ昼間から寝言いってんじゃなくってよ?」などと挑発までしてくれちゃう始末。腰に両手を押し当てて、きっぱり言い放つその様たるや、もうこれでもかというくらいに漢らしい。
 護衛を仰せつかったお供二名は、なるべくとばっちりを食わぬよう震源地から距離をとり、藁にもすがる祈るような思いで戦々恐々見守っていたが、肩に彫り物を入れた強面に絡み始めたのを目撃するにいたって、顔面蒼白で駆けよった。
「──すっ、」
 彼我の間に滑りこみ、即刻お嬢様を引っぺがす。そして
「すいません!すいません!すいませんんっ!」
 何はともあれ平謝り。憐れなほどに必死である。もっとも、難癖をつけた当人は平気の平左でふんぞり返って見ているが。
 お供はげんなりうなだれた。やってられねえ、ってやつである。
 このところ、エルノア嬢の機嫌が悪い。いたって悪い。飯を食えば子分の分までやけ食いし、じゃれつく恋人を見かければ真ん中を通って引き離し、町を歩けばゴロツキに喧嘩を吹っかける。ちなみに、ちょっかいをかけた相手から、その都度代わりに凄まれて、追いかけ回される羽目になるのは、決まって子分たちの方である。よって、哀れな世話係は、生きた心地もせぬこの頃。


  

 そんなある日のことだった。
「ちょっと、そこ、どいて下さるぅー?」
 いつものごとくにエルノアが、腕を組んで目を向けた。
 カツアゲしていた一団を、往く手に見つけてしまったんである。捕まっているのは、見るからに非力な痩せた老人。そして、このお嬢様、曲がったことは大嫌いな性分である。
「道のまん中で固まっちゃって、邪魔っけだったらなくってよ」
 ちなみにこのお嬢様、相手が誰でもあくまで高飛車。片手を腰に、チッ、チッ、チッと指を振る。
 ちっこい相手に啖呵を切られて、「──なんだァ?」とチンピラが振り向いた。視線が逸れたその隙に、絡まれていた爺さんはこっそり包囲を突破して、彼方の街角にそそくさ逃亡。お嬢様は見向きもせずに、肩先の髪を指で払って、哀れむように、ふっと微笑った。
「あなた方程度のチンピラ風情がわたくしの行く手をふさごうなんて、ちゃんちゃらおかしくって、へそが茶ァ沸かしちゃうわ。百万年ほど早くってよ」
 震えあがって瞠目し、お供はあたふた駆け寄った。そして
「すっ、すいませんすいませんすいませんっ!」
 今日も今日とて平謝り。
 だが、ついに、というべきか、今回はこれだけでは済まなかった。ああん? とチンピラが見返して、とうとう一行を取り囲んだのである。
 前のめりでガンくれたのは、顔やら腕やらに傷跡のある、五人の荒くれ男たち。
「おうおうおう! ねえちゃんよォ! もういっぺん言ってみてくんねーかなあ?」
 ひぃぃっ──! とお供は悲鳴をあげて、互いに抱き合い、震えあがった。多勢に無勢で分が悪い上に、相手はやたらと質の悪そうな輩である。できることなら絶対に目さえ合わせたくない輩である。道をじりじり後ずさり、密かにきょろきょろ退路を探す。というのに、傍若無人なお嬢様は、まったくやれやれと嘆息し、平気で前に出ようとする。
「耳の掃除はちゃんとした方がよくってよ? だからねー、あなた方程度のチンピラ風情が──」
 言われた通りに、律儀に罵倒をくり返す。根は素直なんである。ぎょっ、とお供が振り向いた。
「ちょっ!? あんた何してくれてんのっ!? 駄目ですっ! 駄目ですってばっ!」
 わたくしの邪魔してんじゃなくってよ、とぐいぐい前に出ようとする怖いもの知らずを、あわあわ必死で押しこめる。
「……おちょくってんのか? ああ、こらァ」
 目をすがめ、チンピラが胡乱に踏み出した。いえ、おちょくってなどおりませんわ、なぜおちょくらなければなりませんの? とけろりとしているエルノアを、すくいあげるようにじろじろ眺め、じわりと一行をとりかこむ。
 お嬢様を背にかばい、お供は盾になりつつ、震えあがった。
「すっ、すんませんすんませんすんませんんんーっ!」
 血の気の失せた引きつった顔で、ひれ伏さんばかりに拝みまくる。チンピラたちが目配せし、一人がへらへら歩み出た。
「すんませんじゃ済まねえんだよっ!」
 右のお供が、道のへりまで吹っ飛ばされた。左のお供も続いて消える。チンピラに殴り飛ばされたのだ。次々地面に転がされ、あっという間に盾がなくなる。
 平然としたエルノアに、頬傷のある親分格が下卑た笑いでにじり寄った。ぶらりと肩を揺らして足を止め、舌なめずりするように下から視線をすくいあげる。
「よく見りゃ、とびきりの別嬪じゃねえかよ。ちぃっとばかり気は強そうだが、そういうのも嫌いじゃねえ。おう、ちょっくら、そこまで付き合ってもらうぜえ?」
 エルノアは呆れたように嘆息した。親分格をおもむろに見やる。
「冗談は顔だけにしてくださる?」
 ほっそりした腕を組み、顎をしゃくって言い放った。
「このわたくし付き合おうなんて、百万年ほど早くってよ」
 あっけにとられたチンピラたちが、わなわなわ拳を震わせた。
「ふ、ふざけやがって! このアマが!」
 いえ、ふざけてませんわ、ふざけているのはあなたのお顔……と真正面から言い返すエルノアに、苛立った様子の親分格が、舌打ちで手をつき伸ばした。
「──ね、姐さんっ!」
 殴られた口元を腕でぬぐって、お供たちが目を瞠った。親分格の足に取りつき、慌てて全力で引き止める。せっぱつまったお供の手を、チンピラが顔をしかめて蹴り払った。「すっこんでろよ、三下が!」
「勘弁してやって下さいませんかねえ」
 静かな声が割りこんだ。
 突き伸ばされた親分格の片腕を、誰かが後ろからつかんでいた。胡乱に振り向いた肩越しに、すっ、と男が明るい髪を覗かせる。薄青の着流し、肩の釣竿、薄茶の髪の輪郭が、夏日に透けて輝いている。
 あぁん? と周囲のチンピラが、うざったそうに目を向けた。「なんだァ? てめえは。関係ねえ奴はすっこんで──!」
 たちまち殴りかかったその顔が、ふっ、と唐突に掻き消えた。次の瞬間、別のチンピラが吹っ飛ばされる。
 足を払われ、突き飛ばされたチンピラたちが、うめいて首を振り、怪訝そうに顔をあげた。割り込んできた若い男は、軽く屈んだ上体を起こして、とん、と親分格の肩をつき、絶句した周囲に構うことなく、雪駄を擦って進み出る。
「……ア、アルノーの兄貴っ!」
 仰いだお供から、歓声があがった。
 道の中央から押しのけられて、怪訝そうに凄んでいたチンピラたちが、げ、と顔を引きつらせた。警戒の中腰で身を引いて、遠巻きにしてざわめきだす。
「──お、おい。あの頭、まさか向こうの」
「もしや、こいつはオーサーんとこの──!」
 じりじり後ずさるチンピラたちに、アルノーは視線を巡らせる。漁港レーヌはそう広い町ではない。金色に透ける頭髪という特徴のある珍しい容姿は、抜きんでた手だれとの評判と共に、広く同類に知られている。
 俄かに、チンピラの動きが慌しくなった。あからさまに動揺し、逃げこめそうな町角を探して、あわあわ周囲を見回している。「そ、そっちが吹っかけてきたんだぜ!」
「だから、勘弁してくれと言っているでしょう」
 アルノーは着流しの腕を組んだ。「高々女子供のたわ言ですよ。兄さん方のような大の男が、いちいち真に受けることもねえでしょうに」
 ぽかんと見ていた傍らのエルノアを一瞥する。
「こちらはうちの客人でしてね。むざむざ連れて行かれたとあっちゃあ、こっちも顔が立ちません。まあ、どうしてもと言うんなら、お相手するのもやぶさかじゃないが」
 たたずむアルノーを睨めつけて、チンピラたちはじりじり引いた。ちっ、と舌打ち、唾を吐き捨て、踵を返す。無論、さりげなく逆方向へ。
 悪態をついて退散していくチンピラどもの背を眺め、アルノーは雪駄を擦って振り向いた。エルノアもにこにこ、お気に入りを仰ぐ。
「まあ、奇遇ね。ごきげんよう」
 アルノーは嘆息で見下ろした。
「ごきげんよう、じゃありませんよ。何やってんです、こんな往来の真ん中で」
 二区画先の町角にそそくさ消えたチンピラの背を見届けて、目の前のエルノアに目を戻す。「あれに吹っかけるとは無茶をしなさる。ありゃあ、付近のごろつきでしょう。見境なく吹っかけるのは金輪際よして下さい。こっちの寿命が縮みますよ」
 呆れた顔で、諭して聞かせる。
 むう、と頬を膨らませ、エルノアは大人しく聞いていた。これが子分の説教ならば、たちまち高飛車にぶちのめしてやるところだが、なにせ、お気に入りのアルノーである。だが、そうかといって、決してしおれていた訳ではなかった。アルノーが目をそらした隙に、チンピラが消えた町角を、肩越しに鋭く睨めつける。「……ちょこざいな」
 大きな瞳を半眼にして、ぼそりと不穏に呟いた。
「許さなくってよ」
 
 そうして、それから数時間。
 留守を預かるチンピラたちがジャイルズのアジトで寛いでいると、紺半纏の大工が大勢、えっほえっほとやってきた。おのおの肩には道具箱、何やらガラガラ、鉄球搭載の戦車もどきまで引いている。
「な、なんだなんだ、てめえらは!」
 一瞬気を飲まれたチンピラたちが、たちまち凄んで立ちあがった。大工軍団の背後から、ぬっと影が歩み出る。その正体を見咎めて、ぎょっと顔を引きつらせた。「──て、てめえはさっきの! 今更、何しにきやがった!」
「覚悟はよろしくって? 坊やたち」
 ほっそりした腕を組み、ふっとエルノアは不敵に笑った。
「わたくしを甘くみるとどーなるか、思い知らせてさしあげてよ」
 あなたたちのせいで、わたくしが怒られてしまってよっ、と一人ぶつくさ言っている。
 チンピラたちは訳がわからず、きょとんと顔を見合わせた。だが、すぐに、腹を抱えてせせら笑う。「こいつは恐れ入ったな、お嬢さま。てめえなんかが、一体何をどうしようってんだか──」
「ぶっ潰す」
 半眼で睨みすえ、エルノアが指を振りあげた。「やっておしまい」
「へいっ!」
 威勢の良い掛け声と共に、鉄球が壁に食い込んだ。大工団がアジトに突進、どっかん、ばったん問答無用で打ち壊す。チンピラたちはあんぐり瞠目、おたおた周囲を見回した。
「な、何をしやがる!? おい、よせ、てめえら! ここをどこだと思っていやがる! ここは泣く子も黙るジャイルズさんの──!」
「この土地、わたくしが買いあげてよ」
 それが、けっこう格安でしてよ? と頬に手を当て、こっそり報告。
「な、な、なんだとォ……」
 チンピラの顔から血の気が引いた。「……買いあげた? この土地を?」
 ふん、とエルノアは腕を組む。
「我がドゴール財閥の力をもってすれば、このくらいはお茶の子さいさいへのカッパ。まったく造作もなくてっよ。そーねー、跡地は公園にでもしよーかしらあ?」
 バリバリ、どっかん、と音を立て、平屋のアジトの板壁が、あれよあれよという間に崩れ去る。留守を預かるチンピラたちは、全壊したアジトを前に、へなへな涙目で座りこんだ。「ま、まさか……まさか、こんな……」
「読みが甘くってよ? 坊やたち」
 ちら、とエルノアは流し目で一瞥、びしっと指を突きつけた。
「このわたくしに盾突こうなんて、百万年ほど早くってよ」
 
 
 
 
 

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