これ以降の話には、登場人物の死亡が含まれます。苦手な方はご注意ください。


CROSS ROAD ディール急襲 第2部 5章 interval07 〜弔鐘〜
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 緑あふれる夏の庭が、北方の涼風にゆれていた。
 夏の午後の昼下がり、街はずれの瀟洒な館は、人影もなく、ひっそりと静かだ。
 庭の隅の緑梢が、がさり、と唐突に大きく揺れた。
 がさがさ、不自然に揺れている。
 青々と生い茂る梢の下に、しなやかな足がすんなりと伸びた。
 小作りな、か細い足──子供の足だ。裾から覗く爪先に、藁の草履を突っかけている。土くれ一つない綺麗なそれは、幹をするする伝い降り、とん、と木陰に降り立った。
 振り向いたのは、白い衣をまとった少年だった。
 すなおな黒髪を肩の上で切りそろえた、十歳とうにも届かぬ年頃だ。だが、黒い瞳は凛と澄み、粛然とした佇まいには言い知れぬ風格を備えている。
 少年は庭先へ目をやると、草履の足を踏み出した。
 庭に続くテラス戸は、すべて大きく開け放たれて、壁際に長椅子が置かれている。肘かけの手にうつ伏せて、彼女はひとり居眠りをしている。賑わしく出入りしていた興行の者は、みな既に引きあげたようだ。
 彼女から少し離れた青芝で、少年は草履の足を止めた。
 凛とした瞳で、寝顔を見つめる。
 長椅子にもたれたサビーネは、気づくことなく、まどろんでいる。慈愛に満ちたまなざしで、少年はしばしそれを見守り、長いまつ毛をわずかに伏せて微笑んだ。
「世界は、お前に優しいか?」
 心地良い風が吹きぬけて、豊かな庭木がざわりと揺れた。
 芝の木漏れ日がきらめいて、影が木の根にちらちらうごめく。肩で切りそろえた黒髪が、向かい風に舞いあがる。緑梢ゆれる瀟洒な館は、夏日の中に静まりかえり、裏道をゆく人影もない。
 少年は身じろいで、庭の隅に声をかけた。「参ろう」
「かしこまりました」
 怜悧な瞳の男の童子が、片膝をついて控えていた。
 面ざしはまだいとけないが、受け答えは明瞭闊達、だが、おもむろに立ちあがった顔立ちは、主のそれに輪をかけて幼い。
 少し癖のある茶色の髪、それと同色の利発そうな瞳、白い絹のシャツブラウスに、仕立ての良い半ズボン。
 練れた従者であるかのように、そつなく厳粛に返答したのは、領主の後嗣クリードだった。
 凛とたたずむ主の顔を、ためらいがちにクリードは見る。
「──やはり、残していかれるのですか」
 長らく母と呼んだ彼女を、憐れむように凝視する。白い法衣の少年は、虚心坦懐に言葉をかえした。
「時は、既に紡がれている 。お前が守るべきは、あの者ではなかろう」
「それは重々心得ております。しかし、界主──」
 超然とした横顔を、クリードはもどかしげに振り向いた。「ここにひとり捨て置くというのは、やはり、あまりに不憫では」
「かの者を召したところで詮方ない。既に命数は尽きている、、、、、、、、
 界主と呼ばれた少年が、白い裾をひるがえした。
 
 
 
 じっと見つめる視線を感じて、サビーネは水やりの手を、ふと止めた。
 濡れそぼった草木の地面に、銀のじょうろをいぶかしげに下ろし、垣根の向こうを振りかえる。
 木漏れ日ちらつく裏道に、男が一人立っていた。革の上着の、痩せた男だ。茶色い短髪、俯瞰するように眺める瞳、左の耳にはブラックピアス。
「……ギイさま」
 サビーネはうろたえ、胸でどぎまぎ手を握る。
 警戒もあらわなその顔に、ギイはそつなく笑いかけた。「こんにちは、囚われの小鳥さん」
「……なんのご用?」
「なんの用とはつれないな。まずは入れてくれないか」
 不敵な笑みを、頬に浮かべる。
「素性の知れない道化の一味は、笑顔で招き入れるのに、俺が来たら、締め出すのかい?」
 サビーネは戸惑い顔で目をそらした。
 ギイは視線をそらさない。相手の困惑に構うことなく、有無を言わさず畳みかけた。
「中に入れてくれるだろう?」
 スカートの足元に視線を落として、サビーネはもじもじうつむいた。
 思い惑った視線をあげて、ギイの顔を盗み見る。緑の庭をおずおず進み、垣根の裏木戸を引きあけた。
「……お入りになって」
「どうも」
 ギイは軽く頭をかがめ、ひらいた木戸に踏みこんだ。静かな庭に視線をめぐらせ、館の裏手の芝庭を歩く。
 それに押されるようにして、サビーネはたどたどしく後ずさった。招き入れはしたものの、身の振り方を決めかねる様子。
 さりげなく逃げる彼女をながめ、ギイはぶらぶら歩み寄る。こちらの動きを凝視して、助けを求めるように見まわしている。そちらに足を向けた分だけ、じりじりサビーネも後ずさる。
 夏の日ゆれる緑の庭で、ぎこちない追いかけっこが始まった。
 だが、それも長くは続かなかった。逃げ道を探していたサビーネが、はっと弾かれたように目を戻した。
 青銅のガーデンテーブルに、突き当たってしまっていた。予期せず行く手をさえぎられ、あわててサビーネは振り仰ぐ。
 刹那、頭上に影がさした。
 スカートの裾がひるがえった。爪先が地から浮きあがる。
「──すまない、サビーネ」
 抱きすくめた耳元で、ギイは彼女にささやいた。
「な、何をなさいますっ!」
 はっと息をつめたサビーネが、顔をしかめて両手をつっぱる。
 あわててもがく細い体を、ギイは難なく抱きなおした。
「先だっての詫びを言いにきた。あんたにひでえこと言っちまったろ」
 拘束する腕を叩いて、サビーネは健気に押し戻そうとしている。男の無礼に、泣きだしそうな顔をあげる。だが、抗議をつむぐはずの唇は、ギイのそれでふさがれた。
 
 翌日の午後、サビーネは驚いた顔で立ち尽くしていた。
 生垣の向こうの裏道に、又も、あの顔を見つけたからだ。
「……ギイ様」
 長いスカートをとっさにつまみ、サビーネは身構え、後ずさる。
 警戒もあらわなその顔に、ギイは裏道から声をかけた。
昨日の、、、詫びを言いにきた。庭に入れてくれないか?」
 サビーネは面食らって見かえした。
「暑い中、出向いてきたんだぜ?」
 臆面もなく、ぬけぬけと言う。
「詫びに来たのに、追い返すのかい?」
 サビーネは唇を震わせて、うつむいた。眉をひそめて躊躇している。足元をさまよう落ち着かない視線に、困惑と動揺が見てとれる。
 泣き出しそうに顔をゆがめ、生垣の向こうを見返した。
 木漏れ日ゆれる裏道へ、おそるおそる踏み出して、木戸に手をかけ、引きあける。
「……どうぞ、お入りになって」
 ギイは苦笑いして、見返した。
「──それでも、入れてくれるんだな」
 戸口をくぐり、閑静な庭にぶらぶら踏みこむ。
 植木鉢の濃い影が、庭の芝に落ちていた。昼下がりの庭に、人けはない。この館は、いつも静かだ。じっとうつむくサビーネは、決して目を合わせようとしない。細い指をそわそわいじり、眉をひそめて呟いた。
「……ギイさまは、わたくしのことがお嫌いだわ」
 ギイは驚いて足を止めた。「──そんなことはないさ」
「お嫌いだわ!」
「なぜ、そう思う?」
 サビーネは手を握りしめ、眉をひそめて唇を噛む。「初めてお部屋に伺った折にも、すぐに追い払われてしまいましたもの」
「──ああ、あれか」
 合点し、ギイは苦笑いした。来訪したチェスター候が、彼女を連れてきたことがある。あの日、ギイは彼女を別室に遠ざけた。
「侯爵様と男同士の話があってね。あんたを嫌ってのことじゃない」
「でも、わたくしに意地悪を仰ったわ」
 騙されない、という顔で、サビーネは頬をこわばらせている。
 ギイは降参して手をあげた。「あれは俺の仕事でね。その分は、、、、昨日、謝ったろう?」
 ぱっと顔を赤らめて、サビーネがあわてて顔をそむけた。昨日の狼藉を思い出したらしい。うっすらと涙ぐみ、消え入りそうな声を震わせる。「……なぜ、いつも、意地悪ばかり仰るの?」
「悪かった、サビーネ」
 距離をつめ、ギイは小柄な肩を掻き抱く。
 不意を突かれて、サビーネはもがいた。「──な、なにを!」
「だから、詫びにきた、、、、、と言ったろう?」
「なにをなさるのっ! お放しになって!」
 悲鳴まじりで手を突っ張る。「わ、わたくしは旦那さまの──」
「あんたは俺のことが好きだろう? 俺もあんたが大好きだ。だったら何も問題はない」
 彼女が暮らすこの庭には、様々な者が訪れる。人に限らず、アリや蝶やトカゲや蝉や、鳥や猫や風や光が。そして、庭いっぱいの植物は、風に鳴ってのびやかに歌う。そうしたものと語らうことができるから、彼女は寂しくないのだと、ギイは密かに思っていた。だが、はたして本当にそうだろうか。
「俺と行こう、サビーネ。鳥かごから外に出たいだろう?」
 サビーネは驚いて息をつめ、困ったように目をそらした。「……でも、わたくしは」
「勇気を出して羽ばたけよ。誰もあんたを苛めやしない。世界は広い。どこへだって行けるぜ。あんたが行こうと望めばな」
 腕の中に閉じこめて、ギイは耳元で掻きくどく。
 以前、この彼女から、とある相談を持ちかけられた。
『わたくし、近頃、変なのです』
 困惑しきりの面持ちで、彼女はそう訴えた。
『そわそわしたり、眠れなかったり、心臓が突然どきどきしたり、そうかと思えば、急に気がふさいでしまって』
 真摯に見つめて訴えた。
『どうしてかしら、ギイ様にお会いすると、胸が苦しくなってしまって』
『──"どうしてかしら"って、そりゃ、あんた』
 ギイはひるみ、言葉を呑んだ。
 思わせぶりな冗談や、言葉遊びの類ではない。彼女の顔つきは大真面目だ。彼女はいたって真剣に、ギイの答えを待っていた。なんの含みも、そこにはない。
『こんなことは初めてですわ。悪い病気なのではないでしょうか』
『──いや、それは病気じゃない。医者を呼ぶには及ばないさ』
 ギイは気まずい思いで頭を掻いた。
 あなたに恋をしているのだと、その瞳は告げていた。ひたむきに、かたくなに。子供のように、まっすぐに。
 面と向かって告白されて、いかなギイとて、たじろいだ。不遜で怠惰なこの男を、こうまで容易くひるませたのは、後にも先にも、この彼女だけだろう。
 ことによると本当に、これが彼女の初恋なのかも知れなかった。世事の一切から隔離され、世間を知らない籠の鳥は、それを伝える術を知らない。
 だが、そうであるなら、駆け引きも、手続きも、策略も要らない。
 ギイは、すぐに動いた。
 
 
 未明の闇が徐々に白んで、家々の屋根が紫を帯びる。
 天地にはまた一日がめぐり、今日も世界は暁光に染まる。開け放った窓の外には、青と黒の黎明の空。
 朝の澄んだ静寂の中、小鳥がどこかでさえずっていた。早暁の闇が払われて、木板の床がほの明るくなる。
 外に向けて開けた窓から、明け方の風が吹きこんだ。肌寒いくらいの冷涼な風だ。
 ギイは寝台にあぐらをかき、赤味を帯びた屋根屋根を──ノースカレリアからバザール街道を東に進んだ僻地の町並みを眺めていた。あぐらをかいた膝の先には、長い髪の白い肩。朝風を入れた宿の窓辺で、枕にうつ伏せて寝入っている。額の生え際の細い産毛、薄紅を刷いた真珠色の頬、頬に伏せた長いまつ毛。無防備に眠るその顔に、ギイはひとり苦笑いする。
「……さっさとこうすりゃ良かったんだよな」
「凪ぎの浜」に連れて行くと、彼女は白い頬を紅潮させ、目を輝かせて喜んだ。貝を拾い、蟹を追いかけ、周囲の動きの一つ一つに目を丸くして反応した。長い髪を風になびかせ、潮風に吹かれ、波とたわむれ、子供のように素直に、無邪気に。
 ──ギイさま、あの水をご覧になって! あんなに青く、きらきらと光って!
 ──"海"というものを、わたくし初めて見ましたわ! なんて広くて大きいのかしら。
 ──空と海がくっ付いているわ。境はどうなっているのかしら!
 寝起きの一服に火を点けて、ギイは朝焼けに目をすがめる。
「さてと。この先どうなるかね」
 心ならずも巻き込まれた、こたびのカレリアの政変に、つらつら思考をめぐらせる。
 こんな鄙びた北端に、侵攻するなど不合理だ。二度目の派兵の目的が──ラトキエの描いた筋書きが「北方保全」をかかげた裏での「混乱に乗じた接収」なのは見込んだとおりの展開だったが、初回の襲来の目的が、やはりどうにも釈然としない。
 ディールの動きが解せなかった。その頃ディールの本隊は、商都でラトキエと対峙していた。人手を要するそんなさなかに、貴重な兵を割いてまで、なぜ北方になど侵攻したのか。後の形勢逆転を考慮に入れても、ディールによそ見をしている余裕はなかったはずだ。そもそも、遠路はるばる進攻しても、負担に比して得るものが少ない。「民兵の提供」をクレストに要求したとのことだが、寄せ集めの素人など、盾に使うくらいが精々だ。まして戦力の追加として、あてにできるような代物ではない。ならば狙いは何なのか。貴重な戦力をやりくりしてまで、北方遠征を断行する理由が、ディールにあるとは思えない。この無軌道な蛇行は、妥当性を欠いている。
 いや、むしろ目的は「使者が取りにきた何か」の方か。捕虜の長ランダルが、そんなふうなことを言っていた。ならば、目的の品は何だったのか。民兵調達の大仰な金看板に隠されたディールの真の、、思惑は。
 それにしても不可解だった。不意を突かれたラトキエに、なぜ、ディールへの反撃が可能だったのか。急襲されたラトキエには、何の備えもなかったはずだが──
「──さては」
 紫煙にまぎらせ、つぶやいた。「……茶番を仕組んだ奴がいるな?」
 愛らしい顔を軽くしかめて、かたわらの肩が身じろいだ。
 卓の灰皿に腕を伸ばして、すっかり短くなっていた煙草を消す。
「悪い、起こしちまったか」
 サビーネが寝起きの目をうつろに向けた。
 きゃっ、と瞠目、枕に突っ伏す。
「は、早く、なにかお召しになって!」
 ぽかん、とギイはまたたいて、彼女が見やった視線を辿る。
「──ああ、悪い悪い」
 苦笑いして、シーツを寄せた。そういや一糸まとわぬ姿だ。
 枕にしがみついたサビーネは、耳まで真っ赤になっている。首をすくめて我が身を抱き、素肌を懸命に隠そうとしている。だが、なめらかな肩は隠しようもない。
 シーツから覗いた白い背が、何やらいやに、なまめかしかった。手を伸ばし、ギイはシーツごと抱きすくめる。
 驚いて振り向いた彼女の耳元でささやいた。
「あんたのが聞きてえな」
 ぎょっ、とサビーネが硬直した。
 びくびく頬を強ばらせ、当惑しきりで訴える。「──ぎっ、ギイさまっ! まっ、窓があいています!」
「二階だぜ、ここは。それに、こんな朝まだき、外にはまだ、誰もいねえよ」
 かかえこんだギイの肩に、サビーネはじたばた手をつっぱる。「じきに夜が明けてしまいますっ!」
「だったら尚さら急がなくっちゃな」
「──ギイさまっ!」
 ギイは構わずを組み敷いた。たやすく抵抗を封じられ、あたふたもがくサビーネを問答無用で掻き抱く。「サビーネ……」
「まっ、待って! ギイさま、お待ちになってっ!」
「そう邪険にしなくてもいいだろう?」
「いえ、あのっ! わたくし、ギイさまにお願いしたいことが!」
 せっぱ詰まった懇願を、耳がようやく拾いあげ、ギイは怪訝に顔をあげた。
 
 
「……トラビア、ねえ」
 その午後、ギイは、身支度を整え、馬を小屋から引き出していた。
 顔をしかめて吸い殻を投げ捨て、馬の手綱を取りあげる。
「なんの因果で、こんなことになるんだか。──たく。どうも弱いな、」
 惚れた女には、とぼやきで続け、手慣れた手つきで手綱をさばく。
 わき道を出、昼の街道に乗り入れた。目的地はさしあたり、指令棟のあるノースカレリア。
 あの後、サビーネに泣きつかれたのだ。領主の命を助けてほしいと。
 勝算のない頼みなど、まして感傷的なただ働きなど、引き受けるつもりは毛頭なかった。そう、毛頭なかったはずなのだが、せっぱ詰まった嵐が去ると、気づけば「うん」と答えていた。
 世間知らずのたおやかな彼女が、策を弄するとは思えないのに、頼みごとは事の前、と抜け目なくねじ込んでくるあたり、非力な女の習い性ということか。
 ともあれ、頼みをひとたび引き受けたからには、拠点の部下と早急に連絡をとる必要がある。戦の情報を逐一入手し、トラビアの現状を把握して、有効な手立てを講じねばならない。一刻も早く。
 手綱をさばいて、馬の速度を引きあげる。
 通りすぎた道ばたに、黄色い花が積まれていた。昼の街道のあちこちに、小山がこんもりできている。ふわふわ黄色いミモザの花。道行く者の大半が、それを手にして歩いている。
 そういえば、と思い当たった。
 今日はカレリアの建国記念日、俗に言う「ミモザ祭」だ。かつて統一を成し遂げた始祖が、この地の建国を宣言した時刻に、鐘が国中で打ち鳴らされる。
 北方のうららかな風を受け、ギイは微笑って手綱をさばく。
「飲めよ。歌えよ。明日には死んじまうかも知れねえんだから」
 夏空は青く澄んでいた。
 祭の情緒に満たされて、田舎の街道はのどやかだ。
 土ぼこりを立て、馬は走る。ギイは一路、ノースカレリアに馬を駆った。
 
 賑わう街路を窓からながめて、サビーネはそっと微笑んだ。
「……そろそろかしら」
 階下を歩く人々が、手に手にミモザをさげていた。家も、店も、明るい黄色に染まっている。どの軒下にもミモザが飾られ、道ゆくどの顔も楽しげだ。はしゃいでたわむれる子供らの髪に、日ざしをはじくミモザの冠。
 迎えの馬車は手配してある──ギイは出がけに、そう言った。
 知らぬ間に、使いをやっていたらしい。確かに、二人で堂々と、あの館に戻るわけにはいかない。
 古い木造りの揺り椅子が、窓辺で日ざしを浴びていた。
 歩み寄って腰を下ろし、サビーネは静かに椅子にゆられる。満ち足りた気分で、瞼を閉じた。
 明るいざわめきに、耳を澄ます。人々の密やかな笑い声に。浮き立った町の気配に。世界のすべての物音に。そろそろ、その頃合いなのだ。「その時」を迎えると、慶賀の鐘が打ち鳴らされる。
 宿の屋根にいるのだろうか、小鳥のさえずりが小さく聞こえた。ざわめきをつんざく子供の声、耳に心地良い人々のさざめき。時計塔の鐘の音が、おもむろに、荘厳に響きわたった。一回、二回、三回──
 さわり、とカーテンの裾が舞った。
 昼の光が、窓辺でゆらぐ。
 膝に置いた白い手が、力なく脇を滑り落ちた。
 
 
 
 
 

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改稿 2014.1.12


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