CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 9話8
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 階段の方へと、ぶらぶら歩き、曲がり角の壁に手をついた。
「──気のせいか」
 静かな館内をぐるりと見まわし、セレスタンは首をかしげる。
「誰か、いた気がしたんだが」
 ま、今さら見にきたところで遅いけどな、と肩をすくめる。
 その気配には気づいていた。だが、彼女を送り出してしまうまで、それを追うわけにはいかなかった。
 気配はとうに消えている。誰かにあれ、、を目撃されたというのなら、
「……崖っぷち、か」
 セレスタンは目をすがめ、小指のリングをそっとなでた。
 指の関節をすっぽりおおう鎧のようなアーマーリング。年季が入ったその形見は、日ざしを鈍く弾いている。くすぶる遺志をうながすように。
 一体、いつからだったろう。無敵の隊長の「弱点」が、あの彼女になったのは。
 今や、それは明らかだった。
 この一連の騒動で、彼の取り乱した反応で、それについては、既に疑いようもない。
 わかりきったことだった。
 その弱点を攻めさえすれば、彼の息の根はたちどころに止まる。それがはっきりした以上、
「──る、べきだよな」
 静かに、長く息を吐く。
 そう、直ちに、、、実行するべきだ、、、、、、、
 静まりかえった階段に、ぶらり、とセレスタンは足を踏み出す。
 ぶらり、ぶらりと降りながら、湿った髪の温もりの残る、我が手をながめて苦笑いした。
「……手、放しちまった」
 
 
「なんで、こんなに官憲がいるんだい。これじゃ危なくて近寄れないじゃないか」
 少し離れた木陰から、商都の正門を眺めやり、女は忌々しげに舌打ちした。
 二人一組の警邏の姿が、街道の方々で見受けられた。そのいずれもが道往く女を検めている。そう、「若い女」が特に止められているようだ。
 裏山で対象を取り逃がした後、ロムの野営地に張りついて、しばらく様子を見ていたが、林で駐屯する部隊の中に、奥方の顔はないようだった。娼婦を装い、探りを入れると、どうやら商都へ行ったらしい。それで、急きょ北上し、こうして正門までやってきたという次第。
 だが、続いて商都に入ろうにも、門番の検問がいつになく厳しい。無論、警戒体制を敷いているところへ、自ら無防備に飛び込むなど、考えられない下策だ。入都にあたって服装は、雑踏にまぎれることが可能であろう目立たない街着に着替えたが、山中で刺したごろつきが不覚にも生きていたらしく、その後ロマリアに運ばれている。さっさと死んでくれれば及第点だが、男の口から面が割れていないとも限らない。
「たく! 商都に入らなきゃ、仕事にならないっていうのにさ」
 女は苛々と舌打ちし、夏空に映える街門を忌々しげに睨みつける。
「どこの馬鹿が騒ぎを起こしてくれたんだい。買いたい物もあるってのに」
 クレストの公館は街門の向こうだ。このまま中に入れなければ、ここまでの報酬が受け取れない。手強いロムを相手にこれまでどうにか切り抜けたというのに、それも水泡に帰してしまう。
 そう、相手は戦闘のプロ集団だ。それを向こうに回すのは、予想以上に骨が折れた。最早これまでと覚悟さえした。一度目は若い隊長に捕まった時。そして二度目は、禿頭の男に追いつかれ、喉元に切っ先を突き立てられた時──。
 苛立った動きをふと止めて、女は白い頬をゆるめた。
「──まったく。甘ちゃんなんだから」
 組み敷いておいて、見逃した。早く行きな、と背を向けた。刃を隠し持っていたことは、ちゃんと知っていたくせに。
 商都の青い空を仰いで、黒薔薇ローズは、くすりと笑った。
「どうしているかねえ。お人好しの、あのハゲは」
 
 
 
 
 

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