CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 7話4
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 こっち、こっち、と引っぱられ、ファレスは路地を抜け、歩道を歩いた。
 ほどなく目的地に到着し、胡乱に視線をめぐらせる。ニコニコぶら下がる連れを見た。「どこへ行くのかと思えばよ、昼に入った店じゃねえか」
 入口の壁の看板には「ぴんくのリボン」と店の屋号。キィ、と扉を押し開けた。
 がらんがらん、とドアベルが鳴る。
 店の扉をひらいた途端、連れが脇をさっさとすり抜け、「こんばんはー」と飛びこんだ。店の様子を見まわしながら、ファレスもぶらぶら後に続く。のんびり明るい昼とは違い、照明を薄暗く落としている。壁の棚で酒瓶が光った。夜には酒場になるようだ。連れの後について行き、店の奥に目をやって、ぎょっとファレスは引きつった。
「……なんで、女がうじゃうじゃいんだよ」
 肩越しにエレーンが振りむいて、呆れたように嘆息した「あったりまえでしょー、女子会だもん」
「……じょし、かい?」
 耳慣れぬ言語が飛びこんで、ファレスは微妙な顔で固まった。言うまでもないことであるが、そんなものに出席したことは、未だかつて一度もない。はた、と唐突に我に返る。
「──てめえ! そんなこと一体いつ!」
「さっきリナと約束したのぉー」
 平気の平左で、エレーンはうなずく。息継ぎなしの棒読みで。
「さっきぃ?」とファレスは胡乱に復唱、今朝方からの記憶を洗い直す。すぐに、昼の出来事をはじき出した。リナとかいう小憎らしいメイド服が、ここで連れとくっ喋っていた。予期せずメイド服と口論になり、店からつまみ出されたが、しかし、すぐに戻ったはずだ。
「……てめえら、一体いつの間に」
 いささか絶句し、ずらりと居並ぶ面々を見まわす。
 店の奥には、十人からの娘がいた。その全員が二十代半ば、白襟、紺服のメイド服姿だ。何がそんなに珍しいのか、大きな瞳を輝かせ、興味津々見つめてくる。品良い制服がそう見せるのか、皆一様に利発そうな面持ち。もっとも、一人や二人の娘なら、かわいらしいとも思えるが、これだけの数のメイド服がずらりと一堂に会すとなると、さすがに気圧されるものがある。とっさに後ずさって逃げ道を探し──む、とファレスは停止した。
「いたな! てめえが主犯か! おかちめんこ!」
 まなじり吊りあげ、卓の一人に指をさす。居並ぶ制服の面々の中に、見覚えのある顔を発見したのだ。しかも、こんな密会を企てただけに留まらず、昼に店から追い出されたお陰で預かり物の回収が遅れ、ひいては街ゆく見知らぬ女に横面張られる羽目にもなった。いわば、全ての元凶だ。
 ファレスが突きつけた指の先、中央に座した全ての元凶「メイド服」は、びくりと見るからにすくみあがった。両手を胸で掻きいだき、周囲に助けを求めるがごとく、おろおろ視線をめぐらせている。
「あ〜ん?」とファレスは顔をしかめた。胡散臭げに目をすがめる。今さら一体なんの真似だ。
 わっ、と女が顔をおおった。
 向かいに指を突きつけたまま、ファレスは唖然と固まった。指をおろす機を失い、もそもそ指を引っこめる。調子が狂う。どうも、昼とは反応が違う。
 ぐい、と服が引っぱられた。見れば、左隣にいた連れだ。ふくれっ面で非難がましく見あげている。
「ちょっと! さっそく何してくれてんのよっ!」
「……いや、なにってよ……俺はただ……」
 正しく挨拶しただけである。
 しどもど応え、ファレスは視線を泳がせる。この豹変振りはなんなのだ? あんなに威勢が良かったのに。まさか二重人格というやつか? 予期せぬ事態に、そそくさ壁に目をそらす。ぎょっ、と顔が強ばった。視線をめぐらせた壁の向こうに、思わぬものを見たからだ。
「同じ顔!?」
 壁と卓とを指さして、ファレスはあわあわ見比べた。昼にリナと呼ばれた女が、面倒そうに顔をしかめて歩いてくる。「まあねー。双子だし、あたしたち」
「……ふたご?」
 リナはたるそうに足を止め、腕を組んで、じろりと睨んだ。「そ。知らない? おんなじ日に生まれた人のことをそういうの。ああ、あたしはリナ。あっちはラナ」
 隣の同僚に慰められている、うつ伏せの女に指をさす。
 名を呼ばれ、ラナと呼ばれた卓の女が、ちら、とうかがうように顔をあげた。いきなり初対面で罵倒され、さすがにビクビク引きつり顔だ。
 半べその視線とかち合って、ファレスはたじろいで半歩引く。か弱げな視線が突き刺さり、どうにもこうにも居心地が悪い。進退きわまり、ぷい、と壁に目をそらした。
「まぎらわしい顔のてめえが悪い」
 ラナが驚いた顔で瞠目した。ぱっと再び両手に突っ伏す。
 ファレスはつまって、たじろいだ。こうした場合、大抵の女は、ぎゃんぎゃんすかさず、やり返す。小生意気な連れは言うに及ばず、あっちの双子の片割れも、現に昼に突っかかってきたし、街で声をかけた女などに至っては問答無用で張り倒された。なのに──未知の反応に内心あわて、だが、こうした事例はあんまりないので、対処の仕方がわからない。
 卓を占めた一同から、壁で腕組む片割れのリナから、じっとり睨む左下の連れから、非難の視線が突き刺さる。ファレスは舌打ちで苛々見まわし、ぷぷいと結局そっぽを向いた。
 びたん、と何かが顔に当たった。
 怪訝にそれをどけやると、手の平サイズの四角い厚布? 今まで卓にあったおしぼりらしいが──?
「なにこいつ最低っ!」
 どこかであがった怒声を合図に、一斉にそれが飛んできた。
 卓に座した面々だ。まなじり吊りあげて投げつけながら、キーキー口々にわめいている。
 山と飛んできたおしぼりをよけつつ、ファレスはわたわた後ずさった。ただちに起立し間合いをつめた一同に、あっという間につめ寄られる。口を開いて三秒で、全世界の婦女子とメイドを、敵に回す男である。
 剣呑にぐるりを取り囲んだのは、まなじり吊りあげ非難も露わな顔、顔、顔──。集中砲火を浴びせられ、じりじり壁際まで追いつめられて、ファレスはせめて、端から顔を睨めつけた。そして、
「……悪かったな」
 ぶっきらぼうに目をそらした。多勢に無勢だ、あがいたところで勝ち目はない。
 
 ファレスは座の中央に──しかも、出入りがたいそう不自由な奥の席に押しこめられた。主賓の連れということで、主賓の隣に据えられたらしい。
 メイド服の軍団は、きゃいきゃい乗り出し、喋くっている。その声の洪水にほぼ溺れそうになりながら、ファレスはじぃっと騒音に耐える。そう、騒音そのものだ。内容はそれぞれの近況らしいが、そもそも話に出てくる人名がまるでさっぱり分からないので全てが謎キャラと化すのは元より、会話の脈略が意味不明。なんとか筋を追おうと努力はすれども、話は変則的にうねうねし、余計な情報が入り混じるわ、耳を覆わんばかりの爆笑が突如話を中断するわ、すぐにあちこち脱線するわで、よそ者の追随を許さない。だが、参加している面々は、話が分岐点ににさしかかるや華麗に身をひるがえし、その全行程に参加しているというのだから、ファレスにすれば奇跡に近い。テキの話は恐ろしく流動的で、要点がどこだか、いつまでたっても分からない。難解なおかつ理解不能だ。無論、とうてい真似できない。
 しかも、連れを除いた全員が紺の制服であるにもかかわらず、何故だか視界もチカチカする。照明を反射する白い顔、ぬらぬらきらめく赤い口、きらきら輝くでっかいまなこ──普段見慣れたムサい群れとは、色彩があまりに違いすぎる。いや、一見、地味めを装った制服だが、紺地に純白は明度差最大、実はとんでもなくハイコントラストだ。
 きゃいきゃいきゃんきゃん嬌声の渦に叩きこまれ、五里霧中の副長ファレスは、額に怒形を貼りつけ、背もたれをとんとん叩いていた。うずうずもぞもぞ身じろぎしながら、じいぃっ……とひたすら我慢を重ね、だが、着席してから八分を超えたところで、ついに限界が到来した。
(辛抱できるかっ! 目と耳が死ぬ!)
 ついに背もたれから飛び起きて、左の腕をむんずとつかむ。
「いつまでくっ喋りゃ気が済むんだ! どーでもいいことをぐだぐだと! おら、とっとと出るぞ!」
 連れが口を尖らせて、不服そうに振りむいた。「出てどーすんのよ」
「──だから! どっか観光するとかよ」
「今さら観光してどーすんのよ」
 そう、テキにしてみりゃ、商都は住み慣れた故郷である。案の定、いかにもうんざり手を振った。
「もー。そんなに嫌なら、一人で帰ればあ?」
 だが、ぱっ、とあわてて振りかえる。「あ、待って待って! んじゃあねー八時──ううん! 九時になったら迎えにきてん!」
「てめえ、自分を何様だと思っていやがる!」
 ファレスはぎりぎり拳を握った。既に我慢も限界だ。のほほん、と連れが目を向けた。
「なら、別に終わるまで、いてもいいけどー?」
 ぐぅ、とファレスは返事につまった。
 しばし、前のめりでぎりぎり睨み、ぷい、と連れから目をそらす。
 隣に座ったラナの膝を、おらどけ邪魔だ! とせかせか押しのけ、あわててつまずき、たたらを踏んで、ほうほうの態で脱出する。
 女の園から転げ出て、薄暗い店内をずかずか突っきり、憮然と引き開けた店の扉を、力いっぱい叩きつけた。
「──畜生! 街はあいつらの縄張りだからな」
 舌打ちして、扉に毒づく。
 何やら、どうも勝手が悪い。どうも、何かとうまくいかない。街の価値基準は「力」ではない。ぶつくさ言いつつ街路に踏み出し、前を見たまま声をかけた。「──おい。怪しい奴は、店に入れるな」
「了解。副長」
 壁の暗がりで、声がした。
 街灯の届かぬ歩道の隅、建物が作る影に紛れて、男が腕組みでもたれている。影が壁から声をかけた。「──もう降参したんスか」
「あァ?」
 くい、と影が店の扉を親指でさす。「だから。しっぽ巻いて逃げてきたんでしょ? ラトキエ領邸メイド連ご一行様から」
「俺は別に逃げてねえ! つか、なんだ、その、ラトキエ云々ってのは。つか、なんで、てめえがそんな情報ネタもってんだ!」
「いえ、そこの板に、そう書いてあったんで」
 見れば、確かにその通り。店が出している黒板の「本日貸しきり」と書かれた下に、そんなようなことが書いてある。道理で他の客がいないはずだ。壁の陰にもたれた男──ザイが釈然としない顔で首をひねった。「つか、副長、ひょっとして、賊にでも襲われました?」
「──なんで」
 面くらって訊きかえし、ファレスは不機嫌に目を向ける。
「いや、そういや、さっきも思ったんですが、なんか、ここんとこ──」とザイは人差し指で頬を掻く。
「なんか、頬っぺた、、、、腫れて、、、ません?」
「なんでもねえよっ!」
 痛いところをつっつかれ、ファレスは拳を握って怒鳴り飛ばした。
 ぽかんとしているザイをガン見し、踵を返して、ずかずか踏み出す。目指すは、街灯きらめく目抜き通り。
「畜生! まったく、どいつもこいつも!」
 ガス灯ともる歩道には、飲みに行くのか、食いに行くのか、人影がぶらぶら歩いている。ほのかに明るい街灯の下には、笑ってふざけ合う恋人の姿。
「──くっだらねえ。あんなまどろっこしい真似、誰ができるかっ!」
 横目でそれをねめつけて、ファレスは張られた頬をさすった。
「いきなり平手くらわせやがって、なに考えてんだ、あのアマは! たく。カレリアの女は凶暴だぜ」
 ぶつぶつ文句をたれながら、街の南へ足を向ける。そう、愉しみは金で買える。
 
 
 バン! と扉が叩きつけられ、ドアベルがけたたましく打ち鳴った。
 夕方からは酒も出す、メイド御用達の「ぴんくのリボン」。本日貸しきり、客の姿は他にない。
 店奥を占拠したメイドたちは、しばらくそのまま歓談し、誰からともなく口をつぐんで、外の物音に耳を澄ました。
「……行ったわよ」
 中腰でうかがい、よっしゃあ! と握りこぶしのリナの合図に、一同、目配せして顔を寄せる。むっふっふぅ、とにんまり笑い、エレーンは視線をめぐらせた。
「では皆さま? ご参集いただき、誠にありがとうございま〜す。大変長らく、お待たせしました!」
 ぃよっ! まってました! の卓から湧き起こる歓声に「やーどーもどーも」と照れ笑いで応え、ずい、とエレーンは顔を寄せた。
「んじゃあ、段取り、、、、説明するねん?」
 
 
 
 
 

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